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種を守り継ぐために。台所からできること。【奥津典子さん、根本きこさんのお話】〈後半〉

長崎県
種を蒔き、芽や根が育って野菜ができ、花、実がなり、種を採る。翌年、その種を蒔き、野菜を育てる——。こんなふうに種の循環を脈々と繰り返してきたのが、在来種、固定種、古来種などと呼ばれる“種採り野菜”。

小学生の頃、夏休みの宿題で朝顔を育て、咲き終わった花から種を採って翌年また育てていたように、野菜もそうやって育つのが当たり前だと思っている人も多いかもしれません。
ところが、今私たちがスーパーで買って食べている野菜のほとんどは“F1種”と呼ばれるもので、生産〜輸送〜調理において扱いやすいよう調整されて作られた1代限りの種からできた野菜。農家の人は毎年新しい種を買い続けながら、野菜を育てています。

2018年2月3日(土)、4日(日)の2日間にわたって行われた「種市」では、流通の1%にも満たない在来・固定種野菜(=古来種野菜)の多様性と、種を守り続ける農家の仕事、それらを取り巻く現状を広く伝えるべく、ファーマーズマーケット、料理教室、トークイベントといったさまざまなコンテンツが繰り広げられました。

雛形では、「種市」で両日行われたトークイベントに密着取材。〈前半〉でお伝えした長崎県雲仙市の種取り農家・岩崎政利さんのお話に続き、〈後半〉では、2日目のクロージングプログラムとして行われた、奥津典子さんと根本きこさん、2人の料理家によるトークの模様をお伝えします。家庭の台所から始まる種との関係性づくりについて、率直な意見が交わされました。

>>前半:「種を守り継ぐために。種が持つ物語。【種採り農家・岩崎政利さんのお話】」

“生きもの感”に満ちた
美しさとおいしさ

食にまつわる活動をなりわいとする以外にも、ともに1974年生まれ、三児の母、都市から地方への移住という共通点を持つ奥津さんと根本さん。2人は前回の「第5回 種市」(2015)で出会い、それを機にお互いの拠点を行き来し合うなど、交流を深めているそうです。
トークイベントのテーマは「台所から、たねを蒔く」。野菜の買い手、使い手として、日々台所で料理をする2人にとって種採り野菜とはどういう存在なのか。まず最初は、それぞれが種採り野菜と出会った経緯について。

料理家の奥津典子さん。マクロビオティックを軸に〈気候風土と体質に合わせた食事〉〈家庭の台所哲学〉を提案。2003年より、夫の奥津爾さんと「オーガニックベース」を主宰。2013年に長崎県雲仙市に移住。

料理家の奥津典子さん。マクロビオティックを軸に〈気候風土と体質に合わせた食事〉〈家庭の台所哲学〉を提案。2003年より、夫の奥津爾さんと「オーガニックベース」を主宰。2013年に長崎県雲仙市に移住。

奥津さん:私はマクロビオティックやオーガニックの業界にいるので、自然と「どうやら今の野菜は種をつけてないらしい」という話が耳に入ってきました。12年前くらいかな。12年前くらい。それで、種を採っている野菜はないのかと、信頼している八百屋やオーガニック食材の卸先などに聞いてみたのですが、ことごとく「ない」と言われて。こんなにこだわっている人たちのところでもないのかと、とても驚きました。そのときはそれ以上前に進めず、途方にくれて何年か立ち止まっていました。

それから徐々に知識を得て、「F1種(異なる性質の種を人為的にかけ合わせた1代限りの雑種)」や「雄性不稔(雄しべや葯に異常があり、正常な花粉の形成や機能がない株の種)」といった言葉や、生産方法や流通の現実を知り、食材の原材料の流通を調べていっても、商社の段階でその先が分からなくなるなど、ちょっとずつわかっていきました。

私自身、それまでも散々料理をしてきておいて、人参の種も大根の種も見分けがつかないってどうなのよと、自分に疑問がふつふつと湧いてきました。何とかして種採り農家さんに会えないものか——。そんなとき、彗星のように現れたのがwamerwamerの高橋一也さん。あれよあれよという間に長崎・雲仙の種採り農家岩崎さんの畑に家族で行くことになったんです。

岩崎さんの畑で見た、人参の花が咲き誇る風景。あれは何だったんでしょうね……。今までに見たことのない美しさで、夫も私も言葉にできず、ただ立ち尽くしていました。それにやっぱり、岩崎さんの野菜をいただいたときの“生き物感”の衝撃がすごかった。
その場で夫が子どもたちに雲仙で暮らすことを提案したら、いいんじゃないと言ってくれて。そういう流れで5年前に雲仙に移住しました。高橋さんと「種市」を始めたのもその頃ですね。

