特集 食のある風景

正しさは一つじゃない。 土地と果物と向き合う日々/料理家・細川亜衣×mitosaya薬草園蒸留所

写真左:イラストレーター・山本祐布子さん、右:料理家・細川亜衣さん。

私と料理家・細川亜衣さんは、フォトグラファーとして彼女の料理を撮影させてもらうようになる前からの友人だ。若い頃に多くの時間イタリアと関わり過ごしたという共通点もあってか、はじめて会った時から気が合う人だった。

先日、彼女のレシピ本『スープ』、『野菜』に続き、『果実』が出版された。この本も先の2冊同様、季節ごとに旬の食材を追いながら撮影を進めてきた。

亜衣さんは、結婚を機に熊本県へ移住して、市内にある泰勝寺こと、「taishoji」にて料理教室を定期的に行うほか、様々な物や文化を紹介するイベントを催している。

そんな亜衣さんと親しい友人でもある、本屋さんから蒸留家に転身した江口宏志さんとイラストレーターの山本祐布子さんは、約4年前に、南ドイツのボタニカル・ブランデーの蒸留所「スティーレミューレ」へ修行にいき、果実やハーブからお酒を作る蒸留の技術を学んでいた。その後、日本に帰国して蒸留所を開くにあたり適した場所を求めた末、2年前に千葉県大多喜町へ移り住み、この度「mitosaya薬草園蒸留所」(以下、mitosaya)を始めた。

今は熊本に暮らす亜衣さんも、千葉に暮らす江口さん祐布子さん夫妻も、かつては東京をベースに活動していた移住者だ。今はそれぞれ地域に根を張り土地のリズムで生きる3人の対談を紹介する。

写真・文:在本彌生

新緑の美しい青空のもと、私は黄色い一両編成のいすみ鉄道に揺られ、千葉県・大多喜町を目指した。料理家・細川亜衣さんの新刊『果実』の出版に伴うトークイベントが、この町にあるmitosayaで催されると聞いて出かけてきたのだ。

大多喜駅から緑の中をゆっくり歩いて30分余りでmitosayaにたどり着いた。元々県立の薬草園だった場所だけに、広々とした空間の中にたくさんの植物が咲き乱れている。今日のイベントには子供たちもたくさん集まっている。花とハーブで作ったケーキのデコレーションが眩しい。

科学者のように果物を扱う

細川:私は、2015年に江口さんがドイツの蒸留所へ修行に行っていた時のブログを読んでいて、そこで、たくさんのフルーツを収穫したり、それを使ってお酒を作ってる様子を見ていました。お料理とは全然違う規模でフルーツを使っていらっしゃって、それにすごく興味があったんです。

あと、祐布子さんの造形に対する色の感覚から、料理をする上でとても刺激を受けました。なんていうのかな……、祐布子さんの描くものは、“果物のような絵”だなって感じていて。果物をモチーフにしていなくても、なんとなくそういうエネルギーを感じることが多くて。

江口:果実の本作ってるっと聞いていたので、すごく楽しみにしていたんだけど、実際に新刊の『果実』を読んでみて、やっぱりさすがは細川亜衣、一筋縄ではいかない感じがしました(笑)。そうか、これも果実なのか!ナッツも果物か!みたいな。

幅の広さ、視点の広さみたいなものが見えて面白かった。まだ実際に自分で試したりとかできてないんだけど、味が想像つかないなっていうレシピがけっこうあって。それは本当に楽しいですね。

写真右から、山本祐布子さん、細川亜衣さん、江口宏志さん。グアバが育つmitosayaの温室にて。

山本:私も、20年くらい前に亜衣ちゃんのお料理をいただいて、すごく感動した記憶があります。お料理に、果物が普通に一員としてあって。例えばお魚にイチゴだったり、果物を合わせていて、あ!果物も料理なんだ!って思いました。

亜衣ちゃんの中では果物というのは、果実です、野菜です、肉です、魚ですっていうのではなくて、一つの分子の塊として見ているというか(笑)。それを分解して繋げると、味がどう広がるを考えていて、科学者のような感じがします。

