REPORT

「小さな美容室ができること」
第一話・『群青』(長野県松本市)
サロンから生まれる、街の社交場

長野県
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髪を触られるーー。その緊張感が苦手な人もいるし、逆にその密接な空間の中で、ついつい身の上話に花を咲かせてしまう人もいるかもしれない。

日本全国、コンビニの5倍以上の数があるという美容室。さまざまな地域に網目のように点在する美容室には、どこよりも早く街のウワサや情報が集まってくる。

そんな地域に根ざした美容室が街に対して“開いて”いったら、どんな風景が描き出されるのか。その可能性を探るため、 美容文藝誌『髪とアタシ』編集長のミネシンゴさんが日本全国の“小さな美容室”をめぐる旅に出る。

第一話・美容室『群青』長野県松本市

蔵、民芸品、ジャズに、珈琲……
サロンから生まれる、街の社交場

神奈川県は逗子で夫婦出版社を営んでいる「アタシ社」のミネシンゴです。美容師を4年、美容雑誌の編集者を2年、美容室の広告営業の仕事を3年半経験して独立。10年以上美容業界に携わってきて見えてきたことがあります。売上、教育、トレンド、ファッション……。世の美容室の大半はそういったことに注力していると思います。
が、日本には23万軒以上の美容室があり、その多くがひとりやふたりで運営している「小さな美容室」なのです。
「サロンワーク(美容室で行う美容業)以外で美容師にとってできることってなんだろう?」
僕が美容師を辞めたのは、そんなことを常に考えていたからかもしれない。
ここで紹介するのは、そんな美容師としての仕事を「拡張」している人たちが経営している美容室。街に“開いた”小さな美容室を求めて、旅に出ました。

 

——神奈川県の逗子から車で3時間半。茅ヶ崎まで圏央道が伸びたことによって、北関東へのアクセスが断然よくなった。先方との約束の1時間前に到着し、散歩がてら街を歩く。近くの喫茶店で朝食をとった(おいしかった!)。

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長野県松本市は400年に及ぶ城下町。今回話を伺う美容室「群青(ぐんじょう)」は、中町通り商店街の中にある。メインストリートの善光寺街道沿いにあり、美しい蔵が立ち並ぶ通りだ。その昔、江戸や明治の時代に大火に見舞われ、多くの施設や町家が失われた。繰り返される火災を防ぐため、漆喰を盛った黒と白の幾何学模様の「なまこ壁の土蔵」が造られ、中町付近には今も多くの土蔵が残っている。僕はタイムスリップしたような景観に密かにわくわくした。

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重厚な蔵に「群青」の看板を見つけた。ガラス窓の内側からかすかにジャズが聴こえてくる。蔵、美容室、ジャズ……この組み合わせにグッときた。小さく深呼吸して、いざ扉を開く。

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出迎えてくれたのはオーナーの宮澤勇さん。挨拶をしようと思ったら、「ちょっと待ってて」と小走りで店の奥に入ってしまった。待つこと2分。奥から珈琲の香りが漂ってきた。蔵、美容室、ジャズに、“珈琲”が仲間に加わった。

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「お客さんに珈琲を出すときも、松本の作家さんの作品で出しています。民芸品や骨董が好きで、お店の中も自分の好きなもので溢れていて。お店をオープンしたのは1986年のときです。地元はここ松本ですが、美容師を始めたのは東京の大型店でした。就職して何年か経ったとき、大好きな祖母が亡くなって。祖母を抱きかかえる父の姿をまのあたりにして、“松本に帰ろう”と思いました」

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松本に戻り、足掛け4年。宮澤さんは、ずっと目をつけていた中町通りの蔵を、やっと借りることができたという。壁も床も当時のまま。奥ゆきのある空間は入り口から椅子も鏡も見えないため、一見美容室だと気づかない。まるでギャラリーのような静寂が広がる。お店を始めるときから、こういった空間をイメージしていたのだろうか。

