特集 まちの流れが動くとき
山口県萩市
若きUターン組が経営する、新たなコミュニティの場
年代も職業も住む場所も関係なく、お酒を通じて仲良くなれるのがバーの良さ。中学の同級生同士が始めた山口県・萩市にあるバー「coen.」では、毎晩、幅広い世代の人々が集まり、隣り合った人同士が自然とお酒を酌み交わす。オープンして3年。今まで萩にはなかった若い世代のコミュニケーションの場として、また地元の人たちが世代を超えて語り合える場として、萩の街に変化を与えはじめている。
写真:加瀬健太郎 文:薮下佳代
多世代が集う新しい“場”
「coen.」を訪れると、その年齢層の幅広さとキャラクターの多彩さにきっと驚くだろう。たとえば、話をするのが好きだという地元の高校生(飲むのはジュース)が家族で遊びに来ていたり、地域活性 に取り組む60代の男性が来ていたり、萩で起業しようとしているUターンの若者だったり、いつのまにか萩についての白熱した議論が交わされることもある。地元の人、里帰り中の若者や観光客で、週末の夜ともなれば小さな店内はいつもぎゅうぎゅうになる。
誰もが分け隔てなく、居心地良く過ごせる空間を作っているのは、店主の秋本崇仁さんと原田敦さん。初対面の人同士を紹介したり、テーブル席の人をカウンターに座るよう誘ってみたり。そうした2人のさりげない気遣いは、お客さん同士の会話を自然と生み、人をつなぐ。
「お客さんとはよく話をします。話を聞いてるうちに、その人が萩でやりたいことだったり、迷っていたりすることを話してくれることもあって。そんな時は、この人に聞いてみたらどうですかってアドバイスすることもありますね。内に秘めた想いを話してくれる人はけっこう多いです」と秋本さん。
萩に住んでいる人、萩に遊びに来た人、萩を通過点にして次の街に行く人など、「coen.」は、いろいろな立場の人が立ち寄る場所になっている。
「初対面の人や世代が違う人でも、話をすれば何かしらの共通点がありますし、観光客の方と地元の人が話すことで、ガイドブックとは違う萩が見えたりもする。お互いに違う立場だからこそ、別の見方ができて、話は広がっていくんだと思います。そんなふうにして、お客さん同士が縁を結んで、次にまた違う縁を運んできてくれるんです」(原田さん)
“小さい縁から大きなご縁へ”と店名に込めた思いは、着実に実現に向かっているようだ。
Uターン組が増加中
若き店主たちの影響力
大学進学で秋本さんは東京、原田さんは大阪へ出た。原田さんは大学で応用化学を学び、そのまま大阪でシステムエンジニアとしてIT企業に就職し、5年間働いた。かたや、秋本さんは大阪の飲食店でバーテンダーとして働き始める。学生時代に旅先で訪れたとある飲食店で、1人のお客さんの誕生日をスタッフ総出でお祝いする場面に立ち会い、おいしいものを提供するだけじゃなく、人を喜ばせることができる飲食店の魅力に惹かれたのだという。2009年にはバーを経営するまでになっていた。そんな大阪で順調にキャリアを積んでいた2人だが、地元に戻ることへの不安や躊躇はなかったのだろうか。
原田さんは、まったくなかったときっぱり。
「5年間、SEとして働いてきたんですけど、だんだんとやりがいを見い出だせなくなっていたのかもしれません。いずれは故郷の萩に帰ろうと思っていたけれど、帰るタイミングは全然考えていなくて。そんな時、『coen.』を立ち上げた塩満直弘くんに、一緒にやらないかと誘われて、萩に戻るいい機会だなと思ったんです。彼とよく電話で話してたんですけど、『あっくん、いま活きとん?』って言われた時にはっとしたんです。いまの会社でちゃんと自分を活かした仕事ができてるか考えたら、全然ダメなだって。それで帰る決心をしました」
秋本さんも、塩満さんからバーを始めると聞いた時、Uターンすることをすぐに決めた。
「萩で飲食店をやりたいなって学生時代から思っていたので、迷いはなかったですね。大阪で働いていた飲食店での経験は、今の自分の土台です。お酒をつくることも僕の仕事の大事な部分ですけど、それ以上に人との関係性を大事にしたくて。人を喜ばせることの楽しさと大変さを、大阪にいた時に学びました」
また、秋本さんは飲食店での経験のほかに、手広く事業を手がける若き実業家のもとに弟子入りしたこともある。
