特集 いま気になる、あの人の話
花の中で「伸びて、広がっていく力」が、今のこの瞬間も働いている。立ち止まって観察し、そこに流れるものに「気づく」ということ。/大友勇太さん(ロルファー)
ヨガ、整体、マッサージなど、身体に関わる仕事は世の中にたくさんあるけれど、そのなかで「ロルフィング®」というボディワークを選んだ理由を、「身体を“自然そのもの”として捉える態度だった」と、ロルファー™の大友勇太さんは話す。
ロルフィングは、重力と身体の調和を取り戻していくボデイワーク。意のままにコントロールすることから距離をおいて、クライアントの心身で起きていることを丁寧に「観察」し、内側から起こる反応に、手を添えていく。
“自然そのもの”である身体の複雑さを、複雑なままに享受していく大友さんが、閉じていく「雛形」編集部に届けてくれた、どこまでも科学的で宇宙的な、身体の話。
息子の存在によって、
自然と出会い直す
昨年の2月に一軒家に引っ越して、そこで家族3人で暮らしながら、ロルフィングのセッションもするようになりました。ちょうど僕らが寝ている部屋の窓を開けると、そこには小さな畑があります。
幼い頃、兼業農家だった父の手伝いを嫌々ながら手伝っていた僕は、ロルフィングを仕事にして、街に住むようになり、土とは離れた生活が長くなっていましたが、また土の世界につなぎ合わせてくれたのが、今年小学生になった息子の存在です。
息子が生まれ、神戸から山形に引っ越し、右も左も、自分も親も、土もコンクリートの違いもわからないその子は、僕をいろんなところに誘い出します。汚れないようにとシートを敷いて座れば、気づけば、よちよちと緑の芝生や土の方に歩いていって、僕も慌てて裸足で追いかけていきます。少し疲れて横になって、息子を胸の上に置いて、上を見上げると、木々の間から、きらきらと光が漏れ出していて、風が横へと吹いていきます。
落ちているどんぐりが気になり、それをつかんで、興味深そうに見つめる息子。寝転びながら、それをぼんやり眺めていると、顔の近くの地面から小さな芽を出しているどんぐりに、僕は出会います。
そうやって、息子によって僕は自然と出会い直すことになり、そこから、自然の流れ、移ろい、そしてそれが、僕らのこの身体とも共鳴して、大きなつながりの中で生きていることを意識するようになりました。そんな僕が畑に興味を持つのも、きっとその大きな流れの一部で、新しく住み始めたこの家には、ちょうどいい大きさの畑が、僕を待ってくれていたのです。
数キロ先まで及ぶ、
植物たちの「ネットワーク(圏)」
様々な形をした種を、土の中に植えます。
しばらくすると、周囲の湿り気のある土の存在、そして温度の兼ね合いで、種からは小さな芽が出てきます。ずっと硬い殻の中で眠っていたものが、環境との相互作用の結果、スイッチが入り、その殻を破っていくのです。
誰から教えられるわけでもなく、土の存在、温度の概念などは知ることもなく、ただ自分の身体(種)と外部(環境)とのやり取りの末、植物たちは種から芽を出し、根をまっすぐと下に伸ばしていきます。根は下に勢いよく伸びていきながら、横へも広がっていきます。
うねうねと指先で何かを探るように動き、土と手を取り合うかのように、確かなネットワークを形成していきます。その頃になると、芽は地面から顔を出してきます。空、太陽の光との出会いです。
根と土による下の土台がしっかりすると、茎はぐんぐんと上へと伸びていくことができて、葉をのびのびと横に広げることもできます。太陽の光を存分に受け取るようになります。
水をたっぷりと蓄えた土から、根を通して水は吸い上げられ、全身を巡り、光は栄養へと変換され、さらに豊かに葉を広げます。そのうちに、植物たちはそれぞれの花を咲かせるようになります。他に生きる虫や鳥たちをも魅了させる花の作りは、見れば見るほどに精工です。
偶然、隣に並んでいるように見える植物同士は、虫や鳥たちに「自分たちを見つけてもらう」ために、彼らが認識しやすい色の組み合わせの花を、事前にお互いに話し合うこともなく咲かせています。植物たちの「ネットワーク(圏)」は、今や、土だけに留まらず、虫、鳥たちなどの他の生き物たちとも形成され、それは数キロ先まで及びます。虫は花の蜜をたんまりと受け取り、その代わりに花粉を置いていきます。
鳥はたわわに実った実を口いっぱいに頬張り、一緒に飲み込んだ種を、植物たちが見たことのない遠くの場所まで届けてくれます。実の中の種は、それぞれの植物たちのやりかたで、大事に大事に育まれ、命は遠くに伝搬されていくのです。この僕の畑から、僕の知らない世界まで。
