特集 いま気になる、あの人の話

コンプレックスは、自分の“目印”になる。AV女優から俳優の道へ。川上なな実・写真展『すべて光』、1/16まで@渋谷ヒカリエ開催中

「ここでしか生きることができない、って思っていたんですよね。今振り返ると、それは依存だったんだなって」

10年続けてきたAV女優業とストリッパーを引退し、今後は俳優業に専念することを発表した川上なな実さん。転機となるこのタイミングで、写真集『すべて光』と、自伝的小説『決めたのは全部、私だった』を出版。写真展『すべて光』も、1月16日(日)まで、渋谷ヒカリエとBARダイトカイの2会場で開催されている。

周りに流されていた過去、家族とのこと、体のコンプレックスについて、10年間いた世界を離れる決意とその背景について。川上さんは、時折声をあげて笑いながら、納得していることも、まだ腑に落ちなていないことも、包み隠さず話してくれた。

そんな風に川上さんが素のままですくっと立っていられるのは、自分の言葉と体の感覚にずれがないかに注意深くありながら、どんなにつらくても、考えることをやめなかったからなのかもしれない。過去も今も、ありのままの自分を受け入れる彼女の今。

文:小谷実知世 写真:熊谷直子

依存から抜け出すには、
自分の足で出ていくしかない。

2012年にAV女優としてデビューして以来、トップ女優として人気を博してきた川上なな実さんが、業界から身を引き、俳優業に専念することを決めたのは、昨年の春。10年間続けてきたことを辞めて、新しい世界に踏み出す。そこには、どんな思いや決意があるのだろうか。

待ち合わせをしていた朝のカフェで、川上なな実さんと写真集『すべて光』を撮影した写真家・熊谷直子さんと挨拶をする。黒いワンピースの川上さんは、事前に見ていた写真集の中より少し大人っぽく、そしてどこか緊張して見えた。まずは、熊谷さんに川上さんを撮ることになったきっかけを伺った。

「共通の友人がいて以前から知り合いだったんですけど、ある日道でばったり会ったんです。すごいきれい人がいるなって、かなり遠くから近づいていったら、川上さんで。その時の彼女は、これまでとは全然違って見えたんです。自信を持っている人が放つオーラのようなものを感じて、この人を撮りたいと思いました」

それは川上さんが、ドラマ『全裸監督』に出演した直後の頃だったという。その場で撮りたいと伝えた熊谷さんの言葉に、快く応じた。偶然にも川上さんもその頃、熊谷さんの写真集『赤い河』を見た直後で熊谷さんに撮られたいという思いを抱いていたという。その時から今まで約2年間、熊谷さんは川上さんを撮り続けた。

人が喜んでくれることに応えたい。そのためにベストを尽くしたいという思いが人一倍強いという川上さん。写真集には、NG写真が1枚もなかったというほど、ただ美しいだけではない、生身の、自分自身をさらけだした彼女がいた。熊谷さんはそんな彼女を指して「表現者なんです」という。その才能は、AV業界でも存分に発揮されただろう。だからこそ、10年もの間、業界のトップランナーとして活動してきたのだ。しかし、川上さんの中には葛藤も生まれていた。

 

「私は『自分に嘘をつかない』というのを信念に生きてきたんですけど、それができなくなってしまった時期があって。本当は、人間らしく愛情いっぱいに人と接したいのに、それができなくて、いらいらしていました。一方で、自分の軸がないから、人に合わせることばかりして。恋愛をしても自分がなくなってしまって、とにかくうまくいかなかった」

今のままではうまくいかないことに気付きながらも、どうすればそこから抜け出せるのか分からず、目の前のことをやりきるのに精一杯の日々だったという。

「ここでしか生きることができない、って思っていたんですよね。私は一生AV業界で生きていくんだって。自分にそう言い聞かせながら、自分で自分を閉じ込めていたんです。一方で、求められ、居場所を与えてくれるところにいることは、すごく楽でもあったんです。でも今、振り返ってみてわかるのは、私は依存してたんだなっていうことです」

10年という年月は、一つの仕事を覚え、経験を積み、自分のものとするのに充分な時間だ。長らく身を置いたAV業界は川上さんにとって慣れ親しんだ世界になっていたはずだ。
ましてや、世間的には“特殊”とも言える業界から違う世界に踏み出すことを本気で模索するには、相当のエネルギーが必要だっただろう。でも彼女は、自分の求める世界を探し続けた。そしてたどり着いたのは、「すべては自分」次第であるということ。

「人に『ここから出して』って訴えても意味がなくて、私自身が動かなくちゃいけなかったんですよね。自分自身で閉じこもったのであれば、自分の足で出ていかなくちゃいけない。そうしないと、依存から自立することはできない。そのことに気がついて、自分の意識が変わったら、周りも変わっていったんです。今は、目にするもの、耳にする言葉がどんどん変わっていくのを感じています」

