特集 まちの流れが動くとき
山口県萩市
萩の風景を変えたゲストハウス「ruco」。求めていたお客さんとの距離感とは?【前半】
2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の舞台でもあり、吉田松陰のゆかりの地として知られる山口県・萩市。そんな萩の街の一角に、大きなバックを持った若者や近所の人が頻繁に出入りしているビルがある。そこは、2013年10月にオープンした、ゲストハウス「ruco(ルコ)」。
突き抜けた天井に漆喰の壁、斬新な造りの1階のカフェスペースには、いつも誰かが自然と集まって話しはじめる。最近はこの近くに、萩に戻ってきた若い世代の人たちが作る美容室やカフェなどが続々とオープン。「ruco」が地域の核となり、萩の風景はいま、少しずつ変わりはじめている。
その流れを作った立役者が、「ruco」のオーナーである塩満直弘さん。県外からのお客さんにも地元の人にも、笑顔をかかさない人柄だが、“外の人”と“地の人”、外と内が交流する場所であるゲストハウス「ruco」の構想に行き着くまでは、長い道のりだったと話す。
萩で何かをするために、一度萩を出ることを決心した塩満さんが、そこで見て、感じた“外の世界”とは、一体どんなものだったのだろう?
写真:加瀬健太郎 文:薮下佳代
“他”を知らなすぎて、
苦手な海外へ
“萩で生まれて、萩で育ってきました。萩が好きで、「萩で何をするか」ということをずっと考えてきたんですけど、それを見つけるために、一度外に出ようと思ったんです。このままやったら絶対、その範疇でしか物事は見えんやろうし、何か新しいことを始められん。そう思ったんです。
高校を卒業後は、山口県内の大学へ進学しました。運動が好きで、汗をかくのが好きだったんで、体育の先生になろうと思ったんです。とりあえず、教職を取っておけば生きていけるんじゃないかって、安易に思ってましたね。
その時は自分で何か事業を起こそうなんて、思ってもみなかったです。
けど、大学2年の時に休学して、カナダへ留学することにしました。生まれ育った萩や山口は好きだったんですけど、なんかずっと息苦しさがあって。それをうまく言葉にできるほど、“他”を知らなさすぎたんだと思います。
その環境から、逃げるというより、「出なきゃな」という欲求が高まったんです。
僕は、気にしいだし、根が日本人だから、自分の性格的に海外の生活は合わないだろうなっていうのは自覚していました。でも、それがいいと思ったんです。
自分の範疇外のことをしたくて、一回外に出てみようって。”
目的を持って集まった
異国の人たちとの出会い
“せっかく行くなら、学校も行けるし、働ける、ワーキングホリデーがいいと思い、ビザを取って、カナダに行きました。通っていた語学学校には、いろいろな国の人がいました。お金持ちの人もいれば、一生懸命稼いでやっと来たという人もいたし、韓国人の家族で来ている人とか、ブラジルから来たおばあちゃんとか。
たくさんの国籍の人が、それぞれ目的があって来ている人ばかりやったから、同じような感覚で話ができたり、想いを共有できたんです。それは、日本ではなかった出会いでした。
1年間のカナダ生活のあと、ニューヨークでも1年半働きました。みんなギラギラしとるし、生きようとしているというか、それぞれの主張を感じる街やったから、いい経験になりました。
海外での暮らしは、英語力や特殊技能を身につけるということよりも、自信を積み重ねるいい機会になりました。今の僕があるのは、間違いなくカナダとニューヨークでの経験があったからだと思います。”
必要な経験を通じて
つかんだ感覚
“そろそろ日本に戻ろうかなと思って、ニューヨークにいながら就活をしていた時に、
ある人と出会って、帰国後は、興味のあったスポーツメーカーで働くことになりました。
東京の店舗で販売から始めたんですけど、どうしても、僕はお客さんと向き合うと時間が長くなってしまうから、それに対して、会社からは効率化を求められたりして。きつかったですね。
いずれ、萩で何かをするために必要な経験をすることが、僕が萩を出た目的だったんやけど、いろんな経験をしたからこそだんだんと見えてきたし、何かをつかんでいく感じがありました。
それで、自分たちが萩に帰った時に、安心して行きたいと思える場所だとか、休めたりする場所がないなというのは思っていて、それって何なんやろうなと。そうしたら「宿はどうだろう?」って思い浮かんだんですよ。萩って観光地やけど、民宿とかビジネスホテルしかなくて、人を招きたくなるところがなかった。だから、そういう宿が萩にもあったらなって思ったんです。”
求めていたお客さんとの距離感
“萩で宿をやるためにどこかで修業しようと思って調べていたら、鎌倉と逗子の間にピンとくる宿があるのを見つけて、即、電話したんです。そしたら、「実は今日から求人を載せるんです」って言われて。早速、面接に行って働き始めました。
その宿は、ごはんがおいしくて有名な旅館で、配膳から予約の管理まで、旅館業にまつわるいろいろなことをやらせてもらって、とてもいい勉強になりました。
けれど、その旅館は、カップルとか家族が、ゆっくり過ごすための時間と場所を提供するためにサービスを尽くすスタイルで、その場所の中だけですべて完結していた。だから、僕とお客さんがどんな関係性かとか、どういう風につながっていくかというのは求められませんでした。それは、自分が求めてた距離感ではなかったんですね。
僕は、萩の人の魅力をどうやったら外から来てくれる人に知ってもらえるのか、旅行者と一緒に話をしたりする時間が持ちたいなとか、漠然と考えていました。
そんな時、カナダで帰る前に旅した時に使った、ゲストハウスとかB&Bはどうだろうって思ったんです。
みんなでごはんを食べる場所があったり、1階にバーがあったりして、地元のノリのいいおっちゃんに話しかけられてたりして、コミュニケーションをとれる環境があった。一軒家で経営されている方も多かったので、ゲストハウスだったら、自分でもできるんじゃないかなって思ったんです。”
“何か”を求めて集まる空間
“早速、ゲストハウスを調べ出したら、東京にある「toco.(トコ)」というところがみつかったんです。彼らが持つストーリーとか目指しているものとか、その時の自分に合致して、すごく響くものがありました。まずは行くしかないと思って、次の休みの日に行きました。
建物は、大正時代の古民家。フロントがバースペースになってて、そこは地元の人も来れるオープンな場所でした。「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」というコンセプト通りの場所。
「toco.」には、みんな何かを求めてやってくるんです。その場で生まれる何かを期待して来る。僕自身もそうだったし、行くと誰かに出会えるのが楽しくて。今までは、自分の感覚がフィットするような場所がなかったから、「toco.」に来て、ストンと腑に落ちました。長い道のりでしたけど、「見つかった!」って思いましたね。
同世代のスタッフの人と仲良くなって、どういういきさつで宿を始めたのか、いろいろ教えてくれました。「ruco」の空間デザインをしてくれたアズノタダフミくんともここで出会ったんです。出会った時、彼はまだフリーになったばかりで、作ったものも見たことがなかったんですけど、その時、僕が宿をやる時の内装は彼にお願したいと話しました。直感でした。絶対に合うと思って。
そんな感じで、毎週休みの日に遊びに行くようになって、意思を持って生きている人や同じような熱量を持つ人たちといろいろな話をするうちに、決意しましたね。
「絶対に萩でゲストハウスをやるって!」”
萩ゲストハウス ruco
住所:山口県萩市唐樋町92
電話:0838-21-7435
受付時間:9時〜11時、16時~22時 それ以外の時間はメールにてご予約を。
guesthouse-ruco.com
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