INTERVIEW

自分で見て、歩いて、
町の記憶をたどりながら
別府に根ざして暮らす【前編】

大分県
宮川園さん
スタジオ・ノクード主宰、フードアーキテクト(たべもの建築家)
居住地: 熊本県→東京都→神奈川県→大分県
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くるくるとした彼女の大きな目に見えるものは、町の風景だけではない。
それは、町の至るところに残る古い記憶だったり、人と人の強いつながりだったり、その土地から放たれる強いエネルギーだったり。

湧き上がっては消えていく別府の白い湯けむりのように、かすかな気配を感じながら、“目に見えないもの”を、宮川園さんは大切にしている。

大学時代、建築を学んだ宮川さんは、人が集まる仕組みも「建築」のひとつだと考えている。食やパーティ、町の成り立ちや人の記憶も研究対象であり、別府の町全体が彼女のフィールドワークの場。別府の町をひたすら歩いてまわり、そこで感じたこと、出会ったものすべてが、彼女のアイデアの源となる。

梅雨が明けたばかりの別府の町を宮川さんと一緒に歩いた。
「ここからは、海がよく見えます。あそこにはかりんの木が生えていて、落ちた実を拾っては、かりん酒を作るんです」
そんな風に彼女が教えてくれるのは、観光地・別府とは違う表情の、暮らしのなかの別府。
町の記憶をたどりながら見えてくる、別府のもうひとつの顔に出合った。

写真:熊谷直子 文:薮下佳代

歩いてこそ、浮かび上がる
別府の多彩な魅力

“別府”という名前、よく考えるとすごいと思いませんか? 別の府、つまり国が定めた「府」とは別の、異次元ワールドなんじゃないかと思っていて。

別府のいたるところで湧いている温泉は何もかもを流してくれる聖域であり、温泉自体が神様みたいなもの。なくしたり壊したり誰も手をつけることはできないから、古くなっても今もこうして、そのまま残っている。すごく特殊なところだなって思います。

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別府市内のなかでも古くから湯治場として知られる「鉄輪(かんなわ)温泉」。町なかに源泉があり、湯けむりがいたるところから湧き上がるその景色は、まさに別府ならでは。

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5年前、私が別府に来た当初は、時間が止まったかのような別府の古い町並みの何もかもが目新しくて、町を歩いているだけで驚きの連続でした。とにかく楽しくて、自分が歩きまわった場所の写真を撮って、「人目線地図」というものを作ってしまったほど(笑)。でも、そこに写っている古い建物や細い道のいくつかは、この5年でなくなってしまいましたね。古いものに価値をもつ人が少なくなっているのか、別府の風景は年々変わってきている。きれいに整えられていく街は確かに住みやすいかもしれないけれど、街が均一になっていけばいくほど、魅力がなくなっていくと思うんです。

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別府市内の路地裏には自然倒壊した家やレトロなお店がいくつもあり、歩くだけでもたくさんの発見がある。

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町の公衆浴場は
人が集まるコミュニティ

「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」という言葉があります。別府には町のなかに100以上もの公衆浴場があって、たいてい100円で入れる! お風呂がない家に住んでいる人も多いので、みんな毎日だいたい決まった温泉に入りに行きますね。公衆浴場ごとに来る人も違えば、泉質も違う。おばちゃんはすっぴんで、おじちゃんは上半身裸で道を歩いているなんて光景も日常(笑)。道路が自分の家に続く廊下みたいになっている感じかな。別府の人が何でも受け入れてくれるのも、裸のつきあいだからですかね。お互いに隠すものは何もないですから(笑)。

浴場のなかにも独特のルールがあって、みんないつも同じ洗い場を使うから、そこじゃないと洗いにくい。私も初めはいろんな浴場に行っていて、あいている洗い場に座っていたら「そこは私の場所よ!」と常連のおばちゃんたちに言われて(笑)。決まった場所なんてないから自由に使ってもいいんですけどね。でも、私も、いつも通っている温泉では定位置があるので、そこを誰かに使われていたりすると、なんだか1日、心地悪い感じがしちゃうのはわかります。

この土地にはたくさんの温泉があるから、どこもかしこもエネルギーが充満している。だからもし自分のエネルギーが枯渇してしまっても、大地のエネルギーをすぐに補給できるんです。いつも近くにあるものだけど「なんて贅沢なんだろう」ってよく思います。

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別府発祥の地“浜脇”で
始まった別府暮らし

大学4年生の時に、かつて湯治場として栄えていた「浜脇」のまちづくりの研究をすることになって別府に来ました。来るたびに1カ月ほど滞在するので、大学の先生から月1万5千円で安く住めるアパートを紹介してもらって何人かで住み始めて。そこには中庭があって、迷路みたいな不思議な造り。しかも築100年は経っている古い建物……。ここは一体、何だったんだろう?と思っていたら、元遊郭の宿だったんです。遊郭は、政府公認で売春宿を集めた場所で、昭和30年代に廃止になりました。当時の私は遊郭と聞いてもわからない、超ウブな学生で(笑)。でも、そこに住むようになって興味が湧き、遊郭の研究を始めたんです。