川上さんが、そのことに気づいたのは、自分自身が心から楽しみ、力を尽くしたことを、周りから認められるという経験からだった。

「ドラマ『全裸監督』への出演は、私にとって大きかったですね。すごく楽しかったんです。プレッシャーもあったけれど、懸命にぶつかって、演じることを全力で楽しめた。そうしたら、映画監督やプロデューサーたちからも『俳優として期待している』と言ってもらえて。自分が楽しめたことを褒めてもらったことが、すごい自信につながったんです。私がずっと探していた、愛情深くて、人間らしい世界がここにはあるって。私はここにいたいって思ったんです」

川上さんは、2022年1月をもってAV女優を、2月にはストリッパーを引退すると発表。本当の自分の居場所を見つけた彼女の世界は、ものすごいスピードで動き出した。

写真集『すべて光』より

 

居場所をつくるためには、家族をネガティブに捉える方が都合がよかった。

引退に向けたこの2年間の日々が記録されている写真集『すべて光』のなかには、彼女の故郷である福井県で撮影した写真がある。「川上なな実という人間を撮るなら、ぜひ訪れたい」という熊谷さんの考えもあり、実家で撮影が行われたという。

「父は、地元福井県で映像を撮る仕事をしていて、子どものときからどこにいくのもカメラを回している人でした。参観日にも大きいカメラと三脚を持ってきて、すごく恥ずかしかった(笑)。母は、一人では東京に来られないような、ちょっとお嬢さん気質かな。兄とは仲がよくて、家のコンボを爆音にして、ヘッドバンキングをして遊んだり……」

父がどこに行くにも大きなカメラを担いで自分を撮影し続ける行為を、愛だと気づくには時間がかかったと笑う川上さん。しかし、AV女優としてデビュー後は、家族とも疎遠になっていた。母に知られたときに、「信頼を、なくしました」と言われたことが、自伝的小説『決めたのは全部、私だった』に書かれている。

「子どもの頃からあまり褒められた記憶がなくて、田舎だから目立つとたたかれるって雰囲気もあって。欧米では、親が子どもに『I Love You』と伝えるのだとすると、うちは『信頼している』というのが、その代わりだった。だから、信頼をなくしたということは、縁を切られたと同じことだったんです」

この10年、家族については自分のなかで“置いてきたもの”という感じだったという川上さん。だからこそ写真集を理由に、家族と改めてつながれるのではないかという気持ちがあった。

「AV業界に身を置くようになって、そこに私の居場所があるって思ってました。AVとかストリップの業界をネガティブに捉える人は多いですけど、でもこの業界で救われている人もいるんですよね。だから、私自身、AV業界のポジティブ活動をしたい思いがありました。そのためにも、実家とか家族とかをネガティブに捉えるほうが都合がよかったんですよね」

業界で生き抜くために距離を置いていた家族。新たな道を歩き出す、そんな思いを胸に訪れた彼女を迎えたのは、10年ぶりとは思えないような温かな時間だったという。

コンプレックスは隠さなくていい。それが自分の“目印”になる。

この2年間は、引退までの自分を撮影したセルフドキュメンタリー映画『裸を脱いだ私』(2023年公開予定)の制作をスタートし、映画の公開と写真展「すべて光」開催のためのクラウドファンディングを実施し、書籍を2冊つくるなど、目まぐるしい日々だった。そのため、写真集『すべて光』には、一人の女性の人生が変わっていく様子がありありと、そして生々しく写し取られている。

写真集『すべて光』より

「体のコンプレックスも、そのまま表していて。そんな姿もみんな美しいって伝えたくて。この写真集は、女性たちにぜひ開いてほしいなと思ってます」

そう言い終えた後、川上さんは、「私、きれいごと言っていないですかね?」と、問いかけてきた。

インタビュー中、自分の発する言葉と自分自身が繋がっているかに敏感であると同時に、常に俯瞰して自分を見ていた川上さん。そのあり方は、かなり神経を使うことだろう。彼女にそう伝えると、「よく、そんなに考えなくても大丈夫だよって言われるけれど、でも考えるのは私の特技、個性だと思ってます。だから曲げられないんです」、と笑う。

そして、続けた。

「体のコンプレックスも、性格のコンプレックスも、みんなあると思うんです。私にもたくさんある。お尻に黒いあざがあって、必死に隠していたときもありました。でも、今はこれもチャームポイントって思えるように。私の“目印”みたいなものですね。

コンプレックスだと感じる部分があったとしても、それを隠したり、なくしたりして、自分を否定しなくてもいい。そして、それも含めて愛してくれる人と一緒にいるべきだって思う。今、私が感じているそんなことが伝わればいいなと思います」

