特集 東京の自然と。

“東京の自然”からはじまる新たな体験・交流の形とは? 「新たなツーリズム開発支援事業」イベントレポート

「山や海がすぐそばにある、自然豊かな場所で暮らしたい」

「ローカルを舞台に新しいことを始めたい」

そんな思いを抱いたとき、もっともイメージから遠いまちは、“東京”なのかもしれません。高層ビル、満員電車、ひしめく人や店……あまりに大都市のイメージが強いゆえ、見過ごされがちですが、実は、東京には都心の街並みからは想像できないような、豊かな自然が広がっています。

こうした自然資源を活用した新しい体験型・交流型の事業を応援するのが、東京都と(公財)東京観光財団が実施するプロジェクト、「Nature Tokyo Experience」(以下、NTE)。広大な自然が広がる多摩・島しょ地域を舞台にしたこのプロジェクトでは、これまでにグランピング施設やガストロノミーツーリズムなどを実現し、各方面で話題を集めました。

2019年9月、NTEの取り組みをさらに広め、参加事業者を募るべく、東京・千代田区の3×3Lab Futureサロンでキックオフミーティングが行われました。このイベントで来場者の注目を集めたのは、3名のゲストによる実例報告。新しい事業のヒントを見出そうと資料を片手にメモをとりながら、熱心に耳を傾けていました。今回はそんなトーク部分をピックアップして、イベントの模様をダイジェストでお伝えします!

写真:小宮山桂 文:高羽千佳

島の暮らしを豊かにする
内と外をつなぐ仕組みづくり

ゲストトークの1人目は、昨年のNTE事業の一つとして採択された「NIIJIMA 菜宿物語」の事業者である、株式会社Niijima Farmersの内藤八重子さん。内藤さんが生まれ育ち、今も暮らしている新島は、都心から小型機に乗り40分ほどで行ける、島しょエリアの中でもアクセスしやすい人気の観光地。この地で内藤さんは家業である工務店のかたわら、野菜やフルーツ、島の特産品である芋焼酎の原料となるアメリカイモなどを栽培するNiijima Farmersを立ち上げ、日々栽培・収穫に励んでいます。

まずは、NTEに応募したきっかけや「NIIJIMA 菜宿物語」のコンセプト、現在の進捗状況が語られました。

 

株式会社Niijima Farmers 代表取締役・内藤八重子さん。

 

Niijima Farmers・内藤八重子さん(以下、内藤)「私たちはもともと工務店を営んでいます。時期によっては仕事が暇になることもあるので、それならその時間に使っていない土地を利用して農業でもやってみようかと、夫と二人で農業の経験もないままNiijima Farmersを立ち上げました(笑)。なので、バリバリの農家というわけではありません。島の外から来る人が収穫体験できる観光農園として、また、地元では新島特産の芋焼酎の生産・普及などに貢献できればというスタンスでいます。

農業を始めたことで、地元の人とのネットワークや、ものづくりへの貢献の幅がぐんと広がりました。それで、農業をベースに新島の暮らしをもっと楽しくすることができるのでは……と思い、キャンピングトレーラーに宿泊しながら地元の人と交流や農業体験を楽しめる『NIIJIMA 菜宿物語』を企画し、応募しました。

『NIIJIMA 菜宿物語』のテーマは、“新島で食う、寝る、働く、動く、菜宿から始まる新たな物語”。ここを訪れる人たちにNiijima Farmersの農業に参加してもらい、私たち地元住民と一緒に新島の新しい農業のスタイルをつくっていこうという取り組みです」

宿泊場所となるキャンピングトレーラーは、キッチンやリビングなどが装備されたまるでホテルの一室のような空間。これを畑のすぐそばに置き、滞在しながら野菜を収穫したり、採れたての野菜で料理を楽しんだりできる内容を計画しているのだとか。自然を直に感じながら、キャンプに不慣れな人でも天候に左右されず、快適かつオシャレにアウトドアを楽しめる“グランピング”の要素を取り入れた、都市生活者向けのアグリツーリズムです。

 

「NIIJIMA 菜宿物語」で使用予定のトレーラーハウス。

Niijima Farmersでの農業体験の様子。 「NIIJIMA 菜宿物語」のメインとなる事業プランは、①ホテルの一室のように充実した設備を備えたキャンピングトレーラーでの宿泊、②農作物の栽培・収穫体験、③イベントの開催の3つ。“グラマラス(豪華な)”な宿泊&農業体験をキーワードにした様々なコンテンツを計画中。(写真提供:Niijima Farmers)