「美容室をつくるとき、展示やライブができる空間にしたいと考えていました。長野市に、集まった人たちとお茶しながらマイナーなフランス映画を観るっていう喫茶店があって。そこがなんとも心地よくてね。ぼくも当時それを真似て、ブラウン管テレビに映像を映して、お客さんや仲間たちと鑑賞会をしていました」

最近は、美容室内でのイベントや、ギャラリーとして空間を貸すことは増えてきている。“コミュニティづくりが大切”と言われ始めてからの流れだと思うが、宮澤さんは30年も前からそういうことに取り組んできたのだ。

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12年前には、「群青」の2階に「salon as salon」というカフェをオープンした。美容室空間をイベントや展示、ライブ会場にし、さらにカフェまでつくるのは珍しい。また、おもしろいのは、宮澤さん自身で企画してくのではなく、お客さんの方からアイディアが生まれていること。まさに、街のサロン(社交場)として機能している。

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「2階がカフェになったことで、美容室に来るお客さんとは違う雰囲気の人も来るようになりました。お茶だけ飲みに来るお客さんが美容室の中を通過していきますが、不思議と違和感がないんです。イベントや展示も合同で開催することも多いので、蔵全体で一体感が出た気がします」

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民芸、工芸が根付いている松本という街において、「群青」は特異な空間になっていた。有名無名関係なく、「群青」の空間に合った作品たちが、年中展示されている。このときも地元の画家の作品が飾られていた。

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あくまでも美容室の延長線上にさまざまなコンテンツが生まれている。美容室や美容師が、人や街に対して「開く」ことで、関わる人間が圧倒的に増えていく。髪を切るだけの場所ではなく“情報発信基地”になることで、美容室もさらに魅力的になるのだろう。

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「アーティストの『□□□(クチロロ)』のライブをやったとき、表のシャッターを全部閉めきって盛大にやってました。ライブの最前列で、小さな女の子が音に合わせてすごく楽しそうに踊っていて。今は中学生になってモダンバレーを習っていますが、今でもそのライブのことを覚えているんですって。30年もやっていると、その人の人生が見えるんですよね。当時、『お兄ちゃん』て呼んでくれていた人たちが40代になっても、ぼくのことお兄ちゃんて言うんですよ(笑)。いろいろなことを美容室の中でやってきたからこそ、お客さんと長い付き合いができて、新しい出会いもあったのだと思います」

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30年前から変わらない壁は、イベントの出演者たちが残したサインでびっしり埋まっている。床も張り替えたことはない。椅子の横、後ろに幾度となく立ってきた宮澤さんの足跡が、しっかりと床に刻まれていた。

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オープン当初から「群青」は松本の街に対して開いてきた存在だ。ひとり1人のお客さんと向き合い、その時代に合ったおもしろいことと、民芸と工芸が根付く松本という土地を活かして美容室の空間を変化させてきた。紹介したい作家、共演したいミュージシャンと、街を通して繋がっていくこと。美容室の規模の大小に関わらず、その土地にしかない魅力は必ず転がっているはずだ。社交場として美容室が街に開いていくことで、新しい美容室像が見えてくると信じている。僕は「群青」のような美容室が、日本の至るところに建つ日を夢見て松本をあとにした。

文・写真:ミネシンゴ

ミネシンゴ/夫婦出版社「アタシ社」代表、
編集者。1984年生まれ逗子在住。東京、神奈川で美容師を4年、美容専門出版社にて月刊誌の編集者を2年経験する。その後、リクルートに入社し美容メディアの企画営業をしながら「美容文藝誌 髪とアタシ」を創刊。大小さまざまな美容室、美容師の生き方、働き方を知るうちに、美容室がもっと街にできることはなにか、と考えるようになる。美容師時代はシャンプーが得意でした。
「小さな美容室ができること」 第一話・『群青』(長野県松本市) サロンから生まれる、街の社交場

美容室「群青」
カフェ「salon as salon」(2F)

長野県松本市中央3-5-10
0263-35-1006

 

(更新日:2017.03.16)
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