INTERVIEW

ボルダリングが、人と町との心をつなぐ|ひのかげの、眩しいほどにいい話その①

宮崎県
武井あゆみさん
宮崎県・日之影町
居住地: 山口→熊本→東京→宮崎
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日之影(ひのかげ)は、かつて「日向(ひむか)」と呼ばれて『古事記』『日本書紀』の物語の舞台となった宮崎県の県北にある、4,000ほどの人が暮らす町で、いまもなお神話と伝説が息づく町。「日之影の『かげ』ちゅうのは『陰』のことではなく、神話に登場するワンシーンの、雲の切れ目から日の光が射し込む様そのものことじゃけん」とその名の由来を教えてくれたのはこの町の町長さんでした。「かげもかたちもない」というフレーズのように「かげ」という言葉が「その姿や存在そのもの」を表すことがまれにありますが、この日之影の場合がまさにそれ。いまも神話に根ざした伝統行事が脈々と受け継がれ、秋から冬の頃にかけては集落ごとに夜通しで神楽が執り行われたり、奥深く連なる山々に神々しい日の光が射し込むような幻想的な景色が現出したり、町の92%が森林であるというほどに大自然ばっかりだったり、とにかくスケールがでっかい、神さまの棲む町、というわけです。

 

そんな町のなかでも、最も神々しい圧巻の景色のひとつが、日之影川とその周辺にある巨石(ボルダー)。川底まで透き通って見えるほどの清冽な水がとうとうと豊かに流れ、鮎やヤマメの生きる美しい日之影川のそばには、圧倒的な存在感を放つ巨大な岩々がゴロゴロと15kmほどにも渡って寝そべっています。その岩の巨大さは、見るだけでも「まじでか!」と言いたくなるくらい強烈な驚きを与えてくれますが、これをよじのぼるクライマーたちにとってはもっともっと魅力的なものに見えるらしく、まさにいま、日之影は自らの手足を使って巨石をのぼりきるボルダリングというスポーツを楽しむ人たちにとっては、九州でも屈指の、最高に楽しいエリアとして注目を浴びています。ここでは、自らのクライミング・スキルによって地域おこしを担うひとりの女性と、ボルダリング・エリアとしての日之影の町を紹介します。

写真:小板橋基希 文:空豆みきお

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クライミングのスキルを、
町づくりに生かす

武井あゆみさんが日之影町の〈地域おこし協力隊〉となったのは、2016年4月のこと。着任からわずか数ヶ月という現在は、観光協会で〈癒しの森の案内人〉を務める高見昭雄さんなど、先達の方たちにこの町の歴史や文化や地理などを教えてもらい、それを吸収することにせいいっぱい力を注ぐ日々を送っています。広島出身の武井さんは10年前に熊本に暮らし始めるとともに、そこでボルダリングのキャリアをスタートさせました。九州のボルダリング・エリアをぐるぐる回りながらスキルを磨き、やがては国体の山岳競技にも出場するほどの実力をつけていきます。その熊本時代には何度も日之影にも足を運んだそうです。

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「初めて日之影に来たときには、緑も、川も、岩も、すべてが大きくて、すごく感動的だったことをいまも覚えています。日之影ボルダーは、特に、岩場だけじゃなく、川があり水があるのが他のボルダリング・エリアとは全く違って面白いところですよね。時には泳いだり水遊びしたり、すごく癒されますね」

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武井さんは熊本で3年間を過ごした後、東京へ行き、スポーツクライミングのインストラクターとしてクライミング・ジムに勤務。そして6年後の2016年、娘さんの小学校卒業のタイミングに合わせて、再び九州への帰還を果たし、新しいキャリアを日之影の町でスタートさせた、というわけです。

「東京にいる間も、九州に帰りたい帰りたいっていつも思っていました。そのくらい、九州の自然がもう本当に大好きなんです。だから、こうして日之影に来ることができてとっても嬉しいです。まさか自分が〈地域おこし協力隊〉になるとは思いもしませんでしたけど。本当はインストラクターとしての転職をめざしていたので。これも、ご縁というものなんでしょうね」

都会では必要とされた職業がローカルでそのまま必要とされるとは限らないけれども、しかし、町おこしという切り口からなら、特殊なスキルがうまく仕事としてハマる可能性があるということかもしれません。壮大な自然を町の観光資源にしていきたい日之影の町と、九州に戻ってクライミングのスキルを生かして仕事をしたいという武井さんとの思惑が一致した奇跡みたいなこの出会いがまさにそれであり、とても幸運なマッチングだったのではないでしょうか。

雨の日の場合の、ボルダリング風景

さて、この記事の取材日、残念ながら、日之影にはどどどっと大雨が降りました。武井さんと取材チームは、巨石が点在する日之影川の川辺に立つこともできなかったため、日之影のボルダリング・エリアのひとつである〈仲組〉という地区へ行きました。ここでは、廃校となった〈仲組小学校〉を室内トレーニング施設として活用し、クライマーの皆さんが利用できるようにしています。ボルダリング初心者である(というか呆れるほどになにも知らない)取材チームは、どんなふうに壁をのぼるものなのか、早速、武井さんにお手本を見せてもらいました。

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かつて九州でスタートさせたクライミングのキャリアによって、再び九州への帰還を果たした武井あゆみさん。そのスキルや知識を日之影のまちづくりに活かそうと、日々、奮闘中だ。