だから、私もお料理する中で、野菜の範囲から飛び出て、例えば、酸味と甘み、苦味とか、食感っていう風に分解して、そうするとどのお料理にも合わせられるなって。すごく勉強させていただきました。

細川:東京に住んでいたときに、祐布子ちゃんのお家でよくお食事したんです。それこそ祐布子ちゃんは絵描きさんなので、作るお料理が絵のよう、本当に月並みの言葉なんですけど、絵のようにお料理を作るんです。

その中で、本当は今日来てくださった方々に、スイカポンチをお出ししようと私は思ってたんですけど、最近肌寒かったので寒すぎるといけないからって言って、祐布子さんがスポンジを焼いて準備して、わざわざスイカのパフェを作ってくださいました。

桜のシロップが入っていて、それがスイカと組み合わさっていているのですが、結構ユニークな発想をするので、そういう意味では私以上にチャレンジャーなんじゃないかと思います(笑)。

山本:確かに亜衣ちゃんの影響を受けて、どういう風に組み合わせたら面白いかなっていう想像の広がりの幅が、すごく広がっているように思います。

千葉、熊本に移住して。
土地の果物と向き合う

江口:今の時期(5月)は、まだ花なんですけど、mitosayaには、桃やスモモであったり、梅、カリン、梨、ビワ、ナツメ、グアバ、アボガド、バナナとかの木があります。

細川:南国フルーツが多いですね。

山本:果樹園じゃないので、なかなか実をつけるために何かをするということはしていないので、たわわと実らせるにはちょっと難しいんです。

ただ、果物屋さんに並んでいれば、もう実の状態なんだですけど、私たちが暮らしてる中では、新芽が出て、新芽が大きくなって花が咲いて、花が咲いたら落ちて、それが小さな実になって育っていくっていう、全ての過程を毎日見ることができます。

例えば、乾かしてお茶にしたり、シロップにしてみると、花でもしっかりと果実の香りが生きていて、そういう驚きを日々の中で感じることができてるのは、果樹園じゃないですが、そういった役得があるのかなという気がしてます。

細川:私が熊本に引っ越した頃の庭には、栗と柿と梅の古い木があって、その辺りの木はたくさん実をつけるんですけど、私は、実家には梅の木が一本あっただけだったので、ずっと果樹がある家に憧れていました。
スモモやさくらんぼや、そういった初夏に合う実物を、たくさんなったらいいなって思ってたので、じゃあ植えてしまおうと思って植え始めたら止まらなくなって。多分さっき江口さんが言ったものの中で、南国フルーツ以外は、だいたいうちも植えてあります(笑)。ほぼ、5年目ぐらいですかね、だいたい実をたくさんつけるようになりましたね。

江口:熊本ってあったかくて、いいところだよね。

細川:日照時間は千葉も熊本も近いのかなと勝手に思ってるけど、ただ、湿度と雨の降る時間、あとは冬の寒さが全く違うので、やっぱり冬寒いっていうのが熊本の農作物が美味しいことの一つの理由ではあると思います。

この大喜多も本当に恵まれた土地ですよね。祐布子さんたちがここに来るもうちょっと前に、大多喜の友人の家に料理をすることがあって、年に数回来ていたんです。
その時いつも近くの農産物直売所に連れてってもらってたんですけど、例えば、梨もお盆の頃には品種によっては終わっていて、すごく早いなと。秋のイメージだったのが、あ、もうないんだって。あとイチゴもね。だからここは豊かな土地だなっていう印象があります。

正しさはひとつじゃない。
果実と薬草でお酒をつくる

江口:果物でお酒を作るにはそれなりの量がいるので、特に果物に関しては、色々な生産者さんから直接仕入れています。梨も、柿も、あとレモンとみかんと。ちょっとここから南に行くと、それこそパッションフルーツとかがある。

元々は僕、ちょっと農家になりたいなと思ったの。でも、農家になるためには土地がある程度なきゃいけないとか、色々条件があるんですよね。それをどうやって満たせばいいのかなと思って、町役場に聞きに行ったら、そこから色んな人を紹介されて、なかなか農地は紹介してくれないんだけど、うちで作ってる柿はどうだ?みたいな(笑)。なぜかそういう話になっていって、色んな人のものを仕入れさせてもらってるっていうのが、今ですかね。