 

宿泊業に加え、「NIIJIMA 菜宿物語」で内藤さんが新たにチャレンジするのが、東京の島しょ地域で初となる、マンゴーの栽培です。

内藤:「この夏、初めてマンゴーの苗を植えてみましたが、実がなるまで約3年……まだまだかかりますこうしたマンゴーづくりを、新島を訪れた方々と地元の人が一緒に行える場として設け、単なる宿泊・農業体験では得られない島への愛着や、関係性を持っていただけたらと思っています。

マンゴーづくり以外にも、秋にはイモや野菜がたくさん収穫できるので、一緒に収穫したり、酒蔵で焼酎づくりの工程見学をしたりするツアーを考えています。また、時期は未定ですが、東京・白金台にあるレストランのシェフを招き、新島の食材で本格的なフランス料理のフルコースが食べられるイベントも計画中。宿泊者以外に、島の人たちにも食べてもらえるようになったらいいな、と。

こうやっていろんな夢が膨らみますが、実際に事業をスタートしてみると、自然公園法で自分の土地でも木を切ってはダメとか、宿泊施設の決まりでトレーラーを動かしたらその都度宿泊施設の許可・廃業届が必要とか。法律を全然知らなかったので(笑)、いろんな壁にぶつかりながらの毎日ですが、島の外と内をつなぐ場所となるよう進めていきます」

 

人と人をつなぐ体験型ツーリズム

続いては、流石創造集団株式会社の黒﨑輝男さんが、「新たな人の交流を創るということ〜Experience&Tourism 〜」をテーマに講演。

若い頃から海外に目を向け、旅そのものを自分のすみかにしてきたという黒﨑さん。今でこそ注目されているアメリカ・ポートランドにも十数年前に訪れ、客観的な視点からその土地ならではの魅力やカルチャーを日本に持ち帰り、東京・青山のファーマーズマーケットをはじめ、様々な形で発信してきました。

そういった海外での体験をもとに黒﨑さんが立ち上げたプロジェクトの一例が、人口170人ほどの石川県小松市の限界集落で、古民家6軒と11ヘクタールの畑をベースに農園、カフェ、ホステルなどを展開するTAKIGAHARA FARM。この事例をもとに、黒﨑さんが考える地域と人、人と人をつなぐエクスペリエンス(=体験型)ツーリズムについて語られました。

流石創造集団株式会社 CEO・黒﨑輝男さん。

 

流石創造集団株式会社・黒﨑輝男さん(以下、黒﨑)「TAKIGAHARA FARMは、小松市滝ヶ原町という美しい里山の風景が広がる集落で、築130年の古民家をリノベーションしたファームハウス。豊かな自然の中で農業体験を楽しむことができたり、敷地内にあるカフェで地元の人と一緒に料理を作ってごはんを食べたりと、地元の人と旅人が自然に混ざり合い、世代を超えたコミュニケーションが生まれています。

また、昨年オープンしたTAKIGAHARA HOUSEは、築80年の石蔵をリノベーションしたB&B。田舎にあるとは思えないほどインテリアにも凝っていて、今、アジアで最高におもしろいB&Bとして海外からも注目されています。数年前までは県内有数の観光地である金沢には行っても、小松市には観光客が来なかった。それが今では世界各国からTAKIGAHARA FARMを目指して旅人がやってくるんです」

(>>>『雛形』インタビュー:都市と里山が交わる場所。小さな町で、人を迎える。【石川県小松市・滝ヶ原町】)

 

(写真提供:TAKIGAHARA FARM)

 

「このようなトラベルエクスペリエンス=体験型の旅こそ、これからのツーリズムになっていく。僕はずっと前からそこに着目してきました。まだ知られていない新たな魅力ある場所を見つけて、観光から一歩踏み込んだ人が集う仕掛けをつくり、広めていくことが大事なんです。

新たなプロジェクトとして進めている『コミューン』では、東京の田舎にインバウンド客を連れて行く組織をつくろうとしています。それはまさにトラベルエクスペリエンスを実現するもの。ありきたりの観光地ではなく、新しい魅力をきめ細やかに発掘して紹介する。今までの観光概念にはない新しいツーリズムはまだまだ広げていけるはず」

