特集 土地に根差して生まれる
新たな関係

「小さな美容室ができること」 第二話・石巻をウエディングの街にする! 写真・文:ミネシンゴ

髪を触られるーー。その緊張感が苦手な人もいるし、逆にその密接な空間の中で、ついつい身の上話に花を咲かせてしまう人もいるかもしれない。

日本全国、コンビニの5倍以上の数があるという美容室。さまざまな地域に網目のように点在する美容室には、どこよりも早く街のウワサや情報が集まってくる。

そんな地域に根ざした美容室が街に対して“開いて”いったら、どんな風景が描き出されるのか? その可能性を探るため、 美容文藝誌『髪とアタシ』編集長のミネシンゴさんが日本全国の“小さな美容室”をめぐる旅に出ます!

文・写真:ミネシンゴ

ミネシンゴ/夫婦出版社「アタシ社」代表、
編集者。1984年生まれ逗子在住。東京、神奈川で美容師を4年、美容専門出版社にて月刊誌の編集者を2年経験する。その後、リクルートに入社し美容メディアの企画営業をしながら「美容文藝誌 髪とアタシ」を創刊。大小さまざまな美容室、美容師の生き方、働き方を知るうちに、美容室がもっと街にできることはなにか、と考えるようになる。美容師時代はシャンプーが得意でした。

第二話・『石巻ウェディング』(宮城県石巻市)
美容師から拡がる、人の輪

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彼らとの約束の時間まで、街なかを散策することにした。裏通りに入ると、鄙びた「日活パール」(由緒正しい成人映画館だ!)の看板が僕の興味を引く。たくさんの古くて小さなスナックやフィリピンパブは、今でもやっているのだろうか。きっと、海から疲れて帰ってきた漁師たちで賑わっていた時代もあったのだろう。閉まりきった商店のシャッターや空き地に面した家の壁にはグラフィティが描かれ、少しうらぶれた気分になった。ここには、街や人の綻びがまだ残っている。優等生のふりをしない石巻が、僕は好きだ。

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美容師が見た復興と、
粋な大人と、カルチャー

石巻駅から歩いて10分ほどにある美容室、『PERS’LOV』。コンクリート打ちっぱなしの壁や、モノトーンでまとめられたインテリアがスマートでかっこいい。

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オーナーの三浦有貴さんは、生まれも育ちも石巻。震災に見舞われたこの街をずっと見つめ続けてきた。

「震災から6年が経って、復興関係で街に来る人たちが少なくなった今、石巻自体が、街づくりに対してちゃんと向き合って考え直している気がします。必然なんでしょうけど。
このあたりは昔、サーファーやスケーターだったり自分より年上のおもしろい大人たちが遊んでいて、仲間同士のコミュニケーションも活発だった。言葉が飛び交って、互いにやりたいことを愚直にやってきたからこそ、この街のカルチャーや空気感が作られきたのだと思います。ぼく自身も彼らの姿を見て憧れもあったし、素直にかっこいいな、と思っていました」

『PERS’LOV』のオーナー、三浦有貴さん

『PERS’LOV』のオーナー、三浦有貴さん

三浦さんは、震災のボランティア活動で行っていた訪問介護美容を、独立した今でもずっと続けている。

「自分が、街に対してどうこう考えてるっていうのはまだ言えないかな」と、控えめに語る彼が街の人たちと新しいことを始めたらしい。それが「石巻ウェディング」。

街のカルチャーをつくってきた粋な大人をリスペクトしてきた彼が、震災をきっかけに出会った仲間たちと共に、石巻で挙げるオリジナルの結婚式をプロデュースしているという。今回は、そんな石巻ウェディングについてのお話。

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住民と余所者の間で

日和山の閑静な住宅街の一角に位置する美容室『Nuugy』は、真っ白な壁に、陽射しを取り込む大きな窓が特徴的なサロンだ。

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港町が一望できるこの地を選び、サロンを構えた柏葉祥さん。彼もまた、「石巻ウェディング」に欠かせないクルーの一員である。初めて就職した美容室で共に3年働いた三浦さんとは、それぞれが独立した今でも互いに刺激しあう大切な仲間だ。

