特集 土地に根差して生まれる
新たな関係

世代ごとの知恵を持ち寄る。 「淡河ワッショイ」が目指す、 まちづくりのかたち

神戸市・三宮の繁華街から北区の淡河(おうご)町へと車を走らせる。六甲山脈を抜ける長いトンネルを抜けるともう里山だった。くねくねと曲がる山道に少し緊張しながらハンドルを握る。目の前に広がるのはキラキラと輝く田んぼ。立派な木造家屋が点在し、昔話を思わせるのどかな里山の風景が広がっていた。さっきまでたくさんの人でごった返していた三宮から30分しか経っていないのに、だ。

ここ淡河のまちをより良くしていこうと立ち上がった、まちづくり団体「淡河の明日を考える会(通称・淡河ワッショイ)」が発足したのは2011年のこと。地域が抱えるさまざまな問題を前に、「このままではあかん」と気がついた、20〜50代までいろんな年代の人たちが集まり、さまざまなアイデアを出し合い、みんなで少しずつ実現してきた。みな、本業の傍らで参加しているため、月に1度の会合でとことん話し合う。淡河ワッショイのメンバーで再生させたという「淡河宿本陣跡」で、メンバーたちに話を聞いた。

写真:加瀬健太郎 文:薮下佳代

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「生まれ育った淡河をなんとかせなあかん」
という思いから始まった、淡河ワッショイ

鎌倉時代には城下町だったという淡河。その後、豊臣秀吉の時代には宿場町となり、江戸時代には参勤交代の際に大名たちが泊まる大旅館「本陣」が作られた。この立派な本陣跡には、50年前まで人が住んでいたというが、その後はずっと空き家に。2015年、この本陣跡を活用したいと動き出した人たちがいる。それが「淡河ワッショイ」のメンバーだ。

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立ち上げのメンバーの一人であり、副代表も務めた吉村研一さんは、淡河町で明治15年創業という老舗和菓子店「満月堂」の五代目。淡河ワッショイが立ち上がった経緯から、まずは聞いていこう。

淡河ワッショイを立ち上げたメンバーの1人でもある吉村研一さんは50代。若いメンバーの良き理解者であり、ワッショイを引っ張るリーダー的存在でもある。

淡河ワッショイを立ち上げたメンバーの1人でもある吉村研一さんは50代。若いメンバーの良き理解者であり、ワッショイを引っ張るリーダー的存在でもある。

「いまから5年前くらいですかね。ご覧のとおり地域がどんどん衰退していく中で、常々どうしたもんかと考えていた。田舎ですからいろんな会合とか寄り合いがありますよね? そこで代表の相良さんと会った時、どちらからともなく、何かできたらいいねという話をしたんです。そこで相良さんの奥さんが同窓会で『主人が何か始めたいと言ってるんだけど』と話してみたら賛同者が2〜3名ほどいたそうで。40代からもメンバーが加わることになって、それで『淡河の明日を考える会』を立ち上げようかということになったんです」(吉村さん)

それぞれが違う問題意識を持っていた。子育てに関すること、交通の便のこと、空き家のこと、高齢化のこと……。そのどれもが淡河というまちが抱える問題であり、中には見逃すわけにはいかない切迫した問題もあった。けれど同じまちに住む者同士、抱えている問題はあっても、それらを共有する場がなかった。そこでまずは人を集めて、問題や課題を出し合う場を作ることから始めることに。2011年12月、初めての会議を開催し、その後「淡河町まちづくりワークショップ」を開いた。

「最初10名前後で集まった時に、テーマがあったほうがいいという話になって。ワークショップを2回ほど開いて、そこで出た意見をもとに“子育て世代の奥様にも住みやすい環境づくりを目指す”という大きなテーマを決めました」(吉村さん)

ワークショップに参加した人は、チラシを見て来た人たち。今は主要メンバーとして活躍する鶴巻耕介さんも、当時、まだ移り住んでいないまま、淡河町で生まれ育った奥さんに誘われ、この会に参加した。50名ほど集まったというこのワークショップを機に、次々とメンバーを集めていく。現在、本陣跡保存会の代表を務め、淡河に事務所を構える一級建築士の村上隆行さんは、代表の相良さんに声をかけられた。

40代の村上隆行さんは淡河ワッショイの世代をつないだり、間に入ってはなだめたりする調整役。若手も相談もしやすい兄貴分。

40代の村上隆行さんは淡河ワッショイの世代をつないだり、間に入ってはなだめたりする調整役。若手も相談もしやすい兄貴分。

「僕も40代でまさに子育て世代。なんとかせなあかんという意識はあったんですけど、実際どう動いていいのか分からなかった。村を動かしてるのは自治会のもっと上の世代で、僕らは何も言えないでしょう。どうしようもないなと思っているところに声をかけられたから、よっしゃ!行ってみようかと」(村上さん)

まず初めは、幼稚園と小学校のグランドを芝生に変えることから始めた。淡河ワッショイは有志で集まった任意団体でしかなかったが、行政を巻き込み、助成金を受けてなんとか実現させた珍しい事例だ。

