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  • 「生活を巡る、松山紀行」 第二回:はじまりはいつも大街道

生活をたずねて綴る、松山紀行

愛媛県・松山市

四国最大の都市・松山市は、山と海と町の距離がぐっと近い土地。さらに日本最古の道後温泉があり、正岡子規や夏目漱石など多くの作家とゆかりある文学の町でもあります。そんな自然と文化の中で暮らす人々を訪ねて、写真家の阿部健さんが松山の町を歩きました。

「生活を巡る、松山紀行」
第二回:はじまりはいつも大街道

愛媛県
見知らぬ土地にも、誰かの生活が確かにある。電車のホーム、家の灯り、自転車ですれ違う人。そんな風景に出会った時にふと頭をよぎるのは、「もしも自分がここで暮らしたらどんな毎日になるだろうか」ということ。写真家の阿部健さんは、現在東京を拠点に活動しながら、近い未来に移住を考えている。写真家という仕事柄、さまざまな土地に行き、撮影しながら、常に“次の住処”としての視点も忘れずに町を見ていると言う。今回、訪れたのは愛媛県松山市。大きなフィルムカメラを首から下げて、松山の生活を探しに出かけました。

写真・文 阿部 健

2日目|はじまりはいつも大街道

早朝は、小雨が降っていた。湯かごにタオルと石鹸だけを詰めて、道後温泉本館まで歩いて行った。開いて間もない時間だったため、まだお客さんも少なく、中は静かだった。神の湯2階席でお茶とおせんべいのコース。ゆったり浸かりながら、昨夜のバー露口を思い出す。今ごろ、朝子さんは眠っているのだろうか。2階席でのんびりしていても、集合時間まではまだまだ余裕があったので、あたりを少し歩いてから宿に戻ることにした。

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湯神社へ登り、社殿のある所から道後温泉を見下ろしてみる。窓際に浴衣を着ている人が座っているのが見えた。

路面電車でミズモトさんとの待ち合わせ場所へ向かう。駅に着く手前でボタンを押すと、チーンという、なんだか微笑ましく、心地良い音が鳴った。降車を知らせる合図だ。そう言えば、同じ路面電車が走る街サンフランシスコでも、ミュニバスでは窓際の線を引っ張って降車を知らせていた。街にはその街の音がある。松山らしい音だと思った。

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待ち合わせ場所は昨日と同じだった。はじまりはいつも大街道。ミズモトさんは朝食にと、二番町にある「マリモ」という喫茶店に連れて行ってくれた。薄暗い店内には絵に描いたような常連さんが2組、新聞を回し読みしていた。僕たちはコの字カウンターの「コ」の先っぽあたりの席に着き、モーニングセットを注文。それからカウンターの中を何気なく眺めていると、とてつもない量のレコードが置いてあるのに気がつく。そこは老舗のジャズ喫茶だった。レコードは、今は亡きご主人が集めていたものだという。バターがたっぷり塗られたトーストとゆで卵、そして雪平鍋で温められた珈琲をいただきながら、いつの間にか自然と隣に座っていた紳士との間で、カメラと多肉植物と金魚の話が始まっていた。

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「どれもそれぞれのコツがある」
紳士はとてもゆったりとした心地よい京都弁でそれらを語った。ターンテーブルの上では、Nina Simoneのアルバム「Forbidden Fruit」が回っていた。A面が終わると、マスターのご夫人は針をそのまま1曲目に戻した。

大街道から僕たちはまず三津浜へ向かった。ここは江戸時代から昭和初期の古い建物が多く残っていて、空き家も多い。現在、その空き家を外からの新しい人たちが再利用し始めているそうだ。松山市駅から伊予鉄高浜線でおよそ15分の、三津駅で降りる。近所のおじさんのような駅員さん(私服なのである)に切符を渡し、改札を出る。駅と外との境目が、おじさん(駅員さん)によってほど良く中和されていた。

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こじんまりとしたロータリーに、町の本屋さんがぴったりハマっていた。安定の「小学一年生」に加え、いまは「真田丸」の時期のようだ。微かに潮の匂いがした。駅からすぐ近く、静かな町の通りの一角に、人気で賑わっている魚屋さんがあった。「日下鮮魚」。数名の母たちがわいわいと楽しそうに取れたての魚を、注文に合わせてしきりに捌き、その場でかるく調理をして惣菜としても売っていた。捌いたばかりのきびなごを僕たちに味見させてくれた。小海老のかき揚げも持って行きなさいと言う。なんだか実家が食堂の同級生のところへ遊びにきているようだった。「日下鮮魚」という店名も良い。そうそう、この「日下」という名は、「ひのした」ということで通ってきているのだが、これは実は「くさか」と読むのが本当だそうだ。しかし、誰も「くさか」と読めず、いつの間にか「ひのした」という名前がすたすたと一人歩きし、そのまま定着していってしまったそうだ。おもしろいことに、母たちはそれを全く訂正せず、もはや自らも「ひのした」と名乗ってしまっているという、柔軟すぎる対応。お店は笑顔と活気に包まれていた。

