特集 食のある風景
【対談】食は、自分で選ぶことができる。生き方を変えた食体験。/フードデザイナー、写真家・MIHO×料理人・yoyo.

「いま、たべているものが10年後のからだをつくる。」
この言葉を読んだとき、どんなことを思いましたか?今日お届けするのは、この言葉を聞いて180度食生活が変わってしまったフードデザイナー・写真家のMIHO(ミホ)さんと、旅をきっかけにやっぱり食生活が変わってしまった料理人・yoyo.(ヨーヨー)さんの対談です。
MIHOさんは現在、パリを拠点に活動中。カメラマンとして雑誌や広告、書籍などで活躍するかたわら、2004年に創設したプロジェクト「saji」を通して新しい食のかたちを提案しています。冒頭の言葉は、同プロジェクトのコンセプト。食との向き合い方を問いかけながら「saji magazine」の発刊や暗闇でごはんを食べるイベント「まっくらごはん」、料理のワークショップなどを開催しています。
パリでファッションを学んだyoyo.さんは、南インドで菜食料理と出会ったことがきっかけで料理の世界へ。2006年に「VEGEしょくどう」を立ち上げ、「たべることはいきること。おいしいやさいはみんなのいのちをつなぐ」をテーマに原宿の「Vacant」(※1)やアートイベントなどで野菜を中心とした料理を提供。現在は新潟県糸魚川市に移住し、田舎暮らしに奮闘しています。
2017年10月、そんなふたりが東京・恵比寿のギャラリー「KATA」にて、暗闇のなかで五つの料理を味わうイベント「まっくらごはん」でコラボレーションしました。同イベントの終了後、ふたりの食べものとの向き合い方や、それぞれが暮らす場所の食やライフスタイルについて語っていただきました。
写真:大森克己 文:宮越裕生
「ちゃんと食べてるの?」
生き方を変えた食体験

ーおふたりが現在の活動を始めることになったきっかけは何ですか?
MIHO:私はカメラマンのアシスタント時代に体を壊したことがきっかけでした。そのとき、病院で「ちゃんと食べてるの?」と聞かれて、初めて自分がまともな食事をとっていなかったことに気づいたんですよ。当時ファッションが大好きで食費を切りつめて服を買っていて、コンビニのおにぎりでお昼を済ませたりしていたんです。
yoyo.:MIHOさんにもそんなときがあったんですね。
MIHO:本当に無知だったんです。その先生から食べものが大切だと教わったときは純粋に「そんなこと聞いてない!なんでそんな大事なことを誰も教えてくれなかったんだろう」と思いました。それで若い人たちにも食べものの大事さを伝えていきたいと思ったのが、sajiの始まり。sajiのテーマになっている「いま、たべているものが10年後のからだをつくる。」というのはその先生にいわれた言葉です。
yoyo.:いまのMIHOさんからは想像もつかないです。
MIHO:だからこそ衝撃的だったし、食べる行為に疑問を持ってほしくて、体験型イベントを開いたり、ちょっと尖ったビジュアルを載せた『saji magazine』という料理の本をつくりました。

