INTERVIEW
  • 未知なる山形へ踏み込む。「それぞれの日常に続く芸術祭」【山形ビエンナーレ2018】座談会

山形ビエンナーレ2018×『雛形』

私と山形、それぞれの旅へ

主催者、アーティスト、スタッフ、それぞれの視点を交差させて「山形ビエンナーレ」を深堀りする連載企画。三者三様のジャーニーのおはなし。

未知なる山形へ踏み込む。「それぞれの日常に続く芸術祭」【山形ビエンナーレ2018】座談会

山形県
黄木可也子(保育士/yellowwoods)×佐藤裕吾(デザイナー/akaoni)×菅原葵(東北芸術工科大学学生)

居住地: 山形県

2年に一度の芸術祭は、街ににぎやかな非日常の楽しみを連れてきてくれる。
「山形ビエンナーレ」は、街・市民・大学がつらなり、地域に密着した芸術祭。日常から生み出されるひと時の祝祭をきっかけに、新たな人や街の景色に出会うことができるのも大きな魅力だ。

山形のデザイン会社akaoniで働く佐藤裕吾さん、東北芸術工科大学に通う菅原葵さん、映像ユニット〈yellowwoods〉のメンバーで保育士として働く黄木可也子さん。

この日集まってくれた3人は、それぞれ山形を舞台にした芸術祭にて出会った人や街に惹かれて移り住んだ人々。小さな芸術祭が、誰かの暮らす街に出会う接点になること。非日常から日常へーー芸術祭は、アーティストだけでなく、そこに集い作り上げるスタッフや参加者ひとりひとりの日常に影響を与えるものだと教えてくれる。

メイン会場のひとつ、シネマ通りにて話しを聞いたそれぞれのビエンナーレ、3人の場合。

 

写真:志鎌康平 文:菅原良美

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ビエンナーレを通して
初めて出会う、
人・街・自分


ーーそれぞれ年齢も出身も違う3人ですが、ビエンナーレに参加するきっかけや山形に移り住んだ経緯を教えてください。

佐藤裕吾(以下、佐藤):2014年の山形ビエンナーレ初回の時は、東京のデザイン会社で働いていました。ビエンナーレの市民プロジェクト「みちのおくつくるラボ」にボランティアスタッフとして参加するために、東京から山形まで通っていて。ビエンナーレ会期中は毎週末山形に来て、プログラムディレクターの宮本武典さんの下でアーティストのサポートなどを担当していました。僕は仙台出身なので、同じ東北のデザイン会社の「アカオニ」のことは知っていて。ビエンナーレを通じて、アカオニの小板橋基希さんとお話しする機会もあり、翌年にアカオニの求人に応募して2015年の秋から山形に来てアカオニで働いています。最初はボランティアスタッフとしてビエンナーレに入っていたので、今こうして作る側に入れていることは、すごくおもしろいですね。

akaoniのデザイナー、佐藤裕吾さん

akaoniのデザイナー、佐藤裕吾さん

菅原 葵(以下、菅原):私は秋田出身で、今東北芸術工科大学4年生です。初回のビエンナーレの時は高校3年生で、お母さんと一緒に観光がてら遊びに行ってました。秋田公立美大の附属高校で金属工芸を学んでいたのですが、進路を決める時にあるきっかけがあって。

私のおじいちゃんの家は100年以上歴史ある八百屋さんだったのですが、道路の拡張工事で強制的にお店を閉めないといけなくなってしまったんです。みんなすごくショックを受けていて、私の中でもすごく大きな出来事でした。おじいちゃんやこの街のために何かしたくて、なくなってしまう八百屋の壁に学校の友だちと絵を描くことで想いを残そうとしたり。

そんな時、芸工大の宮本武典先生が私の高校に出張授業に来て、山形ビエンナーレのことを話してくれたんです。当時、街とアートの関わりにすごく興味があったので、私が今まで勉強していた美術や芸術分野というのが、人のためとか街のためになるんだという事にその時初めて気がついて、もっと勉強したいと思い入学しました。

工芸から一転、新設されたコミュニティデザイン学科に入り、第2回ビエンナーレの学生コアスタッフとして、会場でお客さんの対応やアーティストのサポートをさせてもらってました。今年も学生スタッフとして参加します。

