特集 いま気になる、あの人の話

鼓動、空気、微生物ーー。目に見えないものとの共生について考えを巡らす『アートのミライ』作品、オンライン公開がスタート

「この展覧会を、人と人との共生に留まらず、人と目に見えない多様な“もの”たちとの共生も考える機会にできないか、と考えたんです」

生物、光、音、風などとともに作品を生み出す5組のアーティストたちが会する展覧会「アートのミライ」を企画したキュレーター・藤川悠さんの言葉だ。

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会公式文化プログラム「東京2020 NIPPONフェスティバル」。その主催プログラムである「ONE –Our New Episode」は、「共生社会の実現に向けて」をテーマに掲げて開催している。

その一角を担う「Our Glorious Future ~KANAGAWA 2021~『アートのミライ』」は、当初、神奈川県立図書館や音楽堂など、前川國男による歴史的建築群で開かれる予定だった。しかし、先ごろ発令された緊急事態宣言によって有観客での開催は中止に。代わって9月3日(金)からオンラインにて、作品を目にすることができる。

文:小谷実知世 写真:松永 勉

こんな時代だからこそ問いたい
生物同士、1対1の関係

神奈川県立音楽堂を正面に望む広場の入口、シンボルツリーである大きなクスノキの横に、佐久間海土さんの『Ether – liquid mirror』は設置されている。

「音で誘い、音のお土産を持ち帰ってもらう。いわば、展覧会のプロローグ、エピローグの役割を果たしてほしい、そんな気持ちでここに佐久間さんの作品をお願いしました」と藤川さんが言うように、『Ether – liquid mirror』は、音をモチーフにした作品だ。しかしそこに、スピーカーはない。鏡がとてつもない速さで揺れることで、空気を振動させ音を伝えているのだという。

鏡は、水面のように揺れながら、そこにある空やクスノキ、目の前に立つ人の姿を映し出す。

隣に立つ青少年センターの2階部にももうひとつの鏡が、まるで八咫鏡のように配される。2つの鏡から発せられる音、振動により「感覚を狂わせられるような錯覚を起こすんです」と藤川さん。

鏡面の前に立つと、大きな太鼓の前に立ったときのように音が振動となってお腹に響いてくる。聞こえてくるのは、事前に採取された、人の鼓動や鳥のさえずり、木々の音などだ。「木は、水を吸い上げる時、ポンと破裂音がするんです。それを木の呼吸、心拍となぞらえています」と佐久間さん。

人や自然の生の象徴ともいえる音を、大きなクスノキのあるこの場所で鳴らし続けたいと思ったのは、新型コロナウィルスの流行によって感じた“死”への思いが関係しているのだという。

音と空間と人に関する知見をベースに多岐にわたる体験の制作を行っている、サウンドアーティスト 佐久間海土さん。

「連日メディアで、感染症の死亡者数が報道されているんですけど、数字で表される膨大な数の死がある一方で、ちょうど同じ時期に、自分の身近な人の死を経験して、改めて生死とその重みについて考えたんです」

そして、佐久間さんは「こんな時代だからこそ、生き物同士1対1の関係を問いたい」と、本作を制作する。

命の営みとしての音を放つ鏡の前に立ったとき、どんな振動を感じ取ることができるのか。作品の世界に思いを馳せれば、自分の心の中をしばし旅するような豊かな時間が生まれそうだ。

作品『Ether – liquid mirror』/佐久間海土さんオンライン公開はこちらから>>

 

“空気”を感じるためには、
システムの外に出なくちゃいけない

神奈川県立音楽堂と図書館の間をつなぐ、中空に浮いた一室。足を踏み入れると、左右の壁が一面ガラス張りの空間に、リング状の浮遊体が上下左右にたゆたっている。ふわふわと浮かんできれいな輪を見せたり、しなしなと力を失うように地に着いたり。絶え間なく変化する姿は、波や焚き火を眺めるときにも似て、見ていて飽きることがない。

ふらりふらりと動くリング状の浮遊体。その形は絶え間なく変化し続ける。

『空気の研究』と名付けられたこの作品は、円形に並べられた6台のファンとリング状のオブジェクト、そして屋上に設置された風力を図るセンサーからなる。屋上のセンサーが風向きや風力のデータをキャッチし、その情報が数値化されて6台のファンの風に置き換わり、リング状のオブジェクトが浮遊する仕組みだ。つまり屋外に吹く風を浮遊体の動きという形で目にすることができる。

アーティスト 三原聡一郎さん。音、泡、放射線、虹、微生物、苔、気流、土、水、電子といった物質や現象の「芸術」への読みかえを試みている。

「“空気を読む”っていう言葉がありますよね。集団的な意思をはかる時に使う日本独特の言葉だと思うんですけど、ふと空気の身になってみたら、『勝手に空気のせいにするな』って、迷惑に感じてるんじゃないかと思ったんですよね」と語るのは、この作品を手がけた三原聡一郎さんだ。空気を想像の物語ではなく、実際の数字で捉えたいという思いから、この作品をつくったのだと言う。

しかしその一方で、この作品ができあがり「怖さを感じた」と、三原さん。

「円の中央に向けて風が送られると、風同士がぶつかり合って気流が上昇して、天井に当たってはね返るんです。それによって、気流の籠のようなものができる。装置の外、つまり籠の外からは、浮遊体を眺めることで空気の動きを観察できるのですが、籠の中に入ってしまうとよく見えなくなる。それはまるで大きなシステムや世論の中に取り込まれて客観視できなくなっている人々のメタファーのようで……。空気をもう一度感じるためには、システムの外に出る以外にないんですよね。