今ここで作ってるものに、薬用植物といわれるものがたくさんあるんだけど、それを主原料にするっていうよりは、副原料にする、香りをつけるとか、色をつけるとか、そういう時に使うような感じです。

あと、ハーブとかエディブルフラワーとか、そういうちょっと変わったものに関しては、隣の鴨川というところで「苗目」という農業生産法人を作って、ある程度の量を作れる体制を作っています。

山本:さっきのパフェの上にちょこっと乗せてたお花がそこで作っているものなんです。

江口:僕が行っていた南ドイツでは、今はなくなっちゃたんですけど、年間何リットルまでは自分でお酒を作ってもいいという権利があって。だから伝統的に身近なものを使ってそのままお酒に加工するっていう文化があるんですよね。

自分たちで採れるものからお酒を作っていって、「それじゃあ道端に生えてるエルダーベリーでお酒を作ろう」とか。そういうのを目の当たりにして、すごく面白いなと思ったんです。そうやって、どんどんお酒を作る対象が広がっていく。

最終的には200種類ぐらいのものがお酒になっていました。そういうのを見ているので、美味しいかどうかは別として、何でもお酒にはできるっていうのは感覚としてはあって。それをじゃあ日本の果樹でやるとか、植物でやろうっていうのがmitosayaの元々の考えなんです。

今はやっぱりとにかく試してみて、良いもの悪いもの、上手くいくものいかないものもやってるっていう感じではあるんですけど。

別にその、すごく果実らしいお酒が良いお酒かっていうとそういうことでもない。お酒の面白さってそういうところではない気がするので。今はとにかくなんでもやってみようっていう感じでやってますね。

細川:例えば、スイカでお酒を作ってくれって言われたらできるんですか?

江口:スイカで作れって言われたら、まあ作れなくはないですよ。ただ、スイカとかメロンみたいな淡いもの、がどこまでそのスイカらしさっていうのが出てくるかっていうのはわからないですが。

細川:そういう意味では、シロップの美味しさを探すのとは、似ている作業なんでうすか?

山本:そうですね。いつもすごく感覚的に作っているんですけれども。例えば、カリンのシロップ。ものすごくピンクなんですね。それは私すごく想像してなかったことで。カリンって黄色いじゃないですか。

カリンのシロップ作ろうと思ったら、なんとなく喉にいいから、イコール、風邪に良いだろう。風邪に良いってことは、例えば生姜だったりとか、胡椒だったりとか、体があったまるものを入れたらいいのかもしれないって思って、ジンジャーシロップのようなものを作ったんです。そうしたら、なぜか煮てるうちにどんどん赤くなっていって、最後にはものすごい真っ赤なシロップができたんです。

後から聞いたら、それは生姜の成分とカリンの酸、レモンの酸などが反応して、紅生姜が赤くなるように、その反応で赤くなったんじゃないかって言われて。知識がないので、作ってみてわかっていくっていうことがありますね。

細川:(カリンのジンジャーシロップを味見して)これは、そこまで個性的な味じゃないので、豚肉はすごく合うと思います。

山本:ちょっと渋みがあるんだよね、舌に。

細川:でもカリンってこの渋みがすごく魅力だと私は思っています。オーブンでこんがり、ちょっとオリーブオイル多めにまぶして焼いた、根菜、人参とかごぼうとか、そういうのとも相性が良いんじゃないかなとは思う。やってみないとわからないけど(笑)。

山本:亜衣さんが今、渋さもそのものの魅力の一つとおっしゃっいましたけど、私は、逆にこの渋みがちょっと問題だっていう風に感じてたんです。
できたときに、「あ、ちょっと渋いな……」と。でも本当に捉え方次第なんですね、自信がでてきました(笑)。

そう、だから何が良いか、さっきのお酒の話もそうだけど、何が正しくて何が良いかっていうのは、一つじゃないんだなっていうのに気づきますね、本当に。

mitosayaがつくる、ボタニカル・ブランデー。真ん中は、はじめてつくったというグラッパ「GRAPPA MEETS UME BLOSSOMS」。山形県南陽市のワイナリーから譲り受けた搾りかすを皮ごと発酵させたグラッパに、香りが一番強い咲きたての白梅の花の蒸留酒がブレンドされている。

