特集 私と山形、それぞれの旅へ

旅路のように続く、小さな祝祭のこれまでとこれから。「みちのおくの芸術祭山形ビエンナーレ2018」 9月1日(土)より開催!

ひときわ地域に密着した芸術祭として独自の展開を見せているのが、2014年にスタートした「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」(以下、山形ビエンナーレ)。山形ビエンナーレは、東北芸術工科大学(以下、芸工大)が主催し、山形市で2年に1回開催される現代アートのお祭り。100年前に建てられた国の重要文化材で、旧山形県庁舎の「文翔館」を中心に、芸工大、とんがりビルなどを舞台に、3回目を迎える今年は9月1日(土)〜24日(月・祝)までの毎週末13日間にわたって開催されます。

小規模ながら、他の地域型芸術祭とは似て非なる土地性の濃いプログラムは、観客はもちろん、参加するアーティストにも大きな影響を与えています。『雛形』では、今年の山形ビエンナーレに携わる人たちにさまざまな角度から話を聞き、その魅力を掘り下げる連動企画をスタートします!

まずは、開催に先立って今年5月に東京のブックカフェ&ギャラリー「6次元」で行われたプレス発表会の様子を踏まえながら、山形ビエンナーレの概要と、今年のプログラムについてご紹介します。

山形という街を舞台に
“アートで遊ぶ”

「ぼくらのみちのおく入門」と題して行われたプレス発表会は、今回の「山形ビエンナーレ2018」を代表して、初回から芸術監督を務めるアーティストで絵本作家の荒井良二さん、同じく初回からプログラムディレクターとして全体を構成する、東北芸術工科大学教授でキュレーターの宮本武典さん、今回の総合プロデューサーを務める同大学長でアーティストの中山ダイスケさん、そして、今年初参加するアーティストの「山フーズ」こと小桧山聡子さんの4人が登壇。宮本さんが進行役となり、まずは山形ビエンナーレが始まるきっかけともなった、2010年、2012 年に行われた「荒井良二の山形じゃあにぃ」について語られました。

東京「6次元」でのプレス発表会

「6次元」でのプレス発表会。2018年参加アーティストの大原大次郎さん(左)と茂木綾子さん(左から3番目)も来場

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「荒井良二の山形じゃあにぃ2010」のポスター

宮本武典(以下、宮本):「荒井良二の山形じゃあにぃ」(以下、じゃあにぃ)と題した、いわば“荒井良二フェス”的なものを2010年に始めました。山形には「山形国際ドキュメンタリー映画祭」というすばらしい映画祭が2年に1度あり、映画祭のない年にアートのフェスをやりたいね、という話が出て、山形県出身の荒井さんにお願いしたんです。でも最初は、「山形でやるのは抵抗がある」と断られました。それでもオファーを続けたら、「東京ではできない、めちゃくちゃなことをやらせてくれるんだったらいいよ」と言われて(笑)。なので、結構めちゃくちゃなことをやりました。

荒井良二(以下、荒井):ははは。そうでしたね、楽しかったですねえ。まぁ自分の生まれ育った場所で何か仕事をするというのは、ほかの人にはわからないでしょうけど、いろんな困難があるものなんですよ。

宮本:最初は荒井さんの“妄想メモ”というのが毎週送られてきて、それを僕らがとにかく実現させる、という形でした。第1回を終え、東日本大震災を挟んで2012年のじゃあにぃは、今の山形ビエンナーレと同じように、重要文化財を使って展示をしたり、いろんな人たちを巻き込んで“教育”と“フェス”が繋がるようなことをやったりしました。

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2012年に行われた、山形じゃあにぃ《ジャガーの夜》の様子

荒井:じゃあにぃは展覧会を作るワークショップ、みたいな感じですごくおもしろかったよね。昭和2年に建てられた山形第一小学校の旧校舎を使ったり、山形市の七日町に「ジャガー」っていう寂れたディスコがあって、そこで《ジャガーの夜》をやったり。「ジャガー」はとても気に入っている場所で、オーナーに「何かやりたいなー」と言ったら、「喜んで!」とやらしてくれた。