目に見えないシステムのようなものを、こういう形でつくりだすことができると知ったことは、僕にとってはけっこう怖いことでしたね」

外に吹く風は、人が肌で感じるよりも微細に全方位的に流れており、円形の外にオブジェクトが飛び出すということはないと、三原さん。

浮遊するリング状のオブジェクトは、お話を伺っている間にもどんどん形を変えて動き続ける。この姿に人は何を映すのか。ぜひ、目にして感じてほしい作品だ。

作品『空気の研究』/三原 聡一郎さん オンライン公開はこちらから>>

触れられない今こそ、
音と光で

額を寄せ合って話し合う、ともに手を動かし創造する……。それまでは、何の疑問も心配もなく行ってきたことに、躊躇せざる得ない日々が続いている。MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕による『ステラノーヴァ』は、そんな今だからこそ、音でコミュニケーションをとることはできないかと考え、生まれた作品だ。

「“ステラノーヴァ”は、『新星』を意味する言葉です。でも実際は、活動を終えた暗い星が、別の星の接近によって化学反応を起こして、明るく輝く現象のことなんですよね」と坂本さん。

舞台と客席に置かれた2台の木製オブジェ。それぞれ観客が手を近づけ動かすと、各所に配されたキューブから光と音が生まれる。「この場所を宇宙と捉えた」という久世さんの言葉どおり、その音や光は星の瞬きを想像させる。

『ステラノーヴァ』が設置されたのは、1954年に木で建てられた神奈川県立音楽堂。開館当時「東洋一の響き」と言われ、今もここで多くの音楽会やコンサートが開かれている。

舞台の上に配されたオブジェに触れていると、最初は自分の手の動きに応じて発せられる音や光に夢中になる。しかし、そのうちに客席側のオブジェに置かれた誰かの手の動きに意識が生じ、やがて生まれる音と光による対話。そして、二人の対話が極まったとき、その瞬間が訪れた。一層深く、美しい音がホール全体に響き渡り、たくさんの光が明るく瞬いたのだ。それはまるで、オブジェに触れる二人の思いが重なったかのような煌めく時間だ。

電気、光、音、香り、木や石などの自然物を用いたオブジェやインスタレーションの制作を行うアートユニット  MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕のおふたり。

「『ステラノーヴァ』の音は、たくさん重なっても不協和音になりにくいようにつくりました。この作品でいう“ステラノーヴァ”は、人が誰かと出会うことで新しく生まれ変わっていく、その瞬間の音の現象のことなんです」と、MATHRAXの久世さん、坂本さん。

舞台側と客席側。偶然に出会った誰かと音と光によって対話をし、共に美しい瞬間を生み出す。そこで芽生える喜びは、私たちに改めて、人と出会い、つながり合い、共創することの楽しさやかけがえのなさを教えてくれるはずだ。

作品『ステラノーヴァ』/MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕 オンライン公開はこちらから>>

展覧会の舞台となった神奈川県立図書館は、神奈川県立音楽堂とともに、前川國男が戦後初めて設計した公共施設。外壁で覆わず、ブリーズソレイユ(日よけが建築と一体化した手法)が用いられたことで軽やかな印象を与える、近代建築の傑作のひとつ。1954年竣工。

これらの作品のほかにも、知の宝庫である図書館で、人と微生物との共生、共創の世界を見せる岩崎秀雄さんの『Culturing <O/Paper>cut』や、出会うはずのない者同士が出会う、そんな空間を創り上げる予定であった津田道子さんの『あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。』などの作品映像をオンラインで見ることができる。

岩崎秀雄さんの作品『Culturing <O/Paper>cut』。自身の生物学にまつわる論文にバクテリアが繁殖する様子から、表と裏が反転する錯覚を起こす作品や、五輪の開催都市契約書を批判的に取り上げた作品など、過去の知の堆積である図書館を舞台にバイオメディアアートを展開。

「今回、お客様に実際にこの場に来ていただき、体験していただくという形での開催は叶いませんでしたが、本来であれば迎える予定だった人間の存在に深く思いを馳せ、人のいない空間に佇む作品を通して、ささやかな存在と多様なものたちとの共生について考えを巡らせるひとときを創出できればと思いました」と、キュレーターの藤川さん。

アート部門キュレーションを担当した、茅ヶ崎市美術館学芸員の藤川悠さん。

大きな渦に巻き込まれるかのように進む時間のなかで、微細なもの、普段は目には映らないものに目を凝らし、耳を澄ませる体験は、からだの奥深くに確かにある思いに気づくきっかけを与えてくれそうだ。

東京 2020 NIPPONフェスティバル
 「ONE –Our New Episode- Presented by Japan Airlines」
Our Glorious Future ~KANAGAWA 2021~ カガヤク ミライ ガ ミエル カナガワ 2021


アートのミライ
配信期間:2021年9月3日(金)~終了日未定
※詳しくは公式ウェブサイトをご覧ください。
配信URL: https://kanagawa.nippon-fes-one.tokyo2020.org/arts.html
参加作家:津田道子岩崎秀雄三原聡一郎MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕佐久間海土
HP:https://kanagawa.nippon-fes-one.tokyo2020.org/arts.html

主催:神奈川県、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会

(更新日:2021.09.03)
特集 ー いま気になる、あの人の話

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映画監督、キュレーター、俳優、詩人、ボディワーカー……。変わり続ける生活のなかで、彼らが何を感じ、考え、表現しようとしているのか。気になるあの人に会いにいく。
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