INTERVIEW

ふたりの暮らしと仕事を聞く。
陶芸家・小野哲平さん
布作家・早川ユミさん

徳島県


居住地: 高知県

約20年前に高知県の山あいに移り住み、ともに暮らしをいとなみながら、それぞれの表現活動を続けてきた、陶芸家・小野哲平さんと布作家・早川ユミさん

2019年7月19日(金)から8月6日(火)まで、高松「まちのシューレ963」にて、二人展「「土がある。布がある。それぞれの旅。」を開催。出張企画として徳島・神山の「かまパン&ストア」でも作品を展示しました。

前編では、これらの展示に伴って行われた、トークイベントのようすをレポート形式でお伝えしました。後編は、哲平さんとユミさんにインタビュー。ふたりの暮らしと仕事について、じっくりと聞かせていただきました。

 

前編:高松から神山へ、語り合って旅をした。「暮らしが仕事。仕事は仕事。 小野哲平×早川ユミ×真鍋太一」

 

写真:生津勝隆 編集・文:杉本恭子

農業を守ることは、人間の尊厳を
継続するひとつの方法かもしれない

今回、ふたりが神山を訪れたのは、フードハブ・プロジェクト(以下、フードハブ)の真鍋太一さんとのご縁から。これまで、真鍋さんがふたりの家を訪ねることはありましたが、ふたりが神山に来るのは初めてです。まずは、神山とフードハブについての感想から伺いました。

哲平:フードハブという会社が目指していることを聞いて、農業を守ることは人間の尊厳を継続していくためのひとつの方法で、大事なことなんじゃないかと思いましたね。そのなかに、自分の仕事と何か共通すること、共感できることがあるから、たぶん僕はここに来たんだろうと思います。

ユミ: 前に「かまパン」の彼(笹川大輔さん)がうちに遊びに来てくれたとき、「不特定多数人のためのパンよりも、一人ひとりの体に合うパンをつくることが目標です」って、まるで作家みたいなことを言っていたの。しかも、彼のパンはすごくおいしくて、「会社でつくらされている感じじゃない」と思いました。

かまパンの笹川大輔さん。「明日朝はかまパンを食べようと思うとそわそわする」ような、暮らしの楽しみになるパンを焼いている人。ほんとに、笹川さんのパンがある朝は幸せです。

フードハブは会社だから、そのなかに食堂やパン屋さんがあって、誰かの指示のもとに分業して仕事をしていると思っていたの。でも、実際に来てみたら全然そうじゃない。「会社なのに」というと変かもしれないけど、笹川くんだけじゃなくて、みんなが自主的に働いている。そのことに驚きました。

哲平:彼の仕事の意思みたいなものを聞いた時に、個が見えてとても感動したんです。今まで、真鍋くんに対して何か共感できるところがあると感じてきて、神山に来て会う方たちにも感じている。たぶん、そういうことなんじゃないかな。

人間らしく生きるための経済、
壊れたシステムを修復する芸術。

フードハブは、「地産地食」を軸として神山の農業と食文化を次の世代につないでいくことを目的につくられた農業の会社。地域に貢献する「社会的農業」を目指して、小さな食の循環システムをつくり、また農業を通して地域の景観を守ることも大切に考えています。

「社会的農業」というあり方に、ふたりはそれぞれに思うところがあったよう。神山での夕食会でもお話されていましたが、もう少し詳しく聞かせていただきました。

ユミ:今の世の中の経済はお金を増やすために、お金だけがぐるぐる回っているでしょう。たとえ小さくても、自分たちの目に見えるかたちで、人間らしく生きるための経済をつくりたい。そう思って、畑で野菜を育てたり、自分たちの食べるものをつくってきました。フードハブは会社でありながら、自主的に、自分たちで何かをつくれる場になっているのが面白いです。

ーー人間が中心にある小さな経済においては、自主的であることが大事だと考えていますか?