右:『Nuugy』オーナーの柏葉祥さん、左:石巻ウェディングメンバーのシマワキユウさん

右:『Nuugy』オーナーの柏葉祥さん、左:石巻ウェディングメンバーのシマワキユウさん。

大学入学と同時に地元の岩手県を出て、震災後も石巻で生きていくことを決めた彼の目に、街はどのように映っているのだろうか。

「(震災直後は)外の人たちと地元の人たちがぶつかったりもしていましたが、今はお互いうまく付き合っているのかな。線引きじゃないけど、ここからは入っちゃだめだなとか。2、3年は復興に勢いがありましたが、今は平行線をたどっているように感じます」

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震災直後に比べて、東北に対する意識が低くなったことは、僕自身も認めざるを得ない。良くも悪くも、「落ち着いてしまった」のかもしれない。このタイミングで、もう一度街に注目を集めるため、街の魅力を発信するために、柏葉さんも「石巻ウェディング」のチームに飛び込んだ。

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街のセンスとスキルを集結させた
〝石巻ウェディング″

2011年3月11日、横浜。石巻ウェディングの立役者、豊島栄美さんの人生もまた、この日から大きく変わっていく。

フリーランスの結婚式司会者として横浜を中心に活動していた彼女は、地元石巻で被災した家族を支えるために震災から約1年後、地元に戻った。平日は石巻のショッピングモールで働きながら、週末は関東でウェディングの仕事を引き受けるという二重生活を送っていた。

石巻と関東を往復する生活の中で心身ともに限界を感じ、フィアンセも仕事も手放した彼女。そこで初めて自分を見つめなおし、落ち着いて震災後の街と向き合った。

●●●豊島栄美さん。

右:豊島栄美さん。

「それまで私は、どこかちょっと偉そうで人づきあいがうまくない石巻の人に対して、あまり得意ではなかったんです。でもいざ、街中を歩いて、誘われた集まりに行ってみたら、感度が高い人や話しやすい人も多いし、街の風土もよくて。自分が思っていたよりおもしろい街だなって思えました」

地元に戻ってきてからは、友人の結婚式に出席する機会も増えた。ただ、開催される場所はいつも松島や仙台。友人たちは、石巻の昔ながらの田舎のパッケージ化された結婚式にわざわざ大金をはたきたくない、と言っていた。そう聞くたびに「もったいないな」、そう感じてしまうほど、彼女は街が好きになっていた。

『PERS’LOV』にて、石巻ウェディングの会議中。

『PERS’LOV』にて、石巻ウェディングの会議中。

この街をウェディングの街にする。
復興後にオープンしたおしゃれなカフェやギャラリー、整備され、緑が戻った広い公園など、結婚式に最適なロケーションは、街を歩けばすぐに見つかる。それに、石巻に戻ってきてからは、多くの信頼できるクリエイターの友人とめぐり会った。そして、主役のこの街の新郎新婦たちは、石巻に眠るポテンシャルにまだ気付いていない……。

一念発起した豊島さんは、震災後に式を挙げられなくなった夫婦のためのブライダルフォトの仕事をしていた三浦さんに声を掛けて、すぐに意気投合。そこから、Uターンしてきた花屋さん、移住してきたカメラマンや空間デザイナー、貸し服屋、美容師の柏葉さんも加わり、〝石巻ウェディング″始動の準備が整った。

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型にとらわれない、より自由なオーダーメイドウェディングを創りたい。そんな想いで、豊島さんは「石巻ウェディング」は会社として立ち上げない選択をした。「才能の寄せ集め」の流動的なチームだからこそ、アットホームな意思疎通ができ、意見の反映がされやすい。このチームは、クルーにとっても、風通しの良い切磋琢磨できる環境になっているようだ。

