特集 土地に根差して生まれる
新たな関係
土地に根ざして生まれる 人と人の、新たな関係。 【石川県小松市・滝ケ原町】
石川県小松市滝ケ原町。日本の里山の原風景のようなこの場所で、突如始まった農のある暮らしを体現するプロジェクト「TAKIGAHARA FARM」。続いてできたカフェ「TAKIGAHARA CAFE」や民泊施設「TAKIGAHARA HOUSE」を目指して、いま、国内外から多くの若い人たちが訪れている。
彼らがこの場所に心惹かれる理由。それは、前回紹介したプロジェクトリーダーの小川諒さんを始めとするスタッフたちの存在だ。
滝ケ原という町に、偶然なのか、必然なのか、それぞれ導かれてきたスタッフたちはみな、都市部で働いていた経験を持つ。彼らがこの町の魅力を掘り起こし、都市部とのつながりを生み出すことで、さらに人が集まってくる。そんないい循環が生まれつつあるこの場所で働くということや人との出会いについて話を聞いた。
写真:間部百合 文:薮下佳代
その土地の、その季節にあるもので
今しかできないメニューを作る
「TAKIGAHARA FARM」がある滝ケ原町は、金沢市内から車で1時間。そのほどよい距離感もアクセスしやすい理由のひとつかもしれない。「TAKIGAHARA CAFE」のスタッフとして働く棚田麻友美さんと田中由香里さんは、どちらも金沢市内在住でここまで車で通っている。
スタッフがみな都市部で働いていた経験を持つからか、カフェに遊びに来る人も、都市から地元に帰ってきても都会的な感覚を持ちながら、小松でどうしていこうかと考えている人たちが多いという。
現在、産休中の由岐中みうるさんに代わって店長として働くのは棚田麻友美さんだ。麻友美さんは、2年前、東京から金沢に移住。実は麻友美さんのパートナーも「TAKIGAHARA CAFE」の姉妹店となる、安宅ビューテラスの「安宅カフェ」で働いている。東京では二人とも表参道のカフェでバリスタの仕事をしており、「いつか自分たちのお店を出したい」という夢を持ちながら、彼の実家のある金沢に引っ越してきた。
「金沢の人は家族を大切にするからか、東京に出てもいずれ戻ってくる人が多い気がします。私も金沢へ移住することに抵抗はありませんでした。もともと東京は最終地点ではなかったから、海外に住んでみたかったし、金沢もよさそうだなと思ったんです」
二人は金沢でもコーヒーに関する仕事をしたいと考えていたが、昔ながらの喫茶店が多い環境の中でやることは、自分たちのイメージとは違っていた。そのため、どこかのお店で働くという選択肢はなかったという。そこで金沢市内をいろいろ見て回っていた時に、「TAKIAGAHARA FARM」のスタッフのみうるさんと出会った。
「私たちは表参道で働いていたので、青山のファーマーズマーケットのことはよく知っていたんです。〈TAKIGAHARA CAFE〉ができる前でしたが、〈TAKIGAHARA FARM〉の話を聞いておもしろそうだなと思って、畑のお手伝いに行ったのが最初でした。カフェのオープン日に遊びに来た時も、東京の人や滝ケ原の人たちとたくさん出会うことができて。
金沢にいると金沢の人とだけしか関係性が築けなかったけど、ここなら“東京”ともつながることができた。だったら、金沢のものを東京に持って行けたり、東京のものを金沢に持って来られるんじゃないかと、すごく興味を持ち始めたんです。そんな時、パートナーに安宅にオープンするカフェで働いてくれないかという話をもらって、トントン拍子で話が進みました」
パートナーは安宅カフェで、麻友美さんは「TAKIGAHARA CAFE」で働く。二人で海と山、それぞれの場所にあるカフェで働きながら、夢に向かって経験を重ねていく中で、二人がやりたいお店のイメージも徐々に変わってきた。
「今までは、やりたいことがあって、そのために素材を仕入れて、作りたいものを作るという考えでしたが、ここのカフェは、その季節に収穫した、その土地のものでメニューを作るということを徹底しているんです。
調味料も既製品を使わないし、あるもので作る。そのやり方がすごくおもしろくて。私たちも金沢や小松にある地のものでやっていきたいという気持ちに変わりました。
滝ケ原町の人が育てた野菜をもらってメニューを作っているので、大根をいただいたらスープにしたりサラダにしたり。足りないものは農協で買ったりもしますけど、直接知り合った農家さんに声をかけたり。この食材で何ができるかな?ってメニューを考えるんです。
今後、彼と二人でやるカフェもなるべくそうしたい。今は互いのお店のやり方を経験しながら、自分たちなら何ができるのかを模索中ですね」
