特集 食のある風景

神山町から与謝野町に“地産地食”の手法をインストールした3日間。〈シェフ・イン・レジデンス YOSANO〉

“小さいものと、小さいもの。少量生産と少量消費をつなぐ”。

徳島県・神山町のフードハブ・プロジェクト(以下、フードハブ)の合い言葉は「地産地食」。

神山の土地に根ざした、小さな食の循環システムを育む農業の会社です。新規就農者を受け入れて農作物を育てるとともに、2017年3月には食堂「かま屋」とパン・食品を販売する「かまパン&ストア」をオープンしました。

今、日本の中山間地域は、農業従事者の高齢化や後継者不足による耕作放棄地の増加など、共通の課題を抱えています。フードハブの「地域で育て、地域で食べる」というシンプルな取り組みは、他の地域にとってもヒントになるかもしれません。

2018年8月27、28日と9月25日の3日間、フードハブの枠組みを他の地域に共有する初めての本格的な試みが行われました。場所は、京都府北部のまち・与謝野町。「よさのみらい大学 与謝野ブランド戦略ビジネス学部」の講座として「シェフ・イン・レジデンス YOSANO」が開かれたのです。

本記事では「シェフ・イン・レジデンス YOSANO」のようすを一部抜粋でレポート。後半では、神山に滞在中のシェフ David Gouldさん(以下、デイヴ)によるディナーを、おいしい写真多めでお伝えします!

後編:消費ではなく「食べ支える」。地域の食文化を守り継ぐ関係性のつくり方。〈シェフ・イン・レジデンスYOSANO〉

写真:浜田智則 文:杉本恭子

「オール与謝野で地産地食」を
やってみたらどうなるんだろう?

はじめに、与謝野町についてかんたんにご紹介を。

与謝野町は、丹後半島の付け根にあるまち。日本三景・天橋立の内海にあたる阿蘇海に流れ込む野田川流域のまちです。町域は、加悦谷(かやだに)と呼ばれる野田川の扇状地に位置しており、肥沃な土地と豊かな水によるおいしい米づくりが行われてきました。

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与謝野町の農業の特徴は、おからや米ぬか、魚アラからつくった有機質肥料「京の豆っこ」を用いた自然循環型農業を実践していること。「大地の恵みは大地に還す」をモットーに土づくりに取り組んだ結果、町内産の「丹後産コシヒカリ」は「特Aランク*」を西日本で最多となる12回も獲得しました(*日本穀物検定協会が毎年実施する「米の食味ランキング」による評価)。

与謝野の農業は、稲作だけではありません。「シェフ・イン・レジデンス YOSANO」を行うにあたり、フードハブのメンバーは、事前に与謝野に入り、リサーチを実施。米、野菜、肉牛などの生産者訪問を通じて、与謝野の農業の底力と豊かさを目の当たりにしました。

そこで生まれたのが、「オール与謝野で取り組む地産地食」というテーマ。

「シェフ・イン・レジデンス YOSANO」では、このテーマに基づいて参加者自身の思いをかたちにするシリーズ講座を企画。まずは、神山での取り組みをレクチャーで伝え、「地産地食」を実現する方法を「インストール」。続いて、新しい何かを生み出すイノベーションではなく、地元の食と食文化の再発見からアイデアを出し合う「アップデート」。そして最後に、参加者自身が企画するプロジェクトの「発表会」という流れで進められました。

地産地食という“制約”のなかから
土地独自の味が“生えてくる”

「シェフ・イン・レジデンス YOSANO」に集まったのは、生産者、料理人、レストラン経営者、食品加工業や食に関わる仕事をする人たち。年齢も幅広く、20〜70代までの方がいました。

参加の動機として、「新しい取り組みを考えるきっかけにしたい」「地元の野菜で新しいものを提供したい」「食育につなげたい」などの声がありました。

参加の動機として、「新しい取り組みを考えるきっかけにしたい」「地元の野菜で新しいものを提供したい」「食育につなげたい」などの声がありました。

メイン講師は、フードハブ支配人の真鍋太一さん。冒頭で、「日常と非日常」というキーワードを提示して、「それぞれ、どんな食べ物を思い浮かべますか?」と問いかけました。