東北芸術工科大学4年生の菅原葵さん。

東北芸術工科大学4年生の菅原葵さん。

黄木可也子(以下、黄木):私は福岡県出身で、2007年に芸工大へ入学を機に山形に来ました。2009年から『山形国際ドキュメンタリー映画祭』のボランティアスタッフを毎年続けていて、今は保育士としても働いています。

私は絵本がすごく好きで、荒井良二さんのファンだったので、ビエンナーレの前身になるイベント「荒井良二の山形じゃあにぃ」(2010年)のスタッフ募集に興味を持って。説明会に行った時にいらした宮本さんが、私が映画祭のボランティアをしていたことを覚えてくれていて、「今回は荒井さんが山形に滞在して作っていく展覧会で、その記録映画を撮るという企画も同時進行しているので、そちらのスタッフをしない?」と声をかけてくれて、撮影スタッフとして関わらせてもらうことになりました。

始まってみると、荒井良二さんという人の魅力にすごく惹き込まれて、その荒井さんを中心にいろんな若い世代の人が自分たちでひとつの作品を作り上げていく時間の蓄積が、私にとってとても幸せな時間でした。映画作りをきっかけにいろんな人と出会って……その映画を撮影した監督が今の夫です(笑)。大学卒業後は自分で映画を作る勉強をするために大学院に進んで、その後も山形で暮らしていきたいという想いがあって今ここにいます。

私が保育士として働くきっかけとなったのも「山形じゃあにぃ」です。子どもたちとのワークショップの記録を映像にする過程で、子どもたちのおもしろさを実感して子どもの遊びや生活にもっと触れたいと思って資格を取りました。今は、保育士をしながら、自分で絵を描いたり映像を作ったり、というのを細々と続けています。

〈yellow woods〉黄木可也子さん。

〈yellowwoods〉黄木可也子さん。

菅原:私はいち美大の生徒だけど、ほかの大学ではできないような体験をさせてもらっていると思っています。前回のビエンナーレでは、アーティストの川村亘平斎さんの影絵作品のコアサポート役として照明係になって。光の調整のタイミングなど、川村さんと細かくミーティングをしながら、一番緊張するところを担当させてもらいました。こんな経験も、秋田の美大に行って工芸を学んでいたらできなかっただろうし、ビエンナーレに関わったからこその経験だなと思っています。

黄木:そうなんですね! 今はあまり大学に顔を出してないけれど、現役の学生さんがこんな風に言うんだったら間違いないですね(笑)。

佐藤:(笑)。アーティストたちなど、社会に出たらなかなか繋がれない人たちが身近にいて、山形という小さい街で、ある程度密接に関われるのは貴重な事ですよね。そこにまた、外からおもしろい人たちが集まって来て。

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黄木:そうですよね。映画祭は毎回ボランティアスタッフが300人くらい集まります。リピーターもいるのですが、新規の人も多くて。さまざまな職種の社会人や学生さん、定年退職して映画好きだから手伝いたいと言ってくれる方とか。いろんなライフスタイルの人と出会えるんです。

ビエンナーレもそうですが、会場が複数あるので回遊することで街歩きをすることになる。その時期に街をうろうろしてる人に、地元の人が道案内してあげたり「お祭りに来たんだべか?」って会話が生まれたり。私が七日町付近の居酒屋でバイトしていた時はビエンナーレや映画祭に来たお客さんが夜に飲みに来てくれたり。そこに地元の常連さんがいたりするとカウンターに一緒に並んで、「せっかく来たならあそこ行ってみろ〜」って教えてあげていたりして。外から来た人と、ここで生活している人が接するシーンは会期中よく見てましたね。みんな手にパンフレットを持って移動しているので、すぐわかるんですよね。

菅原:私は、事前プロジェクトの「みちのおくつくるラボ」と、去年「畏敬と工芸」という森岡督行さん(森岡書店)がやっていたプロジェクトのアシスタントスタッフをやらせてもらったことの影響が大きくて。そこには山形県内でお仕事されてる方とか、佐藤さんみたいに東京からラボやミーティングがある時に来る人がいらしていて。県内で洋服屋さんの人や、介護関係の仕事をされている方がいたり。大学で授業を受けているだけじゃ出会えない大人の方々との出会いはおもしろかったですね。そういう場所に来る人は、自分でアンテナを張ってる人たちだし、何かを作っている人とか、これから何かやりたいと思ってる人たちだったので、その中に入れたことが貴重だったなと思っています。

時間をかけながら、
土地に根ざす芸術祭を

——初回からビエンナーレに参加して、始まりに立ち会っているみなさんですが、ほかの地域の芸術祭に行って印象的だったことはありますか?

