特集 「生活」から
始まるものづくり
自分の中の違和感を大事に。エディターネ主宰「エフスタイルを編集する—対話とお酒と肴の会—」〈前編〉
今年の9月30日をもって惜しまれつつも閉店した〈スターネット東京〉の最後の展覧会として、ゆかりのある作家やアーティストなどが毎週リレーをしながら開催した「ta ne」展。その企画展のひとつとして夏の終わりに「エフスタイルを編集する」が開催されました。
〈スターネット〉と、その創業者の馬場浩史さん(2013年ご逝去)と縁のあった編集者たち〈エディターネ〉が集まり、スターネットとゆかりの深い〈エフスタイル〉の五十嵐恵美さん・星野若菜さんの2人を迎え、それぞれの編集者が〈エフスタイル〉を「編集」することを通じて、「編集」とは何かを問う試みです。
展覧会初日に開催されたトークイベントには、ゲストとして馬場さんをインタビューしたこともある西村佳哲さんも登場し、さらに密度の濃いイベントに。編集者とデザイナー、それぞれの立場から、スターネットや馬場浩史さんが築き上げた美学やものづくりへの姿勢や想いなど、縦横無尽に語り尽くしたイベントを前・後編に分けてレポートします。
自分の中の違和感を大事に。エディターネ主宰「エフスタイルを編集する—対話とお酒と肴の会—」〈後編〉
写真:熊谷直子 文:薮下佳代
参加メンバー
▼プロダクト・デザイナー
エフスタイル/五十嵐恵美さん、星野若菜さん
▼編集者
信陽堂編集室/井上美佳さん、丹治史彦さん
アイシオール/多田君枝さん、豊永郁代さん
地域編集室簑田理香事務所/簑田理香さん
ゲスト
西村佳哲さん(プランニング・ディレクター)
何におもしろがるか、何がおもしろいのか。
その“編集的視点”について。
信陽堂編集室・丹治史彦(以下、丹治):「ta ne」展の企画者である曽田耕さんに、編集者である僕たちも声をかけていただいたのですが、編集者というのは、紙媒体におけるものづくりを担ってはいるものの、あくまでも黒子。非常にうれしいという気持ちとともに、何をしようかとはたと考えました。〈スターネット〉という場所、馬場さんの仕事の手つき、ものづくりのつくり手たちとのやりとりというのは、もしかすると、非常に編集的な視点を持った営みだったのではないかと思い至りました。私の深読みかもしれませんが、馬場さんへの取材を通して、我々編集者は馬場さんから何を受け取ったのか、馬場さんの仕事の中に編集的な視点を見ていたのではないか、そう問われているのではないかと考えたんですね。
そこで、〈スターネット〉とも縁の深い〈エフスタイル〉に声をかけました。彼女たちのものづくりに対する姿勢やつくり手たちへの寄り添い方に共感をして、2008年に『エフスタイルの仕事』という本を作ったんですが、その頃、馬場さんも彼女たちの仕事に共感してくれるのではとの思いから〈エフスタイル〉を益子に案内し、馬場さんと引き合わせたんです。そんなご縁もあって〈エフスタイル〉そのものを媒介にして、我々編集者3者を〈エディターネ〉と名付け、彼女たちをそれぞれが編集してみようと考えました。
2階が〈エフスタイル〉の商品と展示、1階は〈エディターネ〉の仕事を展示しているんですが、実は今朝、〈エフスタイル〉の2人から、この展示の仕方で〈エディターネ〉が〈エフスタイル〉を編集するということが伝わるかな? と素朴な疑問が投げかけられたんです。
エフスタイル・星野若菜(以下、星野):ずっとそのことが気になっていて、今朝4時に目が覚めちゃったんです(笑)。編集は黒子というのは理解できますし、成果物や編集されたものを目にする企画は多いんですが、その途中の苦労とか、積み上げられて取捨選択されていく過程でどういうことが行われているのか、そのこともきっと宝物で、私たちがそれを見ることができたらとても学びになるんじゃないかと。そういったものも展示して共有できたらおもしろいんじゃないかと言ったら、「そんなのおもしろくないよ」と全員に否定されてしまって(笑)。でもあきらめきれず「あれもこれもあったはずです、見せてください!」とお願いして出してもらって。
エフスタイル・五十嵐恵美(以下、五十嵐):ひとつの大きなテーブルに〈エフスタイル〉を取材してもらった過程で出たものをそれぞれ出してもらいました。個々に展示してもらってもいいんですけど、一緒にすることで、みなさんの視点が全部違うのが見えてきた。〈エフスタイル〉に対して、どんなまなざしを向けてくださっていたのか、その違いがよくわかって、あらためて感動しました。
