特集 “創造的過疎地”
神山町で暮らす

築100年の古民家で自給的な暮らしを目指し、 土地の恵みでピザをつくる

初めての土地に迷いながら里山の一本道を進み、小高い丘を目指した。
「本当にこの道であってる?」
「多分……ほら、あそこの家じゃない?  煙突が見えるよ!」
丘の上に建つ、一軒の小さな古民家。軒先で走り回る子どもたち、煙突からモクモクと立ち上る白い煙。そう、ここが僕らの目指していた店「yusan pizza」だ。

家族5人で大阪から徳島県・神山町に移住した塩田ルカさん夫妻が、築100年の古民家を改装して開いたこの店。地元の無農薬・有機野菜を使い、石窯で焼き上げるピザは「とにかくおいしいから」と口コミで評判に。昨年7月のオープンからまだ1年も経っていないけれど、昼どきはいつも予約でいっぱいだ。

「都会にはもっとおいしい店たくさんあるでしょう?」なんて、謙遜気味に語る塩田さんだけど、この味は都会でもそうそう出会えるものじゃないと思う。1枚のピザに、土地の恵みがぎゅっと凝縮しているような、そんな感じ。

自給的な暮らしを目指して移住し、ピザを焼きながら、ときには農業も。仕事をしながら3人の子育てに追われる田舎暮らしは「思っていたよりも忙しい」。現在35歳。塩田さんが都会の暮らしを離れてこの町に導かれていった理由、今の暮らしの先に目指していることを聞いた。

写真:森本菜穂子 文:根岸達朗

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お店兼自宅の軒先に立つ塩田ルカさん、舞さんご夫婦と3人の子どもたち。

全国の農家を巡りながら
自給的な暮らしに惹かれていく

大阪で、10年ほど自然食品を仕入れるバイヤーをしてたんです。親戚が自然食品の問屋をやっていたのでそうした食材に触れる機会が多く、自分も興味を持ったのがきっかけです。義姉からマクロビオティックの考え方を教えてもらったり、自分が好きだったアメリカのスケーターからビーガンのことを知ったり、高校生の頃からずっと「食」のカルチャーを身近に感じながら育ちました。

仕事では全国各地を回りながら、いろんな無農薬農家さんに会いました。こだわりを持って農業をしている人たちって、ほんと個性的で。その暮らしにお金では計れない豊かさを感じたんです。自然に身をまかせて生きているような暮らしが自分にはすごくしっくりくるところがあって。

都市は自然も少ないし、人も多くてせわしないでしょう。僕も妻もちょっとスローなところがあるから、畑仕事をしながら、子どもたちも田舎でのびのびと育てる方が、自分たちには合っているんじゃないかって思っていたんですよ。でも、暮らすところを田舎にしても、仕事をするところは街になるだろうなと、ずっと思っていて。そんなときに仕事を通じて、和歌山で自給的な暮らしをしていた米一農園の高橋洋平さんという方に出会ったんです。今は宮古島に移住されてるのですが、その暮らし方に衝撃をうけて。初めて伺ったとき、家の目の前にある田んぼで高橋さんの子どもたちが素っ裸で、泥だらけになって遊んでたんですよ。そんな光景見たことなかったからびっくりして。しかもみんな目がきれいでね。なんや、インドみたいやなって(笑)。

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高橋さんの農場は「WWOOF(ウーフ)」っていう、有機農法を体験したい旅人を受け入れる仕組みに登録していて、世界中からいろんな人がやってくるとこでした。高橋さんはここで野菜と小麦と米をつくって生活していたのですが、週末と祝日のお昼の2時間だけは住まいを開いて、現金収入を得るためにピザ屋をやっていました。そこのピザが本当においしくてね。自家製の小麦で生地をつくって、そこに自分たちの畑で採れた無農薬の野菜をたっぷりとのせて、手作りの窯で焼いて……。周りに人がほとんど住んでいない田んぼのど真ん中みたいなとこなんですよ。でも人気があって、お店が成り立っているわけです。

