特集 「生活」から
始まるものづくり
自分の中の違和感を大事に。エディターネ主宰「エフスタイルを編集する—対話とお酒と肴の会—」〈後編〉
〈スターネット〉とその創業者である馬場浩史さんと縁のあった編集者たち〈エディターネ〉が集まり、「エフスタイルを編集する」が今夏、スターネット東京で開催されました。展覧会初日に開催されたトークイベントをダイジェストでお伝えした前編に続き、後編ではさらに〈エフスタイル〉とは一体何なのか? その秘密を探るべくエディターネの面々が〈エフスタイル〉へと迫る……はずがいつのまにやら一転、〈エフスタイル〉のおふたりから「編集者にとって一番大事にしていることは?」と逆に質問される場面も。
そんなライブ感に満ちたこのトークイベントは、馬場さんも贔屓にしていたという、スターネット東京からすぐの場所にある居酒屋「佐原屋」で開催されました。イベントのタイトルにもある通り、登壇者とお客さんが一緒になって、お酒や肴をいただきながら、そこで生まれる対話を楽しみました。まるで宴のように、不思議な一体感を生みだしたトークイベントの後編をお届けします。
自分の中の違和感を大事に。エディターネ主宰「エフスタイルを編集する—対話とお酒と肴の会—」〈前編〉
写真:熊谷直子 文:薮下佳代
〈エフスタイル〉が大切にしている
生活者の目線とは?
信陽堂編集室・丹治史彦(以下、丹治):〈エフスタイル〉を編集してみて、みなさんいかがでしたか? まずは〈アイシオール〉さんから。
アイシオール・多田君枝(以下、多田):雑誌『コンフォルト』の取材で〈エフスタイル〉のアトリエに伺いました。編集担当は豊永なんですけれども、今回は私も取材に同行しました。今回は、あの空間で何をしているのか、表に見えているものだけではなくてその裏側を知りたくて、2人が普段やっている日常の業務を見せていただきました。タグを手作りしたり、梱包時にも手書きの伝票を添えたり……。そうやって自分たちの手で一つひとつ手をかけて商品と向き合っていることに驚きました。
アイシオール・豊永郁代(以下、豊永):今回、ライターさんを連れていく旅費を多田さんに投じたので自分で原稿を書きました(笑)。2泊も滞在して取材するなんて普段ではなかなかないこと。けれど、2泊すると全然違うものが見えてきて。3時間取材をするのと、2日間かけて8時間会うのとでは全然違うんですよね。
たとえば、〈エフスタイル〉は椅子に座るような時間がひとつもないんですよ。立っているか床に座っているか、そのどちらかしかない。床に座っている時は商品の検品をしている時。靴下や絨毯など、足元にある商品が多いから床でチェックすることが多くなるんですよね。立っている時は商品のパッケージを印刷したり、伝票を書いたり。設計した建築家の方には「私たちに椅子は必要ありません」って伝えたんだとか。
エフスタイル・星野若菜(以下、星野):私たちのアトリエを設計してくれた〈暮らしと建築社〉の須永さんが一番はじめに作ってくれた模型には、テーブルがあってその椅子に座って私たちが検品している姿があったんです。でも、「こういう状況になることはないんです」ってお伝えしたんですよね。私たちがお願いしたのは、畳の部屋が欲しいということでした。畳があってそこに低いテーブルがあって座布団があって……。そういう暮らしの目線から見えてくるものがあると思っているので。
豊永:もうひとつ、お話を聞いていて印象に残ったことは、「つくり手と買い手の関係がすごくうまくいったら、私たちの仕事はいらないんです」とおっしゃったこと。本当はこの仕事を卒業して私たちが必要なくなった時が理想なのだと言われて、すごくショックを受けました。まるで殉教者のようだなと……。ところが、お客さまが来店した時、「このへんに何かおいしい食べ物屋さんありますか?」という質問にはファイルを取り出して「何がいいですか?」とあれもこれもと饒舌にお話ししていて。それを見て感じたのは、生活者としての楽しさを十分に享受したうえで、〈エフスタイル〉の世界ができているんだなということでした。ストイックでありながら快楽主義者でもあって、その両方が共存していることを今回発見したんです。それは2〜3時間話すだけではわかりません。おいしいラーメン屋さんに連れて行ってもらったり、ごはんを一緒に食べることでわかってくることもあるんです。
エフスタイル・五十嵐恵美(以下、五十嵐):みなさんと一緒に食事したり、ワイワイと楽しんでいる時にたわいもない話が出るじゃないですか。そしたら鞄からおもむろにノートが出てきて、急に書き出したり……。
豊永:そういう時にかぎっていい話が出てきちゃうんですよね(笑)。
2人の“外”を通して見えてきた
“エフスタイル”という存在
