特集 まちの流れが動くとき
山口県萩市
萩の風景を変えたゲストハウス「ruco」。そこから生まれる連鎖反応とは?【後半】
2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』の舞台でもあり、吉田松陰のゆかりの地として知られる山口県・萩市。そんな萩の街の一角に、大きなバックを持った若者や近所の人が頻繁に出入りしているビルがある。そこは、2013年10月にオープンした、ゲストハウス「ruco(ルコ)」。
突き抜けた天井に漆喰の壁、斬新な造りの1階のカフェスペースには、いつも誰かが自然と集まって話しはじめる。最近はこの近くに、萩に戻ってきた若い世代の人たちが作る美容室やカフェなどが続々とオープン。「ruco」が地域の核となり、萩の風景はいま、少しずつ変わりはじめている。
その流れを作った立役者が、「ruco」のオーナーである塩満直弘さん。県外からのお客さんにも地元の人にも、笑顔をかかさない人柄だが、“外の人”と“地の人”、外と内が交わって交流する場所であるゲストハウス「ruco」の構想に行き着くまでは、長い道のりだったと話す。
一度萩を出たからこそ見えてきた地元の色。人や場所との新たな出会いが、塩満さんの想いと呼応するかのように、萩の人や街の流れを変えていく。
写真:加瀬健太郎 文:薮下佳代
まず、はじめてみる
“バー”という“場”を持つ
“萩に帰ってきてすぐ、ゲストハウスの物件を探しはじめたんですけど、2〜3カ月経っても一向に見つからなくて。若い奴がわけわからんことをしようとしてるって思われたのか、不動産屋さんもあんまり取り合ってくれませんでした。
そんな時、昔アルバイトをしていた萩で人気の居酒屋「MARU(マル)」の店主の小祝さんが、「いきなり宿をやるのもいいけど、最初はお金をかけんほうがいいし、今ちょうど隣が空いとるから、そこで何かやってみたら?」とアドバイスをくれたんです。
飲食業態の経験もあんまりなかったから、大阪の飲食店で働いていた中学の同級生の秋本崇仁くんに相談したら、前向きにとらえてくれたし、秋本くんの知り合いの人からも、「塩満くんがやりたいのは“バー”じゃなくて“場”やろ? まずは場を持ってみればいいんや」って言われて。ここからはじめてみようと思うきっかけをくれました。”
中学校の同級生とはじめた
バー「coen」
“2011年から、バー「coen(コエン)」をはじめました。オープンから半年後には、今、店を切り盛りしてくれてる秋本くんが、1年半後には、同じく中学の同級生のあっくん(原田敦さん)が帰って来てくれました。”
“いま考えても、あの「coen」を開く選択肢は間違っていなかった。「coen」で得たお金や信用は、「ruco」をはじめるための軍資金にもなったし、何より、たくさんの人との出会いがあって、その縁が「ruco」にもつながっています。”
萩になかったのは街のハブ
“バーが軌道にのったものの、ゲストハウスのことはあきらめていませんでした。もう「やる」って決めていましたから。とはいえ、物件は相変わらず全然決まらなくて。
元旅館、元ホテルなどもあったんですけど、広すぎるとか、建物の傷みがはげしすぎるとか。
あと、物件の情報を教えていただく時に、「それでゲストハウスって何なの?」って聞かれることが多かったですね。共有スペースがあって、安価で泊まれてとか、わかりやすいキーワードで伝えて、素泊まり中心で、海外の方も泊まれるような民宿と説明していた気がします。
そんな中、いくつかあたっていくうちに、今の物件がありました。元楽器屋さんの4階建てのビルで、「ここ、めっちゃいい!」と思ったんですが、不動産に関して僕は素人だったので、親しくしてもらっている建築や不動産関係の方に、どういう風に話をもっていったらいいかなど、交渉方法を教えてもらいながら、進めました。”
“宿の場所を、海が見えるところや古民家などの観光視点の「環境重視」にするか、「街のハブ」になるようなところにするか悩んでいたんですが、今、萩にないのは「街のハブ」だなと。宿は旅の拠点となる場所だから、バスセンターからも、飲食店からも、城下町にも近いほうがいい。そう考えると、あらゆる面でこの物件の場所は、自分の考える宿のかたちとしてベストでした。”
“ゲストハウスの内装は、はじめて会った時からアズノタダフミくんにお願いすると決めていました。ちゃんと約束を覚えてくれとったから、時間をつくって萩まで来てくれました。”
“デザインは基本的にはおまかせだったんですけど、宿としての“安らぎ”がある中に、ちょっとした緊張感を持てるような空間にしたいと思いました。背筋を延ばして、人と人が向かい合える、そんな場所にしたかった。”
名前は、萩の街の水路から。
人の流れを変えた「ruco」
“三角州の中にある萩という街には、水路が縦横無尽に流れていて、荷物を運搬したり、洗いものをしたり、生活用水として、水は昔の萩の街に欠かせないものだったんです。萩の日常の中で、非日常に触れる選択肢ができたら、新しい流れと交わりを持つ“交流の場”になってほしいなと思って、「ruco」=「流」「交」から名づけました。”
“お客さんの9割は県外からの観光の方ですが、「萩に来たい」というより「rucoに来たい」と言ってくださって、最近は県内の方も増えてきました。1人旅の人や女性のお客さんも多いですし、リピーターの方が多いです。”
“改装にかかる費用に関しては、融資を受けました。4階建てのビルを全面改装したんで、結構かかりましたね。オープンから1年半が経って、稼働率も上がってきて、オフシーズンの週末も埋まることも多くなりました。”
「人の感覚を起こす」空間
そこから生まれる連鎖反応
“カフェなのか宿なのか、何をしているかわからないから、入りづらいと言われることもあります。けれど、「ruco」はいつでも開いているし、琴線に触れたり、興味を持ってくださった人には、1人でも飛び込んできて欲しいなと思っています。能動的に自分で動いて出会った人から伝わることってあると思うから。
最近「ruco」の近くに、美容院の「kilico(キリコ)」ができたり、もうすぐパン屋さんもできる予定で、萩という街に、人の流れや連鎖が少しずつ生まれている気がします。各々がやりたいことをして、そういう一個人の動きが、生きた街をつくっていく。街ってそういう多様性の集まりだと思うんです。
「人の感覚を起こす」というか、人の感性のアンテナをもっと立たせたいと思っていて。自分1人では無理やから、それが空間として、そこに集まる人の空気感とか一体感とか、かたちには見えなくても、自然と連鎖反応を起こしていけばいいなと思っています。”
“僕は、“土の人”と“風の人”の境というか、土地の人でもあるし、外に出て戻ってきたというのもあるので、新しい風を吹き込みながら内と外をつないでいく役目になれたらいいなと。
想いが強すぎて、萩だけをなんとかしたいとか、盛り上げるということじゃなくて、“萩支部”を担いたいと思って動いてる感じです。
萩みたいな地方都市が個々にあることで、日本っていう色が残っていくと思ってるんです。
日本の他の地域にも、同じような意識やモチベーションを持ってる人たちがたくさんいるから、彼らと一緒に、日本の色を少しでも残していきたいと思っています。”
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山口県萩市
特集
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