ある視点

どんなものにも、大体「ふち」があります。
常に真ん中以外にあって、かたちのないものに輪郭を与えたり、
真ん中から溢れたものの拠りどころになったりする場所。
そんな「ふち」が持つ世界を、福岡の小さなブックカフェ
「縁側」店主・河野理子(かわのりこ)さんが紐といていきます。
境界線であり、すみっこであり、ものごとのきわの部分に在るものを見つめるために。
ありふれているけれど、まだ知らない、縁〈ふち〉の世界へ。

 

文:河野理子 イラスト:Yogg

vol.1 はじめに

縁(えん)から縁(ふち)へ

わたしは福岡県の豊前市で本屋兼ブックカフェ「縁側」というお店をしている。お店をしているというのもどうも気恥ずかしく、自分の気持ちに沿った言葉を選ぶならば、縁側という「場所」をしています。という自己紹介がしっくりくる。お店というのも未熟なようで、コミュニティというのもしっくりこない。

このような縁側も、たくさんの縁としか言いようのない出来事のおかげではじまったものだった。もともと豊前市に移住してきた理由は、祖父の介護のためで、まさか自分がお店をするとは思わなかった。「人生とは何かを計画しているときに起こってしまう別の出来事のこと」という星野道夫さんの本の中で出会った言葉が、年を重ねるごとに実感を持ってわたしに囁くようになった。

そんな思いがけない出会いの中ではじまった縁側は、お店の名前も「縁側」というからか、縁(えん)という言葉をとても近くに感じてきたし、わたし自身それを大切にしてきた1年半だった。今もどうにかみなさんに支えられながら続いているようなものだ。だけどここ最近、わたしは縁(えん)という言葉にがんじがらめになっていたように思う。

“さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし。”という親鸞の言葉に出会ったのも最近で、この世には縁次第ではどんな自分にもなり得るという。良縁もあれば悪縁もある。繋がりを大切にし過ぎるということが、自分を生きることを後回しにしてしまうこともある。縁というものの周りを一周し、そこに執着している自分も見えた。コロナの自粛が緩和されて、急に人と人の繋がりが見えすぎたのかもしれない。

だけど縁や他者との繋がりを大切にしているのはわたしだけではなく、いろんなところで、繋がろう、とか団結して、という言葉をよく聞く。その必要以上の結びつきは、結び付くことのできない人との溝を生んでいるようにも思う。家族や友達との関係もそうだ。関係性に違和感を抱いていても、簡単に離れることがよくないとされている気がして、気づけばそこからでることすらできなくなっていたりする。

昔から、人が好きなのに近づきすぎて疲れてしまうことが多かった。そうしてそれに苦しくなると、極端に全てを断ち切ろうとしてしまう。それは、以前より柔らかくなってはいても確かにある、わたしの生き延びるための性質なのだろう。いつもどこにも属せないわたしという存在が浮かび上がる。今度もまた、気がつけば絡まっていたご縁の糸を切って、もう一度自分の感覚だけで一人ひとりと向き合っていこう、と半ベソになりながら決めたときに、縁(ふち)という新鮮な音が飛び込んできた。
この連載の話だった。

ふちという呼び名が新鮮に感じられたと同時に、ふちこそわたしの、そしてこれからの時代に必要な居場所のように思われた。あれだけ表に出ていた縁(えん)は、そのうしろにひっそりと静かに佇んでいる。
縁側をしていて、ある時思いがけず「やめたい時はいつでもやめていいんだよ」といわれたことがあり、その時なぜか泣きたいくらいの安心感に包まれたことを思い出した。そうしてここまで縁側を続けられているのは、縁側で出会うわたしと他者の間には、出会っても、また離れることも許されているという大きなものが根底にあるからなのかもしれないと思った。出会うことも強要しないし、離れることも強要しない。その時の温度と同じものが縁(ふち)という言葉から感じられたのだ。

外の世界と、わたしの中の大事にしているものとの繋がりを断ち切らないままで、心地よく生きていける方法がふちから見えてくるような気がする。その絶妙な場所をわたしは探り続けたい。そして縁側をはじめた原点にも立ち返ることができたなら。縁(えん)に行き詰まったわたしは、縁(ふち)と出会うことで、縁側、そして世界と出会い直すことができるような気がしている。

〇〇と縁〈ふち〉

河野理子

本屋兼ブックカフェ「縁側」店主。福岡の夜間保育園で保育士として働き、福岡市にある「Rethink Books」という期間限定の本屋でアルバイトをしたのち、祖父の介護のために、豊前市へ移住。ZINEの制作や冊子編集などの仕事もしながら、本に出会える陽だまりのようで吹き溜まりのようなお店「縁側」を営む。2021年3月末で「縁側」の店舗閉店。現在は結婚を機に北陸に移住し、個人本屋でアルバイトをしながら祖父母との暮らしをまとめた冊子を製作している。

「縁側」だった場所は、現在「まんなか」という名前で、米粉で作ったたこ焼き「こめころ焼き」やドリンクを出す、駄菓子屋さんのような集いの場となっている。
www.instagram.com/comecoro.maruchan

(更新日:2020.12.23)

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