特集 いま、自ら仕事をつくる人
大きなものを手放し、沖縄へ。 暮らし中心の日々が、つくりたいと思える雑誌へと導いてくれた。
沖縄で、新しい雑誌が創刊した。名前は『CONTE MAGAZINE』(コントマガジン)。フランス語の“ショートストーリー”(=CONTE)という意味をもつこの雑誌を手掛けるのは、6年ほど前まで東京で雑誌『SWITCH』の副編集長を務めていた川口美保さん。結婚を機に沖縄へと移り住んで以来、ずっと頭の片隅で消えることのなかった雑誌がつくりたいという思いを、ようやく形にするタイミングが訪れた。
文:石田エリ 写真:阿部 健
会社を辞めたとたん、大きく物語が動き出した
会いたい人に会いたい、知らないことが知りたい。新卒で入社以来、その変わらない思いのもと走り続け、没頭してきた雑誌編集という仕事。仕事と生活の境目なく生きられるのは、側から見れば幸せなことでもあるが、没頭しすぎて“生活すること”自体をおざなりにしてしまうこともしばしばだった。
「ずっと月刊誌の編集を続けていたのですが、年を重ねるごとに、
そう話す川口美保さんの現在の拠点は沖縄・首里。4年前、ご主人とともにオープンした雑誌と同名のお店「CONTE」を営みながら、首里の町に暮らしている。川口さんは福岡出身、ご主人は神奈川出身と、2人とも沖縄にゆかりがあるわけではなかった。けれど、川口さんが会社を辞めて旅行で訪れた沖縄で、すでに移住して飲食店で働いていたご主人と出会い、川口さんの一目惚れで1年後に結婚。沖縄へと移住。それだけで、すでに“物語”だ。
「大きなものを手放すと、新しい何かが入ってくるというのは、本当なんだなと思いました。実は、会社を辞めて最初の誕生日に、東京にいたくなくて友人と沖縄へ旅行に来たんです。それで、浜比嘉島という沖縄をつくった神様が子育てをしたと言われる子宝の島があると聞いて、その島に泊まることにしたんです。ちょうど旧正月のあとで、御嶽のある洞窟が特別に入れるようになっていたので、そこでもう、本気でお参りしました。家族が欲しい、子どもが産みたいと思っていたから。そしたら、その次の日に今の旦那さんと出会いました」
沖縄に暮らすことを選んだ理由
夫婦で暮らし始める場所としてお互いの地元という選択肢もあったが、それは選ばなかった。沖縄に決めたのは、以前から沖縄を取材でたびたび訪れることがあり、惹かれていたからだという。
「30代の半ばくらいから、『このままずっと東京に住み続けるのかな』と、疑問に思うようになっていたんです。もちろん、いずれ実家のある福岡に帰ることも考えてはいました。それと同時に、沖縄もいいなと思うようになっていたんですけど、じゃあ仕事はどうするの?という思いと堂々巡りしていました。なぜ沖縄に惹かれていたかといえば、『うたの日コンサート』の取材がきっかけかもしれない。
私は、もともと音楽が好きで『SWITCH』編集部に入ったので、よく音楽の記事を担当させてもらっていたんです。それでBEGINの取材の一環で、
『うたの日』って、うたをお祝いする日なんですが、
私は2004年、
そうして暮らし始めた沖縄の地。沖縄ほどの観光地なら、積極的に活動すればガイドブックなどの編集仕事はあるはずだが、川口さんはそれよりもまず、時間をかけて土地に慣れること優先した。
「東京の日々が忙しかったから、人生の夏休みと思ってはじめの1年はゆっくり過ごそうと思いました。ちょうど東京で始まったばかりだった書籍の仕事をこっちに持ってきて、それを少しずつやりながら。ずっと求めていたのはこれだったと実感するくらい、暮らしが中心の新しい生活はたのしかったですね。
たまたま、近くの『富久屋』という古くから伝わる首里の家庭料理を出すお店でアルバイトを募集していて、週に2〜3回働かせてもらえることになって。そこに来る常連の方々やお店のオーナー夫婦が、沖縄の風習について、食について、いろんなことを教えてくれるんです。それに若い子たちには、年配の人たちを敬う心が自然と身についているんですよね。今のお年寄りたちが、戦後の大変な時代を乗り越えてくれたから自分たちがある、ということをよく理解している。実際に暮らしてみて、そのことをより実感しました」
その土地に、根を張るということ
移住して1年ほどが経ち、首里での生活にもだいぶ慣れてきたころ、ご主人とこれからのことについて話すようになった。その対話の中から、2人で営むお店「CONTE」の輪郭が浮かび上がってくる。