フードハブ・プロジェクト支配人 真鍋太一さん

フードハブ・プロジェクト支配人 真鍋太一さん

フードハブ・プロジェクト支配人 真鍋太一さん(以下、真鍋さん):「『非日常のごはん』というと『これがいいよね』というごちそうを思い浮かべませんか。一方で『日常のごはん』となると『これでいいや』と済ませてしまいがちだと思うんです」。

フードハブが大事にするのは「日常のごはん」。「つくり手がわかるものを、その季節(旬)に、この土地にしかない味」であり、「あたりまえに美味しいごはん」です。

その対極にあるのは「大量生産・大量消費の食」。いつでも、どこでも食べられる、誰がどこでつくったのかわからない食べ物です。しかも、払ったお金は地域の外に出て行ってしまい、地元の食産業の衰退にも少なからず影響します。

「地産地食」からは、人とモノ、お金のエコシステムが生まれます。また、「地産地食」というある種の“制限”は、地域の食文化を豊かにすると真鍋さんは言います。

真鍋さん:「今、フードハブが運営する食堂「かま屋」の年間平均産食率は約54%。地産地食というある種の“制約”があることによって、その土地独自の味が生え出してくるのを感じています。オール与謝野での地産地食を実現することで、きっと与謝野らしい味が生えて出てくると思うんです」

地産地食から“生え出してくる”という、その土地独自の味ってどんなものなのでしょう? フードハブから生まれた、”神山から生え出してきた味”について、具体的な事例がいくつか紹介されました。

フードハブの農業長・白桃薫さんの実家には、70年以上前から在来種の神山小麦が保存されていたそうです。フードハブでは、この小麦を石臼で全粒粉に挽いて、パンを焼くことにチャレンジ。試行錯誤の末に、神山小麦を使用したパンが「かまパン」に並ぶようになりました。

「神山つなぷろ #20 地元のパンをつくる」(YouTube)より

「神山つなぷろ #20 地元のパンをつくる」(YouTube)より

フードハブ・プロジェクト農業長 白桃薫さん(以下、白桃さん):「醤油や味噌を仕込まなくなって小麦を作らなくなっていたんです。ところが、パンの製造責任者として笹川大輔さんが移住してきたことで“出口”ができた。小麦は育てやすいので、新規就農者の作物にも向いています。

初年度は約200kgだった生産量も、2年後には約500kgに増量。クラフトビール「神山ビール」や、地元のピッツェリアのピザ生地などにも使われるようになりました。まさに、つくり手と生産者の連携によって、地域の農業の可能性が広がることを証明する事例です」

メインターゲットは、
あくまでも“地元の人たち”

フードハブには4つの部門があり、それぞれに連携しあいながら、神山のなかに人・モノ・お金が循環するエコシステムをつくることに寄与しています。

真鍋さん:「フードハブの中心は『育てる部門』。耕作放棄地を借りて研修生を受け入れ、新規就農者を育てています。収穫した野菜は『食べる部門』(食堂『かま屋』とパンと食品『かまパン&ストア』)と『つくる部門』(食品加工)で仕入れて、地元の人に届けています。『つなぐ部門』は食育のプロモーションなどをしています」

主なターゲットは、あくまで「神山の人たち」。食堂のメニューも、パンや加工品も、すべて「地元の人に向けて」作られています。これには、「地域の外に向けてつくっているのだと思っていた」と、参加者から驚きの声が上がりました。

フードハブの4部門になぞらえて、「育てる」「食べる」「つくる」「つなぐ」の4つのチームに分かれてのディスカッションです。各チームには、フードハブのメンバーも参加。

フードハブの4部門になぞらえて、「育てる」「食べる」「つくる」「つなぐ」の4つのチームに分かれてのディスカッションです。各チームには、フードハブのメンバーも参加。

たとえば、「かまパン」では「地元の人に食べてもらういつもの食パン」の開発に力を入れてきました。

フードハブ・プロジェクト製パン責任者 笹川大輔さん:「真鍋に『お年寄りにも食べやすい“飲めるパン”をつくって』と言われて開発したのは、小麦と牛乳とこめ油で仕込む『超やわソフト』。今は『いつもの食パン』と『超やわソフト』の2種類をつくっています」

「地元の人の声を否定するのではなく、超えるものをつくらなければいけないと思った」と真鍋さん。パンのなかでも最も日常に近い食パンを、地元の人に愛されるものに仕上げて「いつものをちょうだいと言われたかった」と言います。

