特集 自ら考える力。

保育士として生きる。ローカルな保育園が取り組む、これからの保育。【兵庫県豊岡市】

子どもをもっと受け入れたいけど、保育士が足りない……。日本中の保育園、認定こども園は今、こんな問題を抱えている。そんな中、現場ではどのような教育が行われ、保育士たちはどんな風に働いているのだろう。今回は、「英語遊び」や「運動遊び」など、特色のある保育を実践している兵庫県豊岡市の保育園を取材。そこには、子どもたちを温かく包み込む、私たちの知らない、笑顔にあふれた職場があった。

文:兵藤育子 写真:井垣真紀(イガキフォトスタジオ

園が独自に取り組む、
特色豊かな保育の実情

年度末になると毎年のようにニュースで耳にする、待機児童や保育士不足の問題。子どもがいるかどうか、どこに住んでいるかは関係なく、日本の社会を考えるうえで無視できない問題といえる。

そもそも小学校入学前の子どもを預ける施設には、幼稚園、保育園、認定こども園などがある。幼稚園と保育園の違いであれば、知っている人は多いと思うが、幼稚園は文部科学省の管轄で、基本的に満3歳以上の未就学児を対象とした「教育施設」。保育園は厚生労働省の管轄で、0歳時から受け入れている「福祉施設」。
一方、認定こども園というのは内閣府の管轄で、幼稚園と保育園の両方の機能を併せ持った施設となっている。子どもを持つ親はさまざまな条件を考慮して、預け先を決めるわけだが、保育園にしても認定こども園にしても、保育士が慢性的に足りていないのが実情だ。

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「免許を持っている潜在保育士さんはたくさんいらっしゃるようなのですが、仕事内容と待遇などのバランスを考えると保育士の道を選べない、というのは全国的な傾向としてあるようです。私たちも現場の人間として、この仕事のよい部分をもっと発信していかなければいけないと考えています」と話すのは、兵庫県豊岡市立「西保育園」の園長・三輪純子さん。では保育の現場ではどのような教育が行われているのだろう。

「年上の子が小さい子の着替えの手伝いをしたりなど、0~5歳児までいろんな関わり合いができるのも、保育園のいいところです」と三輪純子さん。

「年上の子が小さい子の着替えの手伝いをしたりなど、0~5歳児までいろんな関わり合いができるのも、保育園のいいところです」と三輪純子さん。

保育園やこども園は、園によって方針や保育内容が大きく異なるが、それは、働き先を選ぶ保育士の立場からしても、子どもを預ける親の立場からしても重要なポイントになる。
たとえば、城崎温泉街にある「城崎こども園」が重視しているのは、食育。田植えから始まり、稲刈り、精米、餅つきまで、米作りの一連の作業を体験したり、秋にはサンマを丸ごと炭火焼きにして、命のいただくことを学んだり、年2回の味噌作りも恒例になっている。

西垣浩文さん。「ドラえもんがドラ焼き食べてる!」と言われてみんなで笑う、楽しいおやつタイム。味噌作りや焼き芋作りなどなんでもできる園長は、子どもたちにとってまさにドラえもんのような存在!?

西垣浩文さん。「ドラえもんがドラ焼き食べてる!」と言われてみんなで笑う、楽しいおやつタイム。味噌作りや焼き芋作りなどなんでもできる園長は、子どもたちにとってまさにドラえもんのような存在!?

「食は生きる基本ですから、育てることや作ることも含めて、食べることに対するプラスの感情を幼児期にしっかり持ってもらいたい、という思いで食育を重視しています。給食で使っている味噌はすべて、子どもたちが作ったものですし、サンマを焼いたときもほとんどの子が1匹きれいに食べて、親御さんが驚いていました」と園長の西垣浩文さん。食にまつわる経験を幼児期になるべくたくさんしておくことで、将来的な可能性が広がることを願っているそう。

大切なのは“挑戦する気持ち”
成果よりもプロセス重視

園ごとの個性を重視するのに加えて、豊岡市では「英語遊び」と「運動遊び」というユニークな保育を積極的に行っている。

「こくふこども園」の4、5歳児クラスの英語遊びでまず驚いたのが、指導員は日本語を一切使わないこと。説明も含めてすべて英語で行うのだ。「Good morning!」と元気のいい挨拶から始まり、形(circle, square, triangle, heart)と色(red, blue, green, pink)を組み合わせるゲームをしたり、大きく輪になって walk, run, skip, jump, big & small などを体で表現したり、英語の歌に合わせて踊ってみたり。