ユミ:そう。それぞれの人が自分でやりたいと思ってやる必要があると思っています。そろそろみんな、資本主義以降の経済について考えていると思うんだけど、フードハブはひとつのヒントになりそうだなと思いました。

ーーユミさんは暮らしと社会の関わりを言葉にしながら考えておられますよね。哲平さんは、ご自身の作品づくりと社会との関わりについてはどう考えていますか?

哲平:僕も、資本主義経済ということに感じているところはあるけど、言葉にして伝えようとはしていないと思う。それよりも、心の深いところが壊れてしまった人間がつくっているから、社会のシステムが壊れるんじゃないかということを考えます。その部分を修復できるのは、やっぱり芸術の力もあると思うので、そことつながっていきたいですね。

ーーどうして、人間の心の深いところは壊れてしまっているのでしょう。

哲平:欲望と、欲望と引き換えに大切なものを手放したんじゃないですか。うーん……なんで壊れたんでしょうね? 自分自身も、壊れているように見える大人に理由もわからずに管理されようとしたから、すごく不自由を感じて必死で抜け出そうとしたんだと思います。

もしも10代の頃に、土を中心とした表現と出会わなかったら、僕もどんどん精神が壊れてしまったと思う。出会えたからそこを修復できて、人として生きられているんじゃないかと思っています。

命のいれものみたいな服、
小さな仏さまのような陶器。

「まちのシューレ963」に展示されていたふたりの作品を見たとき、「あ、哲平さんとユミさんがたくさんいる」という印象を受けました。

ユミさんのつくった洋服をそっと広げてみると、大事そうなところに宝貝や十字架のような印が縫いつけられていて。着る人を守ろうとする意思のようなものを感じました。

ふたりには、作品を受け取る人に対する思い、あるいは願いのようなものがあるのでしょうか?

ユミ:命のいれものみたいな感じがあるよ。なるべく体が大きく包まれるようなものにしたいから、布をたっぷり使ったりしてね。私の衣服は、いわゆる洋裁というものではないんですね。山岳民族の衣服みたいに、すごく簡単な作り方だけどすごく理にかなっている衣服のシステムを取り入れたりしています。

哲平:僕には宗教心はまったくないし、仏教徒でもないんですけど。アジアを旅しているときに仏像を見たり、骨董品屋や路上で売っている小さい仏さまを見たりすると、やっぱりなにか感じるものがあるんですよね。自分がつくるものは、ある側面ではそういうものでありたいと思う。

今の社会に欠けているものをつくって形を戻すというか、欠けているものを加えたい。今の人の心に欠けているもの、欠けているピースをつくっているという感じがあります。

ーーこの2日間、哲平さんの作品に何度も触れて、見て、やっと自分のためにお茶碗をひとつ選びました。触れることで思い出したい、取り戻したいという感じがあって、暮らしのなかに置きたかったんですね。「本当は、世界ってこうじゃないの?」というものに触れていたいという感じに近いかもしれません。

ユミ:うん。長い間入院された人が、哲平の器を入れた「旅茶碗」を病院に持っていったんだって。病院では、「割れやすい陶器を使わないで」と言われていたんだけど、袋からこっそり茶碗を取り出して使っていたそうです。「すごく力をもらったよ」と言ってくださってうれしかった。

原初的な気持ち、自然を感じられるのはきっと哲平の器だからだよ。そういう風に、何か触れていたくなるような、力が感じられるといいなあと思って、ものをつくっているんだよね。

ユミさんが縫う袋に哲平さんの茶碗を入れた「旅茶碗」

近くに見ているものは違う
遠くに見ているものは同じ

「まちのシューレ963」のトークイベントで、参加者から「それぞれの暮らしの考え方で食い違いがあり、方向性が違った場合はどうしていますか?」という質問がありました。

ユミさんはさらりと「違ったら違う方法でやりますね」と答えていたけれど、哲平さんは「喧嘩するときは今でもひどい。わずかな、お互いの作るものに対する信頼があるから…」と答えられていて。その言葉が、ずっと心の底に沈んでいました。

とてもデリケートな関係性のお話。聞いていいのかどうか迷ったのですが、思い切ってふたりの懐に飛び込んでみることにしました。

ーーあの、昨夜のトークイベントで「一緒に暮らしていて、ひどい喧嘩もしてきました」とお話されたとき、「わずかな、お互いのつくるものに対する信頼」や「一抹の尊敬しあえる部分がお互いのなかにある」と哲平さんがおっしゃっていて。

哲平:一抹の、な。紙一重ですよ、ほんと。

ーーその「信頼」や「尊敬」ってどんなところで感じていますか?

