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  • 「ない」ことで生まれた食文化。“ガストロノミー”から見る、東京都・新島の暮らし

Nature Tokyo Experience

東京の自然と。

緑生い茂る森、エメラルドグリーンの海に囲まれた島々……。都心の街並みからは想像できないほど豊かな自然が東京にあることは、あまり知られていません。そんな“東京の自然”を活用した事業を応援するプロジェクト「Nature Tokyo Experience」がスタート! 現在、多摩・島しょエリアで、土地の新しい魅力に出会える事業が誕生しています。その地域で暮らす人たちが守ってきたもの、そこから新たなに生まれる体験とは?

「ない」ことで生まれた食文化。“ガストロノミー”から見る、東京都・新島の暮らし

東京都
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新島は東京から南へ約160キロの沖合に浮かぶ、サーフィンの聖地として名高い島。土の性質や天候など、島ならではの厳しい自然環境の中で、独自の食文化が育まれてきました。そんな新島は、食から土地の魅力を紐解くプロジェクト「TOKYOガストロノミーツーリズム」の舞台のひとつ。新島の暮らしを語るに欠かせない、あめりか芋という希少なサツマイモ、お母さんたちの手で受け継がれてきたくさや、島の素材だけでつくられる島焼酎など、新島の食文化を通して見えてくる、島の人々の思いをめぐります。

 「ない」ことで生まれた島の食文化

調布から飛行機でわずか35分ほどで辿り着く、新島。白砂のビーチが続く羽伏浦海岸や、青い海でサーフィンを楽しむ人たち、緑の濃い切り立った山々、そして島特有のゆるやかな時間の流れに身を置くと、ついさっきまでいた東京の喧騒が信じられなくなってしまいます。しかしながら、ここもれっきとした東京。のどかな風景のなかを走る品川ナンバーの車が、ふとそのことを思い出させてくれます。

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新島をはじめとする伊豆諸島では、島ならではの文化が育まれてきました。伊豆諸島の伝統的な食べ物として真っ先に思い浮かべるのは、くさや。強烈なにおいがするため、好き嫌いが分かれますが、くさやはまさに島で生きる知恵が詰まった食べ物で、新島はその発祥とされているのです。

くさやの原料となる魚は、青むろあじ、トビウオ、サバ、サメなど。見学させてもらった池太商店ではこの日、青ムロアジのたたきを作っていた。

くさやの原料となる魚は、青むろあじ、トビウオ、サバ、サメなど。見学させてもらった池太商店ではこの日、青ムロアジのたたきを作っていた。

新鮮な魚を漬け込む、菊孫商店のくさや液。塩分濃度は海水とほぼ同じ4% 。においはツンとするが、味は意外とまろやか。地下に約4000L 保存されている。

新鮮な魚を漬け込む、菊孫商店のくさや液。塩分濃度は海水とほぼ同じ4% 。においはツンとするが、味は意外とまろやか。地下に約4000L 保存されている。

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海に囲まれた新島では塩の生産が盛んに行われてきましたが、年貢として江戸幕府に納めていたため、島の人にはとても貴重なものでした。

魚を保存する際もそのまま塩を振りかけるのではなく、開いた魚を塩水に浸して干し、貴重な塩水は捨てずに減ったぶんだけ水を継ぎ足して使ってきました。それがうま味の凝縮されたくさや液の原型で、各家庭でくさやを手作りしていた時代は、くさや液が嫁入り道具のひとつとされていました。島内に数軒あるくさや製造業者にとって、くさや液は最も大事な財産。古いものだと300年以上の長きにわたって代々受け継がれているのです。

寿司ネタをヅケにして、甘めのシャリで握る島寿司。江戸前寿司をより温暖な伊豆諸島で食べるために、独自に発達した寿司で、ワサビではなくカラシを使うのがポイント。ワサビが手に入らなかったため、カラシで代用したのが始まりだとか。

寿司ネタをヅケにして、甘めのシャリで握る島寿司。江戸前寿司をより温暖な伊豆諸島で食べるために、独自に発達した寿司で、ワサビではなくカラシを使うのがポイント。ワサビが手に入らなかったため、カラシで代用したのが始まりだとか。