星野:編集者を編集する、ことになりましたね。
丹治:編集者はあくまでも著者や作家など取材対象の方を全面に押し出すのが仕事であって、自分たちの仕事の痕跡というのは基本的には残さない方がいいと思っているんです。そうはいっても生身の人間ですから手つきとか痕跡、匂いは残ってしまう。なるべくならそういうものは取り去ったほうがいい。だから仕事の途中の過程を見せてくれといわれると痕跡だらけなので、とてもとまどいがありました。けれど、編集“する”というその過程をこそ見てみたいという〈エフスタイル〉の2人の素朴な問いは、とても「編集的な」視点だとも思ったんです。何におもしろがれるか、何がおもしろいのか、どう取り上げるか、それこそが編集の見せどころでもあると思うので。
自分の中にある「違和感」を
なくしていくこと。
丹治:西村さんにお聞きしたいんですが、馬場さんが〈スターネット〉でなさっていたことって、端的に言うと、どういうことなんでしょう?
西村:馬場さんは“美意識担当”ですね。僕は彼から美意識を大事
丹治:〈エフスタイル〉ともよく「違和感」ということを話すけれど、まさに『エフスタイルの仕事』という本を作っている1年間は、いかにして違和感の段差をなくしていくか、“やすりをかける”じゃないけれども、そういう作業に時間を費やしたね。
五十嵐:たとえば写真であれば、カメラマンさんが撮った写真と、私たちが普段いつも見ているものと違ったり……。
星野:編集やデザインという作業が入って、何か過剰に伝えられそうになったり、演出がかかるようなことが起きると、すごくざわざわしてしまう。自分たちが何に違和感を持っていたのかということが、ほかの人と仕事する時にわかるんです。
丹治:僕自身、編集者として20年ほど仕事をしてきてキャリアがあった中で、自分の手つきや編集の作法、こういうふうに作ったらこう伝わるということを経験値として持っていた。そんな中で、本を売るためにはある程度、メリハリをつけて、読者により伝わりやすい演出みたいなものをやってしまいがちなんですよね。
だけど〈エフスタイル〉から学んだことは、それは必ずしも正しくはないし、違う手法があるということでした。〈エフスタイル〉とのやりとりのなかで、一つひとつ違和感のあるなし、あればどこが違和感なのか、どういうふうに調整すればいいのか、彼女たちの視線に合わせながら、読者にも伝わるように、それがたとえ線一本の太さでも検証しながら進めて行く。そういうことの連続でしたね。
星野:私たちがものづくりのなかで大切にしていることも、同じような編集作業みたいなところがあって。私たちはものをつくることはできないので、尊敬するつくり手さんの仕事を、みなさんに広く手に取っていただけるように、デザインという立場でお手伝いするわけなんですが、それが優位にならないように、私たちを消しても、使い手の人がたどり着けるようにすることを心がけています。「これもこれも持っていますが、エフスタイルだったんですね」と言われるのが一番うれしい。昨日、〈アイシオール〉さんのところにお邪魔したら、多田さんが履きこんだ〈エフスタイル〉のスリッパで迎えてくださって。
アイシオール・多田君枝(以下、多田):私も〈エフスタイル〉だって知らなかった(笑)。
星野:働く場所で、働いている商品を見るとぐっときます。
西村:エフの商品のパッケージには、ネーミングやちょっとした説明文があって、それも編集と言えると思うんだけど、どういうふうに作っているのか。この10数年のなかで変わってきたのかなって。
星野:うちの商品のタグは取ってしまうと、どこにも〈エフスタイル〉という名前はありません。本来何もついていない状態が理想なんですね。私たちは最初から問屋だったので、直販ではなく、バイヤーの方がお客様。だからまずは売り手のプロに自分たちの商品を手に取ってもらわないといけない。けれど、過乗なものはもともと好きではなかったし、なくても手に取って欲しいという気持ちがありました。私たちはあくまでも問屋なので、売り場に直接立つことは普段は難しいですし、“軽い接客”としてパッケージで伝える、ということは考えています。
西村:どういうふうな素材でとか、どんな人たちがどんなふうに作っているものですとか、物語的なもの?
