REPORT

地域とひとの出会いが、
幸せなものであるように。
【復興支援専門員の仕事を追え!編】

福島県
日本中のまちが「うちのまちにおいで」と地域の担い手たちを求めている。でも、それに応じて来てみれば、どうも話が違ったりそのギャップに悩んだりして任期途中でまちを去ってしまう、なんてことが実際に少なからず起きている。

福島県では、こうしたミスマッチをすこしでも減らし、地域の担い手たちと自治体との出会いをより幸福なものにしようと『復興支援専門員』を設置。さまざまな後方支援を行なっています。それはどんな仕事なのか、誰にどんな幸せをもたらしているのか、さらにはどんな未来の可能性を広げてくれているのか?

福島県復興支援専門員の瀧口直樹さんと山田吏依子さんのおふたりの2日間にわたる仕事を追うドキュメント・レポートです。

 

【復興支援専門員ってなんだ?編】はこちら。

TASK1【いわき市遠野】
遠野和紙を受け継ぐ
地域おこし協力隊の現在を知る

復興支援専門員の瀧口さんと山田さんが最初に向かったのはいわき市。2018年10月に着任したばかりの地域おこし協力隊・平山さんご夫婦にお会いするためです。

山田さんが、平山さんたちの存在をはじめて知ったのは着任半年前のこと。東京で福島県県中地方振興局が開催した地域おこし協力隊のPRイベントにご夫婦で参加してくれたのがきっかけでした。こうしたイベント企画を通して地域おこし協力隊のことを知ってもらい福島のまちに来てもらう。それもまさに復興支援専門員の仕事なのです。

さて、途中、いわき市遠野支所で市民協働部地域振興課の大樂圭一さんと合流し、大樂さんに案内していただきながら平山さんの仕事場へ。到着すると平山さんご夫婦が出迎えてくれました。おふたりはながく神奈川県川崎市に暮らしてきましたが、自然ゆたかな暮らしに憧れ、いわき市への移住を希望。家と仕事を探すうち、地域おこし協力隊という制度があり、ちょうど募集があることを知ったそうです。

山々と田畑に囲まれたなかで暮らしはじめた平山さんご夫婦。

いわき市遠野地区における地域おこし協力隊のミッションは、遠野和紙という紙漉きの伝統工芸の制作技術を継承すること。ご夫婦にとってはこれは願ってもない条件でした。というのも妻の綾子さんは絵を描くことが大好きな美大出身者で、和紙にも興味があったからです。

平山さんに教えてもらいながら紙漉きを体験する復興支援専門員の山田さん。楮(こうぞ)の皮を剥ぐところなど、遠野和紙をつくる一連の工程を見せてもらった。

「原料からつくった和紙に絵を描けたらおもしろいね」という言葉を交わし合ったそうです。着任してすぐに他県の和紙職人の元へ赴き技術の研鑽を積み、試行錯誤を繰り返しながら紙漉きの技を習得していきました。そうしてつくった和紙で早速、卒業証書や名刺をつくって地元・遠野のひとたちに使ってもらったり、紙漉きのワークショップをひらいてみたり、積極的な活動をいろいろと展開しはじめています。

「任期が終わる3年後のゴールを見据え逆算して行動するのが大切、と市地域振興課の大樂さんにアドバイスいただいています。任期が明けてもいわきに定住し、紙漉きの技術の後継者として起業できたら理想的ですね」と平山さんご夫婦は語ってくれました。

ここには、大樂さんという頼れる自治体担当者からの温かいサポートを受けつつ、地域のひとたちに愛されながら、着任後まもないうちから活躍している地域おこしの担い手の姿がありました。こういう現場を見ることは、瀧口さんと山田さんにとってはすごくうれしく勇気づけられることなのです。

TASK2【会津若松市】
会津地方振興局にて、
地域おこし協力隊担当者と情報交換

次は、いわき市から会津若松市へ。広大な福島県の南東から北西へ対角線を引くように移動します。復興支援専門員は、地域の担い手と地域とのマッチングをより良くするための支援を広域的に行います。福島県全域・59市町村すべてが活動のフィールドなのです。

