特集 歩きながら見えてくる

バス停という小宇宙。 人々の“厚意”から生まれる、 共有空間を採集する。

針が止まった時計が椅子の上に置かれたシュールな“ダリ物件”、革のソファーが存在感を放つ“ラグジュアリー物件”、壁にかかった鏡に囲まれ、優雅にすごしたくなる“アフタヌーンティー物件”……。これらはすべて、記録集団「現地点プロジェクト」のメンバーが見つけた鳥取県・倉吉市近郊の「バス停」だ。

地域の人の手によってさまざまな機能をプラスされた唯一無二の空間の不思議さに気づいた、映像作家の波田野州平さんは、写真家の河原朝子さんとアニメーターの池口玄訓さんに声をかけ、バス停を採集しはじめた。

それらの記録を集めた「バス停と椅子 写真展」が、〜2月18日(日)まで鳥取県倉吉市のCOCOROSTOREで開催されている。椅子をはじめ、鏡、傘、時計、造花など、ともすれば不法投棄にもなり得るものでつくられた共有空間から見えてくるものは? 開催に先駆け、波田野さんと河原さんのおふたりに話を聞いた。

文:兵藤育子 写真:河原朝子

不法投棄が“厚意”に変換される場所

ーーおふたりとも鳥取県倉吉市の出身ですが、地元のバス停の面白さに気づいたきっかけは何だったのでしょうか?

波田野州平さん(以下、波田野さん):僕は東京をベースにしているのですが、帰省中、バス停にさり気なく置かれている椅子を見て、持ってきた人は自分ために持ってきたのだとしても、これってほかの人のためにもなっているんじゃないかと気がついて。そういう視点で見たら、バス停は人の厚意に溢れた場所なのかもしれないと思って、ほかのバス停も見てみないかと、とふたりに声をかけたんです。

河原朝子さん(以下、河原さん):私は3年ほど前に東京から倉吉に戻ってきたのですが、色あせたものや風化したものが好きなので、バス停のことも何となく見てはいたんですよね。だけど撮影したいと思うほど意識したことはなかったので、波田野さんから言われて改めて気にするようになりました。

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椅子の上に置かれた止まった時計が、サルバドール・ダリのあの名画を彷彿させる“ダリ物件”。採集1軒目にしてこのバス停と出合ったことで、3人のモチベーションが一気に上がったそう。

波田野さん:撮影したのは、2017年の夏と秋の2日間。どんなのがあるかわからないけど、とりあえず倉吉市内と周辺のバス路線を車で徹底的に走ってみることにしたんです。

河原さん:そしたらびっくりするくらい豊作で(笑)。

波田野さん:こっちのバス停は、雨風や雪をしのげるよう小屋みたいなっているものが多いのですが、イスの上に座布団とか手編みのクッションが置かれていたり、どうやって中に入れたんだろうって思うくらい、大きなソファーがあったりして。

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波田野州平さん。中に入れるのが大変だったであろう、革張りのソファが置かれた“ラグジュアリー物件”にて。

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ソファの上には猫の足跡が。夏は暑くて座れなかったそうだが、冬はここで猫が寝ているのかもしれない。

河原さん:急に雨が降ったときのために、傘立てに傘が入っていたり、時間がわかるように時計が置かれていたり、造花や鏡も飾られているところもありました。

波田野さん:鏡はこれから町へ出る人が、化粧や身だしなみをチェックできるように置いたんだろうなって想像してみたり。野山にあったら不法投棄ってことになるんだろうけど、利用する人や和む人がいるから、バス停だと厚意に変換されてしまう。それがバス停のすごさだと、たくさん見ていくうちに気がついたんです。

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夕日を浴びると神々しく輝く“金閣寺物件”は、中に入ると目に留まりやすい位置にガムテープで貼られた腕時計が(こちらは現役)。

公と私の、はざま

ーーバス停の個性と地域性は、関係あったりするのでしょうか?

河原さん:私の生活圏は倉吉の中心地なんですけど、カスタマイズされずにそのままの普通のバス停が多いです。

波田野さん:町の中心から離れるほど、個性的になる傾向はありましたね。僕らはバス停のことを“物件”と呼んでいるんだけど、たとえば時刻表のところに自動で点灯するLEDランプがついているような“新築物件”は、便利だろうなと思うけど、あまり愛着がわかない(笑)。
もちろんそういうタイプがあってもいいんですけど、利用者が自分たちで快適な空間にしていく感じがいいんですよね。そういう意味で一番ぐっと来たのが、“アフタヌーンティー物件”。三朝温泉近くの吉田という地区にあるんですけど、入り口がなぜかアールになっていて、ヨーロッパ的な雰囲気が漂っているんです。

河原さん:小屋自体もすごくかわいらしくて、隣のお家の庭と一体化している感じもステキですよね。

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入口のアールだけでなく、壁に飾られた鏡も、置かれている傘もヨーロピアン。雪が溶けると赤い屋根が現れるのだそう。

 