星野:そこはあまり強調しません。でも知りたいというお客様に対して不親切になってはいけないので、ちょうどいい具合を探って、言葉もデザインも自分たちでパッケージを作っています。ほかの商品と並べた時にどういうふうに見えるかというのをチェックして、置いたときにスペースを取らないかとか、プレゼントにするのにいいかとか、かたちが決まってから文字を考えはじめます。
五十嵐:商品そのままとパッケージに入ったものと比べると、やっぱりパッケージで〈エフスタイル〉だなって思うんですよね。違和感なく。いつもデザイン作業は星野さんがやるんですが、できあがったのものを見るとさすがだな、〈エフスタイル〉のものだなって思う。
心ふるえるものを
大切にしたいという思い。
西村:ほかのつくり手たちとエフスタイルの何が違うのかといえば、それは作られてるものが一個一個、生き物みたいだなっていうこと。部屋の中にいると、猫とかに近いような。
丹治:商品として出す前に自宅に持ち帰って、その商品が部屋にある時、どういう佇まいかということをすごく意識して検証していますよね。
星野:ものに対する違和感に対して、自分たちなりに検証したものをきちんと自信を持って届けたいんです。デザインだけでものが流通しても、残念なことになってしまう。自分たちが一番の消費者であると思うので。
西村:消費者という言葉が似つかわしくないなって思う。商品を作っている感じがしないよね。“商品”って代替可能なもの。リーズナブルだったり、使いやすいとか便利だとか、交換可能なものな気がするんだけれども、本人が使い込んで愛着を持つという以前の、家に来た時点から商品
丹治:2005年に〈エフスタイル〉のオフィスにお邪魔した時から感じていることなんですけれども、その当時、2人もまだ若くて、〈エフスタイル〉がはじまってまだ2〜3年ぐらいの時で、そんなにたくさんお金があるわけでもなかったと思うんですよ。でもね、絵など美しいものが所々に飾ってあって、僕にはそれが衝撃だったんです。身近に美術作品を置くという経済的な余裕も、気持ちの余裕も当時の自分にはなかった。彼女たちは仕事の場にそういった長い時間に耐えてきたものや、現代の作家さんのものなど、より普遍的な存在感を放つものを身近に置くことを当たり前にしていた。それはどうしてなんだろう?