くさやは、ないものを工夫して補ったりアレンジすることで生まれた食文化であり、海で閉ざされているからこそ、より純粋な形で守られてきたといえます。魚だけでなく野菜もしかりで、明日葉や島らっきょう、島とうがらしなど固有のものが多く、その中でも新島の暮らしに欠かせないのが「あめりか芋」という通称で親しまれている「七福」というサツマイモです。

あめりか芋なしでは語れない、
新島の暮らし

「僕らの親世代は、浜で鍋に海水とあめりか芋を入れて焚き火にかけておき、海で泳いでお腹が空いたら柔らかくゆで上がった芋を食べていたそうです。僕もやってみたのですが、煮汁が濁って見た目はあまりよくないけど、ほどよく塩味がついておいしかったですよ」と話すのは、新島であめりか芋の栽培をしている大沼剛さん。

見た目も紫色の一般的なサツマイモとはちょっと異なり、白っぽくて小さくコロンとしており、サツマイモとじゃがいもの中間といった感じ。

白っぽくて小さくコロンとしており、サツマイモとじゃがいもの中間といった感じ。

新島の土壌は砂地が多く、稲作には適していなかったため、麦、粟、大豆などを主に栽培していました。しかし、厳しい自然環境のため生産量も低く、たびたび飢饉に襲われていたといいます。

そのような状況が続く中で、新島に入ってきたのがあめりか芋。やせた土地でも栽培しやすく貯蔵がきいたため、あっという間に新島の暮らしに欠かせない農作物となり、主要な食料として重宝されてきました。

今でも自家栽培をしている家庭は多いのですが、本格的に出荷をしているのは大沼家のみ。

「あめりか芋の特徴は、ツルがとにかく長いことです。通常ツルボケといって嫌われるのですが、あめりか芋は品種改良されていないため、この状態が普通なんです。」

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大沼さんがひょいっとツルを持ち上げると、180cmあるという身長に届きそうなほどの長さ。収穫量は一般的なサツマイモと比べると少ないのですが、新島で廃れることなく残っているのは、単に気候風土に適していただけでなく、各家庭で食べる量を賄えればよかったことも大きいようです。

あめりか芋で唯一無二の島酒を

新島産あめりか芋を使った焼酎「七福嶋自慢」を製造する宮原酒造は、大正15年に創業した島で唯一の蒸留所。3代目の宮原淳さんは、平成15年からあめりか芋を100%使って焼酎造りをしています。

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「子どもの頃は、あめりか芋が取れるとどの家でも保存食にするために、蒸したものを庭先に干していたんです。だから、道を歩きながらいろんなところでつまみ食いをして、『ここの家のはうまい』なんて言ってましたよ(笑)」

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島の数少ない産品であるあめりか芋を原料にした焼酎を、以前から作りたいと思っていた宮原さん。焼酎造りに必要な量を売ってくれる人がなかなか見つからない中、その話に乗ってくれたのが大沼さんのお父さんでした。あめりか芋は長期にわたって貯蔵できるのが大きな特長ですが、焼酎造りとなると話は別。

「あめりか芋は年を越すとデンプンが糖化されて甘くなるので、普通に食べるのであれば貯蔵したほうがよりおいしくなります。しかし焼酎の仕込み用には、収穫してなるべく時間がたっていないデンプンの豊富な状態が適しているので、あめりか芋の収穫時期は、焼酎造りも一番忙しくなるんです」

気になる七福嶋自慢の味は、ほどよい甘さで後を引く香ばしさ。ローカルの人は、水割りで飲むことが多いのだとか。

「おいしいつまみと一緒に、ダラダラダラ~といつまでも飲める酒。僕自身、そういう飲み方が好きだからなんですけどね(笑)」

「嶋自慢」の主なラインナップ。芋焼酎だけでなく、伊豆諸島で主流の麦焼酎や米焼酎もある。

「嶋自慢」の主なラインナップ。芋焼酎だけでなく、伊豆諸島で主流の麦焼酎や米焼酎もある。

パッションフルーツ×焼酎?!
地元流・島酒の楽しみ方

昼間は観光客で賑わっているお店に、宮原さんや大沼さん、そして「新島ファーマーズ」の内藤さんご夫婦など、島の生産者さんが集まっていました。テーブルに並んでいるのは、内藤さんが作った完全無農薬ミニトマトの天ぷらや、たたき揚げ(青むろあじのすり身を油で揚げたもの)、赤いかの刺身、たかべという高級魚の塩焼き、くさやなど島の名物ばかり。