年月を重ねて。
長いスパンで考える

山本:花をシロップにしてみたいなと思ってるんですけど、なかなかそれが難しくて。だから今はやってみて、ダメだったなぁとか。とにかく試しています。

例えば、去年の桜の花びらを塩漬けにして1年間置いておいて、それで次の桜が咲く前にシロップを作るとか、今ここmitosayaで活動をはじめて、だんだん年月が重なってきているっていうのが自分でもすごく実感としてあります。

細川:祐布子ちゃん、たくましくなったね。子どもを産んですごい変わった。多かれ少なかれみんな変わるけど、私の知る中では祐布子ちゃんが一番。昔はもうちょっと、ふわっと少女のような感じだったけど、今はドンっ!って、地に足をずんって着いてるような、安定感があるなって感じますね。

山本:都会からこっちに来てね、この2年はいろんな荒波があって、変化だらけの生活の中にいて、それを日々対処しながら生きてったっていう感じはあります(笑)。

その中で、いかに自分が地に足をつけるかっていうのは、すごい難しいことだったんですけど、でも意識してやっていたんだろうなという気はします。

東京に暮らしていたときは、何かを作ろうっていうときは、その時に手に入るもので、その時に結果を出さないとみたいなことでやっていたと思うんですけど、ここに来てからは、じゃあこれ乾かしといて次の時期の果物と組み合わせようとか、次のことを1年後にポンと置いて、今のことをするみたいな。そんな風に、色んなものごとを長いスパンで考えられるようになったなと思います。

私は、亜衣さんの周辺にある食材や、台所の鍋の中、食事する人々の表情まで、その一皿が出来上がるまでのストーリーに強く惹かれ、季節の移り変わりとともに彼女の料理を撮影をしてきた。

亜衣さんの料理は、ただの食べ物ではないように思う。目の前に運ばれてくる彼女の料理は、皿の中でとくとくと脈を打ち、生きているようだから。美しいけど決して取りすましていない。それはまるで亜衣さんそのものみたいなのだ。


写真・文:在本彌生
(ありもと・やよい)
東京都生まれ。外資系航空会社で乗務員として勤務、乗客の勧めで写真と出会う。2006年5月よりフリーランスフォトグラファーとして活動を開始。雑誌多数、カタログ、CDジャケット、TVCM、広告、展覧会にて活動中。著書に、『わたしの獣たち』『熊を彫る人』など。細川亜衣さんの著書『スープ』、『野菜』、『果実』の撮影を手がけた。
www.yayoiarimoto.jp

mitosaya薬草園蒸留所
現在一般公開はしていませんが、不定期で、実際にボタニカルに触れ、嗅ぎ、味わいながら蒸留所内を体験できるオープンデイ(公開日)があります。最新情報は以下からチェックを。
千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486
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書籍『果実』
『食記帖』『スープ』『野菜』につづき、2年ぶりの新作レシピ集。熊本に暮らし、日々新鮮な旬の食材と向き合う料理家・細川亜衣さんがおくる、家庭料理の新たなスタンダード。50種を超える果実とナッツの、極上の味わいがここに。
1,800円(税別)

<収録レシピ>
あさりとアーモンドのスープ
揚げじゃがいももち、ココナッツがけ
晩柑とかれいの南蛮漬け
いんげんとピスタチオの茴香風味
赤なすとブルーベリーのマリネ
えごまのおにぎり
プルーン酢豚
桃とチーズのクランペット
トマトと赤いベリーのスープ
鶏肉とマカデミアナッツの包み焼き
豚肉のレモン塩釜焼き
りんごのピッツァ
……他、全63皿

<著者プロフィール>
細川亜衣(ほそかわ・あい)
料理家。住まいのある熊本「taishoji」にて料理教室や衣食住にまつわるイベントを主宰。
日本や海外の各地でも料理教室や料理会を行っている。著書に『食記帖』『スープ』、『野菜』、『パスタの本』など。
https://www.taishoji.com

正しさは一つじゃない。 土地と果物と向き合う日々/料理家・細川亜衣×mitosaya薬草園蒸留所
(更新日:2019.08.02)
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