地域の内側に入るからこそ見えてくる、
そこにしかない景色・文化・暮らし

講演の中盤からは、黒﨑さんとともに様々なプロジェクトに携わってきた清田直博さんが参加し、クロストークを展開。清田さんは2016年に島しょ部を除く東京都唯一の村である檜原村に移住し、現在は村役場の非常勤職員として働きながら、都心のコワーキングスペースで働く二拠点スタイルを実践しています。

人口約2000人の檜原村は、東京都指折りの大自然が広がる地域。都心から車で約1時間30分とそれほど距離は離れていないものの、都民でも訪れたことがある人は少ないといいます。

檜原村役場 観光情報発信担当・清田直博さん。

 

檜原村役場・清田直博さん(以下、清田):今、檜原村で取り組んでいるのが、東京ひのはらんどというエコツーリズムです。檜原村はトレイルランニング、トレッキング、川遊び、温泉、祭り……などなど、多彩な魅力にあふれた地域です。このプロジェクトでは、地域の自然・歴史・生活文化という3本柱を立て、現在14名のガイド達が年間で合計100件ほどのツアーを企画、運営しています。

最近人気だった企画の一例を挙げると、“石積み(石垣)”づくりを体験するツアー。檜原村はイノシシなどの獣害が多く、うちの庭もつい先日被害にあってしまいました……。石積みは檜原村の暮らしの中で、斜面を少しでも軽減して平らにしようとする技術として培われたもの。地元の人にとっては当たり前の風景ですが、外から来た人にとっては石積みを通して地域の文化に触れることになります。そういった内と外の人たちをつなぐきっかけとなるエコツーリズムを展開していきたいですね」

 

 

(写真提供:東京都檜原村)

 

黒﨑:「こういった企画をするときの課題は、その地域にオーガナイズする人がいないということだよね」

清田:うなんです。今、村ではツアーガイドを養成中なんですが、もともと村に住んでいる方はコミュニケーションが苦手という方も多いので、現在活躍しているガイドのほとんどが移住者。檜原村は住人の半数以上が高齢者で若い人が少ないという点でも、都心で活躍の場を模索している人たちに、檜原村に来れば活躍する場がいっぱいあるということを伝えていきたいですね。

そして、僕たちのような移住者など外部の人がどうやって地域に入っていくかということも、新しいプロジェクトを進めるときには必ずぶつかる課題。勝手に入ってその土地の資源を消費するのでは全然意味がなく、地元の取り組みとしてどう根付かせて、どう持続的に展開できるのかということを考えています。自分も家族で檜原村に移り住んで、そこに根を下ろしたからこそ見えてきたものがたくさんあります」

黒﨑:東京にはすばらしいところがたくさんあるのに、地元にずっと住んでいる人は慣れ過ぎちゃってあんまり感動しない。この景色はすごい!って言っても、当たり前すぎて実感がない。そういう場所に外部の人が行って、その価値を見つけていく。それがトラベルエクスペリエンスの核になるのだと思います」

プログラム終了後に設けられた質疑応答コーナーでは、来場していた中国から来た留学生から東京の新しいツーリズムにまつわるアイデアも飛び出した。

 

多摩・島しょ地域の自然を舞台に、東京の未知の魅力を探る「新たなツーリズム開発支援事業」は、現在参加事業者を募集中! 2019年10月15日(火)まで受け付けています。あなたも東京の新たな魅力の開拓者になってみませんか?

応募要項の詳細はこちらから

 

Nature Tokyo Experience



豊かな山々に囲まれた多摩、青空と海が広がる島。日本の中心都市の顔とはちがった、“東京の自然”という今までにない魅力を感じることができる多摩・島しょエリアに着目し、体験型・交流型の型の新たなツーリズムを開発するプロジェクト。

https://www.naturetokyoexperience.com/

問い合わせ先:公益財団法人東京観光財団 地域振興部 事業課

TEL/03-5579-2682
Email/chiiki@tcvb.or.jp

(更新日:2019.09.27)
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緑生い茂る森、真っ青な海に囲まれた島々……東京のイメージを覆す大自然が広がる多摩・島しょエリアでは、今、新たな魅力が次々と生まれています。
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