『saji magazine』は2004年に発行して以来、「ファーストフード」「水」「宇宙」など多様な視点で特集が構成され、体裁もデザインも号によって異なる。2016年には、こどもに向けた『saji for kids』も発売。
ー2000年代前半は、アーティスティックな料理本なんてほとんど見かけませんでした。レシピがシンプルで、ユニークなイラストや写真がたくさん載った『saji magazine』はとても新鮮でした。
MIHO:創刊当時は、ネガティブなこともたくさん言われました。料理がおいしくなさそうとか、写真が尖りすぎているとか。でも、写真の師匠から「どんなプロジェクトでも10年続けないと何も変わらないぞ」と言われていたので、とにかく10年は続けようと思っていました。それから、スッと受け入れられようなものではなくて、「なんで?」って考えてもらえるような機会をつくりたかったんですよね。yoyo.さんはどんなきっかけで食の世界へいったんですか?
yoyo.:私はフランスでファッションを勉強した後に、東京でファッションの仕事をしていたんだけど、30歳の時に初めてバックパックを背負って南インドへ行ったんです。
それで1ヵ月半ぐらい無心に旅をしていたんですけれど、気づいたらずっとお肉やお魚を口にしていなかったんです。南インドの伝統的な食事は完全菜食なので、現地の食堂でごはんを食べていると、自然とお肉やお魚を食べないことになるんですね。それなのに体調はびっくりするぐらい良くて。それまではお肉もお魚もバランス良く食べなきゃいけないという思い込みがあったのですが、この土地の人たちはこうやって何百年、何千年と生きてきたんだと衝撃を受けました。それから日本に帰ってきてノイズミュージシャンの秋田昌美さんの『わたしの菜食生活』という本を読んだり、『いのちの食べかた』という映画を見たりしながら、食べものについてちゃんと考えるようになったんです。
MIHO:『いのちの食べかた』は衝撃的でした。
yoyo.:動物がベルトコンベアーに乗せられてどんどん運ばれてくるシーンなんかを見て、人間の執念ってすごいな、でも自分はそういうことに荷担したくないなと思って。でも、その頃は料理人になろうとは思っていなかったんですよ。ただ南インドのごはんがおいしかったので自分でもつくりたいと思って料理教室に通い始めて、つくれるようになったので高円寺のバーで料理を出すようになってからで。
MIHO:すごい!
yoyo.:といっても、それまで料理なんてしたことがなかったから、キッチンはしっちゃかめっちゃかでしたけど(笑)。
ーおふたりとも自分の経験やおいしさを、みんなともシェアしたいという気持ちからスタートしていたんですね。
yoyo.:どうせつくるなら、自分ひとりで食べるよりもみんなで食べた方が楽しいですし、効率もいいですしね。私も若いときは食生活をおろそかにしていたから、おいしい野菜の味を味わうと、周りの人にも食べてほしいなって思います。ひとりで365日、完璧な菜食生活を送るより、ひとりでも多くの人が、365日のうちの1日でも新しいおいしさと出会うことの方が意味があると思うんです。
ー食を変えて何か変化はありましたか?
MIHO:私は自分自身がすごく変わったなと思います。ちゃんと食べるようになってから本当にイライラしなくなったし、ちょっと嫌なことがあっても右から左へ流せるようになりました(笑)。あと、フランス人のパートナーは、私と付き合い始めてから10キロ痩せていましたね。彼はファーストフードが大好きだったんですけれど、ファーストフードが体に与える影響を淡々と説明して、一緒にマルシェへ行って安全な野菜を買うようにしていたら、あっという間に痩せました。最初の頃は隠れてファーストフードを食べていたみたいですけれど(笑)。でもやっぱり、ちゃんとつくられた野菜を食べていると、おいしいものはおいしいということがわかるようになって、自然と変わってくるんですよね。
視覚が閉ざされると、味覚が変わる。
「まっくらごはん」
▲過去に開催された「まっくらおかし」の様子。