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別府・浜脇にある元遊郭の宿の中庭が好きだという宮川さん。学生時代、ここの2階に1カ月ほど住んだという。「ここは私のルーツ」

浜脇は“別府発祥の地”ともいわれている場所ですが、今は再開発されて、ほとんどの建物が建て壊しになってしまいました。かつては集落の中心に温泉があって、商店、旅館、そのまわりを囲うように遊郭の宿があったそう。この集落には、遊郭にいる人々に必要な商店しかなくて。本屋とかメガネ屋、おもちゃ屋はなくて、焼肉屋、化粧品を売る薬屋、着物屋、貸し布団屋などがありました。

私が住んでいた元遊郭の建物には、2帖くらいの小さな部屋もあれば、人気の遊女が使っていただろう大きなお部屋もあって。ぐるりとコの字につながる廊下からは中庭が見下ろせる。その回遊性はお客さんと出会うためのもので、そんな風に人が集まる仕掛けがある遊郭のことを知れば知るほど建築物としておもしろいなと感じるようになったんです。

管理人のおばあちゃんに話を聞いたら、私たちが住む前に取り壊すことも考えていたそうなんです。でも、私たちが住む時、すみずみまで丁寧に掃除をしたら、建物が喜んでいるのを感じました。その時に“死にたい建物なんてない”、そう思った。今も1階には88歳になるおばあちゃんが住んでいて、この場所を守ってくれている。私も時々こうしてのぞきに来ているんです。

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ほかにも、もう一軒遊郭だった建物に住んでいました。そこはもう壊されてしまったのですが、当時住んでいた103歳のおじいちゃんは、そこで暮らした70年の間に自分の結婚式も家族のお葬式もその家で行ったそうで。そういう建物と人の記憶、街の記憶も含めたすべてが建築物になって残っている。それまで私が東京で学んできた建築学とは全く違ったけれど、ここで暮らして「記憶そのものが建築なんだ」と思えたんです。

別府の町に今も残る
海洋文化の名残り

別府には海の文化が色濃く残っています。私は海洋民族に興味があってその歴史も調べているのですが、大阪と別府を結ぶフェリー「さんふらわあ号」の航路は、昔の海賊の航路といわれていて、米などの食糧だけでなく、“女”も運ばれていたそうなんです。かつて京都にあった「島原遊郭」は、天草と島原の女たちがこの航路を使って京都まで渡っていたからそう呼ばれていたとか。

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別府にある住吉神社には、拝殿に龍と波の模様が彫られています。住吉の「住(スミ)」は「海に潜る」という意味で、海洋民族がいたとされている土地には住吉神社が祀られています。ご神木の楠は、船をつくる材料になる木。だから、7月に神社で行われるお祭りの御神輿のかけ声も「ワッショイ」じゃなくて、「ワッサ」という海の音なんですよ!

そんな風に、今もここに残るモノを通して、歴史やストーリーを紐解くことを、別府出身の写真家・藤田洋三さんに教えてもらいました。私は別府が好きだから、もっといろいろ知りたい。でも、歴史的なことや民俗学的なことをふまえて、別府の町を見ている人はあまりいないかもしれませんね。別府に旅行に来た人は、なかなかこんなところまで来ないだろうな(笑)。

暮らしのなかにある
別府のいつもの風景

私は、こうしてよくいろんな人に別府の町を案内しているんです。それは私が魅力に感じていることをダイレクトに知ってほしいから。地元のおじちゃんたちは、浜脇という町に誇りを持っている。だから私も誇りを持って浜脇という町を紹介したいし、別府という町をもっと深く知ってほしい。

海と山がこんなにも近くて、町を歩いていると山並みがきれいに見える。坂を上って滝で涼んだり、高台から海を眺めて、湧き水を飲んで、温泉に入ったら、市場でお買い物したり……。それらは観光名所ではないけれど、私自身が好きだと思って移住した別府の“いつもの風景”を見せたい。私がこんなにも惚れ込んでいる場所を、みんなにも好きになってほしいなって思うんです。

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鳥居のようにそびえ立つ2本の大きな杉の木が印象的な朝見神社。浜脇集落に住むきっかけになった大切な場所。

 

自分で見て、歩いて、 町の記憶をたどりながら 別府に根ざして暮らす【前編】
宮川園さん みやかわ・その/1987年、熊本県天草市生まれ、東京、神奈川で育つ。東京造形大学へ入学し、建築を学ぶなかで、大学4年の2009年、別府・浜脇集落で行われたまちづくりプロジェクトで初めて別府を訪れる。東京と別府を何度も行き来しながら別府の魅力にはまり、2010年より移住。NPO法人「BEPPU PROJECT」へ入社後は、「platform04 BOOK CAFE」の運営、「platform04 SELECT BEPPU」の立ち上げや、フリーペーパー『旅手帖 beppu』の企画、編集などに携わる。2013年から、別府・北高架下にあるスペースで、キッチンスタジオ「スタジオ・ノクード」をスタート。“食も建築”との思いから、フードアーキテクト(たべもの建築家)として活動。食を通したコミュニティづくりを行う。
(更新日:2015.08.27)
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