星野:突き詰めた美意識のものづくりにはとても憧れるし、好きだし、尊敬もしているんですけど、自分たちはそうはなれないし、自分たちの役目はそこじゃないんだろうなっていうのがあって。私たちはそもそもつくれないし、つくらない。だから買うし、そういうものと共鳴できるような普通のものをつくりたい。私たちの美しいと思うものと、同じ世界に同居させたいという気持ちがあります。うちのつくり手たちはすばらしい人たちばっかりで、普通の暮らしの中で使ってもらえるものが持つ美しさがある。そこに全然差はないとも思っていて。尊敬している気持ちは一緒というか。
五十嵐:今回、曽田さんとの本を作った理由でもあるんですけど、自分たちが心ふるえるものってなんだろうって原点に立ち戻ることができて。それってすごくもの自体に姿が残っているものだなって。たとえば、ものづくりに向き合っているその人の姿だったり、健やかな関係性だったり、そういうものって人を元気にするんだなって気がついたんですよね。改めて自分たちの仕事を見直した時、そういう関係ができているかどうか。できているからいまも続いているんだなということも確認することができた。これからつくるものも、そういうものをつくっていきたいと思っています。
<後編に続く>
PROFILE
F/style(エフスタイル)/五十嵐恵美、星野若菜
ともに新潟県生まれ。2001年東北芸術工科大学プロダクトデザイン学科を卒業後、地元新潟で〈F/style〉をスタート。日本の技術を普段着なプロダクトに変換するデザインスタジオ。製造以外の企画から流通までを一貫して請け負う。主な商品に、山形・月山緞通のマットや、新潟の伝統工芸品シナ織りのバッグ、ゴムが入っていない靴下、銅製品など。全国各地で〈F/style展〉を巡回、年に数回新潟のショールームにて企画展や音楽会を主催している。著書に『エフスタイルの仕事』(アノニマ・スタジオ刊)がある。
信陽堂編集室/井上美佳、丹治史彦
ともに出版社リブロポートでのアルバイトから書籍の編集をはじめる。井上はその後フリー、丹治はメディアファクトリーをへて、2003年にアノニマ・スタジオを設立。料理と暮らしの本を制作。2008年『エフスタイルの仕事』を出版。2010年、ふたりで信陽堂を立ち上げ、現在はたねやグループの広報誌『ラ コリーナ』をはじめ書籍や雑誌を制作編集。信陽堂編集室では民族文化映像研究所の上映会、その他ワークショップなども企画している。
アイシオール/多田君枝、豊永郁代
インテリアと建築の雑誌 『コンフォルト』(建築資料研究社)を編集。1998年から馬場浩史さんと知り合い、〈スターネット〉はオープン前から取材をしており、その変遷を追い続けてきた。馬場さんを通して、さまざまな分野のつくり手とも出会う。別冊『土と左官の本』を編集していたことなどから、2009年、益子ではじまった「土祭(ひじさい)」の立ち上げの段階から深くかかわる。
地域編集室簑田理香事務所/簑田理香
栃木県益子町在住。益子で開催されている「土祭」では、2012年に町の任期付職員として事務局入りし、企画・運営やメディア制作、広報宣伝を担当、馬場浩史さんから多くを学ぶ。2014年には土祭構想の基礎とする「益子の風土・風景を読み解くプロジェクト」を立ち上げ、2015年第3回土祭ではプロジェクトマネージャーを務める。益子の人と暮らしを伝える『ミチカケ』創刊企画者・編集人。2016年より宇都宮大学特任教員。地域的メディア制作だけでなく、地域の現実社会の中で農家や陶芸作家などの仲間たちとさまざまな取り組みを展開中。
西村佳哲
リビングワールド代表、プランニング・ディレクター、一般社団法人 神山つなぐ公社理事、つくる・書く・教えるという三種類の仕事を軸に建築分野での仕事を経て、働き方や居場所づくりの研究や著作活動、公共空間のメディアづくりを続け、地域でのさまざまなプロジェクトにファシリテーターやディレクターとして関わっている。現在は、「創造的過疎」を謳う徳島県神山町を中心に活動中。2005年、2006年には、スターネット益子ZONEにて「リビングワールドの仕事展」を開催。『自分の仕事をつくる』(2003年)には馬場さんのインタビューも掲載され、多くの人に読み継がれている。
始まるものづくり
特集
始まるものづくり
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