身がふんわりとして柔らかく脂も乗っている、たかべの塩焼き。伊豆諸島を代表する魚。

身がふんわりとして柔らかく脂も乗っている、たかべの塩焼き。伊豆諸島を代表する魚。

青むろあじに生姜や玉ねぎなどを加えてすり身にしたものを揚げた、たたき揚げ。島ではみそ汁や鍋物の具としても使われる。

青むろあじに生姜や玉ねぎなどを加えてすり身にしたものを揚げた、たたき揚げ。島ではみそ汁や鍋物の具としても使われる。

「神津島の人から聞いて、試してすごくおいしかったの」と内藤さんが教えてくれたのは、パッションフルーツを器にして焼酎を注ぎ、果実を崩しながら飲む方法。宴会中にも関わらず、さっそく自分の畑からパッションフルーツをもいできて、みんなで回し飲み。みんな「これはうまい!」と大人気でした。

新島には「シークレットポイント」と呼ばれるサーフポイントがあるものの、地元の人しか知らない本当の意味でのシークレットポイントの場所について、大盛り上がり。一方、「島の噂話は、インターネットより早いから下手なことができないのよ」と笑う内藤さんの奥様。あながち冗談ではなさそうで、島の人たちの密なつながりを感じさせてくれます。

パッションフルーツに麦焼酎「羽伏浦」を注ぐと、驚くほど爽やかな味わいに。

パッションフルーツに麦焼酎「羽伏浦」を注ぐと、驚くほど爽やかな味わいに。

完全無農薬ミニトマトを栽培している内藤さんご夫婦。東京の本土出身のご主人と、新島出身の奥様で、島の自然を満喫した暮らしを送っている。

完全無農薬ミニトマトを栽培している内藤さんご夫婦。東京の本土出身のご主人と、新島出身の奥様で、島の自然を満喫した暮らしを送っている。

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島では2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて「新島産原料100%焼酎プロジェクト」が進行中で、あめりか芋だけでなく、麹にする大麦も新島産を使用する予定。麦はかつて新島の食文化のベースだった食材で、お米が流通するようになって栽培量が減少していましたが、このプロジェクトをきっかけに、大沼さんが島での栽培を再開することになったのです。

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新島の食がおいしい理由を体感する
TOKYOガストロノミーツーリズム

伊豆諸島の持つ魅力を伝えていくために、東京の自然を活用した事業を支援するプロジェクト「Nature Tokyo Experience」。その一環でスタートした事業「TOKYOガストロノミーツーリズム」は、伊豆諸島の玄関口である調布や府中で、食をテーマにしたイベントを行ったり、実際に島を訪れて現地の食文化に触れるイベントを実施。食と文化の関係を紐解く“ガストロノミー”を軸に展開されます。

11月11日(土)・12日(日)には新島で体験イベントが開催されることが決まっていて、このプログラムを企画したUSPジャパンの横澤武留さんは、新島の印象をこう語っています。

新島の人と食に惹かれ、「TOKYOガストロノミーツーリズム」を企画した、USPジャパンの横澤武留さん。

新島の人と食に惹かれ、「TOKYOガストロノミーツーリズム」を企画した、USPジャパンの横澤武留さん。

「30、40年くらい前の新島は、ナンパ島と呼ばれるくらい若者で溢れていたんですよね。今はその頃の雰囲気とはかなり違うけど、都心からこんなにアクセスしやすいのに、手つかずの自然がたくさん残っているのがいいなと思ったんです」

今では信じられないけれども、大沼さんや宮原さんが子どもの頃は、島にディスコが2軒あり、夏はビーチへ行くために人をかき分けなければならないほど賑わっていたそう。現在島にある民宿は30数軒ほどですが、最盛期は200もの民宿が軒を連ねていたといいます。