宮本:《ジャガーの夜》は絵×音のちょっと特別なおもしろいライブでしたね。ほかのプログラムも、街の中に出てアートで遊んでいる感じ。その時は今のビエンナーレのように大きくなるとは思ってなくて。

荒井:全然思ってなかったですよ〜。

宮本:そしたら、芸工大の前学長を務められた映画監督の根岸吉太郎さんが「山形ビエンナーレをやろう!」と言い出して。いきなりは無理だから、じゃあにぃを拡大する感じで始めてみるのはどうだろうかと。ジャーニーは“旅”なので、これまでは“荒井良二との旅”だったのを、もっと複数形でやったらいいんじゃないかということで、山形ビエンナーレが始まりました。

荒井:そうそう、そうだったね。本当の山形じゃあにぃが始まった、という感じでしたね。

つくり上げる過程を
全員で豊かに共有する

続いては、過去2回の「山形ビエンナーレ」をスライド映像で振り返りながら、それを機に変化してきた街の話題に。予算も規模もコンパクトだという山形ビエンナーレは、ほかの地域の国際芸術祭や美術雑誌で目にするメジャーな大型作品は登場しません。それでいて、見る人の感性を刺激し、関わる人や街に変化をもたらすほどのインパクトを残すのは、作品をつくり上げる“過程”を大切にした取り組み方にあるようです。

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「山形ビエンナーレ2014」のポスター


宮本
:山形ビエンナーレの運営チームはほぼ全員山形在住。芸術祭をやるためのスペシャルチームを組むのではなく、運営陣は山形在住者で、そこにゲスト的にアーティストが入ってくるという感じ。メイン会場は102年前に建てられた旧山形県庁舎の「文翔館」。2014年の第1回目の時には、トラフ建築設計事務所が文翔館の正面広場に《WORLD CUP》という丸いサッカーコートを作品として発表して、非常に盛り上がりました。今回も、この文翔館を中心としたエリアと、芸工大、2つの会場でさまざまなプログラムを展開します。

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山形県郷土館「文翔館」

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「山形ビエンナーレ2014」で発表された、トラフ建築設計事務所の作品《WORLD CUP》

中山ダイスケ(以下、中山):山形ビエンナーレは、いろんなジャンルで表現する人がその枠からはみ出して“アート”という文脈に落ち着いてるところがおもしろいと思うんです。山形にあるもので何ができるかとか、関わった人が参加して何かが生まれるとか、本当に小さな規模ですけどお客さんが歩いて周れて、そこにアーティストも大体いて、街の人も気軽に見に来てくれるような、手作りのビエンナーレですよね。

宮本:最初から大きな予算の想定だと続かないし、今はこの規模がジャストサイズだと思っています。すごい公共彫刻をつくろうとすると到底予算が足りない。だから、僕らはどちらかというとオルタナティブなロードムービーをつくっているというか、当初からプロセスの質を大事にしています。でき上がった作品自体は小さくて儚いものだけど、それをつくっていく過程をみんなで豊かに共有できるかというところ。

中山:だから、本当は1日だけじゃなくて、開催前の関連イベントやワークショップに参加したり、会期中に数日間見たりすると、もっとこのビエンナーレを楽しめるはず。

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「山形ビエンナーレ2016」で行われたミロコマチコさんの朗読会の様子

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山形ビエンナーレの運営に携わる芸工大の学生スタッフ

宮本:荒井さんの周りで小さく始まったことがじわじわと大きくなった山形ビエンナーレは、街にもずいぶん変化をもたらしています。1回目の時にはまだなかったのですが、山形市七日町のシネマ通りという場所に、僕らの新しい拠点となるとんがりビルができました。そこから連なって周りの空き物件が次々とリノベーションされて、とんがりビルの隣にある郁文堂書店は芸工大の学生が再生した本屋。そのきっかけをつくってくれたのは、今日この会場を提供してくれた、「6次元」の店主で初回から参加してくれているナカムラクニオさん。ちょっと感想をお願いできますか?