神山小麦でのパンづくりについて話す笹川さん。

神山小麦でのパンづくりについて話す笹川さん。

「かまパン」食パンの食べ比べや「カミヤマメイト」などの加工品の試食も行われました。

「かまパン」食パンの食べ比べや「カミヤマメイト」などの加工品の試食も行われました。

40年ぶりに復活した神山のお酒を
誰よりも地域の人が喜んでくれた

フードハブは、神山では40年も前に途絶えていた酒造りにも取り組んでいます。初めての酒造りを担当したのは、フードハブ・料理長の細井恵子さんです。

フードハブが開発した加工品など。神山杉の割り箸、日本酒、ドレッシング、ごはんのお供、そして小麦にお米と米ぬかを混ぜて焼いたお菓子「カミヤマメイト」。

フードハブが開発した加工品など。神山杉の割り箸、日本酒、ドレッシング、ごはんのお供、そして小麦にお米と米ぬかを混ぜて焼いたお菓子「カミヤマメイト」。


フードハブ・プロジェクト料理長 細井恵子さん(以下、細井さん):「『お酒ってどうやってつくるの?』を調べるところから始まったので、とにかくたくさんの壁にぶつかりました。酒米ではなく、ごはんとして食べるお米『イクヒカリ』をお酒屋さんのアドバイスをいただきながら酒造りに適したように育てることから始まって」

最初の壁はお米の精米でした。酒米精米の最低必要量は600kgですが、フードハブが用意した酒米は200kg。少量精米の機械を探して岩手県まで遠征したそうです。酒麹づくりもうまくいかず、三好市の「三芳菊酒造」で一緒に麹づくりをさせてもらいました。仕込みは、銘酒「眉山」で知られる徳島県内の酒蔵・吉本醸造にお世話になったそう。

酒の仕込み水は、神山の清らかな湧き水を汲んで運んだそうです。

酒の仕込み水は、神山の清らかな湧き水を汲んで運んだそうです。

細井さん:「ふたつの酒蔵さんとおつきあいをして、いろんな人に協力していただきながらお酒をつくりあげました。4月に開いた『初しぼり試飲会』には、地元の人がすごくたくさん飲みに来てくれて。一本のお酒でこんなにたくさんの人が喜んでくれるんだなぁと思いましたし、お酒の持つ力も実感しました」

完成したお酒の名前は「神山の味2017」。ラベルは、1978年に出版された郷土料理と食文化の本『神山の味』の表紙から作りました。こうしてつくられていく、古くて新しい“神山の味”たちが、神山の農業と食文化を守り、支える力になるのです。

オール与謝野で地産地食を
実現するには?

2日目に行われた「アップデート」の講義では、架空の食堂『よさの食堂』をつくるとしたら?という設定で、「よさの食堂からはじまる地産地食」をテーマにグループディスカッション。「うけ継がれた味」「今の味」「これからの味」をキーワードに、話し合いが進められました。前日に聞いたフードハブの事例が刺激になったのか、各グループで「与謝野ならどんなことができるだろう?」というリアルな議論が展開しました。

みなさんのお話に耳を傾けると、この地域には「稲刈りの季節には、浜から焼き鯖を持って手伝いに行き、お礼にぼた餅を返してもらう」という食文化があったそうです。これについて、「どうすれば、昔の食文化をストーリーとして伝えられるか?」を議論するグループもあれば、「ぼた餅やばら寿司のレシピを受け継ぐには?」を議論するグループも。

最後は、みなで共有したアイデアについて「自分はどう関われるか?」を付箋に書いて貼り付けていき、グループ発表が行われました。

半円段ボール「えんたくん」を使用。与謝野の食について、「過去」「現在」「未来」について、話し合ったアイデアをどんどん書き留めていきます。

半円段ボール「えんたくん」を使用。与謝野の食について、「過去」「現在」「未来」について、話し合ったアイデアをどんどん書き留めていきます。

「自分にできること」「どう関われるか?」を付箋に書いて、役に立てそうなアイデアの近くに貼付け。

「自分にできること」「どう関われるか?」を付箋に書いて、役に立てそうなアイデアの近くに貼付け。

グループごとに話し合いの内容を発表して、全員に共有しました。

グループごとに話し合いの内容を発表して、全員に共有しました。

さて、ワークショップが行われている間に、「オール与謝野で地産地食」を実体験するディナーの準備が着々と進められていました! 場所は、温江地区の休耕田。「よさのみらい大学」の運営を受託するまちづくり会社・一般社団法人プレイスのみなさんが一夜限りのレストランを設営してくれていたのです。

誠武農園さんの収穫カゴでつくられたテーブル、イス、カウンター。ちなみに、この1時間前まで土砂降りの雨でした…!