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結婚式の司会者として活動していた豊島さんがいるものの、結婚式のプロデュースは全員が初めて。毎週のように集まって、準備、設営から当日の運営、料理の運び方に至るまで一つひとつ話し合った。ファッションコーディネートやヘアメイクの担当は三浦さんと柏葉さん。美容師として培ってきたセンスの良さはもちろん、新郎新婦のみならずチームに対するホスピタリティの高さに、豊島さんも驚いたという。

式場は、屋内外問わずゼロから作り上げていく。

式場は、屋内外問わずゼロから作り上げていく。

新婦の生まれた街を一望できる山で、フォトウェディング。

新婦の生まれた街を一望できる山で、フォトウェディング。

アーティスト夫婦のアイデアを具現化して、「狐の嫁入り」をテーマにしたウエディング。

アーティスト夫婦のアイデアを具現化して、「狐の嫁入り」をテーマにしたウエディング。

〝石巻ウェディング″で式を挙げた記念すべき1組目の夫婦は、新婦が妊娠中のカップルだった。貸し服屋が彼女仕様におしゃれにリメイクしたユーズドのドレスを纏った新婦は、とても幸せそうだった。二人の願いだった、地元石巻で自分たちらしいあたたかい結婚式を挙げたいという思いは、石巻ウェディングのクルーたちの力で無事、叶えられた。

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地元石巻で一生に一度のハレの日をつくりたい、その想いが街と人を繋ぎ、新しいカルチャーをつくっていく。サロンワークと比べれば得られる対価はずっと少ないそうだが、このプロジェクトの中で、多様な業界のプロを巻き込みセッションしながらヘアメイクをすることが、彼らのスキル以上のものを引き出している。

 

美容師たちの「街への恩返し」

復興というフェーズを通して生まれた人々の出会いの中で、街の「らしさ」と「可能性」を模索してきた三浦さんと柏葉さん。美容師が街を拓き、街が美容師を磨く。人生の一大イベントに花を添える美容師としての喜びが、街の来訪者を増やし、経済効果を生み出す。〝石巻ウェディング″の成功は、「美容師が街に貢献すること」のひとつのロールモデルになり得ると思った。美容室から飛び出して生まれたコミュニケーションは、街と人を繋ぎ、輪が拡がっていく感覚がある。

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柏葉さんは言う。「石巻って人のつながりがちょっと薄いところがあるんですよ。近くにいるのに、知らない人がたくさんいる。だから、復興をきっかけに出会った人や、移住してくれた人たちのことを、自分を通してお客さまに発信して、人のつながりを生むことができればと思っています」

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震災後の新たな出会いによって生まれた〝石巻ウェディング″。石巻の人たちがゆっくりと長い年月をかけて醸成してきた港町の情景や人情は、このプロジェクトの中で、今でも大切に育まれている。彼らのような若者たちが、これからも石巻のカルチャーを紡いでいくのだと感じることができた。

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石巻ウェディング
スタイリスト、フラワーデザイナー、空間デザイナー、貸衣装屋、写真家など石巻で活躍するメンバーが集まって、まちの人たちと一緒につくりあげる結婚式。
https://www.facebook.com/ishinomakiwedding/


IMG_5361cd「小さな美容室ができること」
第一話・『群青』(長野県松本市)
サロンから生まれる、街の社交場https://www.hinagata-mag.com/report/16806

 

 

『PERS’LOV』
宮城県石巻市中央3丁目2-2
080-8217-9568

『Nuugy』
宮城県石巻市日和が丘1-13-15
0225-90-4014

「小さな美容室ができること」 第二話・石巻をウエディングの街にする! 写真・文:ミネシンゴ
(更新日:2017.09.21)
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まちに変化をもたらすのは、土地に根ざした一人の声や一軒の扉から始まるのかもしれない。小さな町で都市と地域の循環を生み出す人と場所を訪ねて。
「小さな美容室ができること」 第二話・石巻をウエディングの街にする! 写真・文:ミネシンゴ

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