ナカムラクニオ:僕自身も山形ビエンナーレがきっかけで人生変わった1人です。前回参加した時に市民の方々と妄想の街歩き小説をつくるワークショップをしたのですが、それ以来、「山形で見たんですけど、うちの街でもやってもらえますか?」という依頼が続いて、今も毎月のように日本各地でやっています。小説なんて書いたこともないし、教えたこともなかった。山形ビエンナーレに参加し始めたことで、荒井さんはじめ、いろんなアーティストの刺激を受けて、最近は絵も描いています。山形ビエンナーレは関わった人が変わっていくような芸術祭なのではないか、と日々感じています。

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とんがりビル

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郁文堂書店


宮本
:外から来るアーティストと地元の学生や地域の方々が一緒になって、人の動きやエリア全体がリノベされて変わってきたのを実感しています。最近、なんと地価が上がったそうですよ。しかも、シネマ通りでシャッターを降ろしている店が1軒もなくなったんです。

荒井:え! 本当に? それはすごいね〜。

宮本:山形ビエンナーレに関わっている僕ら自身が楽しんでいる雰囲気がじわじわと周りに広がって、アーティストや地域で何かをつくり出したいという人たちがもっと集まって来る街になったらおもしろいなと思っています。

2018テーマは「山のような」。
山形で交差し、広がる表現

3回目となる「山形ビエンナーレ2018」のテーマは、「山のような」。開幕まで1ヶ月を切り、公式ページでは最終の追加プログラムが発表されました。“現在の山形を表す(=山のような)”作品やパフォーマンスで彩られる13日間。芸術監督の荒井さんや「山フーズ」小桧山さんをはじめ、今年の参加アーティストの作品や会期中に行われるイベントのラインナップをご紹介します。

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「山形ビエンナーレ2018」のポスター


荒井
:今回の「山のような」っていうタイトルは、宮本さんと話している中で出てきたんだよね。「荒井さんって“何々のような”ってよく使いますよね。『山のような』はどうですか?」って。その時、内心ドキッとしたんですよ。実は、15年前に僕が出版するはずだった絵本のタイトルが『山のヨーナ』。ヨーナという女の子の話で、構想やラフも全部決まっていてあとは絵を描くだけの段階だったんですが、止まったままになってしまっていて。それがズルズルズルッと呼び起こされました。

宮本:それで、昔つくれなかった絵本の物語、ヨーナの世界を題材に、家族単位で参加するワークショップを山形で行いました。物語の中でヨーナは山の麓で小屋のようなお店をやっていて、不思議なお守りのようなものを売っている設定。それを元に、ヨーナは大人なのか子どもなのかを話しあったり、ヨーナが売っていそうなお守りをみんなで考えて実際に粘土や木片や石でつくったり。

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昨年行われた《山のヨーナ》の登場人物をつくる即興人形劇ワークショップの様子


荒井
:ヨーナは山から出たことがなくて、峠の茶屋みたいにいろんな人、もの、情報が交差する場所にずっといる。来た人にお茶を出したり、話を聞いたり、情報交換の場になったりして、皆、次の場所へと移っていく。でもヨーナはこの場所にいるっていう。山形の小さなビエンナーレも立ち位置が似てるのかなって。いろんなアーティストがやってきては、また去っていくような。今回のポスターも15年前につくろうとした「山のヨーナ」の構想を切り取った実写版です。

宮本:荒井さんの絵本に出てくる“ヨーナ”と、テーマの“ような”はシンクロしているんですね。まさに、荒井さんが描く世界をベースに、お金では成り立たない不思議なもののやりとりみたいな。会期中は実際にヨーナのお店が登場する予定なのでお楽しみに。
続いては、山フーズ・小桧山さんに昨年から取り組んできたプロジェクトについてエピソードや感想をお聞きしたいと思います。