滝ケ原に住む地元のおじさんたちは、週末ともなればカフェにお酒を飲みに遊びに来てくれるが、メニューに酒のつまみはなかった。
以前、イベントでおでんや筑前煮といったメニューを出したら、「ここには食べたことのないものを食いに来とるんや」と言われたいう。そこで安宅のカフェの地元の漁師さんから仕入れた貝でアヒージョを作って出してみると「食べたことない味!」とすごく喜んでくれた。
地元の人たちにとって、このカフェは新しい溜まり場かつ出会いの場でありながら、いままで食べたことのない料理が食べられる貴重な場所。自分たちが育てた食材が見たこともない新しいメニューとなって、提供されていることを喜んでくれている。
滝ケ原の人たちは東京などの都市部で暮らした経験を持つ方が多いからか、新しいものや見たことのないものにも寛容で、関心を持ってくれるそうだ。そうした環境でスタッフたちも「何を作ろうか?」と日々メニュー作りを楽しみながら奮闘しているという。それは既存のメニューを作ることよりも経験と知識が必要で、クリエイティブなことを求められるに違いない。けれど、期待に応えられるように料理をすることは、大変ながらも「とても楽しい」と麻友美さんは言う。
「小松でお店を始めるのもいいなと思っています。何と言っても食材が豊富でおいしいですし。この場所で働くようになって、お店の場所は街中である必要はないのかなとも思うようになりました。小松をみんなで盛り上げていこうという働きもあるし、みんなで一緒にやっていこうって声をかけてくれる仲間も多いですし。ある程度完成されている金沢とは違って、小松はまだまだおもしろいことができる余地があると思うんです」
この場所に暮らすことで
自然と郷土愛が生まれてきた
もう一人、カフェスタッフの田中由香里さんは、もともと都内でスタイリストとして活躍。結婚後、2年前に実家のある白山市に戻ってきた。友人の紹介で「TAKIGAHARA CAFE」の存在を教えてもらって通うようになった。スタッフのみうるさんの産休に伴い、カフェのスタッフとして働くように。今は週に4日カフェで働き、週に3日スタイリストの仕事をしている。
「実は、こっちに戻ってくる気はありませんでした。でも待機児童の問題などがあり、子育て環境をもっと良くしたくて、地元で子育てをしたいと思うようになったんです。今までは金沢の友だちとの交流だけでしたし、街に子どもを連れて遊びに行くような環境がなかったけれど、この〈TAKIGAHARA CAFE〉に連れてきてみたら、自分以外の誰かが自然と子どもの面倒を見てくれたり、とても居心地がいい場所だなって。ここがあって本当に助けられています。
金沢の友だちにも遊びにおいでよ、と誘っていますね。ここに集まるのは東京から来た人たちも多くて、感覚や気が合うし、何かに合わせるのではなく、自分がおもしろいと思えることを共有できるのも魅力だなと思います。私は、もともと人と出会うことが好きだったから、ここにいればいろいろな人と会えるのもうれしいですね」
スタッフ最年長の内木洋一さん。地域おこし協力隊として滝ケ原に来た。19歳の頃からカメラマンとして活動し、働きすぎ遊びすぎで体を壊してしまう。24歳で上京してからは企業に勤め、転職を繰り返しながらサラリーマンとして“右肩上がりの時代”を経験した。結婚後は、病気や事故、離婚といったさまざまな経験を経て、ずっと走り続けてきた内木さん。
一度ゆっくり休憩してこれから何をやるか考えてみようと考えている時、料理家・野村友里さんが作った映画『eatrip』を観て、「生きることは食べること」という当たり前のことに改めて気づかされたという。
それから料理に傾倒し、漢方にも興味を持つようになり、漢方のショップをオープン。いずれ薬草園を作りたいと思っていた時、滝ケ原を訪れ、ここに住もうと決めた。
「〈TAKIGAHARA FARM〉ができた後、2016年7月に滝ヶ原にやってきました。土地がたくさんあって、ここで薬草を育てられたら最高だなと思いましたね。今まで自分の中だけで考えていたことが、ここに来て鮮明になったというか。
ここに暮らしているだけで五感が磨かれるんです。普段見る景色は自然だけ。情報が少ないからこそ、シンプルに物事を考えられるし、見通すことができる。生活にお金もかからないし、けれどやるべきことはいろいろあるので、複数の生業が自然とここでは生まれるんです」
「ここは、何もないけど何でもある、そんな場所なんです。ここに人が来て住むことで、外からここに価値を持ち込んで化学変化が起きて、新たな文化が生まれていく。ここで、いただき物で暮らしていると、自然と郷土愛が生まれてきました。だんだんとこの土地に生きている人たちが愛しくなってきた。滝ケ原は僕にとって自己実現の場でもありますが、いずれは地域に還元していきたいと強く思うようになりましたね」