「彼はその頃、宜野湾のカフェで働いていたんですけど、それまではずっと自分の店を持っていた人でした。お店を経営するノウハウを持っているなら、もう一回自分の店を持つのはどう? と持ちかけてみたら、『それなら一緒にやろう』ということになって。私は飲食の仕事はまったく未経験だったから、料理を手伝うよりも自分の得意分野として、音楽のライブや写真展、トークショーなど、こっちで知り合った人と何かができたり、東京からも人が呼べるようなスペースができたらいいなと思った。
それで、物件を探し始めて1年ほど経ったある日、たまたま首里を散歩していたら今の場所が『貸し』になっていたんです。急にトントンと決まって、内装も友人の大工さんにお願いしながら、
『CONTE』のオープンは、2015年9月末。はじめから、夜は自分たちのための時間にしようと、営業は昼のみと決めていた。ご主人が手掛ける料理は、沖縄の季節の食材を使ってつくられ、沖縄の陶芸家の器にもこだわり、川口さんが不定期に企画するイベントは、沖縄の内外から多彩なゲストを招き、新たなつながりを生み出していく。こうして『CONTE』が動き始めたことで、それまでにない気づきを得ることもできた。
「いざお店をはじめてみると、何かよみがえる感覚がありました。店という箱の中で、何と何を掛け合わせたら面白いか、それをどうお客さんに楽しんでもらうか。立体か平面かという違いだけで、編集の仕事と同じなんだと気づきました。それに、彼を通じて食の生産者との目にみえるつながりを知ることができたのもよかった。お店を始めるまでは、どこかまだ旅行者の気分だったところがありましたけど、地元のお客さんがきてくれるようになって、知り合いも少しずつ増えて、『庭で採れたから』とお裾分けをいただくようになったり。ありがたいつながりが増えてきて、ようやく少し土地に根づき始めたという実感が持てるようになりました。
雑誌をつくっているときは、読者とつながるという実感を得たことがあまりなかったけど、店という媒体は直につながることができる。農家さんが大事に育てた野菜をおいしく料理して、それを食べてくれる人がいて、お金をいただいて、またそのお金で野菜を買わせてもらう。そうして、小さい円で経済が循環することが、こんなに満たされた豊かなことだというのを初めて知ったんです」
従来の雑誌づくりの根本を問い直す
お店をはじめて3年という月日は、川口さんにとって『CONTE MAGAZINE』を立ち上げるに十分な糧となった。このタイミングになったのは、長く出版業界の第一線で仕事をしてきたからこそ、「なぜつくるのか」が腑に落ちるのを待っていたからではないだろうか。
「ずっとどこかで雑誌をやりたいという思いを持ち続けていました。でも、沖縄という土地だからこそ、簡単にはできないという思いもありました。私が触れてきた沖縄の人たちは、みんな故郷を大切に、誇りに思っている尊敬すべき人たちだったから。それが、5年経ってようやく輪郭を帯びてきたんです。
『CONTE』という店の名前は、夫が付けたのですが、フランス語では「ショートストーリー」という意味があります。つまり「物語」。東京の大きな世界から、沖縄の小さな循環へと居場所が変わったことで見えてきたのは、今起きているうまくいかないことの多くは想像力の欠如なんじゃないかということでした。つながりを手放してしまったことが、いろんな問題を引き起こしているんだとしたら、それをまた再び手繰り寄せて物語を語り継いでいくには、沖縄という場所でつくることに意味があると思えたんです」
雑誌や書籍などの出版活動は、これだけ通信環境が多様化して二拠点生活者が増えてもなお、東京で制作されるものが圧倒的に多い。観光地ならガイドブックであったり、地域おこしなどに紐づく媒体は、地方から発信するものがずいぶん増えたが、土地性によるものがほとんど。
けれど、『CONTE MAGAZINE』は、沖縄発信を謳っていない。ただ沖縄という土地から世界を眺め、紡がれていく雑誌。本来、東京でなければつくれない雑誌などないのだと気づかせてくれる。
しかし、コンセプトが定まり記事にしたいことは山のようにあっても、いざ立ち上げるとなるとなかなか進まない。そこで、ある編集者に一緒につくってほしいと相談を持ちかけた。
「一人きりだと、相談したり『あれどうなった?』って言ってくれる相手もいないので、どんどん毎日がすぎてしまって。沖縄のゆっくりしたペースがすっかり染みついていたのかもしれない。これはもう、誰かパートナーを探すしかないと思って、もともと『ロッキング・オン・ジャパン』や『H』