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「6次元」でのプレス発表会

小桧山聡子(以下、小桧山):昨年から数回山形に行き、いろんな生産者さんを訪ねて、食材が生きている現場に入りました。伝承野菜のキュウリ畑とか、放し飼いにしている鶏をしめたり、川に入って鮎を獲ったりとか。その現場で見て、感じたことをおいしい料理にする訳ではなく、それぞれと対峙した時に何を感じたかということを料理で表現する、という制作を毎回23日で行いました。事前リサーチは全然なくて、行って感じた自分自身の“ゆらぎ”をどう料理で表現し、伝えるかというプロジェクトです。
……毎回修行のようでした(笑)。屋号の「山フーズ」というのは名前だけで、私は山登りもアウトドアもまったくしたことのない、東京のもやし野郎みたいな感じだったので。山に入るということ自体がかなりの経験でした。

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〈ゆらぎのレシピ#04 大地で焼く比内地鶏の丸焼き〉制作風景

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宮本:最初に小桧山さんと打ち合わせした時、芸術祭だからといって食材をただ発表の場に持ってきて再現するのは無理だし、違う気がする、と。だったら“食べられないレストラン”というか、食の経験だけを提供しようということになりました。テキストや写真、映像を使って、インスタレーションのようにまとめていくような方向性です。

小桧山:山形では主に真室川というところに行っていたのですが、生活の中に生々しさが同居していました。夜は本当に真っ暗になるし、山の怖さのような、暗闇の独特の生きている感じというか。自然というものが圧倒的だったので、余計なことを考える余裕がなかった。都会では感じられないことがすごく多かったので、そういうものを表現できたらと思っています。本当に普段はなかなかできないことに取り組めた気がします。

宮本:いつか僕が荒井さんに「山形で僕らと仕事をするのってどういう感じですか?」と聞いことがあるのですが、そしたら「巨人の宮崎キャンプのような感じかな」って答えが返ってきたんです(笑)。つまり、東京にいるとクライアントワークが中心だけど、山形だと、キャンプインして東京では普段やらないけど自分がやってみたい、やっておかないといけないことをやりに行くみたいな。そんな風に、参加するアーティストに山形ビエンナーレを挑戦や経験の場として楽しんでもらえるのはうれしいですね。

大原大次郎さん《もじばけ》のためのスタディ/月山にて根岸功撮影

大原大次郎《もじばけ》のためのスタディ/月山にて根岸功撮影

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茂木綾子《火の子》より

山形ビエンナーレ2018 プログラム一覧はこちら

宮本
:山形ビエンナーレはいわゆる現代アートの芸術祭と違って、お子さん連れで来る方が多いです。大人から子どもまで楽しめるライブやパフォーマンスも充実しています。今回は初の週末限定の開催ですが、これは僕ら運営側も平日は休んで、会期中は自分たちも一緒に楽しもうという意思からの試みです。9月は週末ごとに小さなフェスが4回あるという風に考えてもらえばいいですかね。「山形ビエンナーレ2018」ホームページのイベントカレンダーを見て、どの週末にしようかと計画を立ててもらえたらうれしいです。小さい街なので、宿泊先の確保はお早めにしていただけると安心ですね。

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みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2018


東北芸術工科大学が主催し、山形市で2年に1度開かれるアートの祭典。山形市旅篭町にある国の重要文化財「文翔館」を中心に、市内各所で多彩なプログラムを展開。3回目となる今回は「山のような」をテーマに、9124日までの週末、金・土・日曜、祝日の計13日間にわたって行われます。

会期:201891日(土)〜24日(月・祝) ※期間中の金・土・日曜、祝日のみ開催
会場:山形県郷土館「文翔館」東北芸術工科大学とんがりビル郁文堂書店BOTA theatergura長門屋ひなた蔵・塗蔵
料金:無料(一部イベントプログラムは有料)
アクセス:https://biennale.tuad.ac.jp/access
問い合わせ:023-627-2091(東北芸術工科大学 山形ビエンナーレ事務局)
URL: https://biennale.tuad.ac.jp

(更新日:2018.08.08)
特集 ー 私と山形、それぞれの旅へ

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私と山形、それぞれの旅へ
主催者、アーティスト、スタッフの視点を交差させて「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」を深堀りする連載企画。それぞれが綴る、山形の旅へ。
旅路のように続く、小さな祝祭のこれまでとこれから。「みちのおくの芸術祭山形ビエンナーレ2018」 9月1日(土)より開催!

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