「まっくらごはん」は暗闇の中で舌の正確さを問う体験型イベント。今回はyoyo.さんが暮らす糸魚川市からもってきた5色の食材を5つの味、5つの方法で調理した料理を用意。参加者は暗闇のなか、手探りで料理を食べ、色(赤・黒・緑・黄・白)と味(甘味・苦味・辛味・塩・酸味)、調理法(焼く・蒸す・揚げる・茹でる)を当てることに挑戦した。
MIHO:今日まっくらごはんに参加してくれた子供たちも、すごく味覚が敏感でしたね。
yoyo.:彼らは凄かったよね。わさびをすりおろしたドレッシングは、大人には全然辛くなかったみたいだけど「辛い辛い!」といって食べていたし、じゃがいもの調理法も「“蒸す”でしょ」といって当てたり。蒸すと茹でるの違いはすごく微妙だと思うんですけれど、それがわかったのは凄いと思いました。
ー今回参加させていただいたのですが、柿とカブと間違えたり、わさびをカレー粉と間違えたり、散々な結果でした。明るいところで食べるのと暗闇の中で食べるのは思っていた以上に違いますね。
MIHO:大人は味の記憶を引っ張ってきちゃうから、意外と当たらないんですよね(笑)。子供は素直です。
ーなぜこのような、暗闇でごはんを食べるイベントをスタートさせたんですか?
MIHO:日々の生活の中で、私たちは食べることが当たり前になっていて、野菜それぞれの味がどんな味がするかを、味わっていないんじゃないかなぁと思ったんです。“お腹が空いたから食べる”のではなくて、“時間が来たから食べる”のと似ていて。
ただ与えられたものを食べるのではなくて、味わってもらいたいと思ってはじめました。そして、もしできたらその先に、食べ物たちがどこから来たかも考えてもらえたらと思っています。
“時間に追われない”
フランスの暮らし
ーフランスと日本で、生活の違いを感じることはありますか?
MIHO:フランスは、パリの家賃はちょっと高いけど、電気、ガス、野菜が安いんですよ。だから、貧しくても最低限の生活がキープできるんですよね。
yoyo.:バケットは生活必需品だから、価格を高くしちゃいけないという決まりがあったりしますよね。ただ、日曜日はお店が閉まっていたり、コンビニがなかったり、日本より不便だなと感じることもありました。
MIHO:パリはどこの地区でも、週2、3回はマルシェをやっているから、家の近所で新鮮な野菜や有機野菜を買えるのもいいですね。旬のものしかおいてないから、日本みたいに種類は多くないんですけれど、季節感があって、街中にいても自然が近い感じがします。
yoyo.:日本と比べると、全体的にものが足りないよね。ひとり暮らしで電子レンジを持っている人なんてほとんどいないし、学生さんとかいつも同じ服を着ていたりするし、毎日同じものを食べていたりする。
MIHO:うん、幸せの価値観が違うんですよね。日本のような疲弊感がないというか。たとえば、日本で電車に乗っていて、隣の人と肩がぶつかると嫌な顔をされてしまうことがあったりしますが、パリだと、「今日は寒いわね」だったり、ぶつかったことで会話が生まれたりするんです。
yoyo.:あと、みんな自分の時間を大事にしてますよね。働く時間も日本みたいに長くないし、帰る時はさくっと帰って、平日でも家に友達を呼んでごはんを食べる、なんてことをしょっちゅうやっていますよね。
MIHO:そうですね。食事の時間をゆっくり楽しんでいる感じです。
![生産者さんが自ら販売する、新鮮な食材が並ぶパリのマルシェ。主に週末に◯◯や◯◯で開かれている。仮[写真提供:MIHOさん]](https://www.hinagata-mag.com/cms/wp-content/uploads/2017/11/DSC2730_2-1000x667.jpg)
週末だけでなく、エリアごとに毎日ひらかれているというパリのマルシェ。新鮮な食材が並ぶ。
![週末だけでなく、エリアごとに毎日ひらかれているというパリのマルシェ。野菜以外にも魚屋さんもあり、おいしい食べ方を教えてもらうことができるのだそう。[写真提供:MIHOさん]](https://www.hinagata-mag.com/cms/wp-content/uploads/2017/11/3b0b961d0cb12f3b22a5bb38db9784cc-1000x681.jpg)
新鮮な魚や肉も並び、店主がおいしい食べ方を教えてくれるそう。[写真提供:MIHOさん]
糸魚川の暮らしは
「野菜に追われている感じ」
—昨年移住した、新潟県・糸魚川の暮らしはいかがですか?
yoyo.:やっぱり自然の恵みが豊かです。私が紫蘇ジュースをつくって近所の人に分けてあげたら、紫蘇が好きなんだってことになって、ものすごい量の紫蘇をもらったりっていうのが日常です。いつも家に、食べ切れないぐらいの野菜があるんです。
東京でケータリングをやっていたときは、知恵を振り絞ってメニューを考えていたけれど、今は逆サイクル。「いまはこの野菜がたくさんあるから、使わなきゃ!」みたいな。野菜に追われている感じですね。
MIHO:あはは(笑)。

10月15日、糸魚川で開催された、入場料とアーティストの出演料が“野菜”という、食と音楽イベント「ギブミーベジタブル」。参加者が持ち寄った野菜を、料理人が即興で料理。

糸魚川の郷土料理「笹寿司」を地元のお母さんに習うyoyo.さん。[写真:Cameron Allan Mckean]
yoyo.:でもそれが新鮮で、喜びでもあるんですよね。地域の方々に、生活の知恵をたくさん教えてもらえるし、土着的なものがあるというのは、やっぱりいいなと思います。田舎のムラ社会的な考え方は慣れなくて大変なんだけど、そうやって大量の赤紫蘇の葉をむしっていたりすると、、内側から喜びみたいなものが湧いてくるというか。
MIHO:もう東京には住まないですか?
yoyo.:うーん。今住んでいる家が凄く気に入っていて、やっぱり広い家はいいなと思いますね。衣・食・住に夢中になってきて、今は「住」の充実を楽しんでいます。

