特集 歩きながら見えてくる

写真でまちを変えられるか? 市民が“表現者”になる、 「長浜ローカルフォトアカデミー」

地域の魅力をどう伝えるか、これは多くの自治体が抱える課題のひとつです。繁華街から外れた地元の人が通いつめるお店、地域文化を受け継ぐ人たちや地域行事……。そんな見慣れた日常の中にこそ、魅力が潜んでいることがあります。何を伝えるのか、ではなく何が伝わるのか。これからは目線を変えて新たな魅力を掘り起こしていくことが必要なのかもしれません。

滋賀県長浜市では、地域と写真を結びつけ「ローカルフォト」でまちづくりを実践する写真家・MOTOKOさんの働きかけによって市民をまちの“表現者”に育成する「長浜ローカルフォトアカデミー」が開講中。写真を通じて人と人、人とまちがコミュニケーションする機会を生み出し、地域を元気にする取り組みが始まっています。

文:水井 歩 編集協力:長浜市

日常に新たな視点を

琵琶湖の北側、“湖北”と呼ばれる関西最北地域に位置する長浜市は人口12万人、面積は琵琶湖とほぼ同じくらいの面積。琵琶湖と山々に囲まれた美しく豊かな自然環境と、「戦国の聖地」、「観音の里」といわれるように多くの歴史的文化遺産を有しています。

また、滋賀県初の小学校や銀行の設立、日本で3番目に官営鉄道が敷かれるなど、古くから新しい文化や産業を受け入れる気質があります。さらに、集落の神事「オコナイ」や「長浜曳山まつり」などの祭りの継承にも象徴されるように、住民自ら地域のコミュニティを運営する心が息づいています。

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取り壊し予定だった旧銀行の建物と、集客力のある新たな観光資源として取り入れられたガラス工芸を結びつけた、「黒壁ガラス館」。長浜市のまちづくりのシンボルになっている。

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ユネスコ無形文化遺産登録候補の長浜曳山祭り

そんな長浜市の新たな魅力を掘り起こすために今年の7月に始まった「長浜ローカルフォトアカデミー」は、実際に撮影技術を学んで実践する全6回の連続講座です。この取り組みは、長浜市をたびたび訪れたことがあったという写真家・MOTOKOさんが、これまで日本各地で展開していた、写真を通じて地域を元気にする「ローカルフォト」の手法を用いたもの。同じく地方で活躍する写真家の堀越一孝さん、カメラメーカーのオリンパス株式会社、そして長浜市役所と共に、全講座に連続参加する長浜市在住者のプロジェクトメンバー、講座ごとに誰でも参加できるオープンメンバー、自治体、カメラメーカー、写真家と、さまざまな立場の人や団体が一緒になってプロジェクトを進めています。

長浜駅前のシンボル的存在、会場の長浜旧開知学校(登録有形文化財)

この日は講座3回目、地域を散策しながら撮影する「まちの撮り歩き」。長浜駅から歩いてすぐ、集合場所である長浜旧開知学校にちらほらと参加者が集まってきました。すでに顔なじみの参加者たちが、受付で市の職員さんとも近況を語り合い談笑する姿が印象的でした。

まず、撮り歩きの前に始まったレクチャー。「写真でまちを変えられるか」と題したスライドが映し出されました。MOTOKOさんの香川県小豆島や神奈川県真鶴町での活動や、堀越さんの長崎県東彼杵町(ひがしそのぎちょう)で見向きもされなかった駅舎を、地元で愛される場所へと変えた活動など2人が地域で実践している、写真を通したまちづくりについて話がくり広げられました。

写真でまちを変える。これは決して大げさなことではなく、普段は通り過ぎていたかもしれない場所に立ち止まってみたり、見方を変えてみたり、少し踏み込んでみたり、日常に新たな視点を置いてみることで実現できる。一枚の写真から、そして、誰もができることを知ってほしいと、参加者に写真の可能性について提示しました。

「写真は石をダイヤに変える力がある。一枚の写真がその地域の価値をつくることは誰にでもできること」と、自身の活動を例に、ローカルフォトの可能性を語るMOTOKOさん。

当活動をサポートしているカメラメーカー・オリンパスによるカメラ講座。プロジェクトを離れた日常でも、「もっと気軽に思い通りの表現で写真撮影を楽しんでもらいたい」と、カメラを無償で貸し出し、その使い方と撮影技術をレクチャー。

一歩踏み込んだ関係で生まれる発見

午後からは、いよいよ撮り歩きがスタート。前日まで雨続きだったにもかかわらず、この日は晴天に恵まれ、絶好の写真日和になりました。撮影の舞台はゆう壱番街商店街。駅近くの中心繁華街で、観光客も足を伸ばす通りのひとつです。約30人の参加者は、5人ほどのグループに分かれて地図を片手に、取材先となっている商店街のお店に伺います。

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いつもなら気にも留めないような風景も、カメラを持つことで特別な存在に見えてきます。たとえば、取材先の履物屋で、店先に並べられたたくさんの下駄を注意深く眺めてみると、それぞれわずかに形が違うことに気づきました。店主に話を聞くと、実はそれらが地域のお祭り専用の下駄だったという、地元民もなかなか知らない情報が次々と掘り起こされていきます。

