小さな結び目が生まれる場所。
ワーケーションを体験しに、南伊豆の地へ。

旅をしながら働く。

果たして、そんなことができるのだろうか?
疑問を持ちつつも、ライターを生業にする私にとって、ワーケーションはいつか体験してみたいことのひとつだった。「働く場所」の自由度が高くなっている今こそと、計画を立てた。

私が滞在先に選んだのは、静岡県・南伊豆にある「ローカル×ローカル」。今春オープンしたばかりのこの宿には、1対1で地域で暮らす人の日常を体験できるプランがある。いつもの場所を離れて仕事をするのなら、そこでしか経験できない時間を過ごしたい。それが、宿選びの決め手となった。

初めて訪れる南伊豆の地には、どんな人たちが暮らしているんだろう。
気持ちを泳がせながら、南伊豆へと向かった。

文:小谷実知世 写真:森 若奈(「雛形」編集部)

“小さな結び目”を、つくっていく場所

予約しておいた車両に乗り込むと、「踊り子3号」は海沿いの町を経由し、伊豆半島をどんどん南下する。時折のぞくきらきらした海を車窓から眺めているうちに、やがて伊豆半島最南端の駅、伊豆急下田駅に到着した。駅では、これから2泊3日お世話になる南伊豆の宿「ローカル×ローカル」のオーナー・伊集院一徹さんと待ち合わせ。目的地までは、ここからさらに車で20分ほど。

話を聞くと、伊集院さんが南伊豆に住みはじめたのは、3年ほど前のことだそう。

「僕は鹿児島出身で、もともと南伊豆には縁もゆかりもなかったんです。でも、知り合いから南伊豆で関係人口を増やしたいと思っているんだけど、一緒にやらないか?って誘いを受けて。それから何も知らない状態で引っ越してきたんです」

南伊豆へ来る前は東京の出版社で働いていたという伊集院さんが、最初に手掛けたのが、ローカルメディア『南伊豆新聞』。その取材で町のいろいろな人のところを訪れて、だんだんと南伊豆のことを知っていったという。

そんな話をしているうちに、あっという間に「ローカル×ローカル」に到着した。

 

扉を開けると、木の質感が印象的な空間が広がっている。聞けば、宿の内装工事の際、専門家のほかに、県内外から多くの仲間が集まり、DIY(Do It Yourself)ならぬDIT(Do It Together)で協力しあってつくりあげたのだそう。

2階の部屋に案内してもらい、荷物をおろす。クローバーの鉢植えが並ぶ窓辺には、やさしい光が差し込んでいた。Wifi環境も整っているし、机と椅子もある。さっそくパソコンを開いて、届いていたいくつかのメールに返信し、スケジュールを調整した。

 

仕事を終えて宿のリビングへ。伊集院さんにさっきの続きを伺うことにした。

伊集院さんは、ローカルメディア『南伊豆新聞』をつくったあとに、私が明日参加しようとしている、暮らし体験プログラム「南伊豆くらし図鑑」を立ち上げたのだという。1日1組限定で、南伊豆で暮らす人と触れ合いながら日常体験ができるというもの。漁師さんとの船出、昆虫を愛する画家さんと森を歩くなど、さまざまな暮らし体験があり、そこから地元の人と町外の人とのつながりが生まれている。

「『南伊豆くらし図鑑』をきっかけにいろんな人が来てくれるようになったんですよね。そんななか、もともと借りていたこの場所を活かす方法として、宿を開くことにしたんです。暮らし体験と組み合わせることもできるし、イベントをやって人が集まれるようにできるかなと」

そもそも、自分が宿をやるなんて思っていなかったという伊集院さん。「地域のためにつくりたかったのか?」と尋ねると、それは違うという。

「今はできるだけ主語を小さくしたいと思っています。あえていうなら、この土地に住んでいる“あの人”や“この人”のことを知ってほしいという気持ちですかね。地域のために“町”と“訪れる人”をつなぐというよりも、“個”と“個”をつなぐ、小さな結び目をつくっていく場所になればいいなと。そして、ここが何かがはじまるひとつの装置のような場所になっていけばいいなと思っています」

夜は、歩いて10分ほどのところにある温泉へ。町にはいくつもの温泉があるという伊集院さんの言葉通り、いたるところから白い煙があがっている。

明日は、2つの「南伊豆くらし図鑑」を体験する予定だ。どんな日常に出会うことができるか、お風呂のなかでぼんやりと考えながら、1日目の夜が過ぎた。

五感が刺激されると、
「自分の内側」が見やすくなる

朝6時、早めに目が覚めると、聞き慣れない鳥の声。気持ちがいいので、散歩に出かけることにした。宿に戻ってから仕事に取り掛かる。朝の空気を吸い込んで気分が軽やかなせいか、10時前には出発することが決まっているせいか、いつもより仕事がはかどった。