僕らの身体にも備わる、
「伸びて、広がっていく力」
植物たちのこのような「伸びて、広がっていく力」は、実は、僕らの身体にも似たような力が備わっています。僕たちのはじまりは、目に見えないほどの「小さな膜(受精卵)」でした。その「膜」の役割は、環境(外)と自分(内)との「大きな分離」です。それが「分裂」を繰り返すことで、背骨は縦に伸びはじめ、そこから四肢が横に広がっていきます。
専門的にはそれを「発生」と呼びますが、「一つの膜」にすぎなかったものが、後の「人間の身体」を形作っていく「組織(骨、筋肉、内臓、神経、血管など)」に、「小さな分離」を何度も何度も繰り返します。
そこには、「順序(段階、プロセス)」があります。誰から教えられたり、指示をされるわけでもなく、それぞれの段階を十分に「味わう」と、次の段階へと自然に「移行」していきます。先ほどの植物たちの成長を見ても、「今年は花よりも実が先に実った」ということは起こらないように、僕たちの身体も「発生の流れ」を手順通りに進めていき、お母さんのお腹の中ですくすくと成長していくのです。
いよいよ赤ちゃんが生まれてくると、音や、光、お母さんの母乳の匂いなどのあらゆる刺激に対して、反射的に動きます。そして、動くことによって、重力の中で生きていくために必要な、筋肉と骨を成長させていきます。
あらゆるものに興味を示し、色んな方向に動かすことでしっかりとしてきた首は、生まれてから3カ月ほど経つと、重力に対して、揺れながら安定するようになり、「首が座る」ようになります。さらに活動が活発になってきた赤ちゃんは、背骨をトカゲのようにくねくねと動かし、体幹周りの筋肉の準備が整ってくると、「腰が座り」ます。
ハイハイも上手になってきた赤ちゃんは、どんどん活動的に動き回ります。その頃には、地面との接点である、手や足はだいぶ力強くなってきて、1年が過ぎた頃には、自ら重力に対して、まっすぐに伸びていこうと「立ち上がる」のです。
誰かが指示を出すわけでもなく、ものごとの意味、概念など知らずとも、上へ上へと伸びていき、まだ見ぬ世界へと移動して広がっていくのが、「生命」の基本なのです。
今もなお、この宇宙を少しずつ「拡張させ続けている」
「自然治癒力」という言葉あります。いろんなところで使われている言葉ですが、実はこの力というのは、「生き物を伸ばし、広げ、成長させる力の名残」と考えられています。植物たちが、種の殻を破り芽を出し、茎を伸ばし、花を咲かせ、実を実らせていく。僕たち人間が、一つの膜から分裂を繰り返し、組織が順番にできあがってきて身体を形成していって、生まれてからも、自然に重力に対して立ち上がっていく。
これらの「成長を駆動する力(ダイナミクス)」が、僕らが傷を負っても、その傷口を塞いでくれて、病に倒れても、いずれ回復させてくれる力として、今でも働いてくれるのです。
それはまるで、「宇宙のはじまりの力(ビッグバン)」が、今もなおこの宇宙を少しずつ「拡張させ続けている」ことにもつながっているように、僕には思えます。
情報が溢れかえり、手に持ったスマホを見つめ、常に時間に追われ、何かに急かされるように歩き続ける僕たちは、道に咲く花に足を止め、それをゆっくりと観察する時間を忘れているのかもしれません。
ましてや、その花の中で「伸びて、広がっていく力」が、今のこの瞬間も働いていること、そしてそれを見つめる自分の中にも、同じような力があることも、想像するのは難しいことかもしれません。
まずは「立ち止まる」こと。そして、ゆっくりとそれを「観察」して、そこに「流れるもの」に「気づく」こと。
そこから広がっていく世界があるはずです。
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大友勇太さん
おおとも・ゆうた/1984年、秋田県生まれ。「ロルフィング」というアメリカ生まれのボディワークをする僕と、ヨガの先生の奥さんと、そして小学生の息子の三人で、山形の一軒家に住みながら、スタジオをしています。「ロルフィングとヨガで日常を心地よく」というコンセプトで、身体のバランスを整えるお手伝いをする日々。
ロルフィングハウス フェスタ:https://www.rolfing-festa.com/
note:https://note.com/yutarolf/
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