yoyo.さんが糸魚川市で拾ってきた、薬石と季節の草木で彩られたテーブル。
“なんとなく食べる”から卒業
食は、自分で選ぶことができる。
ーおふたりとも「食」をポジティブに提案されている印象があります。
MIHO:その辺は意識していますね。子供だって、頭ごなしに「安全なものを食べなさい」って言われたら食べないじゃないですか。食への恐怖心をあおるようなことはしたくないので、「こうしたら楽しくない?」っていう方向へ持っていこうとしています。
yoyo.:自分で気づかないと変わらないもんね。
MIHO:今まで10できていたのが15できたらOKみたいな、それぐらいの感じでいいと思うんです。
yoyo.:私も、菜食主義を完璧につきつめようなんて思っていないんですよ。糸魚川では、ハンターの方が猪をしとめたらさばいて近所の人たちに分けてくださるので、ありがたくいただいています。全然「VEGEしょくどう」じゃないです(笑)。ただ、食の本当の豊かさみたいなものが広まったら、世の中はもっと楽しくなるかな、と思います。
MIHO:あとは、今は“なんとなく”食べている人が多いような気がするので、もう少し疑問をもってほしいなと思っています。食べることひとつとっても「なんで?」と思うことが、生き方を考えることにもつながっていくんじゃないかな。毎日のごはんを真剣に、とは言わないけれど、なんとなく生きないで欲しい、と思うんです。
yoyo.:もっとみんなで、のびのび、生き生きと暮らせたらいいよね。食べることは凄くそのことに直結している。自然のなかで暮らしていると、野菜から季節を感じられたり、土地のエネルギーを感じられたり、お肉から命のありがたみを感じられたりして、食べることって本当に生きることとつながっているなぁと思います。
でも、そうそう、それって街中にいてもできることなんですよ。自然を採り入れる一番簡単な方法は、食べること。誰にでもできるし、自分で選べることなんです。
※1 Vacant:原宿にあるイベントスペース、ストアー、ギャラリー、バー。
会場協力:ギャラリーKATA(恵比寿)
yoyo.( ヨーヨー)
料理家/「VEGEG しょくどう」主宰
“たべることはいきること。おいしいやさいはみんなのいのちをつなぐ”をテーマに掲げる根っからの野菜好き。2016 年暮れより新潟県糸魚川市に在住し、地元の食材研究、自然栽培などを妄想中。 http://vegeshokudo.com
MIHO(ミホ)
フードデザイナー/写真家
1999年よりカメラマンとして活動。2004年、新しい食の形を提案する「saji」を創設。sajiでは、紙/WEB媒体のみならず、食の体験型イベント、ワークショップ、Foodingなどを東京、パリでしている。 http://www.saji-web.com
特集

-
- 医療系メーカーの営業マンが、300年の歴史ある「仙霊茶」の畑を継ぐまで。
- 野村俊介 (茶農家)
最新の記事
-
ニュース【ウェブマガジン「雛形」更新停止のお知らせ(2022年4月30日)】ウェブマガジン「雛形」は、2022年4月30日をもって、記事の更新を停止いたしました。 (「ウェ […]
-
特集迷いながら、編む。 ーメディアの現在地どんな人にも、暮らしはある。すぐには役に立たないようなことも、いつかの誰かの暮らしを変えるかもしれない。/雑誌『暮しの手帖』編集長・北川史織さん北川史織さん(雑誌『暮しの手帖』編集長)
-
特集迷いながら、編む。 ーメディアの現在地立場をわきまえながら、どう出しゃばるか。「困っている人文編集者の会」3名が語る、本が生まれる喜び。柴山浩紀さん(筑摩書房)、麻田江里子さん(KADOKAWA)、竹田純さん(晶文社)
特集
ある視点
-
それぞれのダイニングテーブル事情から浮かび上がってくる、今日の家族のかたち。
-
一番知っているようで、一番知らない親のこと。 昔の写真をたよりにはじまる、親子の記録。
-
「縁側」店主河野理子どんなものにもある、“ふち”。真ん中じゃない場所にあるものを見つめます。
-
「読まれるつもりのない」言葉を眺めるために、“誰かのノート”採集、はじめます。
-
不確かな今を、私の日々を生きていくために。まちの書店さんが選ぶ、手触りのあるもの。
-
美術作家関川航平ほんのわずかな目の動きだって「移動」なのかもしれない。風景と文章を追うことばの世界へ。
-
徳島県・神山町に移り住んだ女性たちの目に映る、日々の仕事や暮らしの話。