特集 「とんがりビル」の住人たち

町のにぎわいを取り戻すきっかけに。山形市・シネマ通りにある 「とんがりビル」の住人たち。

山形市・七日町は、かつて県内の若者たちがこぞって遊びに来るカルチャーの拠点として栄えた場所。今も残る「シネマ通り」は、その名の通り6つもあった映画館は今、ただの1つも残っていない。そんな少しさびれた通り沿いに、昨年2月、新しいスポットが生まれた。

10年もの間、ほぼ使われていなかった築40年の古い雑居ビルをリノベーションし、よみがえらせたのは、山形を拠点にあらゆるデザインを手がける「アカオニ」の代表・小板橋基希さん、
「Open A」代表、「東京R不動産」の馬場正尊さん、
建築事務所「みかんぐみ」の竹内昌義さん、「山形R不動産」の水戸靖宏さんだった。

「とんがりビル」には、山伏、キュレーター、シェフ、カメラマン、デザイナー、ヨガインストラクター、ロルファー、Webエンジニア、家具職人にジュエリーデザイナー……。こんなにも多彩でクリエイティブな面々が、1つのビルに集っている。一体どんなビルなんだろうか?

その正体を探るべく、「とんがりビル」の管理人を務める、工藤裕太さんにビルの中を案内してもらった。

写真:志鎌康平 文:薮下佳代

「あのビル、なんかいいよね」
そんな“気分”から始まった

山形市の繁華街、七日町(なのかまち)。そこに、通称「シネマ通り」と親しまれている通りがある。シネマ通りには、その名の通り、かつて映画館があり、書店やダンスホールもあったという山形随一の文化拠点。山形の若者たちはここを訪れ、映画にダンスに明け暮れた。大正時代から続いたそのにぎわいは、いつしか終わりを迎え、かつては6軒もあった映画館は、今となっては1軒も存在していない。

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もちろん、この「とんがりビル」も同じく、長い間空き物件だった。2階にはかろうじてパブとスナックが入居していたけれど、ほかはすべて空室。ほぼ廃墟のようなビルだったという。「でも、なんかいいなって、ずっと気になってたんですよね」とアカオニ代表の小板橋さんが気に留めていたこの空きビルが、今では、いろんな入居者でにぎわう場所になるとは、誰も想像していなかった。

昭和初期より、この地で尾原写真機店を営んでいたオーナーが、今から40年前、いまのビルへと改築。1階はゲームセンター、パチンコ店、韓国料理屋と店子が変わり、閉店後、10年もの間ずっと使われずにいた。3〜4階はオーナーの住居として使われていたが、引っ越してからだいぶ経ち、ボロボロの状態だったという。2階のテナントが閉店すると聞きつけ、そのタイミングでオーナーに直談判。ビルをまるごと1棟リノベーションする許可を取り付けた。

土地の記憶をひっさげて
「とんがりビル」が誕生

リノベーションを手がけた4人は、合同で「株式会社マルアール」を設立。山形、ひいては東北全体の町を活性化していこうと、
建物のリノべーション、デザイン設計からまちづくりを進めている。ビルの管理人の工藤さんは、もともと東北芸術工科大学の学生で、馬場正尊さんのもとで建築を学び、現在は、「株式会社マルアール」の社員でもある。

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とんがりビル管理人の工藤さん

「新しくビルを建てるのではない建築のあり方、それが“リノベーション”という手法でした。これからの人口減少社会において、増える住宅ストックをどうするのか? ということを馬場ゼミで学びましたが、いま、このとんがりビルこそ、その実践の場なんです」

このビルのおもしろさを、設計士でもある工藤さんに聞いてみると……。

「すごく奥に長いんです。道路から一番奥まで30mぐらいあって、まさに鰻の寝床。特に1階は、何も仕切りがなくだだっ広くて、これはおもしろい物件だなと思いました。建物の古さもいい感じで。経年変化で出た味わいをそのまま活かしている物件は、山形ではめずらしかった。古い鉄筋のビルって実はなくて、全部立て替えてしまっているんですね。このビルは、ある意味手つかずで、残っていました。しかも、少し手直しすれば、そのまま使える状態なのも良かった。鉄筋コンクリートの物件の後ろには増築した別の鉄骨の建物があって、ツギハギになっているのもおもしろくて。階段を挟んで、造りが違うんですよ」

1階にはカフェ、本屋兼ショップ、イベントギャラリースペース
2階には写真スタジオとデザイン事務所
3階にはシェアオフィス、ヨガ&ロルフィングスタジオ、事務所など
4階には家具屋さん