心強いパートナーを得て、誌面づくりは一気に具体化し始めた。『CONTE MAGAZINE』は、いわゆる一般的な全国流通に乗せる雑誌ではなく、手売りベースの自費出版だ。ネックなのは、一番お金のかかる印刷費。川口さんたちが、その資金の調達方法として選んだのは、広告をとるのではなくクラウドファウンディングだった。
「クラウドファウンディングに挑戦したのは初めてだったんですけど、やってよかったと思いました。つくりたい本があって、それに対して応援してくれる人たちに、いい本をつくることでお返しする。すごくシンプルでわかりやすいシステムだなと思いました。でも、目標額に達成していざつくり始めると、これがまたなかなか進まない(笑)。普通、雑誌はある程度ページ数が決まっていて、そこに記事を当てはめていくんですけど、
伝えたいことが、過不足なく伝えられる。それは、つくり手にとっては理想的なあり方だ。こうして従来の編集方法に捉われず、模索しながらの紙面づくりも、ようやく完成。創刊号は、雑誌名でもある「物語」が特集。どんな一冊になっているのだろうか。
「特集をどうしようかと考えていたころ、心理学者の河合隼雄先生の本を読んでいたんです。その本の中で、先生は『物語とは、何かをつなぐ役割を果たしていくものだ』と、何度も書いていた。じゃあ、河合先生が亡くなられた今、それを語ってくれる人は誰だろうと思ったとき、循環器内科の稲葉俊郎先生が思い浮かんで、東京まで話を伺いに行きました。また、
ほかにも、写真家・
CONTE(コント)
住所:沖縄県那覇市首里赤田町1-17
電話:098-943-6239
MAIL:conteokinawa@gmail.com
営業:11:00〜17:00(L.O.16:00)
定休:月曜
HP:http://conte.okinawa/
雑誌『CONTE MAGAZINE』
昔ながらの暮らしや伝統を大切にしながら、新しい文化が日々生まれる島、沖縄。『CONTE MAGAZINE』は、そんな沖縄で生きる人々の声、起きていること、世界中の表現者たちから言葉を拾い、その人にしか紡げない物語を描いていく。
1号CONTENTS
特集/笑福亭鶴瓶(落語家) 、角田光代(作家) 、稲葉俊郎(東京大学循環器内科医) 、かわしまようこ(草時間主宰、作家)ほか、連載/「変わらない、の、意味 」又吉健次郎( 「金細工またよし」七代目 ) 、「唯一の、一人、と、一人 」THE SAKISHIMA meeting(新良幸人×下地勇) など
2,000円(税抜)/192ページ/不定期発行(年1回)
HP:http://contemagazine.com
取り扱い店舗:http://contemagazine.com/shop/
オフィシャル・オンラインショップ:
https://conte.official.ec
*12月8日(日)15:00〜、ジュンク堂書店那覇店にて発売記念トークショー開催!
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川口美保さん
福岡県生まれ。東京で雑誌編集者を経て沖縄県へ移住。編集や執筆の仕事をしながら、2015年、夫と首里の裏路地で沖縄食材を使った料理のお店「CONTE(コント)」をオープン。繋がりのあるミュージシャンとともに音楽と食を楽しむ「夜コント」や、ナチュラルワインと食事の会「満月コント」
など、さまざまなイベントを行っている。2019年11月に、雑誌『CONTE MAGAZINE』を創刊。
特集
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- 農家存続のため、牛肉店を起点に食の“流通”を変えていく
- 鳥飼賢吾さん (「あかまる牛肉店」代表)
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- 地域の人との関係性を築くフィールドワーク。編集とデザインを ローカルに落としこんでいく
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- 大きなものを手放し、沖縄へ。 暮らし中心の日々が、つくりたいと思える雑誌へと導いてくれた。
- 川口美保さん (雑誌『CONTE MAGAZINE』編集長)