「会ってすぐすごい人だなと思って。この人に教わりたいと、半年間無給で働かせてほしいとお願いしました。その方は、飲食店のノウハウだけでなく、イベントの立ち上げや物件のまわし方、どういうものを仕入れてどうやって売るのかという流通や販売についてなど、本や学校では教えてくれない知識と経験を、惜しみなく教えてくれました」
その時の教えを書きとめたノートは、今も秋本さんの大切な資産だ。
「だから、僕も次に続く人たちに道を作りたいという思いがあります。こんな僕たちでもお店ができるというのを見てもらうことで、『おれたちもやってみたい』と、萩で何かを始める人が増えてくれればうれしいですね」(秋本さん)
実際に今、萩の街には、Uターンをする20〜30代前半の若者たちが続々と増えているという。「coen.」という集う場ができたことで、人のつながりが広がったこと、そして何よりそれらをつくっている2人のいきいきとした姿もその一因になっているのだろう。
「地元を出て都会へ行きたい」と多くの若者が都心部を目指した時代から、若者たちの意識は少しずつシフトし始めている。慣れ親しんだ街は「自分が自然におれる場所」と話してくれた原田さん。自分たちの生まれ故郷に戻ってくることは、彼らにとってとても自然なことなのだ。
食から接点を広げる、
萩の魅力の伝え方
萩の地酒や、オリジナルカクテルが充実している「coen.」。萩の日本酒と、萩名物の夏みかんやだいだいなどの柑橘系のジュースとソーダで割った「萩ボール」や萩産のじゃがいもに、萩の塩を振ったパリッパリの「自家製ポテトチップス」など、萩の食材を使ったおいしいメニューが盛りだくさんだ。
「萩産のメニューを出しているのは、萩の方はもちろん、市外から来られた方に少しでも多く萩の食に触れてほしいから。萩は、海、山、川、良い土があるので、食材が豊富なんです。生産者の方と知り合いになって、食材の良さだけでなく、人や背景までもをちゃんとお客さんに紹介できるものを使っています。
たまに、生産者の方が『coen.』に飲みに来てくれて、お客さんに直接説明してくれたりすることもあります。実際に食べて飲んでもらって、『萩のものはうまい!』とお酒やつまみが、萩の良さを体感するきっかけになってくれたらうれしいです」(秋本さん)
メニューひとつをとっても、観光客には萩の良さに、地元の人には改めて萩のポテンシャルに気づいてもらう、そんなきっかけになる。原田さんも「高校までしかいなかった萩っていう街を、大人になって改めて見てみると、いろんな発見があるんです」と話す。地元を一度出た2人だからこそ、萩の魅力を新たに掘り出すことができるのかもしれない。
coen.
山口県萩市吉田町77-4
☎︎0838-26-5088
営業時間:18:00〜24:00
定休日:月
fb:www.facebook.com/coen.hagi
-
秋本崇仁さん、原田 敦さん
あきもとたかひと/1984年、山口県・萩市生まれ。東京の大学を卒業後大阪へ。飲食店でバーテンダーとしての経験を積み、2009年にラウンジバーをオープン。その後萩にUターンし、現在は「coen.」の店主。
はらだあつし/1984年、山口県・萩市生まれ。大阪の大学を卒業後、そのまま大阪でIT企業に就職。5年間SEとして働いた後、萩へUターンし、「coen.」の店主。
山口県萩市
特集
山口県萩市
-
- 萩の風景を変えたゲストハウス「ruco」。求めていたお客さんとの距離感とは?【前半】
- 塩満直弘さん (ゲストハウス「ruco」オーナー)
-
- 萩の風景を変えたゲストハウス「ruco」。そこから生まれる連鎖反応とは?【後半】
- 塩満直弘さん (ゲストハウス「ruco」オーナー)
-
- 「ヘアスタイルを変えると、 誰かに会いたくなる」 人の流れをつくり出す美容室
- 内田直己さん (美容室「kilico」オーナー )
-
- 若きUターン組が経営する、新たなコミュニティの場
- 秋本崇仁さん、原田 敦さん ( バー「coen.」店主)
-
- 憧れていた都会からUターン。 組織にとらわれず働くために 自分の店をひらくまで
- 中村理恵さん (カフェ「patra cafe」店主)
-
- 15年かけて集めた廃材を使って、 暮らしの中から、 家と家具をつくり出す
- 中原忠弦さん ( 家具職人)
-
- 建物の佇まいに合わせた店づくり。 心に作用するものを伝える 萩市のギャラリー&カフェ
- 中原万里さん ( ギャラリー・ショップ・カフェ店主)