誠武農園さんの収穫カゴでつくられたテーブル、イス、カウンター。ちなみに、この1時間前まで土砂降りの雨でした…!

野外でのビュッフェながら、テーブルセッティングのていねいさが特別感を醸し出します。

野外でのビュッフェながら、テーブルセッティングのていねいさが特別感を醸し出します。

与謝野町の農業生産法人「あっぷるふぁーむ」のビーフを使った、デイヴさんによるダイナミックかつ繊細な料理。

与謝野町の農業生産法人「あっぷるふぁーむ」のビーフを使った、デイヴさんによるダイナミックかつ繊細な料理。

「ディナー会場は外がいい」というのは、デイヴさんの希望でもあったそう。キャンプ場などが候補に挙がるなか、「与謝野の米づくりの風景のなかで与謝野を食べる」ことが実現しました。どのくらい「米づくりの風景のなか」だったのか、写真でご覧いただきたいと思います!

お米の海のなかにいるようなロケーション。稲穂を眺めていると、目からも「おいしさ」がしみてくるようでした。

お米の海のなかにいるようなロケーション。稲穂を眺めていると、目からも「おいしさ」がしみてくるようでした。

真鍋さんは、フードハブの取り組みを「社会的農業の実践」と位置づけています。棚田の景観が残る中山間地域では、耕作放棄地が増えると景観が荒れていきます。農業を守ることは、地域の食を次世代につなぐだけでなく、土地の風景を守ることにもつながるからです。田んぼでディナーをいただくことで、この風景の豊かさをあらためて実感した人も多かったはず。

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食材をご提供いただいた生産者さん:やさい魂研究所(九条葱・オクラ)、伊達農園(米、黒大豆、メロン、たまねぎ)、あっぷるふぁーむ(経産牛・トマト・万願寺唐辛子)、誠武農園(きゅうり、にんにく)、まさ農園(ブルーベリー)、井上晃さん(水茄子、ドライトマト)。

食材をご提供いただいた生産者さん:やさい魂研究所(九条葱・オクラ)、伊達農園(米、黒大豆、メロン、たまねぎ)、あっぷるふぁーむ(経産牛・トマト・万願寺唐辛子)、誠武農園(きゅうり、にんにく)、まさ農園(ブルーベリー)、井上晃さん(水茄子、ドライトマト)。

ディナーに使われた食材の産食率は100%(調味料等を含めると67%)。見慣れた風景のなかで、与謝野町内で採れた野菜、豆、いも、お米、牛肉を食べているのに、こんなにも”いつも”と違う。今回のディナーでは、「デイヴさんが料理をする」という“非日常”に、与謝野の食卓に秘められた可能性が照らし出されていました。

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デザートの酒粕ケーキに使われたのは「神山の味2017」の酒粕!

デザートの酒粕ケーキに使われたのは「神山の味2017」の酒粕!

デザートをいただく頃には、空に星が見えていました。

デザートをいただく頃には、空に星が見えていました。

土地の食べ物をみんなで食べて、「おいしい」と思うこと。

ただそれだけで、自分が暮らすまちへの愛着は深まっていきます。いくら言葉を尽くしても伝わりきらないことが、「オール与謝野のディナー」をたった一回、一緒に食べるだけでわかりあえる。帰り際のみなさんの笑顔を見ていると、「おいしい」が起こす奇跡をちょっと信じたくなってしまいました。

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後編では、2日間にわたるワークショップとディナー体験を経て、各自が練り上げた企画を発表した「発表会」を踏まえて、与謝野町商工振興課の松本潤也さんとフードハブの真鍋さんに対談いただいています。ぜひ、こちらも併せてお読みください。

 

(更新日:2018.10.29)
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地産地消、食材の生産・伝承、コミュニケーションを育む料理や場所……「食」のこれからと真摯に向き合う人たちの姿から見えてくる、本来の豊かさとは。
神山町から与謝野町に“地産地食”の手法をインストールした3日間。〈シェフ・イン・レジデンス YOSANO〉

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