では、「とんがりビル」に入居している店子を、紹介していこう。

 

1階 nitaki|FOOD
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広々とした店内で、シネマ通りからも入りやすいオープンな空間。「とんがりビル」の顔ともいうべき、すべての人を迎え入れる場所だ。プロデュースは全国の地域を活動の場とするフードデザイナーズネットワークがビルの入居者たちとともに手がけている。店名は、人が食材を“食べもの”に変えるシンプルな行為である“煮炊き”から名づけられた。食材が豊富な山形でも、普段なかなか目にすることができない珍しい県産の在来野菜などを使った旬の料理を提供する。山形のおいしい食材が食べられるとあって旅行者にも人気だ。
電話:023-634-8883
営業:11:00~22:30(21:30LO) 月曜定休  ※祝日の場合は翌平日
http://nitaki.jp

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1階  十三時  | BOOK&CRAFT
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山伏であり、イラストレーターとしても活躍する坂本大三郎さんのお店。店内には、ここでしか見られないものばかりで、見ているだけで楽しい。
坂本さんが自分でなめしたイタチの毛皮や、猟師がら譲ってもらったという熊の毛皮も飾られている。日本や世界中を旅して集めた民芸品、山形の暮らしに欠かせない、わらじやカゴ、かんじきなどの暮らしの道具なども揃う。その他、山形の食材を使った食品や手ぬぐいなどもあり、お土産にも。民俗学などの本や、山形ビエンナーレのオフィシャルブックなども販売している。
電話:090-2952-0013
営業:12:00〜19:00(日によって変更あり) 不定休
http://www.13ji.jp

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1階 KUGURU|GALLERY&EVENT SPACE

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nitakiのさらに奥にある「KUGURU(くぐる)」は、ギャラリーであり、時にはシアターにもなり、レクチャースペースやライブハウス、ワークショップなど、ありとあらゆるスペースに変容するいままでにない自由な空間。その奥まった場所は、まるで山のなかの洞窟のよう。アート、イベント、音楽、学びなど、複合的な体験を提供する。キューレーションは、東北工科芸術大学の准教授であり主任学芸員、「みのおく芸術祭 山形ビエンナーレ」プログラムディレクターの宮本武典さんが担当。月に1度開催される企画展もユニークなものばかりで、見逃せない。
営業:展示、その他によって変更あり
http://www.tongari-bldg.com/kuguru

 

2階 アカオニ|DESIGN OFFICE
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山形のみならず、東北を代表するデザイン事務所。山形を中心に商品パッケージやパンフレットや書籍、カタログなどの紙媒体からウェブデザインまで、ありとあらゆるデザインを手がける。立ち上げ当初は写真館からスタートし、次第にデザイン仕事をメインに受注するように。現在スタッフはコピーライターやWebデザイナーなどを含む8人。その土地に根ざしたデザイン集団だからこそ、ロゴやパッケージだけではなく、商品のコンセプトやネーミングなどにも深くかかわりながらディクレションすることもあるという。一目見て、印象に残るアカオニデザインの仕事を、山形に来たなら、ぜひ手にとって見てほしい。
電話:023-665-5364
http://www.akaoni.org

2階 志鎌康平写真事務所【六】|OFFICE&STUDIO

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写真:編集部

山形を拠点にしながら、雑誌や広告の撮影で国内外飛び回っているフォトグラファー・志鎌康平さんの写真スタジオ。ポートレート、料理、風景、物撮り、動画などあらゆる撮影を行っている。彼の写真はとても素直だ。人の自然な表情をそのまま、鮮やかに切り取ってみせる。みな、彼にレンズを向けられると、不思議と笑顔になるという。不定期で開いている写真館「サンデーブース」では、結婚式や記念日の家族写真、子供の成長の記録に、と記念写真を撮る人がこのスタジオを訪れる。その1枚が家族にとって、とても大切なずっとずっと残り続けるメモリーになるだろう。
http://www.shikamakohei.com/

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上下ともに、志鎌さんの作品「INDIA」より

 

3階 シェアオフィススペース
6つのブースに分かれており、「アカオニ」から独立したデザイナー・梅木駿佑さんの事務所「UMEKI DESIGN STUDIO」、ソフトウェア開発を手がける「タートルソフト」の加藤待士さんが事務所を構える。ただいま1ブース空室あり、入居者募集中。

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「UMEKI DESIGN STUDIO」梅木さん

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「タートルソフト」加藤さん

 