新島に着く直前、飛行機からはエメラルドブルーの海岸線を一望できる。

新島に着く直前、飛行機からはエメラルドブルーの海岸線を一望できる。

「当時は努力しなくても人が来るので、島民にとっては濡れ手に粟みたいな状態で、完全に売り手市場でしたよね。そのうちバブル景気になって、海外のほうが安く旅行できるようになったことで、島に来る人が徐々に減っていきました」(宮原さん)

「自分より上の世代は、新島がものすごく栄えた時代を知っているので、なんとかしなければという思いをずっと持っているはずです。今の新島はまだまだ知名度が低いので、こういうイベントを通して新島の食を知ってもらえるのは、作り手としてもすごく嬉しいですね」(大沼さん)

体験イベントでは、島ならではの食を楽しめるのはもちろん、宮原さんの蒸留所でつくられている芋焼酎『七福嶋自慢』の原料である、あめりか芋の収穫を体験できる、貴重な機会。島の食材を使った調理体験もあり、地元のお母さんたちに郷土料理を手ほどきしてもらえます。さらに作家の椎名誠さんと怪しい雑魚釣り隊が、スペシャルサポーターとして体験イベントに参加することになっていて、怪しい雑魚釣り隊が島の食材を使って料理をしてくれるというお楽しみも。

大沼さん

あめりか芋の栽培をしている、大沼農園の大沼剛さん。

個人で行く観光旅行とは違って、畑や醸造所など生産、加工現場に行くことができ、地元の人とふれあいながら、地元の食をとことん知れるこのような企画ができるのは、島の人たちの協力があってこそ。さらに、今回収穫した芋で宮原さんが焼酎を仕込み、その原酒を来年2月に調布で行われるイベントで味わうこともできるそうです。

「ガストロノミーをテーマに新島で体験イベントをしたいと思ったのは、食べることで新島の文化を理解できる食材やお酒があったことはもちろん、それらをつくる大沼さんや宮原さんのような島の人と出会えたからです。単に食べ物だけでなく、人も含めた魅力があるからこそ、ガストロノミーツーリズムというのが言い得ていると思うんです」(横澤さん)

かつてのような一過性のブームで盛り上がるのではなく、訪れる人にとっても迎える人にとっても幸せな形で島が元気になっていけるよう、新たな取り組みがはじまっています。

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文:兵藤育子 写真:松永 勉
「ない」ことで生まれた食文化。“ガストロノミー”から見る、東京都・新島の暮らし

TOKYOガストロノミーツーリズム
あめりか芋・ミニトマト収穫 島食調理体験&大宴会


開催日:11月11日(土)・12(日)
開催場所:新島
参加費用:10,800円(税込)
申込フォーム:https://goislands.tokyo/event05/
公式HP:東京ガストロノミーツーリズム https://goislands.tokyo/
主な内容:現地集合、現地解散
作家の椎名誠さんと“怪しい雑魚釣り隊”もスペシャルサポーターとして参加。
11月11日(土)
12:00  現地集合、受付
13:00~ 新島名所めぐり
     ・羽伏浦海岸 エメラルドブルーの海と白い砂浜が続く
     ・石山展望台 コーガ石採掘場をぬけたところにある絶景スポット
14:20~大沼農園であめりか芋の収穫
15:00~新島ファーマーズ 完全無農薬・有機栽培ミニトマトの試食
15:30〜東光高岳の太陽パネル施設見学
16:00~宮原酒造醸造所で、あめりか芋焼酎製造工程見学・試飲
16:30~島食調理体験(新島ふれあい農園)
18:00~島食大宴会
(メニュー(予定):しま鯵のお刺身、金目鯛の煮付け、たたきあげ、あめりか芋のひっつぶし、明日葉天ぷら、明日葉ご飯、くさや、たたき汁、あめりか芋のいも団子等)
20:00 宿泊最寄り箇所までバスにて移動・解散
11月12日は自由行動


Nature Tokyo Experience
豊かな山々に囲まれた多摩、青空と海が広がる島しょ、都市ならではの湾岸の景観が楽しめる水辺。日本の中心都市の顔とはちがった、東京ならではの自然エリアに注目し、新たな体験型エンターテイメントを創出するプロジェクトをサポートする東京都の事業。
http://www.naturetokyoexperience.com/

(更新日:2017.10.24)
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