2時間の移動を経て、復興支援専門員のふたりは会津若松市内にある福島県会津地方振興局に到着。ここで今日は地域づくり・商工労政課の奥山碧主事と打合せです。そこに県北地方振興局と南会津地方振興局の地域おこし協力隊担当のおふたりにも同席してもらい、「地域おこし協力隊を支援していくために来年度はどんなことをやっていくか」等々の情報共有を行いました。

会津若松市にある会津地方振興局の会議室にてミーティング。地域おこし協力隊や移住を担当する自治体の方たちとの横の連携というのがすごく大切なところ。

行政や自治体には地域の担い手たちをサポートする担当がそれぞれにいます。地域おこし協力隊向けの研修会を行うとなれば、それぞれじぶんのまちで企画するものもあるし、復興支援専門員が自治体の枠を超えて広域的に企画するものもあります。その内容が同じものになっては意味がないので、そうした重複による無駄が起きないよう「来年度はこんな内容のものをやるつもり」という情報を事前に共有することは、お互いにとってメリットのあること。こうした細かい調整がとても重要です。

研修セミナーを企画するにあたり「こんな内容のものならあの人を講師として呼ぶのが良いかも」とか、「地域おこし協力隊OB・OGにゲストとして来てもらうなら、こんなひとを紹介できるかも」というよう情報交換も行い、お互いに有意義な時間になった模様です。

TASK3【小野町】
卒業間近の協力隊に
今後の展望を聞く

さてお次は、2016年10月から小野町の地域おこし協力隊として活動してきた菅原守さんに会いに小野町へ。菅原さんは東京のひとで、仲良くなった近所のおばあちゃんが小野町出身だったという小さな縁からこのまちに辿りつきました。

菅原さんの仕事場である、まちの情報を発信する移住情報プラザ「つどっておのまち」にて。

瀧口さんと山田さんのふたりは、これまで幾度も菅原さんをフィーチャーしてきました。復興支援専門員企画による東京開催の交流イベント「ふふふカフェ」に、現役で活躍中の地域おこし協力隊の代表として参加してもらい、田舎暮らしや協力隊の活動についてトークセッションしてもらったり。また、復興支援専門員企画・発行の『フクノヒト』という広報誌で、地域おこしの担い手としての活動を取材・紹介させてもらったり。菅原さんは、会うたびに地域に溶け込みしっかりと成果をだしているひとでした。

「小野町のなかでも好きな場所」という東堂山・満福寺で、五百羅漢に囲まれて。

菅原さんのミッションは「小野町のまちの魅力を発信する」こと。東京時代にライターの仕事をしていた菅原さんは、ミッションを遂行すべく小冊子やチラシをつくるようになります。やがて印刷物制作に必要なデザインのソフトウェアを使いこなし、看板やロゴまでもつくりだし、動画制作のためにドローンを操り、デザインの仕事の依頼も増えるようになりました。

さまざまな成果をカタチにしてきた菅原さんは、地域おこし協力隊着任から3年目を迎え、まもなく卒業のときを迎えようとしていました。復興支援専門員の山田さんが卒業後について尋ねると、菅原さんは「東京に戻って、デザイナーの仕事をやっていこうかな」と答えてくれました。

これまで菅原さんがやってきた仕事のポートフォリオを眺めて「いろいろやったな~」

小野町としては、このまちで活躍し続けてほしいし、ここに暮らし続けてもらいながら一緒に地域を盛り上げていきたいと思っている。菅原さんは、その気持ちを理解しながらも、地域おこし協力隊を通して獲得したスキルで、新しいキャリアの一歩を踏み出そうとしている。その姿に、瀧口さんは言います。

「菅原さんが地域を離れるのは、まちのひとにとってはさみしいことかもしれませんが、地域の担い手として結果をだし、そこで培ったチカラでよりたくましくなって次にいく、というのはとてもいいことです。どこにいこうと彼が活躍することは、小野町というまちの良さとつながっているはずです」

子育て世帯や若者単身者、町内事業者の従業員の居住支援を目的とした「小野町交流・定住支援館」。その一角にある「つどっておのまち」は、まちの情報発信の場としてひらかれている。