4歳児は30分、5歳児は40分という保育時間のなかで、集中力が途切れないよう、座って行う遊びと、体を動かす遊びがうまく組み合わされている。そして最後は絵本の読み聞かせをするのだが、これもやはり英語のみ。たとえ細かい内容を理解できなくても、指導員の抑揚のある話し方や声色に、子どもたちはぐいぐい引き込まれ、途中で笑ったり、思わず声が漏れたりしている。

4月の時点では初めて触れる英語に戸惑いを見せていた子どもたちも、今では「me!」と手をあげて積極的に発言するように。

4月の時点では初めて触れる英語に戸惑いを見せていた子どもたちも、今では「me!」と手をあげて積極的に発言するように。

「英語遊びは、音や体の動きを大切にしています。体を動かすときに手を叩いてリピートしているのは、アクセントがつくところを強調しているんです。とはいえ、英語遊びは勉強ではなく、あくまでも遊びなので、アルファベットを提示したり、発音を細かく直すようなことはしていません。答えが間違っていたとしても、みんなの前で発表できたことを褒めて、英語って楽しいなと思えるようなを環境づくりに心がけています」と、指導員の神田好美さん。

豊岡市ではこうした英語遊びを、平成27、28年度に6つのモデル園で試行実施し、平成29年度からほぼすべての保育園・こども園・幼稚園で実施している。

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もうひとつの運動遊びは、平成19年度から豊岡市内の全園と子育てセンターで導入されていて、こちらも専門の指導員が各園を巡回訪問している。

豊陵保育園の4歳児クラスの運動遊びでは、肩を上げ下げして体をほぐしてから、クマ(四つん這い)や、カエル(カエル跳び)、ワニ(腹ばいになって腕の力で前進)になって遊戯室を端から端まで移動。これらは後に続く、鉄棒や跳び箱をする際の基本の動作でもあって、5歳児にもなると多くの子がどちらも指導員の補助なしにできるようになっている。しかしながら、鉄棒や跳び箱を上手にできることだけが、運動遊びの本来の目的ではないのだとか。

一生懸命取り組む子どもとハイタッチをしたり、笑顔で褒めたり。そうすることで子どもに自己肯定感が生まれる。

一生懸命取り組む子どもとハイタッチをしたり、笑顔で褒めたり。そうすることで子どもに自己肯定感が生まれる。

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「小学校の体育の場合は、技の習得が学習指導要領に掲げられていますが、運動遊びではそれをやろうとする意欲や態度の部分に特に重きを置いているんです。子どもたちとしては、跳び箱を跳べることがすごいってことに当然ながらなるんだけど、跳べるかどうかは関係なく、跳び方を最初に説明して、それをきちんと実践しようとしている子を『しっかり聞いていたね!』と褒める。そこが一般的な体育指導と豊岡の運動遊びの決定的な違いかもしれません」と指導員の仲義健さん。

英語遊びと運動遊びはそれぞれ、英語に親しんだり、運動によって体の発達を促すという直接的な目的はあるものの、どちらも成果ではなく、プロセスを重視しているところが大きな特徴といえる。挑戦しようとする意欲や、積極的に人と関わろうとするコミュニケーション能力、さらには褒められることで獲得できる自己肯定感。それらの基礎を育むことを狙いとしているのだ。PD-0768

経験を重ねるほど味わい深い
保育士という仕事

こうしたユニークな保育が取り入れられる一方で、現場の人たちはどんな思いで働いているのか。都市部の幼稚園で働いた経験があり、現在は西保育園で働く石田真紀さんは、次のように語ってくれた。

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「今日も外に出て、雪遊びというか泥遊びをしていたんですけど、0歳児の一番小さなクラスの子がよちよち外に出てきて、5歳児と一緒にお尻を汚して遊んでいたんです。そういうのんびりとした光景を見ていると、魅力的な環境だなとつくづく思います。以前いた園は、○○ごっこや○○教室など大人がいろんな遊びを用意して、子どもたちは分刻みのスケジュールで動いているような状況でした。その点、豊岡は子どもが興味を持てるような自然がすぐ近くにあって、やりたいことに存分に取り組める。こういう環境で保育ができるのは、とても恵まれていると思っています」