哲平:……なんだろう? ユミがつくったものから感じるものですかね。色がどうとか、組み合わせがどうとかいう話ではなくて。

ユミ:あれもそうだよね。何年か前に、奈良国立博物館でそれぞれバラバラにすごくたくさんの仏像を見たとき。最後の最後に「どれが一番よかった?って聞いたら……。

哲平:同じものがよかった。巨大なものから小さなものまで、何百という仏さまを見たのに、お互いに同じ小さな誕生仏を「これがいいね」と思ったっていう。まあ、そういうことでしょう。

ユミ:だからね、近くに見ているものは違うかもしれないけど、とおーくに見ている、目指しているものは一緒なの。よかったよねぇ(笑)。

ーーお互いのどこがいいということではなく、お互いの作品から感じるものだったり、一緒に見たものであったり、少し離れたところを信頼しあっているということがとても興味深いです。

哲平:その、少し離れた部分を信じてものをつくっているから、そういう見方をするというか、ね。

ユミ:私は、哲平のつくった器に毎日触れて、使うことからも共感をしています。ご飯のたびになるべく美しく盛り付けて、何十年もずっと使うところもすごく大事なんだと思う。

器って使うとどんどんよくなるんだよね。使ったり洗ったりしながら触れて全体を感じていくことも、器の面白さじゃないかと思います。

感情、あるいは感動の蓄積、
あるいは感動の大きなふくろ。

ユミさんの話を聞いていた哲平さんが、「それ(器)は俺なのか?」と口を挟みました。「いやいや、そんな美しい話にしちゃいけない。世界には、ちゃんとしたことをやっぱり伝えないといけない」と。

ふたたび潜りこんで考えはじめた哲平さんが語る、「ふたりが紙一重のところで、薄く共感できているのはどこなのか」。居住まいを正して続きを聞かせていただきました。

ーー今、私のなかには、おふたりが小さな誕生仏を遠くに見つめながら、並んで歩いているイメージがあります。

哲平:いや、そうだと思う、そうだと思います。

ーーはじめて出会って惹かれあったときは、きっとお互いに向き合っていたと思います。歩んでいくなかで同じ方向を一緒に見るようになったということですか?

哲平:それは、やっぱりやりたいことを思いきりやってきて、それぞれに自分の思いが重なってかたちになって。自由になってきて、仕事もできるようになってきて。何かお互いのなかに強いものができてきたからじゃないですか。少しは重なっているけれど、違う部分も大きくなってきているというか。

ユミ:長い間、一緒に旅をして同じようなものを見てきて。旅の中での蓄積が自分たちのつくることにもなってきたと思う。たとえば、同じ誕生仏をいいと思うのも、「この色はあそこで見たよね」というようなことを、たくさん蓄積してきたうえでのことだと思うんだよね。

哲平:旅をしたり、制作をしながら、同じ経験をして近いことを感じてきたという感じはあるので。お互いに持っている、感じてきたものを蓄積したレイヤーは、とてもよく似ていると僕は思いたくて。

それがとても似ているから、近い方向のものを体から出せるんじゃないかなと思う。一番大事なところにしまっている、感情の蓄積みたいなもの。感動の蓄積かもしれない。

ユミ:感動して、そこから何か自分の表現につなげていくときには、そんなに共有する部分はないかもしれない。でも、大きな感動のふくろはわりと似ていると思います。

哲平:最近ものすごく感動したのは何か?というと、たぶん同じものが出てくるんですよ。いまだに、ものすごい感動の共有ができるというのはありますね。

ーー同じ地層を持っている地面がつくられてきて、それぞれの植物というか、違う色の花が咲いているような感じがしました。

哲平:そんなきれいな話にしちゃいけませんよ。ドロドロした、きたなーい、きたなーい地面ですよ。

ユミ:わはははは!