「末っ子が幼稚園に通っていたこともあって、保育所と小学校の環境を良くしたくて。そのためにはグラウンドを全面芝生にしたらいいんじゃないかと言ったら、みんな『いいね』と言ってくれた。それからは、あっという間に動き出したんですよね。僕が設計などの事務仕事をやって、代表の相良さんが行政と交渉してくれた。それから数ヶ月後には芝生になっていたんです。思っていたことが現実になったことにも驚きでした。アイデアを持っていても一人じゃできないことが、みんなの力を持ち寄れば実現できる。ワッショイのすごさを感じましたね」(村上さん)

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メンバー間の風通しをよくする、
世代や性別を問わない関係性

「僕が参加し始めた頃の会合は、お酒を飲みながらいろんなことを話して、夜12時くらいまでやってたんですよ。でも最近はメンバーも増えたので、時間を短縮してひとまず21時30分には区切りをつけるようにしました。まずFacebookのグループページで事前に議題を上げて、資料を作って、ちゃんと決議していくように、変えて行ったんです。こういう風にかっちりした方がいいのかどうかはまだ分からないですけどね。試行錯誤中です」(鶴巻さん)

この町へ移住してきた鶴巻耕介さんは30代の若手。50代のベテランの先輩方ともフランクに話し合えるのが淡河ワッショイの魅力。

この町へ移住してきた鶴巻耕介さんは30代の若手。50代のベテランの先輩方ともフランクに話し合えるのが淡河ワッショイの魅力。

若いメンバーが入ることで、自然と仕切り直すことができたというわけだ。ある時期から女性も加わってくれる方が出てきて、男性だけじゃない視点が入ることで広がりが生まれたという。その中の一人の片山美奈子さんは、淡河生まれ淡河育ちのいちご農家。明るいキャラクターで場を和ませる。ワッショイに入って驚いたのはその実行力だった。

いちご農家の片山美奈子さんは、高齢者の足となるボランティアタクシーの運転手としても活躍。おじいちゃん、おばあちゃんに可愛がられる人気者。

いちご農家の片山美奈子さんは、高齢者の足となるボランティアタクシーの運転手としても活躍。おじいちゃん、おばあちゃんに可愛がられる人気者。

「こんなんいいよねって言ってたら、一週間後にはプロジェクトが始まってるんです。すごいバイタリティですよ」(片山さん)

もう一人、前川暁子さんは、「chawan」というユニットで料理を作っており、本陣跡に設けられたカフェで土日だけ店に立つ。メンバーにはお米や野菜を作れる人はいたけれど、料理をできる人がいなかったため、待望の人材だった。

「chawan」のランチには、淡河で採れた食材がふんだんに使われている。淡河ワッショイメンバーの鶴巻さんが育てたさつまいもや北野さんのお米なども。手前の一品は、「蒸しれんこんまんじゅうと野菜のあんかけ」。

「chawan」のランチには、淡河で採れた食材がふんだんに使われている。淡河ワッショイメンバーの鶴巻さんが育てたさつまいもや北野さんのお米なども。手前の一品は、「蒸しれんこんまんじゅうと野菜のあんかけ」。

「食の仕事をしていたら、自分で食べものを作りたくなって畑のある淡河へ行き着きました。神戸市民だったけど、淡河の場所さえ知らなかった。でも来てみたらむっちゃいいところで。景色もいいし、自然ってすごいなって毎回感じるんです。ずっと淡河で料理がやりたいと思っていたので、声をかけていただいてすごくうれしかった。それ以来、ワッショイにも入れていただいて。本当にご縁ですね」(前川さん)

料理ユニット「chawan」の前川暁子さんと大門知里さん。前川さんは平日は満月堂で働きながら、イベント時などに本陣跡のカフェ「chawan」で料理をふるまっている。

料理ユニット「chawan」の前川暁子さんと大門知里さん。前川さんは平日は満月堂で働きながら、イベント時などに本陣跡のカフェ「chawan」で料理をふるまっている。

こうして世代ごとに、人材豊富な淡河ワッショイのメンバーは、20代から50代まで各世代にメンバーが揃い、12~15名程度で緩やかに構成されている。40代の村上さんは若手と上の世代をつなぐクッション役だ。

「僕も昔は若手やったんですけどね。いつのまにか間に立ってた(笑)。僕自身は、それぞれの世代に対して、言ってることもやってることもすごいなという尊敬の思いがあるんです。間にいるから分かることもありますしね。地域が抱える問題はいろいろあるし、役割もいろいろで、得意なことも違います。いろんな立場の人がいるほうがいいですよね」(村上さん)

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「君たちが考えなさい、それを僕たちが支えるからというスタンスでいてくれるから心強いですね。若手だけだと、アイデアはあっても地域の調整とか許可をもらうのが難しいというのもあるけれど、“今までのしきたりや在り方を変える”というようなことは、やっぱり上の人たちが動いてくれるからこそできることであって。子育て世代の僕らがイベントでは前に出て喋ったり動いたりして、いろんな世代がいるからこそできることだと思います」(鶴巻さん)