石田真紀さん。「大変なことがあっても子どもたちの笑顔を見ると、前向きになれるんです」

石田真紀さん。「大変なことがあっても子どもたちの笑顔を見ると、前向きになれるんです」

「豊岡のように都会過ぎず、田舎過ぎない環境は、保育をするうえでとてもありがたいんです。子どもたちが街を歩いていて、すれ違う方に『こんにちは』と挨拶できるのもいいですし、高校生が『かわいい!』と手を振ってくれたりすると、子どもたちもすごく喜ぶんです。何気ないコミュニケーションですが大切なことだと思います」(三輪園長)

多くの人は、やりがいや待遇、生活とのバランスなど、さまざまなことを考えて仕事を選んでいると思うが、保育士という仕事は、子どもを好きという気持ちだけでは務まらない。この仕事を選んでよかったと思うのは、どんなときなのだろう。

「私は5歳児クラスを担当しているのですが、運動会などのイベントの本番に向けて、子どもたちと一緒に悩みながら作り上げていく過程が本当に楽しいんですよね。本番では、今までの苦労を忘れてしまうくらい子どもたちが頑張ってくれて、一生懸命取り組む姿を見ると毎回涙が出ちゃうんですけど、そのたびに本当に幸せな仕事だなと感じます」(石田さん)

小さい子どもと遊ぶのが好きで、小学生の頃から保育士になりたかったという、現在6年目の桐野ひかるさんは、「0歳児や1歳児など小さい子を担当することが多いのですが、4月に入園した頃は、まだ何もしゃべれなかったような子が、今は保育士に話しかけてきてくれたりするんです。ほぼ毎日関わっているので、いろんなことが少しずつできるようになっていく姿を間近で見ることができて、お母さんたちと一緒に成長を喜び合えるのが嬉しいですね」

1、2歳児を担当する桐野ひかるさん。「保育士になったばかりの頃は、毎日緊張しっぱなしだったのですが、子どもが楽しんでくれることが少しずつわかってきて、やりがいを感じています」

1、2歳児を担当する桐野ひかるさん。「保育士になったばかりの頃は、毎日緊張しっぱなしだったのですが、子どもが楽しんでくれることが少しずつわかってきて、やりがいを感じています」

幅広い世代の保育士がひとつの園にいることは、保育園のメリットといえるそう。

「若い先生は、お姉ちゃん先生の目線で子どもを見て、30、40代はお母さん目線で、私たちの世代になってくると、おばあちゃん目線で子どもを見ることができるので。いろんな目線で保育をすることで、子どもの成長をそれぞれ違った形で手助けできると思うのです」(三輪園長)

保育士としても、経験を積み重ねるほど感じることが増えてきて、「感動が薄れるどころか、噛めば噛むほど味わい深い」と石田さんは言う。

「毎日反省することばかりなんですけど、子どもたちが保育士である私のことを『先生大好き!』と受け入れてくれるから、また頑張ろうと思えるし、なんて希望がある仕事なんだろうといつも思います。どんなにしんどくても、返ってくるものが必ずあるので、私はこの仕事が中毒みたいになってます(笑)」

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保育園・認定こども園見学ツアー、今夏開催(予定)
豊岡市と豊岡市保育協会では、昨年7月「KOIBITO TOUR 来い人ツアー」と銘打って、保育園・認定こども園見学ツアーを1泊2日で実施している。豊岡市内の公立私立保育園、認定こども園を複数見学し、宿泊先の城崎温泉では現場の職員との懇親会も開催。保育の現場を見学・体感できる貴重な機会。来年度も実施予定なので、豊岡で保育士として働くことに興味のある人は、ぜひチェックを。
問い合わせ先:豊岡市保育協会 0796-22-0755
FACEBOOK:https://www.facebook.com/豊岡市保育協会-1456758324383431/

保育士として生きる。ローカルな保育園が取り組む、これからの保育。【兵庫県豊岡市】
(更新日:2018.03.23)
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保育士として生きる。ローカルな保育園が取り組む、これからの保育。【兵庫県豊岡市】

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