菅原:以前、越後妻有大地の芸術祭に行ったのですが、とにかく規模が大きくて1日じゃ周りきれなかった。作品もそうで、海外アーティストの作品も多くあって、街中に美術館の作品が展示されているという印象でした。
私はビエンーレに学生スタッフとして関わったので特にそう思うのですが、展示される作品を作り上げていく過程にも参加させてもらえたことがすごく楽しかった。学生や市民、山形に暮らすいろんな人たちが一緒に作ったものを展示していることに思い入れがあるんだなと思いました。

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黄木:越後妻有は歴史も長いですし、地元の人と芸術祭の関わりの深さが強いんだろうなと思います。地元の人達も芸術祭を誇りに思っている雰囲気がある。規模も大きいので芸術祭をきっかけに仕事が生まれたり、集客で経済が回っていたり、移住する人がいたり。私はお客さんとして行ったから、良いところしか見えてないのもあると思うんですけど、人が暮らしてる場所も作品の一部にしてたり、生活とかなり密接に作っているという印象は大きかったかな。

ビエンナーレはまだ若い芸術祭だし関わっている人もみんなとても魅力的だけど、地元の人で「ビエンナーレってなに?」という方も……それは映画祭も同じなんですけど。存在を知らない地元の方はまだたくさんいますよね。

越後妻有も地元に根ざしていくまで、最初はすごく大変だったという話はよく聞くので、街を巻き込むのはすごく時間がかかることだと思うんですけど。

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——ビエンナーレのスタッフを経て山形に移住した佐藤くんは、実際にビエンナーレの現場にいることで、地域性を感じたり暮らすイメージは沸きましたか?

佐藤:行動範囲が、ほぼビエンナーレの会場のみだったので、街での暮らしは想像がつきませんでした。住めるか住めないか分からないけど、あの土地は楽しいところで、素敵なことをやっていて、おもしろい人が集まっている。もうそれだけで行くしかないなって思ってた。あとは何とかなるだろうと。僕にとってはアカオニという働きたいデザイン会社があったので、それはすごく大きいですね。移住して3年目か…えーと…前の記事の振り返りですね(笑)。

僕が山形に来た2015年は映画祭開催の年でした。それまでドキュメンタリー映画というジャンルにあまり興味を持つことがなく、観る機会もなくて。でも、自分が住んでいる街に、こんなにも世界的な映画祭があるのだから観てみようと。それをきっかけに観るようになったんです。なので去年の映画祭はめちゃくちゃ楽しめましたね。多分10本以上観れたかな。目の前に原一男監督がいて「すげえ!」って興奮して、サインもらいました(笑)。次回も楽しみですね。

黄木:ああ、それはよかったです〜(笑)。本当にうれしい話。

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人に会いに行くことで
視野を広げていく

佐藤:東京にいた時は、電車に乗っていたり街を歩いていれば、展覧会とかいろんな情報が入ってくるので気軽に行ってましたが、山形に来てからは、おもしろそうな展覧会がいくつか重なってあれば東京に見に行くけれど、それより日常の会話……例えば、荒井さんとか坂本大三郎さん、小板橋さんなどと話していて「この映画知ってる?」「この音楽知ってる?」と教えてもらったものを観たり聴いてみるとか。そうして興味を深めていくことが今はおもしろい。東京でもそうでしたが、いろんな人に出会うことが楽しい。信頼している人の言葉とか知識とか、そこに触れて視野が広がっていくおもしろさがある。僕の周りは、みなさん本当に物知りなので。

黄木:私は福岡も好きなんですが、山形に来て2年目くらいから自分には、この土地がしっくりくるなあと感じました。四季がはっきりしていて、冬の厳しさがあるから春の喜びも大きい。福岡では便利な街のほうに暮らしてましたが、山形に来て自転車で移動するようになって能動的に動く範囲が広がったし、自分で考えて行動して人に会いに行くことが楽しくなって。農家さんと知り合うようになって、私も視野が広がりました。生きる力というか。地元に帰ると、性格がまるーくなったって言われるんです(笑)。