壁に打ち付けられたポイントを、ルールに従って、手足だけを使いながらのぼっていきます。体全体の使い方やつま先や指先の使い方を解説してくれながら上へ上へとぐいぐい進んでいく武井さんの姿があまりにスムーズでイージーなので「まじでか!」と驚嘆しながら、そのしなやかなカラダの使い方にほれぼれします。

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これを見て、「試しに、ちょっとやってみようかな」と、〈癒しの森の案内人〉である高見さんもチャレンジ宣言。(いやいや、ご年配の高見さんには少しキビシいのでは?)という私たちの心のうちの心配をよそに、意外にも、ぐいぐいとスムーズにのぼっていきます。聞けば生粋の日之影人である高見さんは、子どもの頃から木登りが大好きだったらしく、日之影の自然のなかで永年蓄えてきた恐ろしいほどの身体的ポテンシャルを、私たち取材チームに見せつけてくれました(ちなみに取材チームは、その後チャレンジしたもののほとんどのぼることができず、残念な結果に終わります)。〈地域おこし協力隊〉もすごいけど、〈癒しの森の案内人〉もすごい! おそるべし、日之影の人びと。

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着任まもない武井さんをサポートし、日之影の地理や文化や暮らしについてアドバイスするのは〈癒しの森の案内人〉の高見昭雄さん。日之影の大自然で育った、ナチュラルボーンの木登り人だった。

人と地域を絆で結び、町を元気に

「日之影のエリアはトップクライマーによって開拓され、トポ(トポグラフィー:岩をのぼるための地図のようなもの)もたくさん公開されていますし、いまや九州でもトップクラスのボルダリング・エリアとして高い人気を集めています。難易度の低いものでも面白さがあったり、難易度の高いものでもチャレンジしたくなるようなワクワクがあったり、初心者から上級者までどんな人にもどんなふうにも楽しめるのがいいんです。そして日之影がなにより素晴らしいのは、町ぐるみでボルダリングを応援してくれているということです。じつはボルダリングというスポーツは、地域の人たちとの関係性がとても重要で、エリアによっては『知らない人が黙って山に入って勝手なことをしている』ということをきっかけに地域の人たちとのいざこざに発展するというケースも少なくありません。それに対して日之影は町の人たちの理解がすでにありますし、クライマーを快く受け入れてくださっているんです。

私のこれからの仕事は、そうした関係性をこれからも大切にしながら、さらに多くのクライマーと地域の人たちとをより多く、より深く繋いでいくための架け橋のような存在になることだと思います。まだまだ具体的なことはこれからですし、悩みながらではありますけどね」

と、武井さんは語ってくれました。

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奇しくも、巨石の多いこの地区のちかくは昔から鉱山として栄えた場所で、とくに明治の頃にはイギリスから鉱山技師が来て開発が進められたり、多くの労働者が各地から集まったり、町の人口が最高潮を迎えるきっかけとなった場所でした。そしてまた、1,969年に鉱山が閉山してから人口がぐんぐんと減少していったという、日之影の栄枯盛衰の象徴のような場所でした。

いま、こうして「日之影ボルダー」としてこのあたりの場所が再び注目を集め、人を呼び寄せ、甦ろうとしているのは、新しい再生の物語の始まりなのかもしれません。なんといっても美しく素晴らしい自然にあふれた、神話と伝説の息づく町ですから。きっとこれから、この地で、巨石に魅了されたクライマーと地域とが、より深い絆で結ばれていくことでしょう。

というわけで、ボルダリングの町・日之影に、ようこそ。

ボルダリングというスポーツをぜひやってみたい、今まで以上にもっともっと楽しみたい、自然を感じたい、そこでめいっぱいチャレンジしたい、ボルダリングで盛り上がりたい。そんなみなさんのお越しをこの町は待っています。その指先、そのつま先に至るまで、日之影の自然のパワーをじぶんの体に刻んでいってください。2020年東京オリンピックには、スポーツクライミングが追加種目として選定されたというニュースも流れたことですし。

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日之影町をテーマにしたワークショップ「ヒノカフェ」を開催!
昨年より、日之影町の魅力を町民が再認識して、町の外へ伝えるため、地元で行われてきたワークショプ「ヒノカフェ」が、8月28日(日)に東京で開催されます!
深い自然に豊富な農産物。この町に育まれた環境を知り、現状を考えることから始まる「ヒノカフェ東京2016」は、同時に高齢化や過疎化など、さまざまな地域が抱えるテーマと向き合うきっかけになるかもしれません。日之影町の銘菓も楽しみながら、リラックスした雰囲気のなかで話しあいましょう。町の伝統工芸品の紹介や、移住相談も行いますのでぜひご参加ください!
http://www.hinagata-mag.com/12897

 

ボルダリングが、人と町との心をつなぐ|ひのかげの、眩しいほどにいい話その①
武井あゆみさん たけい・あゆみ/1978年、山口県生まれ。10年ほど前から熊本県でクライミングをスタート。日之影町で開催されていたボルタリングイベントに参加したことをきっかけに、この土地に出会い、その雄大な自然に惹かれる。その後、東京を拠点にしクライミングジムのスポーツクライミングインストラクターとして働きながらも、度々日之影町に訪れていた。2016年の春、日之影町に移住。4月より日之影町の地域おこし協力隊としてスポーツクライミングなどのアクティビティや町内のボルタリングエリア・見立渓谷を含めた、日之影町の魅力を発信すべく活動中。
(更新日:2016.08.24)
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