ここで暮らしながら、新しい仕事を作る。そのためのスイッチがここには用意されている。さまざまな経験をしてきた内木さんが、自分らしくいられる場所が、ここ滝ケ原だったのだろう。
この土地だからこその
出会いを生み出す
時折、カフェで開催されるイベントには東京からいろいろな人が訪れる。小さな町に集まるユニークな面々に会いに、遠くからも人が遊びに来る。お客さんに金沢の人が多いのも、金沢という都市の規模感や観光地という立地だからこそ、滝ケ原という小さな町ならではの密な関係性が新鮮に映るのかもしれない。
カフェに遊びに来ていた漆作家の中岡庸子さんは、東京都内のアパレルで働いていたが、縁あって小松市山代へ移住。2018年の11月から滝ケ原にほど近い限界集落で、80歳のおばあちゃんと2人だけで暮らしているという。海外に住んでいたこともある彼女は、ここに来て、“ローカルはグローバル”なのだということを確信したそうだ。
「ここに来るようになって、いろいろな人の様々な暮らしを見ることができて、いずれ海外に行きたいという自分の気持ちが、ただの夢じゃないと思えたんです。伝統工芸の世界へ入って石川県に移住してからというもの、東京的な感覚をなくさなきゃいけないと思っていたんですよね。でも、この場所で国内外のアーティストたちと出会うようになって、自分で勝手に思っていた“ローカルはグローバル”という思いは間違ってなかったんだということに気づけた。この場所があることは、私の心の支えになっています」(中岡さん)
スタッフも時々体のメンテナンスをお願いしているというロミロミセラピストの森俊祐さんは「TAKIGAHARA FARM」ができた頃、1泊2日のファーム体験をきっかけに遊びに来て以来、ここを訪れている。
金沢出身で横浜、富山でプロサッカー選手として活躍した後、9年前に引退し、地元・金沢へ戻って来た。ロミロミのセラピストへと転身し、金沢を拠点にしながた各地のイベントなどに出張して施術をしている。
「ここができてから仲間がとても増えました。感性が豊かでおもしろい人たちが多いから刺激になりますね。静かな里山にここが初めてできた時は、まったくこうなるなんてイメージができなかった。スタッフのみんなの東京での経験が活かされてできたことじゃないかと思いますね。東京の人がやっているというだけで僕らは行ってみたいと興味が湧くし、そんな場所ができてうれしい」(森さん)
ここがそうした社交場のような、サロンのような場所になったのは、プロジェクトリーダーの小川諒さんの存在が大きい。内木さんによれば、小川さんは「コミュニケーションの達人」だと言う。
「誰にとっても気持ちよくあれる人。素敵な香りや喜ぶ会話、居心地のいい音楽、そういう空間を作ることができる人なので、ここを訪れた誰もが気分良く滞在できる。彼は人が集まる場所を作れる人なんです」(内木さん)
現在、ファーム、カフェ、宿、ホステルと続々と新しいプロジェクトが進んでいる滝ケ原だが、小川さんはここに“楽しい未来”を作りたいと考えている。
「この規模の里山は日本中どこにでもあると思うけれど、地元の人との距離、ここを訪れる人たちや、自分がやりたいことのかたちは場所によって違うはず。
僕はここで農家になりたいわけではなくて、これからも国内外問わず新しい人たちをここ滝ケ原に引っ張ってきたいし、同じ思いを持つ仲間を見つけたいんです。そうしたコミュニティを広げることも大事だし、便利さとか効率の陰で消えかかっている大切なものをちゃんと受け継いでいくことも大事だと思っています。
それが滝ケ原にはまだ残っている。手間暇かけて作られたもの素晴らしさとか、本質的なことを見ようとしている人たちが確かに増えていて。暮らしそのものを根本から見直して、本当に必要なものってなんだろうということを考えながら、僕自身の生活自体もブラッシュアップしてきたい。もっと畑もやりたいし、近しい人が作ったものを消費したい。それな可能性に溢れたエリアが、ここ滝ケ原なんです」
人生100年時代。まだまだこれから先は長い。どうやって生きていくのか。小川さんたちが日々の暮らしの中で考えながら未来を作っていこうとしている、その実践の場が滝ケ原にあるのだ。
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TAKIGAHARA CAFE
TAKIGAHARA CAFE
住所:石川県小松市滝ケ原町タ2
電話:0761-58-0179
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