料理家の根本きこさん。学生時代に友人からの依頼でケータリングを始めたことから、料理の道に。2003年、神奈川・逗子にカフェ「coya」をオープン。2011年の東日本大震災を機に店を閉じ、同年の春に沖縄県に移住。

料理家の根本きこさん。学生時代に友人からの依頼でケータリングを始めたことから、料理の道に。2003年、神奈川・逗子にカフェ「coya」をオープン。2011年の東日本大震災を機に店を閉じ、同年の春に沖縄県に移住。

根本さん:私はあるとき食べた野菜のおいしさに驚き、それが在来・固定種野菜だったのが存在を知ったきっかけです。その頃ちょうど「大地を守る会」で日本各地の在来・固定種野菜シリーズの販売が始まり、昔から知らない食材に興味津々なので、ふた口注文するようになりました。同じシリーズなのに、ふた箱それぞれにまったく違う野菜が届くのがおもしろくて。ひょうたんみたいなかぼちゃとか、のらぼう菜とか、丸々した大根とか。

その後、2011年の震災後に沖縄に移住したのを機に、自分で野菜作りと米作りを始め、そこで初めて自分で種を採るという行為を行ってみたんです。そうしたら、腑に落ちたというか。当時は種のことを詳しく知らなかったので、F1種から古来種まで、いろんな種苗メーカーから種を取り寄せて植えていました。

自分で育てて、収穫に成功したり失敗したりするなかで、こんな小さな種から生まれる命を丹念に繋いでいる農家さんって、すごいなとあらためて思いました。それから月日が流れ、ご縁があって「種市」でお声をかけてもらい、そのおかげで岩崎さんや若手の種採り農家さんたちに出会えたという経緯です。

色、味、食感——。
野菜と対話するように作る

今回の「種市」では、初の試みとして〈古来種野菜の料理教室〉が行われました。奥津さん、根本さん、冷水希三子さん、オカズデザインが日替わりで講師を務め、種採り農家の岩崎さんからその日に届いた野菜を見て、どの野菜をどういう風に調理するかをその場で決めていく、レシピもメニューもない料理教室。
大根ひとつとっても島大根、五木赤大根、源助大根……と、品種ごとに大きさ・形・色・味わいがさまざまな古来種野菜を、2人がどのように向き合い料理したのか。スライドの写真で料理教室の様子を振り返りながら、作ることを通して気づいた感想が語られました。

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「アトリエ間間」で行われた根本きこさんの料理教室の様子。首都圏以外にも山形や沖縄など遠方から駆けつけた参加者もいたほど注目を集めた。

「アトリエ間間」で行われた根本きこさんの料理教室の様子。首都圏以外にも山形や沖縄など遠方から駆けつけた参加者もいたほど注目を集めた。

奥津さん:最初は、参加者の皆さんと野菜をそのまま生でバリバリ食べることから始めました。美しい色や豊かな香りを楽しみながら、それだけでも盛り上がりましたよ。

種採り野菜は色や食感にそれぞれ特徴があるので、その違いを楽しむ料理を考えました。五木赤大根のおろしは、酸を加えると鮮やかなイチゴ色へと変わるのが何とも心ときめく瞬間なんですよ。これを焼いた平飼い卵にのせて、赤と黄色のコントラストを楽しみました。ほかにも、3種類の大根を塩とオイルをまぶしてオーブンで焼き、そこに3種類それぞれのおろしをソースとしてかけて食べました。シンプルだけど豊かな大根の味の食べ比べ。など、風味を活かして、二日で10品くらい。楽しかったですね。

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根本さん:私も典子さんと同じように、最初はみなさんと生のまま味見をしました。葉っぱ、実(根)の頭、真ん中、下の部分といろんな部位を食べ比べて、「ここはしっかり辛いね、こっちはやわらかいね、風味がこうだね〜」と、感想を話し合いながら、それぞれの野菜のいいところを活かすメニューを考えていきました。

実は、今回料理教室をすることになったときに、あらかじめこんな野菜が届く予定というリストが送られてきたのですが、大根5種、カブ4種……といった感じで、「あ、ほとんど大根とカブだ(笑)」と正直驚きました。でも、品種の違う大根を5種類も使って料理をすることなんて、日常的にそうそうないことだし、「よし! 今日は岩崎さんの奥さんになったつもりで、農家の嫁になりきって大根でどれだけバリエーション豊かな食卓を作れるだろうか」という意気込みで臨みました。

私が作ったのはおでん、揚げびたし、菜っ葉ごはん、お漬物など全部で8品ほど。沖縄から野草のイーチョーバー(=フェンネル)やからし菜の種(=マスタードシード)、無農薬みかんの皮を天日干しにしたものを持ってきていたので、それを組み合わせながら、和風のメニューに少しアジアやエスニックの風味を足して変化をつけました。

