特集 自ら考える力。

PR動画を作って移住者を増やす! 伊豆大島の小学6年生による、動画制作プロジェクト進行中。

“東京に一番近い”伊豆大島には、3つの小学校がある。その中のひとつ、大島町立さくら小学校の6年生が現在、伊豆大島へ移住してきてもらうための動画を自分たちで制作していると聞きつけた。

「人口減少に歯止めをかけるには、移住者を呼び込む必要がある」と考えたのは、子どもたち自身だったという。生まれ育った地域の魅力を、第三者に伝えるための子どもたちの奮闘が始まった。

文:兵藤育子 写真:加瀬健太郎

子どもたちから自然に出てきた
「移住者」というキーワード

伊豆諸島で最も大きい伊豆大島。東京・竹芝埠頭から高速ジェット船に乗って2時間弱でアクセスでき、晴れた日は富士山や熱海の温泉街の夜景などがくっきりと見えるほど、本州に最も近い島でもある。しかしながら人口減少が深刻で、1952年(昭和27年)には13,000人を数えていたものの、現在は約7,700人まで落ち込んでいる。さらに20年後には5,000人を切ることが予測されていて、日本創成会議が2014年に定義した消滅可能性都市(少子化や人口流出に歯止めがかからず、将来的に存続できなくなるおそれのある自治体)のひとつにもなっている。

三原山山頂近くから見下ろした島の風景。

過疎化による町の変化を、暮らしている人はダイレクトに実感するものだが、その点においては子どもたちも決して例外ではないようだ。大島町立さくら小学校(全校生徒120人)の6年生30名が、「大島に移住者を増やそうプロジェクト」と題して、大島の魅力を伝えるPR動画を制作しようと、目下奮闘しているのだ。このプロジェクトは「総合的な学習の時間」の一環で行われているのだが、立ち上がるまでの経緯を担任の鈴木正利先生はこう説明する。

鈴木先生が最初に大島に赴任したのは2011年。その後、中国の日本人学校を経て再び大島に戻ってきたとき、島の人たちは当たり前のように「おかえり」と迎えてくれたそう。3人の子どもの父親でもあり、子育てのしやすさを実感する日々。

「6月に移動教室として港区のほうに2泊3日で出かけて、白金商店街でイタリアンレストラン、美容室、青果店、呉服店、スポーツジムなどを職場訪問しました。いろんな分野のプロと出会い、働く人たちは自分の利益のためだけでなく、誰かを喜ばせたり、誰かの役に立ちたいという思いを持っていることに気づけたようです」

次の段階として子どもたちに浮かんだ問いは、自分たちが暮らす大島町で働く人たちはどうなのか、ということだった。そこで2学期には地元で職場訪問を行い、前回よりも一歩踏み込んで、プラス面だけでなく現在抱えている課題なども探ることに。

「そこで集めた情報をクラス全体で共有し、プラス面とマイナス面に整理して分析してみました。そうすると、基本的にどの職場でも働き手が不足していて、人口減少や少子高齢化が最も大きな課題であることが見えてきました。そして、この問題を解消するために、自分たちができることはあるか問いかけたところ、移住者というキーワードが子どもたちのほうから出てきたのです」

人口減少に歯止めをかけるためには、移住者を増やす必要がある。しかも20代、30代の若い移住者であれば働き手不足の解消にもなるし、島で結婚して家族を持てば、子どもを産むこともできる。若い世代に移住を検討してもらうために、島のPR動画を自分たちで作り、この世代の主な情報収集ツールといえるSNSで発信してみよう、ということになったのだ。

当たり前に存在することを
地域の魅力として客観視する

もちろん子どもたちは、動画制作に関してはまったくの素人だ。「大島の魅力を伝える」というテーマに関しても、ここで生まれ育ち、なおかつ外で暮らしたことのない子が大部分のなか、あって当たり前なあれこれを、移住者目線での魅力に変換していく必要がある。なかなか壮大なチャレンジといえそうだが、まずは大島の魅力やPRポイントをいくつかのカテゴリーに分けて、各グループで町の人の声を調査しながら、それぞれの魅力が伝わるPR方法を考えることになった。

今回、雛形の取材陣(編集者、フォトグラファー、ライターの3名)が授業にお邪魔して、取材のしかたや取材をするうえで大事にしていることなどを、お話させてもらう機会をいただいた。その際、各グループが作ろうとしている動画について代表者にインタビューを行ったので、その内容を紹介していこう。