哲平:子どもがまだ小さいときなんかは、「どちらが時間を使うか」を常に争っていて、もう欲と欲のぶつかり合い。そうやって、ずっとやってきましたから。良い意味でも、良い意味じゃなくても。

自分との関わりでつくる「趣味」
社会との関わりでつくる「芸術」

ともに作家でありながら、親として夫婦としてともに在ることは、たしかにきれいごとではなかったのかもしれません。自分の表現に真剣であろうとするほどに、そのしんどさもまた重かったのではないだろうか、と。

でも、人生のなかの嵐のような時期は過ぎつつあるよう。歳を重ねたおふたりが表現と制作にどんな風に向き合っておられるのかを尋ねました。

ユミ:縫い物といっても指先ではなくて、体でつくることだから、体は大事にしているし、哲平にも大事にしてほしい。歳をとることでわかることっていっぱいあるので、歳をとることはすごくいいことだと思うんだよね。

ーーそういえば、近年の哲平さんの作品には軽さがあると評する人もいるようですけど。

哲平:ある時点から、器をつくっているときに、相手に寄り添う気持ちがあったほうがいいんじゃないかと思いはじめてから、つくるものは少し変わってきたように思います。

ユミ:たしかに、すごく重いのとか、唇が切れそうなものはなくなったね。

哲平:若い頃はとても攻撃的で、自分を研いで研いで研ぎ澄ませて、それを瞬間的に爆発させるみたいな感情を持って器の仕事をしていました。僕の師匠がそういう感じだったし、とてもかっこよく見えたんです。

でも、それは師匠であって。自分はどういう気持ちをつくればいいのかずっと悩んで。自分がこの仕事を選んだのは、自分のなかの衝動的な暴力性との精神のバランスをとるためだったと思うんです。振り返ると、このまま衝動をだらだら出し続けていても誰にも何も伝わらないと感じるようになったからじゃないかな。

だから今、いろんな怖い事件を起こしてしまった彼らも、どこかで何かが、誰かが救える瞬間があったはずだと僕は信じたい。そういうことが、芸術によってできれば。僕は、自分が救われたからそれができるはずだと信じたいですね。

ーー「誰かに寄り添いたい」というとき、「誰か」のイメージはあるのですか?

哲平:病んだ社会でしょう。個人は見えないから、闇ですね。その闇に向かって石を投げたい。すると、ときどき闇のなかで石を拾ってきて、見せに来てくれる若い人がいたりする。そういう子が現れると、間違っていないかなと思います。

僕は芸術活動を社会運動だと思っていますよ。自分との関わりでつくっていたらそれは趣味にすぎない。外に出して、社会とどう関わるかということが起きてはじめて芸術だと思っているので。芸術ってそういうことじゃない? 人の、それぞれの感情、心のなかに何かが起きる。社会は人間の感情でできているからね。

最後に、「おふたりが暮らしのなかで共有されているものは?」と聞いてみると、「味覚。食べるもの。何をおいしいと感動できるかでしょう。大事なことは」と哲平さんは即答し、ユミさんも「うん」とうなずきました。

「毎日、ユミがつくるごはんがおいしいですよ」

「おいしいものを毎日食べるって大事。暮らしの一番最初かもしれない」

ふたりが一緒に過ごしてきた人生のなかに、旅をしたり作品をつくったり暮らしと格闘する日々があり、その一日ごとに「おいしいね」という瞬間が一枚ずつ織り込まれている。そのすべてが、ふたりのつくる作品のなかに宿っていて。

いま、ふたたび哲平さんの器を両手に持って、ユミさんが縫うやわらかい布を思い出してみると、この世界には信じるに足るものがあるのだと心強くなるのです。この感覚を、一人でも多くの人に伝えたいという気持ちで、この記事を書き終えたいと思います。

 

(更新日:2019.09.02)
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