写真集『すべて光』より

そんな川上さんの10年間の人生をもとに綴った自伝的小説『決めたのは全部、私だった』が、写真集と共に発売される。文章を書くことが初めてだという川上さんは、映像のように浮かんでくる出来事を思い出し、一つひとつ文字にするのは、精神的にも物理的にも大変な力を要したという。

「経験してみると、自分のことを書き起こすって、すごいスピードで自分のことが整理できるんだなってわかりました。客観視できる。すごく苦しかったけど、そうやって自分と向き合ってあげる必要性は、いつか絶対にあったから。泣きながら仕上げたところもあったけど、泣いてあげることも必要だったって思います」

しかし、すべてが“完了”し、すっきりしているという表情を見せるわけではない。AV業界の光と影を知るがゆえの複雑な感情を口にし、そこを居場所とする後輩たちのことを繰り返し気にかける。形にならない思いを無理に言語化することも、見て見ぬふりをすることもしない彼女は、心の動きに誠実でありたいのだろうと思った。

昨年、川上さんは、個人事務所を設立した。マネージャーをつけず、仕事のこともお金こともすべて自分で交渉するようになり、「自分で責任を持って、自分が見える範囲で行動できることが幸せです」と話す。

自らの足で、次のステージに力強く歩み出す彼女の姿は、女性たちにどう響くだろう。これからの彼女を見ていたい、そんな風に感じさせるきりりとした表情の彼女がそこにいた。

●写真展『すべて光』/川上なな実 ・ 熊谷直子
現役AV俳優・ストリッパーから世界で活躍する俳優へ、第2のステージに進もうとする川上なな実さんによる、⾃伝的⼩説と引退記念写真集の発刊を記念した写真展が開催中。依然残る偏⾒を向こうに、失敗を繰り返しながらも⽣き⽣きと経験を積んでいく姿を、写真家・熊⾕直⼦さんが2年間密着してきた写真が展⽰される。

期間:〜2022年1月16⽇(⽇)
場所:渋⾕ヒカリエ & B A Rダイトカイにて2カ所同時開催
・第⼀会場:渋⾕ヒカリエ8階 CUBE 1,2,3(東京都渋⾕区渋⾕2-21-1)
 時間:11:00〜20:00(会期中無休)
・第⼆会場:BARダイトカイ

 時間:平⽇17:00〜27:00 / ⼟⽇15:00〜27:00(⽕曜定休)


●写真集『すべて光』/川上なな実/写真:熊谷直子
4,500円(税込)/パブリック/2022年1⽉12⽇(⽔)発売
「体のコンプレックスも、そのまま表していて。そんな姿もみんな美しいって伝えたくて」。およそ2年間、川上なな実さんに密着した引退記念写真集。劇場やスタジオでスポットライトを浴びる姿や、舞台裏や自宅などで見せるありのままの表情が収められた一冊。
予約販売受付中:https://www.amazon.co.jp/dp/4991158141/





自伝的小説『決めたのは全部、私だった』/川上なな実
1,650円(税込)/エパブリック/2022年1⽉12⽇(⽔)発売
2022年、約10年間のAV女優としての活動に終止符をうつ川上なな実さんが引退を機にすべてを書いた自伝的小説。一人の女の子が人気AV女優となり、俳優として旅立っていくまで。七転八倒しながらも光を求めて立ち上がり、けっして歩みを止めず前進し続ける姿が描かれる。
予約販売受付中:https://www.amazon.co.jp/dp/499115815X/


 

コンプレックスは、自分の“目印”になる。AV女優から俳優の道へ。川上なな実・写真集『すべて光』出版記念写真展〜1/16開催中
コンプレックスは、自分の“目印”になる。AV女優から俳優の道へ。川上なな実・写真集『すべて光』出版記念写真展〜1/16開催中
川上なな実さん
2012年にAV女優としてデビュー。2015年、浅草ロック座でストリップデビュー。そのほか、ドラマや映画に数多く出演。2019年に出演したドラマ『全裸監督』での演技が話題に。2021年夏、2022年にAV女優を引退し、俳優業に専念することを宣言。引退記念写真集『すべて光』、自伝的小説『決めたのは全部、私だった』を同時発刊予定(1月12日)、2023年には、セルフドキュメンタリー映画『裸を脱いだ私』の公開を予定している。
HP: https://kawakaminanami.com 
(更新日:2022.01.07)
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映画監督、キュレーター、俳優、詩人……。何を感じ、考え、ものをつくり、表現しているのか?いま気になるある人に会いにいく。
コンプレックスは、自分の“目印”になる。AV女優から俳優の道へ。川上なな実・写真集『すべて光』出版記念写真展〜1/16開催中

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