特集 いま気になる、あの人の話

「影の存在もあって、私。」詩はやがて、自分と向き合う旅になる。俳優・角田萌果による詩集、『変遷』をめぐる物語。

思ったことを言葉にするのは、思っている以上に難しいーー。

劇団青年座に所属する俳優・角田萌果さんは、小学生の頃、自分が感じていることを友達と共有する難しさに気づく。言葉を話した瞬間から、そこに足りないものを探していたという。

その限界に達した17歳の頃から、萌果さんは詩を書き始めた。

自分の内側と向き合いじっくり時間をかけて紡ぎ出されてきた言葉は、やがて“自分”と“自然”がつながったときに詩となって現れる。そうやって書き続けてきた詩が、一冊の詩集『変遷』となった。出版に合わせて、高円寺のギャラリー「GALLERY33〈SOUTH〉」で、9月16日(木)〜21日(火)まで、初の個展「変遷 -hensen- 」も開催される。

孤独という影と向き合いはじめたあの頃には見えなかった景色が見えるようになった、25歳の彼女に話を聞いた。

文:兵藤育子 写真:熊谷直子

“影”があっての私を、
ようやく認めることができた

世の中にはこんなに言葉があふれていて、日々いろんなことを話しているのに、自分の思っていることを相手にうまく伝えられないのはどうしてなのだろう。劇団青年座に籍を置く、現在25歳の角田萌果(詩人名はつのだもか)さんが詩を書くようになったのは、17歳のときだった。

「小学6年生くらいから、ひとりぼっちだなって漠然と孤独を感じるようになったんです。自分が感じているいろんなことを人と共有するのが難しかったり、みんなが遊んでいるところにうまく混ざっていけない。ほかの子たちが楽しいと思うことを、なぜか自分はそう思えなかったりして溜め込んでいった結果、高校1年生の冬くらいに限界に達しちゃったんです」

そのとき話を聞いてほしくて電話をかけたのが、国語の教師だった。

「それまでずっと自分だけが抱え込んでいる感情だと思っていたのですが、ほかの人も感じていることなのだと先生に教えてもらいました。国語の先生らしく、名だたる文豪たちの例を出しながら、ご自身の経験も話してくださって。そして、『その影の存在も含めてあなた自身なのよ』と。そのとき初めて、この気持ちはあってもいいものなのだと、思えたんです」

 

萌果さんが小中高と学んだのは、神奈川県・相模原市、旧藤野町の豊かな自然のなかにあるシュタイナー学園。個性に寄り添い、感情や意志に働きかける総合芸術としての教育を構築した、シュタイナー教育を実践する学校だ。最終学年となる12年生(高校3年生)時には学びの集大成として、自らの興味や課題に基づいてひとりずつテーマを決め、1年かけてそれを深め、論文にして発表する「卒業プロジェクト」というカリキュラムがある。萌果さんが着目したのは「表現すること」だった。

「絵や音楽など、いろんな芸術が大昔からあるわけですけど、どうして形を変えながら脈々と続いているんだろうと疑問を持ち、それをテーマにしたんです。自分でも絵を描いたりなど、いろんなことを実践してみたんですけど、最終的に1年間続いたのが詩作でした」

なぜ自分は詩作を続けられたのか。芸術という大きな流れに身を任せながら、萌果さんは自らが詩を書く意味を考える。

「私の詩は、社会に向けて何かを訴えようとか、言葉で遊んでみようっていうのではなく、外から来た刺激に対して自分がどう感じたのか、どう変化したのかを見つめて、客観的な媒体として形にする側面が強いのだと思います。親しい人にしか読んでもらっていなかったのは、もしその詩を受け入れてもらえなかったら、自分が傷ついてしまうんじゃないかって怖かったからなんです」

昨年の新型コロナウイルス感染拡大による未曾有の事態は、多くの人の価値観や人生そのものを揺さぶった。そしてそれまで当たり前だった数々の行動が制限されたことで、立ち止まり、考える時間を与えられた。

「私も4カ月ほど実家にこもっていたのですが、高校を卒業して以来、そんなに長く藤野で過ごしたのは初めてで、土地も含めて自分の原点に戻ったとき、いろんなことが整理されたんですよね。そしてその後、こんなふうに演劇をつくっていきたいと思える現場に、たまたま連続して出会うことができて、役者としてもひとりの人間としても、自分の道が見えた1年だったんです」

その間、孤独との付き合い方がわからないまま、初めて書いた詩から、ごく最近の詩まで振り返ったことも、大きかったようだ。

「12歳くらいからずっと気配を感じながら闘ってきた自分の影みたいなものを、拒絶するのではなく、本当の意味でようやく一緒にいられるようになった気がしました。影もあっての私という存在なのだと、ちゃんと認めることができたというか。そしたら“変遷”って言葉がパーンと浮かんで、今まで書いてきた詩をここで一旦まとめようって思えたんです」

“自分”と“自然”が結びつく
瞬間をつかまえる

詩集『変遷』に収められた詩は、40数篇。それらの詩から受ける印象はもちろん人それぞれだろうが、体や心で感じたことを伝えようとする言葉はとても素直で、まるで日記を読んでいるような気持ちになる。

「高等部は家から歩いて1時間のところにあったのですが、帰り道が詩作の時間でした。移り変わっていく自然を感じながら、あれこれ考え事をして歩くんですけど、自分のなかのことと自然が結びつく瞬間みたいなのがあって、その瞬間をぱっとつまえて言葉にする。今もそうですけど、高校生のときの詩は特にそんな書き方が多いですね」

