特集 春の手前のちいさな物語

「まっすぐに生きるひとたち」 春の手前のちいさな物語 【北海道・下川町】

鹿児島で生まれ育ち、進学のために東京へ引っ越した。でも、大学1年のときに身体をこわし、両親が住んでいた奄美大島へ。南国で1年半過ごし、また東京へ戻った。卒業しても居を移しながら東京近辺に留まっていたけれど、ふと、もっと自分に合う土地があるのではないかと考えて、国内外を旅しながら住む場所を探していた。

はじめて北海道を訪れたのは2015年の冬。はりつめた空気、雪の眩しさや白樺の群れに惹かれて、ここに引っ越そうと決めた。

北海道はひろい。なるべく緑にあふれたところに住んでみたい。しかし、わたしは運転免許を持っていない。まずは地下鉄で移動できる札幌で暮らしてみよう。どこにいてもできる仕事だから、どこへでも行ける。世界は果てしないが、どこへでも行ける。

札幌市民になったわたしは、いまだに自分に合う場所を求めている。いつでも心地良く過ごせる時間を求めている。写真家の円山恭子さんと、穏やかな日々を探しに、道北の下川町へ向かった。高速道路を使って札幌から車で3時間半ほど。春の手前のちいさな物語。

編集協力:下川町産業活性化支援機構タウンプロモーション推進部

冬は冬を生きる

空がくすんでどんよりとしていたら、春がくるまえの合図。雪解けて茶色くなった高速道路を、円山さんが運転している。わたしは後部座席で書きはじめる。言葉は自然と同じく生きているので、瞬間の感情を保ったままじゃないと、とりこぼしてしまう。

それらを深く意識したのは、やはり北海道へ移住してから。北国の冬はけっしてやさしくはない。やさしくはないが、抗えない自然の偉大さを教えてくれる。誠実な大地だと思う。冬がきて、雪が降ったら自転車に乗れない。近所のひとたちと協力して雪かきをする。早朝に散歩をしていたら、キタキツネに出会う。

冬は冬を生きる。そんな当たり前のことを、北海道は教えてくれる。

北海道の冬は長く、春になったら一気に雪解けて、茶色い風景になる。雪に埋もれた誰かの落とし物も、溶けだしたなかで見つかる。5月から6月くらいに一気に花が咲く。ようやく夏がきても、日が落ちたら肌寒い。そして、夏の夜明けは早い。午前3時には明るむので、引っ越したばかりの頃はカーテンをぴったり閉めるのを忘れて眠ってしまい、朝がきたのだと勘違いしてベッドから下りて、時計を見て、ふたたび眠るという行為を繰り返していた。木々が紅葉して落葉したら、またたくまに秋をとびこえて冬になる。

1年の半分が冬。だから、ひとびとは暮らしを楽しむ工夫をする。快適に過ごせるように工夫をする。

下川町は想像より雪が少なかった。今年は暖冬だ。到着したら、腹ごしらえをする。3時間半の移動は、旅のみちのりとしては十分で、わたしたちはお腹が減っていた。下川は手延べ麺が有名で、それを食べて町を感じる準備をする。今日は風が強く、気温も5℃以上ある。3月半ばでこの気温はめずらしい。どんどん雪が溶けていく。水たまりは夜になったら凍るので、滑らないように気をつけなきゃいけない。

森と共存する町

「まちおこしセンター『コモレビ』」に到着し、下川町産業活性化支援機構タウンプロモーション推進部の立花実咲さんと名刺を交換する。その名刺は白樺の木からつくられたもの。トドマツは木目が粗い。胡桃は色が濃い。種類がいくつかあり、文字情報が多いので白樺を選んだとのこと。柔らかい手触りの名刺。はやくも森林の町ということが伝わってくる。

そういえば、さっき立ち寄ったうどん屋さんの前に大きな木彫りがあった。それらは山羊だったり熊だったり鷲だったり。チェーンソーアートと呼ばれるもので、公園にもたくさん置かれていた。部屋中に、町中に木のぬくもりがあって、下川は森と共存している。

下川町の中心地から10分ほど離れた集落、一の橋へ向かう最中、にわか雨が降りだす。車に揺られて、自分たちで育てたオーガニックハーブでものづくりをする「SORRY KOUBOU」さんのお店「cossoto, hut」に到着した。福島より移住してきた山田香織さんが出迎えてくれる。雪原にぽつんとあるお店はかわいらしくて、薪の燃える匂いがする。

自分がアトピーで、いろいろなハーブを育てはじめたのがきっかけ、とお話してくださる。小さな店内にはハーブティ、石鹸、ハーブチンキなどが並ぶ。あたたかくなったら、小松佐知子さんと山田さんがふたりで畑を耕し、無農薬でハーブを育てている。誰かのため、ではなく、肌の弱い自分のために。その想いがひろがって工房がある。とても正直で、まっすぐだと感じる。