「食べてみな(食べてみないと)取材もできんやろう」と、取材先の店主から突然の差し入れ。精肉店ではできたての近江牛のコロッケ、もち屋ではお団子がふるまわれました。仕立屋でもあるアパレルショップ「布工房Den」では、店主・北山さんが、ファッションと趣味の自転車で長浜市の魅力を発信しようと、ツイード素材の服を身にまとい、自転車で散策するツイードピクニックを企画しているという情報も知ることができました。

「慣れ親しんだ地元にも、たくさんの『実は』が潜んでいて、発見ばかりでした。カメラがなかったらお客さんと店員という関係だけで終わってしまうけど、取材となると、気になることを何でも聞けるのでまちの歴史や文化など深い部分の話もできました」と、眺めるだけではわからない気づきも。

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みたらし団子をその場で焼いてくれる「もち安」の名物おばあちゃん・河村陽子さん

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店以外にまちづくりにも積極的に関わる「布工房Den」の店主・北山茂樹さん

撮り歩きが終わり、参加者は今日の撮影した写真の中から、みんなに伝えたい一枚を選定し発表。参加者それぞれの視点で切り取られた長浜市の魅力が、30点以上集まりました。

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写真に写されたまちの人たちの表情はとても生き生きとしていて、それはきっと、「地域を伝えたい」という気持ちが表れた結果。趣味やボランティアで撮影するのとは異なり、取材を通して「伝えたい」という思いが、魅力的な写真に仕上げてくれたのかもしれません。

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参加者が撮影した写真。

地域の魅力は、期待感を生み出す「ひと」

「まち並みと、人を伝えていきたい」。これから長浜市の魅力をどう伝えたいか聞くと、 生まれも育ちも長浜市のプロジェクトメンバーがこう答えてくれました。
「長浜は広くて地域ごとに文化があるので、生まれ育った自分でも知らないことばかり。立ち止まってお店の方と語り合うことでしか知り得られなかったことがたくさんありました。長浜市をつくっている歴史あるまち並みとともに、それを支えている人たちのやさしい人柄や思いをもっと伝えていきたいですね」
地域の魅力とは、そこに住み、文化をつくり上げる人たちそのものなのかもしれません。

市民と市職員、撮る側と撮られる側、写真家、カメラメーカー……。写真を介することでそれぞれの立場を飛び越えたコミュニケーションが生まれる「長浜ローカルフォトアカデミー」。地域と写真。その組み合わせは、まちに新たな関係性を生み出し、地域が元気になる空気をつくっていました。

「美しいな、素敵だな、と思って被写体に光をあてて撮影する。そうすることで被写体が自尊心を取り戻して輝き始めるんです。結果、それがまちそのものの輝きへと進化していきます。写真を撮るというのはシャッターを押すという、一瞬のささやかな行為なのですが、繰り返し行うことで世界が変化していくんです」(MOTOKOさん)

講座以外の時間に参加者同士が自発的に集まって交流するなど、プロジェクトを超えた動きも生まれ始めているそう。このプロジェクトを通じて、長浜市のどんな魅力が発信されていくのか、これからがとても楽しみです。

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長浜ローカルフォトアカデミー

写真を通じて、まちの人とコミュニケーションできる力、まちを分析する力、そしてそこからまちの魅力を伝えられる力を習得し、地域を元気にする「表現者」を発掘・育成することを目的に開講。キックオフセミナー、全6回の連続講座、写真展の3つからなるプロジェクト。日本の各地域で写真を使ったまちづくりを実践する写真家のMOTOKOさん、堀越一孝さんを中心に、カメラメーカーのオリンパス株式会社協力のもと、市内外から参加者を募り、産官民が一体となった取り組みで市の魅力の発信とともに、シビックプライドの醸成を図っていく。

主催 長浜市・一般社団法人ローカルフォトラボラトリー
共催 ながはま市民活動センター
協賛 オリンパス株式会社

ながはまローカルフォト:http://nagahamalpa.tumblr.com/

まちの撮り歩き講座3”講座

次回のまちの撮り歩きは長浜市の鍛冶屋町で開催。始まりは平安時代までさかのぼる鍛冶や生糸を繭から紡ぐ糸取りなど、伝統技術を今に伝える住民の方を取材予定。

開催日時 11月19日(土)10:00~16:30
定員 10名程度(先着順)
対象 長浜市に関心がある方ならどなたでも参加可能
※参加者にはオリンパスの協力で、カメラを無償で貸出します
講座会場 坐外堂(長浜市鍛冶屋町741)
募集期間 10月27日~11月14日
申し込み方法:長浜市HPより、ご応募ください。
URL:https://www.city.nagahama.shiga.jp/index.cfm/6,51339,76,609,html

(更新日:2016.11.11)
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見慣れた地元も、知らない街も、視点を変えて歩いてみれば新しい何かが見えてくるかもしれない。浦安からフィンランドまで、あの人と巡るまちの観察記録。
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