 

東京暮らしをしている今は、藤野ほど周囲に自然は多くないけれども、それでも自分と自然がつながる瞬間は、たしかにある。

「最近だと三鷹を歩いていて、初夏の風のにおいを感じたとき、言葉があふれてきて。あのときは今しかないと思って、電車に乗る前にバス停のベンチに座って一気に書きました。景色、におい、空気、気温などと、自分の感情や哲学、理想みたいなものが結びつくんですけど、その通り道がないとうまく詩にならない。書けるかなと思って2、3行書いてみても、通りが悪いときはやっぱり形にならないんですよね」

もうひとつ、詩が形になる重要な条件が、役者として舞台に立っている時期ではないこと。

「いろんなことを突き詰めて考えるのが根っから好きなんですけど、芝居をやっているときはその対象が自分ではなく他者、要は演じている役なんですよね。演劇は表現するセリフがあらかじめ用意されているものだから、そのセリフを言うために突き詰めて考える。だから詩が出てこないっていうのはあるかもしれません。でも突き詰める対象が自分のときは、詩で表現するのが一番しっくりくるんです」

卒業プロジェクトのために書き始めた詩を、卒業後も誰に求められるわけでもなく書き続けてきたのは、やはり自分自身が必要としていたからだと、萌果さんは改めて感じている。

「誰かに何かを伝えようとするとき、思ったことをそのまま言っても伝わらないなって感じることは、大人になってもたくさんあって。普段おしゃべりしていてもそうだし、仕事をしていてもそう。私は自分の思いを言語化するのがわりとゆっくりなほうだと思っているのですが、詩は自分のなかを見つめる時間があって、言葉を組み立てる時間があって、それを読んでくれる人の時間がある。このテンポ感が、自分にとってはとても心地よいのだと思います」

 

詩は、人の心を旅して
やがて、自分と向き合う旅になる

詩集の出版に合わせて、高円寺のギャラリー「GALLERY33〈SOUTH〉」で、9月21日(火)まで初の個展「変遷 -hensen- 」が開催される。詩集の出版だけでなく個展を開催する理由を尋ねると、「たしかに言われてみると、どうして展示をしようと思ったのかな(笑)」と不思議がる。このふたつをあくまでもセットとして考えていたところも、“表現をする人”らしい反応だ。

「その場で私の詩を読んでくれた人たちが、どういう反応をするのか見たかったのかもしれません。あとはやっぱりアナログな人間なので、詩集を手で渡すっていうことを無意識のうちに大事にしたかったのかもしれないですね」

 

コロナ禍で演劇を含め、さまざまな生の舞台が制限される状況がいまだ続いている。ライブの感動はかけがえのないものではあるが、そのフラストレーションを多少なりとも鎮めるのもまた、芸術がなせることだ。

「詩は家にいながら、自分とは別の人の心を旅するような感覚にもなれますよね。小説のように、しっかり時間をとって向き合いたいものもあるけれど、詩は1日3分でもふっと旅ができるものだから」

もっと言うと詩は、他者が発したとても個人的な感情だとしても、いつの間にか受け手が自分自身と向き合っているような、不思議な旅ができる言葉でもある。

「詩のいいところは、短い言葉から自由に想像ができることだと思います。この詩集でも『私とあなた』をテーマにした詩がいくつかあるのですが、読む人は誰を想像してもいい。私が自然の現象と自分をつなげていろんなことを考えるように、詩の言葉が読む人の何かとつながって、大切なことに気づくようなひと押しになったらいいなと思っています」

詩集『変遷』/つのだもか
2,200円(税込)
初めて詩を書いた17歳から25歳になった現在まで書き溜めてきた詩の中から40数篇をまとめた、1st詩集。萌果さん自身の心、そして言葉の変遷とともに、受け手もさまざまな景色と巡り会える一冊。
*展示会場および、9月28日(火)までオンラインでは、2,000円(税込)にて販売。
オンラインショップ:https://tsunotsuno555.stores.jp
Instagram:https://www.instagram.com/moca_hen_sen/




つのだもか1st詩集『変遷』
発行記念個展
「変遷 -hensen- 」
『変遷』に収録された中から、自身が手書きした詩を展示。ページを開いて読む詩とは異なる、展示された言葉から見えてくる景色を感じてください。本人も在廊予定。


会場:GALLERY33〈SOUTH〉
東京都杉並区高円寺南4-12-21 SUNSKY(JR高円寺駅南口より徒歩5分)
会期:2021年9月16日(木)~21日(火)
11:00~19:00(初日13:00~/最終日~17:00)

「影の存在もあって、私。」詩はやがて、自分と向き合う旅になる。俳優・角田萌果による詩集、『変遷』をめぐる物語。
角田萌果さん

つのだもか/俳優。角田萌果として劇団青年座所属。新国立劇場演劇研修所第10期修了。藤野シュタイナー学園卒業。里山の中で育ち、17歳の時から詩作を始める。現在も俳優業の傍ら、自然と共生する感覚を生かして詩を編み続けている。今回自費出版する『変遷』が初の詩集、初の個展となる。twitter:https://twitter.com/tsunoda_moka

(更新日:2021.09.15)
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映画監督、キュレーター、俳優、詩人、ボディワーカー……。変わり続ける生活のなかで、彼らが何を感じ、考え、表現しようとしているのか。気になるあの人に会いにいく。
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