ーーイングリッシュガーデンみたいですね。

波田野さん:ほんとにそう(笑)。初めて行ったとき、横の畑で農作業をしている奥さんがふたりいて、話を聞いたのですが、畑仕事でちょっと疲れたり、寒いときなんかは、みんなでそこでお茶をするらしくて。バス停以外の機能が、地域の人たちによってプラスされているんです。
公民館みたいな公のスペースに対して、カスタマイズされたバス停は公と私の中間というか、自分たちで共有スペースを作っている。たとえば朝の喫茶店とか昔の銭湯、庭化されている路地なんかと同じような役割が、バス停にはあるのかもしれない。アフタヌーンティー物件は、その最たる例だと思ったんです。

河原さん:畑仕事をしていた奥さんたちも、「そう言われれば、オシャレね」って共感してくれたのが嬉しかったですよね。

波田野さん:でもすべてのバス停にいえることだけど、誰がどういうつもりでカスタマイズしたのかとか、小屋のタイプがいくつかあるのはなぜなのかとか、その答えは求めていないんです。こちらの想像力が上回って、現実を超えちゃうくらいのほうが面白いじゃないですか。

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1枚の窓がなぜか外れているバス停。眼下には川が流れ、絶景が広がっている。「もしかしたらこれも、景色が見えやすいように誰かが外したのかも」と“厚意の妄想”どんどんエスカレートしていく。

採集がフォークアートに。

ーー波田野さんは「現時点プロジェクト」の一環として、倉吉市の飲食店の古いマッチ箱や、空き家に残されていたアルバムから発掘した女性たちの写真などを短い映像にまとめた「映像みんぞく採集」という作品も制作していますが、いわゆる失われゆくものに興味があるのでしょうか?

波田野さん:それはすごくあります。現時点プロジェクトは今を残しておこうという思いで始めたのですが、こういうバス停もずっと残っているとは思えないから、興味があるんでしょうね。

河原さん:バス停とか公園みたいなものって、いつも見ている風景の一部なんだけど、自分の知らないところである日突然変わったり、なくなったりするじゃないですか。それくらい近いけど遠い存在なんですよね。

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“美看板物件”。美容院の看板を再利用したものと思われる時刻表。

ーーだけどおふたりの作品は、ノスタルジックな感覚とは少し違う気もします。

波田野さん:そうですね、どっちかっていうと愛おしさなのかもしれないです。なくなってしまうのは仕方ない部分もあるから。
倉吉市出身の友人がいて、彼の実家の近くに便利な小間物屋さんがあったんです。去年、店を閉じちゃったんだけど、彼のおじいちゃんの認知症が始まったとき、レジを打っていたおばちゃんが、「最近、おじいさんは小銭を全然出さないで、お札ばっかり出すから気をつけたほうがいいよ」って家族に教えてくれたみたいで。

この店もバス停と同じで、ものを買うっていう本来の目的以外の役割がある場所だったんですよね。そういう人間味のある場所は、残っているうちに気がつきたいし、できればみんなで共有したい。しかもバス停の場合は1、2カ所ではなく、採集したからこそ見えたことがあったのもよかった。

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河原さん:私たちが撮影したバス停を実際に利用している友だちがいて、SNSにアップされていた写真を見たことがあるんです。作品にする前の私たちと同じように、多くの人が何となく気になってはいるんだろうけど、注意して見たり、採集して並べたりすると、よりいろんな発見ができるんでしょうね。

波田野さん:鳥取に帰ってくると、バス停みたいに今までもそこにあったはずなのに見えていなかったことを、創作に結びつけたいと思うんです。だから東京と鳥取をもっと頻繁に行き来したいし、鳥取でそういうことが見え始めたら、今度は東京でもローカルを見つけたいと思うようになって。都会でも田舎でも人が住んでいる場所にローカルはあるはずだし、その視点でいろんなものを採集していけば、長い目で見たらフォークアートになっていくんじゃないかな。

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PROFILE

83230006_2波田野州平
映像作家。鳥取県倉吉市出身。都市と辺境を行き来しながら、映画制作、ライブ撮影、ミュージックビデオの制作などを行っている。自身の映像作品に『TRAIL』『断層紀』『影の由来』など。記録集団「現時点プロジェクト」としても活動中。
http://shuheihatano.com/


河原朝子

写真家。鳥取県倉吉市出身。コマーシャル制作に携わりながら、写真を始める。3年前より地元に戻り、写真による制作を続ける。過去に個展「地平線が見える」、「5」を開催。
https://kawaharatomoko.tumblr.com/


 

「バス停と椅子 写真展」現時点プロジェクト 
日程:〜2月18日(日) ※14日(水)は休廊
時間:12:00〜18:00
場所:COCOROSTORE(鳥取県倉吉市魚町2516番地)
料金:無料
出展:現地点プロジェクト(波田野州平、河原朝子、池口玄訓)

現時点プロジェクト
映画作家の波田野州平を中心に結成された記録集団「現時点プロジェクト」。
特定メンバーではなく、そのプロジェクト毎に最適なメンバーで記録を残す集合体。

バス停という小宇宙。 人々の“厚意”から生まれる、 共有空間を採集する。
(更新日:2018.02.13)
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見慣れた地元も、知らない街も、視点を変えて歩いてみれば新しい何かが見えてくるかもしれない。浦安からフィンランドまで、あの人と巡るまちの観察記録。
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