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日下鮮魚から線路を挟んで反対の海側へ歩き、山好きのおばあちゃんが営む喫茶店「アルプ」の前を通り、三津浜商店街に入っていく。シンプルな一本道に、商店がいくつか並んでいる。所々、空き物件も目につく。この辺りに毎年、県内外から数組の移住者が来ているという。今回紹介していただいたのは、興居島出身の小池哲さんと、松山の隣町・伊予郡松前町出身の夏美さん夫妻で営む「N’s Kitchen & labo」というパン屋さんと、怒和島(ぬわじま)出身の店主・田中さんが営む「喫茶 田中戸」。

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「N’s Kitchen & labo」は、非常に人気のパン屋さんで、店内も広く、中では沢山の雑貨も販売していて、喫茶スペースもあり、僕たちが行った時は、すでに一度並べていたパンがほとんど売れて無くなり、ちょうど次に出す分を作っている最中だった。

僕たちは「喫茶 田中戸」の田中さんに少し話を聞いた。田中さんの出身地、怒和島は三津浜港からフェリーで2時間ちょっとの所にある松山の島だ。田中さんは松山の高校を出たあと、カリフォルニアに留学。カリフォルニアは数々のカルチャーの発祥地だ。そんな、まさに「現場」で生活していくなかで、「自分は日本の事を殆ど知らない」ということに気がついたのだと言う。その経験を機に、帰国後は沖縄の八重山や三重の亀山、佐賀の唐津などに住みながら放浪してまわった。

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今年で、田中さんが三津に来て丸6年。いま、この商店街では、「喫茶 田中戸」をはじめ、「N’s Kitchen & labo」や、つい最近では、浅草から移住してきた革バックのリペア店「リテラ」がオープンした。店頭にはいかにもという派手な開店祝いの花輪が立っていたが、実はこれ、田中さんら商店街の仲間たちが歓迎の意を込めて贈ったものなのだとか。もらった方は数日間店頭に飾っていないといけないという、いわばひとつの歓迎の儀式のようなものなんだそう。

新しいお店がここにオープンすると、いつも皆でそうするんです(笑)」と、田中さんの奥さん陽子さんは話す。そして、「リテラ」に続き自転車屋さんも新たにオープンした。

いま各地で移住ブームのようなものがあるけれど、ここには本当に来たくて来る人が集まってくるんです。自然発生的に、そういう流れがここにはできている。作られたものじゃない、”確かさ”があるんですよね。すごく健康な土地だなって思っています」と田中さん。

いま三津浜商店街は少しずつ、確実に息を吹き返しつつあるようだった。

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僕たちは近所でお寿司(次男坊)を食べ、三津浜港のあたりを少し歩き、市道高浜二号線の一部だという有名な渡し船にも乗った。乗船時間わずか2分ほど。船が市道という、住民の生活の足としておよそ500年の歴史を含んだ、それはまるで懐の深いユーモアのようだった。

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三津駅に戻り、ミズモトさんはそこから僕らを興居島へ連れて行ってくれた。伊予鉄高浜線の高浜駅で下車。情緒ある駅舎を出るとすぐ正面にフェリー乗り場があった。ここからそのフェリーでおよそ10分のところに興居島はある。瀬戸内の島々もうっすらといくつか見える。この距離感と静けさは、なんだか気持ちを落ち着かせてくれるところがある。そう言えば、今何時なのだろう?今日は殆ど時計を見ていない。16時過ぎだった。感覚的には、19時くらいだった。とてもゆっくりと時間が流れている。

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興居島には「しまのテーブル」という、廃校になった小学校を、ほぼそのままの形で再利用して、カフェや音楽ライブ、アートイベントなどを行っている所がある。しまのテーブルの藤内さんと僕たちは、夕陽を見るのにちょうど良い時間ということで、視界の良い高台に登ることにした。藤内さんが車を出してくれた。遠くは曇っている。淡い夕焼けが瀬戸内の静かな海をぼんやりと照らしている。雲は海との境界線を曖昧にしていた。今日はいつも通りの風景だとミズモトさんは言った。陽が落ち、僕たちは車に乗った。夜の手前の、深いブルーに覆われた島の道路を、ライトを付けた藤内さんの軽自動車が静かにフェリー乗り場に戻って行った。

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3日目につづく。

PROFILE
あべ・たけし/写真家。1980年、神奈川県生まれ。日本写真芸術専門学校2部報道・芸術写真科卒業。複数のカメラマンのロケアシスタントとして働いたのち、平野太呂氏に師事。2009年からフリーフォトグラファーとして活動を開始。日本の昔の映画やドラマも好きで、山田太一のファン。www.takeshiabe.com

(更新日:2016.03.31)
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