あ〜こういうスタイルもあるんや、住まいと仕事場が一緒で……こういうのも可能なんやって思ったんです。もしかしたら、高橋さんのような暮らし方に自分の新しい生き方があるのかなって。それで、高橋さんのところに何度も通うようになって、本格的に移住をするためにピザの作り方や農業のやり方、考え方を教わるようになったんですよね。

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薄く伸ばした生地に具材をのせ、石窯で一気に焼き上げる。もちっと食べごたえのある生地は、すべて手捏ね。

薄く伸ばした生地に具材をのせ、石窯で一気に焼き上げる。もちっと食べごたえのある生地は、すべて手捏ね。

子どもたちが気に入った町で
家探しをするということ

ただ、高橋さんをはじめいろんな生産者さんと会っていくなかで、移住をしたいという気持ちは高まっていくものの、具体的な移住先は決められませんでした。というのも、子どもたちが引っ越しをしたがらなくて……。仕事で地方に行くときに一緒に連れていったりもしたのですが、ずっと田舎の暮らしが受け入れられないような感じだったんですよ。

そんなとき、友だちが徳島に神山っていうおもしろいところがあるよと教えてくれて。仕事で仲良くしてくださっている方にも徳島の方が多かったですし、水がきれいな土地だとは知っていたのですが、町のことは全然分からなかった。調べていくと、「グリーンバレー」という地元のNPOがやっている「イン神山」というサイトに出会ったんです。代表の大南信也さんにコンタクトを取ったら「一度会ってみましょう」と言ってもらえて。家族を連れて初めて神山町に来たのは2012年の冬でした。ただ、そのときに見せてもらった物件はあまりにも痛みがひどく、これを直して住むなんて到底できそうになかったんです。だから、仕方なく諦めかけて……。

でも、うちのチビたちは不思議なことに、初めての神山をすごく気に入った様子で。大阪に戻ってからも「また行きたい!」なんて言うんですよ。町の人が優しくて安心したんでしょうかね。今までまったく引っ越しをしたがらなかった子どもたちの見たことのない反応をみて、諦めずにこの町で家が見つかるまで探そうと思いましてね。_NMC1925

ユサンピザ(Yusan Pizza)
徳島県名西郡神山町神領字西青井夫359-1
☎︎050-2024-4927
営業時間:11:30~売切次第終了
※手捏ね生地のため、枚数が限られているので来店の際は予約がおすすめ。
定休日:日曜(ほか、臨時休業あり)
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_NMC1968店名・「ユサンピザ」の由来は、「遊山」という徳島に古くから伝わる風習から。家の仕事を手伝うのが当たり前だった子どもたちが、「遊山」の日は「遊山箱」と呼ばれる弁当箱に好きなものをたくさん詰めて、野山に遊びに出かけることが許されていたそう。日常から解放される特別な一日。

築100年の古民家で自給的な暮らしを目指し、 土地の恵みでピザをつくる
築100年の古民家で自給的な暮らしを目指し、 土地の恵みでピザをつくる
塩田ルカさん しおた・るか/1980年、大阪府生まれ。自然食品のバイヤーをしながら、和歌山県で自給的生活をしていた高橋洋平さんのもとでピザ修行。NPO法人グリーンバレーを入口に2013年、徳島県・神山町に家族で移住。築100年の古民家を改装して開いたピザ店「yusan pizza」が町内外で人気を集める。3児の父。Facebook
(更新日:2015.06.04)
特集 ー “創造的過疎地”
神山町で暮らす

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“創造的過疎地”
神山町で暮らす
靴職人、自給自足のピザ職人、宿で働き始めた人、起業を目指す人……新たな暮らしや働き方を模索する人たちが、徳島県・神山町に導かれる理由とは。
築100年の古民家で自給的な暮らしを目指し、 土地の恵みでピザをつくる

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