瓶にカモミールが詰まっていて、鮮やかで、きれい。素直にそのまま伝えたら、ハーブは色素が栄養分だから、なるべく色があるものを、と言う。それって、あらゆる物事に通じる。鮮明なものはたくましい。野菜だって観葉植物だって、色鮮やかだと、そのものが元気な証拠。それをいただくのだから、命ってふしぎだ。色から栄養をもらう。色から命をもらう。

雪の白さの下で、沈黙している植物。越冬するハーブもあるらしい。季節をぜんぶ吸収したら、こんなにも豊かな色になるのだろうか。

救えるものは救いたい

「cossoto, hut」のほど近くに「診療所前」と書かれたバス停があり、道路をはさんだところに「家具乃診療所」がある。もともと診療所だった場所をリノベーションして、埼玉出身の河野文考さんが家具の診療所を営んでいる。修理するのは椅子、テーブル、タンスとさまざま。

相談にくる方に問診票を書いてもらい、河野さんは家具のカルテを作っているのだという。家具にも物語があるのだ。訪れたお客さんは、おのずと家具にまつわるストーリーを語ってくれる。使い続けたいものには、それぞれの愛着がある。それで、河野さんはカルテを作っているのだ。

ものを捨てないことは不可能だと思うけど、救えるものは救いたい。率直に言う河野さんの言葉にはてらいがなく、素敵だ。ちょっと照れながらお話してくれる。かつて押し入れだった部分の壁をとりはらい、ご自身が作ったクラフトを並べている。風通しの良い診療所。

・・・

日が落ちて、寒さが増してくる。札幌ではなかなか体感できない寒さ。雨が強まり、風も強くなってくる。北海道の春は乱暴で愛おしい。すっかり夜になった町をわたしたちは進む。

1年のリズムを大切にして暮らすひとびと。大自然のなかで、季節の呼吸に耳をすます。下川町の日常に身をゆだね、眠りにつく。

後半>>「そこに寄り添うひとたち」はこちらから。

文:三角みづ紀
詩人。1981年、鹿児島県生まれ、北海道在住。東京造形大学在学中に現代詩手帖賞、第1詩集で中原中也賞を受賞。第2詩集で南日本文学賞と歴程新鋭賞を受賞。執筆の他、朗読活動も精力的におこない、スロヴェニア、リトアニアなど多くの国際詩祭に招聘される。一カ月の間、欧州を旅して執筆した第5詩集『隣人のいない部屋』で萩原朔太郎賞を史上最年少受賞。代表詩篇は翻訳されメキシコ、オーストラリア、フランスをはじめ他国でも紹介されている。2020年5月に第8詩集を刊行予定。
http://misumimizuki.com/

写真:円山恭子
写真家。1975年北海道生まれ。大卒後会社員・非正規・アルバイト等を経て2015年よりフリーランスフォトグラファーに。2020年4月1日~30日に札幌天使病院天使ギャラリーにて「FLOWER」展を開催。花の色に救われた経験があり、自分の産まれた病院に花の写真を展示。近年の個展に就職氷河期の経験を釦等で表現した「人生再設計第一世代?」展(2019)。
https://maruyamakyoko.shopinfo.jp/

●まちおこしセンター「コモレビ」
観光案内所も併設された、モノ・コト・ヒトが結びつく町の情報発信施設。Wi-Fi完備された、自由に使える休憩スペースもあり。町の特産品や職人さんたちが作った作品展示も行われている。
http://www.shimokawa-time.net/161203/

●SORRY KOUBOUのお店「cossoto, hut」
オーガニックハーブを栽培し、それを原料にものづくりをしている「SORRY KOUBOU」。お店「cossoto, hut」は、畑仕事の合間にこっそりオープン。カモミールオイル、カレンデュラオイルなどの商品を販売している。
住所:北海道上川郡下川町一の橋607の内
営業時間:10:00-16:00
営業日:日曜日、月曜日 (臨時休業があるためお越しになる際はお電話にてご確認ください)
電話:01655-6-2822
https://sorrykoubou.jp/

●家具乃診療所
家具職人であり、「家具工房 森のキツネ」のオーナー・河野文孝さんが営む、家具の修理工房。ここでは、修理・リサイズ・オーダー制作・お手入れ相談などの家具の診療を行っている。
住所:北海道上川郡下川町一の橋240
営業時間:10:00-15:00
営業日:月曜日、日曜日
電話:050-3488-3964

(更新日:2020.04.08)
特集 ー 春の手前のちいさな物語

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春の手前のちいさな物語
人口約3000人、東京23区と同じくらいの広さに森が90%を占める北海道・下川町。春の気配を感じる3月、この地の自然の息づかいに触れるちいさな旅に出た。
「まっすぐに生きるひとたち」 春の手前のちいさな物語 【北海道・下川町】

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