「観光客の意見をもとに、大島の魅力を移住者にアピールする」

「ずっと島に住んでいる自分たちが、気づかないこともあるかもしれないから、外から遊びに来た人に魅力を聞いてみようと思いました」。その方法として考えたのが、アンケート用紙と回収ボックスを定期船が発着する2つの港に設置すること。鈴木先生いわく、「このグループは日曜日に自主的に港へ様子を見に行って、アンケートに協力してくれるよう呼びかけたりもしています」。努力の甲斐があって、すでに50程度の回答が集まっていた。「『海がきれい』とか『自然がいい』という意見がやっぱり多いけれども、『前田豆腐店のドーナツ』というような意外な答えも。僕たちも知りませんでした」。今後は回収したアンケートのなかから、気になる答えをピックアップして動画を作っていくことになりそうだ。「働き手不足なので、移住をしてきた若い人とかにも島の魅力を聞いてみたいです」

「大島に住みたくなるような自然」

300万本もの椿が自生する大島。毎年1月末から3月くらいに見頃を迎える。

このテーマにしたのは「大島は自然が豊富なので、それを生かせたらいいと思ったから」。大島はたしかに自然が豊富な場所だが、それだけに切り口や見せ方を絞り込んでいく必要がある。その点、このグループは「子どもが楽しめるような自然」や「安心して住めるような自然」など、暮らすうえでの自然の魅力を打ち出したいと思っている。

おすすめしたい場所は「サンセットパームライン」という海沿いの道と、「泉津の切通し」という幻想的なスポット。「サンセットパームラインは夕方に走ったり、自転車で通ったりすると、きれいな夕日を見ることができます。泉津の切通しは両端に大きな木があって、その真ん中に階段が通っているようなきれいな場所です」。
都会のように子どもを公園に連れていかなくても、遊べる自然が身近にたくさんあることや、夕日を毎日のように見ることができる素晴らしさを、どうやって動画に落とし込んでいくかがポイントになりそう。

「大島の自然のよさを伝えて移住者を増やす」

前のグループと同様のテーマだが、選んだ理由は「大島の一番の見どころは、やっぱり自然だと思うから」。「大島の魅力=自然」というイメージは子どもたちにとって根強いようで、人数が多く集まったため2グループに分かれることに。

島全体も見守るように島の中心にそびえ立つ、標高758mの三原山。黒い火山岩で覆われた東側一帯は「裏砂漠」と呼ばれ、神秘的な空間が広がっている。

なかでも一番のおすすめは「三原山」だそうで、「大島のシンボルで、島の真ん中にある一番高い山。遠足とか学校の行事とかで行ったりもします」とのこと。ただし動画で三原山を取り上げるべきかどうかは、決めかねているようだ。「ほかにもいっぱいあって決まらないっていうのもあるし、三原山みたいなきれいな場所をアピールしても、移住したいとは思わないかもしれないから。どういう視点だったら、移住したいと思えるのかがわからないんです」。

たしかに、単純に訪れてみたい自然と、住みたいと思える自然は違う。そのことに気がついて、自然の見せ方について悩んでいる姿が印象的だった。

「大島は“田舎あるある”が当てはまらない」

「ユーチューバーとかがあげている“田舎あるある”を調べると、結構たくさん出てくるんですけど、大島には当てはまらないことが意外と多いから、実は田舎じゃないよってことをアピールしたいんです」。具体例を尋ねると、「通学路が険しい」「病院が近くにない」「バスが1時間に1本しか走っていない」などなど。生活の利便性をアピールするユニークな切り口といえるが、動画のイメージがまたユニーク。「人形劇にしようと思っていたんですけど、改めてみんなで話し合ったときに、ターゲットが20代、30代なので興味を持ってくれるかどうかわかんないっていう意見も出てきて……」。大人でも人形劇に興味を持てそうな気がするけれども、取材対象が定まっていないこともイメージが定まらない原因となっているようだ。一方で話し合いのなかで、「人形と一緒に外に出て、険しくない通学路とかを撮影するのも面白そう」という新たなアイデアも。

 

「空き家と物件を紹介する」

「大島には空き家バンクがあって、それを活用するためにもやりたいと思ったし、移住してくるならまず家が必要なので」と、具体的に移住者の目線に立ったテーマを選択したグループ。実際に暮らしていても、空き家の数はそれなりに多いと感じているようだ。