地域編集室簑田理香事務所・簑田理香(以下、簑田):〈エフスタイル〉のおふたりと今回の取材で初めてお会いしたんです。編集会議の時、三者それぞれが独自の視点で〈エフスタイル〉を編集して、それをアウトプットしたものを展示するっていうのはどうですか? と言ったのは私なんですけれど、言ってしまってすぐ自分の首をしめてしまったなと(笑)。〈アイシオール〉さんは『コンフォルト』に掲載する記事として、〈信陽堂編集室〉さんはおつきあいが長いので、その延長上での制作があって……。私はどういう立ち位置で何を作ればいいんだろうと悩んだんですけれど、好きなものを好きなように作ろうと。
〈エフスタイル〉のいままでのお仕事の中から、ひとつの産地とのかかわりを取材させてもらいたいという話をしまして、新潟の「しな布」を継承されている地区に一緒に入らせてもらいました。その2泊3日の体験というのが自分にとってすごく濃くて新鮮で、いままでになかった取材だったんですよ。その時感じた気持ちを、見る人にも追体験してもらえるものをという思いで、両面手差しでコピーをして自分で製本した78ページもの冊子を作りました。
西村佳哲(以下、西村):あれ、すごくよかったです。雷(いかづち)集落になかなかたどり着けない。そこまでの距離感も表現されていて。
星野:簑田さんは〈エフスタイル〉ではなくて、私たちのまわりにいる人たちを取材して、そこから見えてくることをまとめてくださったんですね。私たちも初めて聞くことを聞き出してくださっていたから、驚いたと同時にとてもうれしかったです。編集の妙というか、私たちにはない視点をいただきました。
簑田:私は益子に住んでいるんですが、地域に住みながら、地域で編集していく時、どこからどういうふうに光をあてるか、そこで光っているものをどういうふうにみつけるか、ということをいつも考えています。〈エフスタイル〉の2人は、まさにつくる人と使う人をつなぐところにいる。つくっている人を語ることで、エフさんを語る、ということを試してみることができました。
編集という仕事とは?
相手を敬い、敬意を払うこと
五十嵐:今回、このトークイベントに参加いただいた方にお配りした『エフスタイルに聞いた85の質問』という冊子は、すばらしいと思っていて。今日のテーマでもある編集という仕事についても触れられているんですけれども、丹治さんの、人を敬う、尊敬する気持ちを持つことが大元にあるというお話がとても印象的で。その話をぜひ編集者のみなさんに伺ってみたいです。
星野:私たちは取材される側の立ち場なんですよね。編集者の方に共通して思うのは、何かに対して敬意を払いながら、そこから一歩引いて見守っている部分もあったり。その適度な距離感がある人は、いい編集者さんだなって。言葉のプロだから、きっと自分で書きたくなっちゃたり、直したくなったりすると思うんですけど、それをじっと待っていてくれるというか。
多田:実は私、人の原稿を直すのがすごく好きなんです(笑)。でもそれには責任が必要で、元の意味はなるべく変えないように、こういうふうにしたらもっとよくなるんじゃないかと思う時は、きちんと提案したいなと思います。
豊永:書いた人の体質とかクセみたいなものに生き生きとしたその人自身がにじみ出ているから、極力生かしておきたいですね。多少、文章が変でも勢いで読ませる力があるし、それを大切にしたい。
信陽堂編集室・井上美佳(以下、井上):対談は臨場感、勢いみたいなものも大切だから、整えすぎると盛り上がっている感じがなくなっちゃうということもありますよね。
星野:たとえ違和感を感じた時も、「これはどう?」って提案してくれたり。私たちが大事にしているところを尊重してくれているから、選ばれる言葉たち、一つひとつにありがたいという気持ちがありますね。
丹治:編集者っていうのはゼロからものを作る人ではないんです。ゼロからものを生み出す書き手やつくり手と読者を橋渡しする仕事。自分は何も作らないんだということが前提なんです。たとえ、できあがったものが自分の趣味や好みと違っていても、ゼロから何かを作るということに対して、まずは「すごい」という気持ちを持ち続けることが、編集という仕事を長く楽しく続けることなんじゃないかな。評論家になっちゃうと楽しくなくなっちゃう。もっとこう書けばいいのにとかね。そうではなくて、ゼロから何かが生まれて来たんだということをまず祝福して、「すごいっ!」と思うこと。そんな椅子から10cmくらい浮かぶような感覚をいつまでも持ち続けること。
五十嵐:だからなんでしょうね。どんなにお忙しくても、現場に出向いてその感動を一緒に共有する。昔から変わらずにいてくださるんですよね。
“聞く技術”を研ぎすますと
もっとおもしろくなる
星野:編集者にとって一番大事にしていることは何ですか? たとえば、編集学校を自分で開くとして、どんな授業にするか、受講者に教えたいことは何ですか?