「ローカル×ローカル」の朝食はセルフ形式。コーヒーとパン、季節の手づくりジャムが用意されている。この日のジャムは、きんかんとアプリコット。

出発までに無事仕事を終わらせて、「南伊豆くらし図鑑」で暮らしを体験させてくれる、自然派美容室「杜(もり)とあお。」のオーナー・中野美代子さんのところに向かう。若葉が鮮やかな山を望みながら、川に沿って車を走らせた。

笑顔で迎えてくれた美代子さんが「南伊豆くらし図鑑」で担当するのは、「山の木々からシャンプーをつくる」体験。一緒に原料になる植物を採取してシャンプーをつくり、できたもので美代子さんが洗髪する。市販のシャンプーなどで荒れやすい人にもおすすめの体験だ。

夫・和洋さんと美代子さんが、南伊豆に引っ越してきたのは約4年前。それまでは、静岡の都心部で慌ただしい生活をおくり、食事の時間すらままならなかったという。そんななか、気分転換に度々訪れていた伊豆で、南伊豆の人と知り合い、通うようになった。

「でも、まさか住むことになるとは思っていませんでしたね。じわじわと背中を押されるままに従ってきたら、いつの間にかここにたどり着いていた、という感じです」と、笑う美代子さん。

 

“じわじわと背中を押される”感じは、南伊豆に住んでからも続く。

アトピー性皮膚炎の症状があり、長年、シャンプーやパーマ液、カラー剤などによる手荒れに悩まされていた美代子さんは、ある美容師の先生との出会いをきっかけに、植物由来のシャンプーやヘナによるヘアカラーなどを探求するようになったのだ。南伊豆で育つ植物を施術に取り入れはじめ、症状が少しずつ落ち着いてきたという。

そして、自宅を改装し、営業日限定で自然派美容室「杜(もり)とあお。」をオープンさせた。約3年間は、町の美容院との兼業だったが、ついにこの春、自然派美容室だけに集中することに決める。

「経済的な安定を考えたら掛け持ちしたかったけれど、観念したっていうんですかね(笑)。このまま両方を続けていたら、本当にしたいことができなくなっちゃうって思ったんです」

庭に生えている椿の木。

シャンプーには、椿の実を絞り乾燥させたものや、セイタカアワダチソウなどを用いている。「セイタカアワダチソウは、この家の周りにもたくさん生えていますから、材料には困らないですね」と美代子さん。「杜(もり)とあお。」で使うものは、すべて自然由来のため、洗髪後の水はそのまま畑に流し、循環させている。

摘んできたセイタカアワダチソウは、干して乾燥させた後、煮出して使う。酵素の働きで、浄化する力が強いため、シャンプーの原料に適しているという。

「今は、情報が溢れてますよね。惑わされることもあると思いますが、『○○が体にいい』という情報は、誰にでも当てはまるわけではない。取り入れ方や体質、住んでいる土地の風土など、いろんなことが影響し合っています。だから、何かを選ぶなら、まずは“自分を知る”ことが大切だなと思っていて、そうしたこともここで伝えていけたらなと」

日常体験に訪れる人のなかには、肌の悩みや体の悩みを抱える人が少なくなく、ゆっくり話だけすることもよくあるとか。そして、美代子さんはこう続ける。

「ここにいると、季節を感じて、音、匂い、湿度、色など、五感が刺激されるんです。五感を働かせると、自分の内側が見やすくなる気がしていて。こういう環境で暮らせるのは、ありがたいですね」

全部やめて、
必要なものを足していく

美容室を後にして、午後は「自然の恵みで自給自足する」体験に向かう。「きっと面白い体験ができますよ」という伊集院さんのおすすめがあったからだ。

水、電気、火、そして食べるものもほとんど自給自足。事前のそんな情報に、少しドキドキして向かった吉澤裕紀さんのご自宅だったが、吉澤さんの笑顔であっという間にくつろいでしまう。囲炉裏を囲んで、手づくりのお茶ときんかんのシロップ漬けをいただきながら聞くお話は、なんとも興味深いものだった。

 