ふだんから葉っぱや皮の部分もなるべく余すことなく料理に使っているのですが、やっぱり岩崎さんの野菜はさすが。端っこの部分にも味が詰まっているというか。例えば、島大根と一緒に揚げびたしにした岩崎ねぎは青い部分までおいしくて、中までトロトロ。菜っ葉ごはんにした大和真菜は、いつも大根の葉でやるように茹でてしまったのですが、あれはそのまま塩もみだけでよかった。そのくらい繊細でやわらかくて。そういうハプニングもレシピがない、その場で作る料理の醍醐味だなあとあらためて思いました。

根本きこさんが料理教室で作ったメニューの数々。源助大根と五木赤大根の台湾風黒酢和え、源助大根の皮のアチャール、島大根と岩崎ねぎの揚げびたし、大和真菜の白和え、源助大根のニンニク醤油漬け、源助大根としゃくし菜とおあげのおでん、大和真菜とじゃこの菜っぱごはん、黒田五寸人参と源助大根の水キムチ

根本きこさんが料理教室で作ったメニューの数々。源助大根と五木赤大根の台湾風黒酢和え、源助大根の皮のアチャール、島大根と岩崎ねぎの揚げびたし、大和真菜の白和え、源助大根のニンニク醤油漬け、源助大根としゃくし菜とおあげのおでん、大和真菜とじゃこの菜っぱごはん、黒田五寸人参と源助大根の水キムチ

奥津さん:雲仙に移り住んで最初に衝撃だったのが、種取り野菜が買えないということ。売っている場所がないんです。無農薬の野菜さえも売っていない。仕方なくスーパーの野菜で料理をしてみたけれど、すぐに挫折しました。料理が楽しいと思えなくなってしまったんです。野菜を選ぶ、買えるというのは、都会の特権だったんだなとあらためて思います。

スーパーの野菜を使わなくなると、今週は玉ねぎと大根しかないとか当たり前。そうすると、1週間で3種類の野菜しかない中から、いろんな料理を作るのがだんだんとおもしろくなってきたんです。岩崎ねぎだけで10種類作るねぎのフルコースとか。その日の思いつきで作るので、以前のように厳密な意味で同じレシピ、同じメニューを作らなくなりましたね。

買い続ける、作り続ける。
台所から伝えていくことを
決してやめない。

トーク後半はいよいよ本題の「台所から、たねを蒔く」というテーマをもとにディスカッション。このテーマは今回の「第6回 種市」全体のメッセージとしても掲げられているもので、フライヤーにはこう記されています。

「流通」がない。
それはつまり、「食べる人がいない」という現実とイコールです。
私たちは、古来種野菜を買い、料理をすること種を継ぐことができる。
私たちの日々の台所に個性豊かな野菜が登場する豊かさは、
農家が自ら種を採り、種を蒔く風景、
美しい野菜の花が咲き誇る畑の風景とまっすぐにつながっています。
(「第6回 種市」フライヤーより一部抜粋)

「種市」では熱狂的な熱量のなかで古来種野菜が売れていく反面、日常の台所でそれがどれだけ継続できているのか。種採り野菜やその農家を取り巻く厳しい現状がなかなか変わらないもどかしさに、奥津さんからは「打つ手なし」という言葉も発せられたほど。それでもあきらめるわけにはいかないと、2人は話します。

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奥津さん:台所は私の基地。仕事柄、食がいかに人と人生に絶大な影響を及ぼすかということを身にしみて感じているので、絶対に手放さないと思っています。でも「台所が大事」と説いたころで、そんなものみんなわかっているんですよ。この会場にいらっしゃる方は特に。精神論を持ち込んだところで種採り野菜が直面している物流や時代の流れに逆行できないじゃないですか。

根本さん:種採り野菜を食べたくても、今は送料がとても高いのが悩み。沖縄には在来種や古来種が少なからずあるので、もちろんそれで料理をするんですが、でもやっぱり岩崎さんの野菜が食べたいな、と思う。個人で宅配を注文すると送料がかかるので、何人か友達を集めて注文しようとか、身近な仲間を広げていくというか。選挙と同じように1票を投じて終わりではなくて、これからもどんどん買い続ける、使い続ける、食べ続けるという“続けていく”という行為が、新たな台所を作りあげていくんだと思います。

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奥津さん:あと、家族や親しい人に古来種野菜のことを伝えていく、そういう種は蒔くことができると思っています。そもそもうちの夫もこういうことにまったく興味がなかった人だったけど、そこに種を蒔いたのは私ですし(笑)。家族や料理教室のみなさんに伝えるという役割の種は持てているのかなと思うけれど、ほかは途方にくれますね……。だから、料理をして食べてもらえるってすごく幸せなことですよね。家族も友人も信頼して食べてくれるわけだから。台所で料理ができるって、ありがたい役割。