3階 Rolfing House festa | BODY WORK
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「ロルフィング」と呼ばれる、身体を自然のあるべき姿に整えるボディーワークのセッションを行なう大友勇太さんと、奥さんの亮子さんがヨガのレッスンを行なうスタジオ。自分の身体がいまどういう状態なのか、姿勢やクセなどなかなか客観視できないもの。そうした身体の歪みや痛みを、一つ一つ探りながら、バランスを整えていくロルフィングと、身体の動きの中から自分の身体を知り、動く楽しみを感じるA-Yoga。どちらも自分の身体の声を聞く、大事な時間を提供してくれる。
電話:090-2954-8207
営業:10:00〜20:00 不定休
http://www.rolfing-festa.com/

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3階 basic | OFFICE
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東京に本社があるWebマーケティング会社「basic」のリモートオフィス「山形ラボ」がこちら。山形出身のスタッフが子育てを機にUターン。そこで、山形にオフィスを開業したいと会社に申し出たことにより実現した。「とんがりビル」に入居してからは、新たなUターン者や地元での採用も行って人数が増え、現在4人が入居中。みなWebエンジニアのため、ネットワーク環境があれば、どこでも仕事ができるのが強み。月に1〜2回は進捗確認のため本社の東京へ出向きながらも、山形を拠点に仕事を行なっている。
https://basicinc.jp

 

4階 TIMBER COURT | SHOW ROOM
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天然木材を使ったオリジナル家具を制作・販売する「TIMBER COURT」のショールーム。販売はすべて受注生産。山形市出身の相田広源さんがデザインを担当し、上山市の作業場でほかの2名の職人とともに制作している。1階のnitakiのテーブル&イスもTIMBER COURTが手がけた。ショールームでは、同県出身の役野友美さんが受付をしながら自身のアクセサリーの商品や金物を製造・販売している。4階にあるこの部屋は、オーナーさんの元住居。そのため、キッチンの食器棚や建具をそのまま活かし、ソファやイスを置くショールームにはぴったりの空間に生まれ変わった。
電話: 023-665-5331
営業:毎週金、土  11:00〜18:00
http://timbercourt.net

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ここで紹介した入居者は、アカオニの小板橋さんが声をかけたり、公に募集した結果、自然とおもしろいメンバーが集まった。その昔、このエリアが、山形の文化拠点だったということもあってか、いつのまにかクリエイティブな面々が揃ったのも不思議な縁だ。ここからつながって何かを始めたり、発信していくこと。それがこの土地から生まれる新たなクリエーションになっていく。

「建物単体をリノベーションする事例は、全国でもたくさんありますが、そこからもう一歩進んで、そこが拠点となって、町全体が変わっていく事例をつくりたい。いずれは、シネマ通りを復活させたいんです。近くには100年続いた傘屋さんをリノベしたもカフェもオープンしたり、少しずつこの町が変わりつつあります。マルアールの役員の馬場は、『エリアリノベーション』と言っていますが、ビルをリノベーションする=点を変化させることによって、面=町を変化させる。とんがりビルのような点ができて、人の流れが変わると、ほかの点ができてくる。そうして点と点のつながりができることで、そこに住み始める人が出てきたり、買い物に来る人が増えたり。そうやって人の流れが変わると、面が変わる。そうやって徐々に町が復活していくと考えています」とマルアールの工藤さん。

点から面へ。とんがりビルは「エリアリノベーション」のあくまで一拠点。これから町が楽しく変わるきっかけとなる場所。かつての町並みを取り戻すために、まずは、“点”から変わっていく。

場とは不思議なものだ。今まで誰にも使われていなかった廃墟に近い古ビルが、人が手を入れ、再び人が入ることで、息を吹き返す。もしかしたら、ビルもこうして人が戻って来てくれるのを待っていたのかもしれない。建物は人があってこそ活きるし、何回でも生まれ変わる。突然大きなビルが立って、町がガラリと変わってしまうのではなく、この変化の歩みは、少しゆっくりかもしれない。もしかしたら、10年、20年、かつての賑わいを取り戻すには、長い時間が必要だろう。のんびりと、でも着実に。一体どういうふうにとんがりビルとシネマ通りが変わって行くのか。これからが楽しみだ。

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とんがりビル
住所:山形県山形市七日町二丁目7番23号 とんがりビル
電話: 023-679-5433(株式会社マルアール)
E-mail. info@maru-r.co.jp
http://www.tongari-bldg.com/

〈アクセス〉
山形駅からバスで七日町バス停まで約10分
バス停から徒歩で約4分
※駐車場はありません。周囲の有料駐車場をご利用ください。

(更新日:2017.01.17)
特集 ー 「とんがりビル」の住人たち

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「とんがりビル」の住人たち
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