TASK4【西会津町】
西会津国際芸術村で
まちの風景を変えてゆくひとの意見を聞く

復興支援専門員のふたりがこの日最後に訪れたのは西会津町でした。

たいていの場合、復興支援専門員が会って話をするのは、地域おこし協力隊のひとやその候補者であったり、そのひとたちの受け入れとサポートを担う自治体担当のひとであることが多いそう。でも今回アポを取っていたのは、いつもとはちょっと違うひと。西会津町で地域おこし協力隊を受け入れ、彼らに活動してもらうことによってまちづくりを行なう、という事業を運営している組織のひとです。

西会津町は、人口6千人ほどの、古民家が立ち並ぶ宿場町や集落の暮らしが残る、自然豊かなまち。ここで活動する一般社団法人BOOTは、旧中学校の木造校舎を活用したクリエイティブ拠点「西会津国際芸術村」の指定管理者として、アーティストインレジデンス事業、定住移住相談支援センター、お試し住宅「OTAME」などの企画・運営などを展開しています。復興支援専門員のふたりが会いにきたのはその代表である矢部佳宏さん。矢部さんはランドスケープ・アーキテクトとして海外で活躍してきた経験を生かし、歴史と文化の眠るこのまちの風景をあらたにつくりだすべく、アートとクリエイティブによる地域おこしを行なっています。ここに個性豊かな協力隊のチカラを適材適所に活用しています。

西会津町にて話を聞かせてくれた矢部佳宏さんと地域おこし協力隊の山口佳織さんのおふたり。

まちに眠る資産とはなにかを問い直し、どう活かせばまちの未来につながっていくのか、あたらしい価値としてどんなふうに提示していくのか。そして、そのために、どういう人材をどんなふうに事業に投入していくのか。矢部さんの話は明快でした。と同時に、地域おこし協力隊という「ひと」をマネジメントしていく現場の難しさ、も窺わせました。

西会津国際芸術村に展示された作品を、地域おこし協力隊として活動するクリエイターたちに紹介してもらいながら巡る。リノベーションした旧中学校校舎の空間はアートの楽しさにあふれている。

地域おこし協力隊を受け入れ、彼らに活動してもらうことで事業を展開していくということは、協力隊のメンバーひとりひとりがしっかりと成果をあげられるようガイドしたり、フォローしたりと、メンター的な役割も負わなければなりません。だからこそ、そうしたところまでもっと踏み込んだサポートがあってもいいのではないか?というような問いかけだったのかもしれません。

西会津国際芸術村の入口にて、みんなで。左から復興支援専門員・山田さん、BOOT代表・矢部さん、地域おこし協力隊・アート担当・池田さん、移住・イノベーション担当・山口さん、出ヶ原和紙担当・滝澤さん、ものづくり担当・渡部さん、復興支援専門員・瀧口さん。

さて、以上、2日間にわたって追いかけた復興支援専門員の仕事ぶり。いかがでしたか。最後は、山田さんご自身に締めていただきましょう。

自治体でも、私たちの側でも、PRやサポートが不十分なところは沢山あります。そんななかでも地域の担い手は、その地域のニーズとうまく合えば、本当にまちに元気をくれたり、まちの認知度をあげてくれているんです。福島は、今、復興から創生に向かっていて、やれるコトや新しいコトも生まれてきているので、マッチングがうまくいけばさらなる盛りあがりが期待できます。

私たちが企画したイベントをきっかけに、市町村の担当の方から『いいひとが協力隊として来てくれたよ』って喜んでもらえたり、協力隊のひとがまちに溶け込んで活躍している姿を見ると、本当に嬉しい気持ちになります。ますます動いて、現場に足を運んで、地域の担い手の方や、自治体担当の方や、みんなの話を聞いて、より良いかたちでサポートできるようコミットしていきたい。その先に、福島のまち全体がもっと元気になっていく可能性がきっとあるはずです」

 

編集協力:ふくしま連携復興センター

 

写真:熊谷直子 文:空豆みきお

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(更新日:2019.03.29)
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