「学校という狭い空間で生きているだけで、自分は世界のことをよく知らないなと思い、社会活動をするようになったのが大学生の頃です。国際協力活動や震災のボランティア、地域おこしの活動などをしましたが、結局のところ自分の暮らし、人生を考えないと、世の中に起こっていることを理解できない、いい解決方法にたどり着けないんじゃないか、って感じるようになったんです」

こうして、社会のことだけを考えるのではなく、自分と社会と宇宙を全部一緒に考えてみようと思ったことが、今の暮らしにつながっているのだという。

「どこまでミニマムに暮らせるか、一度試してみて、自分の暮らし、生き方を考えていこうと思いました。全部やめてみて、その上で必要なものを足していく。この暮らしをはじめて5年ですが、当初に比べると生活は格段にグレードアップしていると、自分では思います」

たとえば、車が暮らしに追加されたのも、“グレードアップ”のひとつだが、そこには複雑な思いがある。

「つい最近まではどこに行くのも自転車だったんですけど、知り合いから軽トラをもらったんです。車があると、遠くに行けて便利になったし、だからこそ出会えた人もいる。いいことももちろんあるんですけど、車があると、仕事を頼まれるようになる。車の維持費を稼がないといけないから、仕事を受ける。メンテナンスには時間も必要になる。やらないといけないことが増えるんですよね。その分、家で好きなことをする時間が大幅に減ってしまいました。

便利なことはわかりやすく感じられるけど、何が失われたのかは、普通に暮らしているとなかなか感じられないんですよね。だから僕は、失ったものについてなるべく意識するようにしています。自転車って、夜乗ると気持ちいいんですよね。町から帰ってくると、空が真っ暗で、星がきれいで。思い出すと、車がなかった頃の暮らしが恋しくなります」

このまま囲炉裏を囲んで話を続けたかったが、せっかくの日常体験。畑に行ってみる。

 

「野菜はつくっているというより、つくらされているという感じがするんです。人の手助けがあってこそこの世に生まれ、成長することができる野菜は、一見か弱い存在です。でも、人のあげる肥料や水を糧に生きているわけではなく、結局は大地や宇宙のエネルギーをまとって生きているんですよね。その不思議な関係は、一体何なのだろうと。食べる食べないに関わらず、毎年種を蒔かずにはいられない。そんな放っておけない存在なんです」と、吉澤さん。

訪れたときはちょうど、絹さややスナップえんどうの季節。一つひとつ採っていくと、新鮮な青い匂いが鼻孔をくすぐる。ザルいっぱいに採った絹さやを、今度は囲炉裏で調理することになった。

自分がやっていることは、一時的な実験にすぎないと、吉澤さんはいう。

「社会という枠組みから一旦離れ、自然の仕組みを身体で実体験することで、なぜ生きているのか、どう生きていったらよいのかを、本質的に考えられるのではないかと思っています。でも、みんながこんな風に暮せばいいとは思わないですし、そもそも自分にだってこの暮らしを続けていかなきゃいけない理由はない。切迫感のない、自由な時代になったからこそ、変わることを恐れずに、好きなこと、納得のゆくことをするだけなのかなと思います。それが難しいのですが……」

卵と炒めた絹さやをいただきながら、すっかり時間を忘れて話し込み、話題は日々の生活から宇宙のことまで、さまざまな方向へと広がっていった。

翌朝、帰りの電車で旅の所感を記す。はじめてのワーケーションも体験したし、食べ物や温泉も堪能したが、私のなかには、出会った人たちの余韻が残っている。

行く前に想定していた暮らし体験は、日常を少しだけのぞかせてもらうイメージしかなかったけれど、誰かの日常に出会うことは、人の人生に触れることでもある。手足を動かし、生活を通して社会を捉えている人たちに出会って、私は自分の実感をどれだけ信じられているだろうと思った。

今、私はどこに立っているのか。南伊豆でできた小さな結び目は、ここに確かにある自分の足元に目を向けることを教えてくれたように思う。

「ローカル×ローカル」
住所:静岡県賀茂郡南伊豆町下賀茂842-3
TEL:070-1536-6147
Mail:info@local2minamiizu.com
WEB:https://local2minamiizu.com/
宿の予約はこちらから。


 

●『南伊豆くらし図鑑
南伊豆に暮らす人の日常を、1対1で体験することができるプログラム。「採れたてのお魚で朝ごはんづくり」「森のアトリエで五感を意識しながら器をつくる」「昆虫を愛する不思議な画家と自然を見つめ、愛でる」など、興味深い的な日常が並ぶ。
参加費:5,000円〜
WEB:https://minamiizu.fun/

(更新日:2021.08.02)

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