移住者が入りやすい、
コミュニティのかたち

淡河に移住してきた鶴巻さんは、この地域にとけ込み、仕事を見つけることができたことを、“淡河ワッショイがあったからこそ”だと考えている。

「移住してから、その地域の人たちとどうやって関係性を作るかというのは、実はすごく難しいと思うんです。たとえば同じ世代だけで固まっていても、そこにも入りにくいですし。でも、淡河ワッショイみたいに、何かのミッションで集まっているいろんな年代の人たちがいれば、それに賛同して一緒に活動できる。しかも、そこで何かしらの役割があって、相談したり話せる場所があるということが本当にありがたかった」(鶴巻さん)

淡河ワッショイのメンバーたち。月に一度開催される会合でざっくばらんに話し合う。議題をまとめたり、議事録を作るのは鶴巻さんはじめ若手の役割。

淡河ワッショイのメンバーたち。月に一度開催される会合でざっくばらんに話し合う。議題をまとめたり、議事録を作るのは鶴巻さんはじめ若手の役割。

前川さんも日々「自分を受け入れてくれている」と感じるという。淡河には移住者だけが集まるコミュニティはなく、移住者も淡河の人たちも入り交じっている。そのフラットさ、風通しの良さを誰が作ってるのかといえば、やはり50代の上の世代がその雰囲気を作ってるようだ。生まれも育ちも淡河の吉村さんは、現在50代。守りに入ることもできる年齢だが、自身を“異端”と言うだけあって、考え方が柔軟で、若い人たちをおもしろがる良き理解者だ。

「当たり前のなかに答えってあると思うんですよね。鶴巻くんの言うことって我々からしてみれば、すごく新鮮なんです。自分たちがどうでもいいと思っていたことに対して、すごい価値を持ってくれたり、当たり前にあることに問題意識を持ってくれたり。何か変えていこうと思うとね、当たり前をちょっと考え直さんとあかんなと思うんです。でもずっと生まれ育った僕たちみたいな人間はね、どこから考え直していいのかわからない。そもそも変えられるとも思ってなかったりするしね。まちづくりって、私たちの世代の価値観よりも、これからの人のほうが絶対優先されるべきでしょう? だけど、僕らもまだ余裕があるから、先頭を走ってしまうんだけど、それでは先がないっていう思いがある。だからあえて、今のうちに下の世代へ任せていきたいと思ってるし、40代はもちろん、30代、20代の子たちにも見ておいてほしいなと思ってるんです」(吉村さん)

「でもまだバトンは渡せてないんですよ」と吉村さんは笑う。いまはまだ、助走期間なのかもしれない。けれど、世代を越えた多様な人材がいることで、淡河の未来は明るいように思える。

「この本陣の改装でも、設計とか図面が引ける一級建築士がいて、ガーデンデザイナーがいるから庭の方向性も見えてきて、イベントをやろうとすればHPやチラシをアートディレクターが担い、当日には美しい花や、おいしいおまんじゅうやお菓子も出てくる。メンバーの農家さんが作った米や野菜を使って料理ができる人がいて、敷地にある茅葺きの神社は職人さんが作ったり、ガス屋さんはイベントの時のガスや電気などの裏方の準備を担ってくれたり。地域に暮らすお年寄りの移動手段として地域交通を担う人もいて、イベント時には連れてきてくださり。この地域で暮らすそれぞれのメンバーが一人ひとり出来ることをすると、おのずと大きいことができる。今まで外注ばかりしていたけれど、ここには人がいて、誰かに聞けばなんとかなるんです」(鶴巻さん)

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アイデアを出す人がいて、実現する人がいて、人を集める人がいる。その循環がまた新たな人を呼ぶのだと思う。

それぞれの人が持つ力やリソースを最大限発揮するためにも、ざっくばらんに話せる場が何よりも必要だ。各々が感じている問題点や課題をとことん話し合い、やりたいことを気兼ねなく話せること。それを否定することなく、おもしろがって「やろう」と言ってくれる人がいること。そんな人がいることこそが、淡河の最大の魅力であり、財産なのだろう。

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編集協力:神戸市

インタビュー|つるまき農園・鶴巻耕介さん
「現代の百姓になるために、自分にできることを増やしていく」

世代ごとの知恵を持ち寄る。 「淡河ワッショイ」が目指す、 まちづくりのかたち
淡河ワッショイ 2011年に発足した、まちづくり団体「淡河の明日を考える会(通称・淡河ワッショイ)」。自分たちが暮らす、自分たちの町をよりよくしていこうと立ち上がった。メンバーは20代〜50代まで、職業や性別もそれぞれの個性豊かな面々が集まる。イベントの企画や運営などを中心に、町にまつわるさまざまなことに日々取り組んでいる。https://www.facebook.com/ogowasshoi/
(更新日:2017.12.26)
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まちに変化をもたらすのは、土地に根ざした一人の声や一軒の扉から始まるのかもしれない。小さな町で都市と地域の循環を生み出す人と場所を訪ねて。
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