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菅原:そうなんですねえ。私も山形で暮らして、今年で3年ちょっとになるので、街の魅力を伝えられるようになりたいな。山形の人って、普段学生が買い物したり遊ぶ時は仙台に行くことが多いんです。山形⇆仙台のバスもたくさん出ているので。でもビエンナーレの時期は反対で、仙台の人がバスで山形にきて街を楽しんでいる。そういう逆の現象が起きているのがすごくおもしろいなって。お客さんにビエンナーレのプログラム以外にも「お昼ご飯はどこかおすすめありますか?」と、聞かれることもあって。そういう人たちに、土地の魅力をしっかりお伝えしたいと思っています。

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黄木:うん、作品だけじゃなく展示してある建物も観てほしいですね。「文翔館」もそうですし、会場を回遊して行く途中に、かなり古い建物が街にそのまま生きてるのがおもしろさの一つだと思う。飲食店も、ちょっと路地に入ってみると、古くからやってるところや若い人の新しいお店もあったり。作品や会場のルートだけじゃなくて、ちょっと寄り道するとおもしろい発見がある街だと思います。

菅原:学生スタッフがエリア内にたくさんいるので、ぜひ話しかけてください。スタッフの中には、作品をつくる過程に携わらせてもらっている人もいるので、アーティストがその場にいなかったとしても、その作品に込められた想いや制作エピソードをお伝えできることもあると思います。私たちも積極的にお客さんに話しかけたいなと思ってますし、そこで生まれる会話や情報の交換ができることが楽しみですし、お客さんにも楽しんで欲しいですね。

佐藤:とんがりビルにあるギャラリー「KUGURU」であるライブやイベントは、ぎゅっとコンパクトにやっているので、パフォーマンスやライブを近い距離で体感できると思います。その一体感を体験して欲しいですね。イベントは週末ごとにやっているので、ぜひ参加してほしいです。それと、おいしいごはんと、温泉をセットに。レンタカーがあるといいですね。山形の街から奥へ、車で回って見てもらうのもおもしろいと思います。

黄木:山寺も近いし、温泉はハシゴできるしね。

佐藤:最高っすね。それぞれオススメがあると思うので、それも声かけてください。あと、この時期は河原で名物の芋煮会をやってるので(笑)、その様子も見れると思います。

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みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2018


東北芸術工科大学が主催し、山形市で2年に1度開かれるアートの祭典。山形市旅篭町にある国の重要文化財「文翔館」を中心に、市内各所で多彩なプログラムを展開。3回目となる今回は「山のような」をテーマに、9月1~24日までの週末、金・土・日曜、祝日の計13日間にわたって行われます。

会期:2018年9月1日(土)~24日(月・祝) ※期間中の金・土・日曜、祝日のみ開催
会場:山形県郷土館「文翔館」東北芸術工科大学とんがりビル郁文堂書店BOTA theatergura長門屋ひなた蔵・塗蔵
料金:無料(一部イベントプログラムは有料)
アクセス:https://biennale.tuad.ac.jp/access
問い合わせ:023-627-2091(東北芸術工科大学 山形ビエンナーレ事務局)
URL: https://biennale.tuad.ac.jp

 

未知なる山形へ踏み込む。「それぞれの日常に続く芸術祭」【山形ビエンナーレ2018】座談会
黄木可也子(保育士/yellowwoods)×佐藤裕吾(デザイナー/akaoni)×菅原葵(東北芸術工科大学学生) おおき・かやこ
保育士、映像作家。1987年、福岡県生まれ。東北芸術工科大学卒業。山形市内の保育園で保育士として働きながら、映像作家であり夫の黄木優寿さんと映像制作ユニット「yellowwoods」として活動中。これまでに、アーティスト・絵本作家の荒井良二が行った参加型の展覧会「荒井良二の山形じゃあにぃ」を記録した長編映画を制作している。https://yellowwoods.wixsite.com/home

すがわら・あおい
東北芸術工科大学コミュニティデザイン学科4年生。1996年、秋田県生まれ。秋田公立美術大学附属高等学院の工芸美術科で金属工芸コース在学中、2014年の「山形ビエンナーレ」に参加したことをきっかけに、芸工大へ入学。以来、ビエンナーレには学生スタッフとして参加している。現在就職活動中。

さとう・ゆうご
デザイナー、akaoni所属。1990年、宮城県生まれ。仙台のデザイン学校を卒業後、デザイン制作会社に就職。東京支社に異動し働いたのち、2015年10月より山形のクリエイティブチームakaoniに入社。山形で暮らしている。今回のビエンナーレでは、「市プロジェクト」にもデザイナーとして参加している。

 
(更新日:2018.08.31)
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