ただし空き家バンクに登録されている物件をチェックしてみたところ、20代、30代の人が住みたいと思えるような物件は「ちょっと探すのが難しそう」という印象も。このグループは、大島と移住希望者をつなぐマッチングサイト「シマラボ」の運営スタッフにすでに話を聞いて、移住者を紹介してもらっているため、その人に取材することを検討している。「なんで大島に移住してきたのかとか、なんでその空き家に住むことにしたのかを聞いてみたいです」

「大島で働き手不足の仕事を紹介する」

「移住したら家も大切なんですけど、仕事がないと生活できないと思ってこのテーマにしました」と、こちらも移住者目線に立った具体性のあるテーマを選択。職場訪問を通して、働き手不足が大きな課題だとわかったのも大きいだろう。
「今、働き手不足の仕事を知るために、全学年の保護者に配るためのアンケートを作っているところです。そこに、働き手不足だと感じる仕事を書いてもらおうと思っています」。

いろんな職場が出てきそうだが、その後の展開についても具体的にイメージできているようだ。「あがってきた職場をジャンルなどに分けて整理してから、電話をして許可をいただいて、インタビューをさせてもらったり、動画を撮ったりしたいと思っています」。動画を見た移住希望者がその職場で働き始めるようなことも、もしかしたらあり得るかもしれない。

「大島の安全と優しさを伝える」

「島が安全であることや、大島の人たちが親切にしてくれることを伝えたいと思いました」と最後のグループ。意外と出てきそうで出てこなかったのが、「人」の魅力。都会から地方に来ると、人との距離感が近かったり、何気ない優しさに癒やされたりするものだが、それが日常の風景である大島の子どもたちにとっては、魅力としてなかなか気づきにくいのだろう。そう考えると「安全」や「優しさ」をテーマに選んだこと自体が、自分たちの地域をある程度客観視できているのかもしれない。「横断歩道を渡ろうとしているときに車が止まってくれたり、犯罪とかが少ないことをアピールしたいです」とのことだが、それらを動画でどう表現するべきか、悩んでいる模様。しかしながらグループで話し合っていくなかで、親切にしてもらえた場面を自分たちで再現してみよう、というアイデアも生まれていた。

自分たちが暮らしている地域や日常に、当たり前に存在することを魅力として捉えるのは、大人であってもそう簡単なことではないだろう。しかもほかの地域での暮らしを経験したことのない子どもたちが、移住者の立場になって考えるには、今まで意識したことのないような視点で地域を見つめる必要がある。プロジェクトを通して、鈴木先生が改めて感じたことが印象的だった。

「生まれ育った場所だから当然なんでしょうけど、やっぱりみんな、島が好きなんだなあとすごく感じます。一度は外に出てみたいけど、30歳くらいになったら戻ってきたい、とほとんどの子が言っていますし、知り合いがたくさんいる環境で生活をしたり、子育てをするのはやっぱりいいことなんだっていう思いが、言葉の端々に出てくるんです」

プロジェクトの最終目標は、動画を完成させて配信すること。子どもたちの思いの詰まった動画は、はたしてどんな形になるのか。雛形でも紹介する予定なので、お楽しみに!

東京都・伊豆大島

東京・竹芝港から高速ジェット船で最短1時間45分、客船(夜行便)で最短6時間。神奈川・熱海港からは高速ジェット船で最短45分。また調布飛行場からだとわずか25分でアクセスできる、本土に最も近い伊豆諸島の島。2,500人弱が暮らす最大の集落・元町地区が西部に位置するほか、岡田地区、南部地区などがあり、各地区に町営の小学校と中学校がある。都立高校は2校。路線バスもあるが、島内の移動のメインはマイカー。空き家や求人のマッチングサイト「シマラボ」や「大島町空き家バンク」「伊豆大島 島の暮らし体験」などで、移住に関する情報を収集・公開している。


シマラボhttps://oshimalabo.com/house
大島空き家バンクwww.oshima-akiya.jp
伊豆大島 島の暮らし体験www.oshima-kurashi-taiken.com

【アクセス】
東京・竹芝港、熱海港(そのほか、横浜港、久里浜港など)から出発する船で行く方法と、調布飛行場から飛行機で行く方法があります。
東海汽船HPhttps://www.tokaikisen.co.jp/
新中央航空HPhttps://www.central-air.co.jp/
 

PR動画を作って移住者を増やす! 伊豆大島の小学6年生による、動画制作プロジェクト進行中。
(更新日:2020.02.07)
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