根本さん:典子さんがおっしゃった通り、自分が言ったことでほかの誰かがハッと気づいてくれたり、何かしらの行動に作用したりすることがあると思うので、そこからでしかないですね。

奥津さん: でもやっぱり「流通がない」という現実には非常に焦りを感じています。先ほどきこさんがおっしゃっていたように、個人の手を結ぶことはとても大事。とはいえ個人宅配だけで農家はやっていけない。夏は送料がひと箱2000円以上かかるし、ことに九州から東京に運べば、収穫されてから時間のロスがあるので野菜がいたみやすい。きれいにパッキングしないと消費者は嫌がるし。ダンボールに詰め込むだけでも大変な作業です。それに住所や入金の管理まであって、買う側が4000〜5000円で買っても、実質農家の取り分はほんのわずか。

例えば、1人に送ったらその先にいるまわりの人がバーっと買うとか、農家が生き残っていくためにはまとまった“面”としての売り場が必要。先ほども話したように、地方は売る場所(買える場所)がない。一方、東京は探せばたくさんある。でもその分、場所代、輸送費、人件費で野菜の値段がバカ高くならざるを得ない。地元の農家が50円くらいで出したものが、都会で出したら500〜800円とかになって売られていて、いわゆるオーガニックセレブ的な価格で。特別な人が特別に買うものにしたかったわけじゃなく、日常のものにしたいのに。だからやっぱりそこの解決策を早急に何とかしないといけない。

根本さん:極端なことを言うと、岩崎さんの畑のまわりに10、20世帯くらい引っ越してきてー! と言う感じですね。畑を耕す人も含めて。

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奥津さん:少なくとも100世帯単位はないと農家は支えらない。数百単位で頻繁に食べる家庭があればいいんですが……。地方の中でも流通はあるので、運ぶと言う物流の問題は出てくる。全時代の流れに逆らったことをやっているので、いろんな意味で本当に難しい。打つ手なしだけど、でもあきめられない。「家庭の台所で料理を作ることを決して放棄しないぞ」というのが、私の唯一できる誠意。

根本さん:先日の米・麦・大豆などの種子法廃止のニュース(※)を聞いたときは愕然としたのですが、そもそも野菜には種子法が適用されいないんですよね。けれども、なお岩崎さんのように種を守り続ける方がいらして、それに続く若手の農家さんがいるということを「種市」を通して知り、あらためて驚き、希望を感じました。絶望の淵に立たされたとしても、模索するなかでいろんな人との出会いから、また浮き上がってくるはず。いつでも希望の光はあるというか。漠然としてしまいますが、そう思います。私もあきらめずに買う、作る、食べることをこれからも続けていきます。

※主要農作物種子法(通称:種子法)は、昭和27年に、地域に合った優良な種子が農家に行き渡るように、稲・麦・大豆の種子を対象として、都道府県自ら普及すべき優良品種(奨励品種)を指定し、原種と原原種の生産、種子生産ほ場の指定と種子の審査制度などを規定した法律。2017年、農林水産省は「国が管理する仕組みが民間の品種開発意欲を阻害している」などの観点から、この種子法を廃止する法案を提出し同年4月に可決。2018年4月1日に廃止される。

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PROFILE

根本きこ
ねもと・きこ/1974年生まれ。主婦。神奈川県逗子でカフェ「coya」を8年間営んだあと、2011年春に沖縄県北部に移住。沖縄暮らし8年目となる今年、今帰仁村にカフェをオープン予定。現在、D.I.Y.のお店づくりが進行中。

奥津典子
おくつ・のりこ/1974年生まれ。東京と長崎育ち。日本とアメリカでマクロビオティックを学び、2003年に夫の奥津爾さんと東京・吉祥寺に「オーガニックベース」を開業。2007年に「ベースカフェ」(現在の「食堂ヒトト」)を立ち上げる。2013年に長崎県雲仙市に家族で移り住み、現在は雲仙、東京、福島、京都を中心に、料理教室をはじめとした食にまつわる活動を精力的に行う。http://www.organic-base.com

 

写真:繁延あづさ

写真:繁延あづさ

>>前半:「種を守り継ぐために。種が持つ物語。【種採り農家・岩崎政利さんのお話】」

 

 

 

 

 

写真:松永 勉 文:編集部
種を守り継ぐために。台所からできること。【奥津典子さん、根本きこさんのお話】〈後半〉

種市
2013年の春から始まり、今回で6回を数える。warmer warmer 高橋一也さんとORGANIC BASE 奥津爾さんによる共同主宰。「世界に誇る日本の野菜の多様性と、種を守り続けている農家の営みを一人でも多くの方に伝えたい」という想いからはじまり、在来種・固定種の野菜(=古来種野菜)を農家さんから直接買える、今までにないファーマーズマーケットとして人気を集める。
HP:https://www.organic-base.com/topic/tane/about.htm

(更新日:2018.04.04)
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