井上:そうですね。私は昔、テープ起こしがすごくつらいと思っていたんです。でも、だんだんと歳を追うごとにテープ起こしが好きになってきたんですよね。
星野:どんなところが好きなんですか?
井上:得した気持ちになるのかな。声や息づかい、話のテンポとかを感じながら聞き返していると、こんな時こんな顔してた、こんな笑い方してたなとか、二度楽しめてお得だなって思うんです。取材現場に行けなかった時のテープ起こしは、行けなかったのにその話を聞ける贅沢さを感じますし。若い時はつらいな、とか苦手だなと思っていても、経験を積んでいくうちに楽しくなっていくこともあるんじゃないかなと思います。それを伝えたいかな。若い頃の好き嫌いってあんまり関係ないのかもしれない。
多田:テープ起こしをすると、その時には気がつかなかった、この人はこの時こう言おうとしていたのにスルーしちゃったなと、反省することがありますね。
井上:一番大事なことが、もう一度聞くことで見えてきますよね。ただ音を文字に置き換えているだけだと思ってしまうとつらいんだけど、編集っていうことが何なのか、わかりはじめるとおもしろいのかもしれないですね。
星野:最初に知れた喜びとか、そこに立ち会えた興奮やワクワクしている感じは私たちも見ていて感じます。
簑田:私は大学で非常勤講師として働いているんですが、去年から「地域編集論」という授業を立ち上げて学生たちと編集を学んでいる最中なんです。編集が持つ知恵とか技術を地域でもっと応用できるんじゃないかと。ベースにしたのは外山滋比古さんの『エディターシップ』という概念。従来の意味での編集の定義からもう少し広げて捉えてみると、普段の暮らしのなかでも編集的な活動をしているんですね。たとえば学生から出てきたのは、すき家のトッピングだったり、自分で一から旅行を組み立てたり……そういうことも編集的であると。そうした経験から編集の概念を広げていく試みです。デザインからさらにもう一歩、編集ということにも目を向けるきっかけになればと思っています。
丹治:編集者とひとくちに言ってもいろいろな年代の人がいるわけで、共通して大事なことは、人の話を聞くこと。聞く技術というか、「聞く」ということをいかにやれるかということを僕自身勉強したいなと。それぞれ自分なりの体験があるなかで、聞いている人の話が自分の知っている何かに近づいてくると、「それってつまりこういうことですよね?」って自分の物語に回収しちゃう。でもそれをすると、そこでその話は終わってしまうんです。自分はあなたの言っていることをちゃんと理解していますよと寄り添う気持ちの相槌かもしれませんが、そこはぐっと黙っているべきで。その人の話がいかに途切れずによどみなく話が出てくるかということが、その場の雰囲気作りも含めて聞き手の仕事だと思っています。
星野:ぜひ「聞く」ことの勉強会をたくさんされている西村さんにもお聞きしたい。
西村:いま丹治さんがおっしゃったとおりですね。あとはね、話を聞きながら何度も目撃してきたのは、たとえば、「すごくやりたい」って口では言っていても、そうでもなさそうだったり、あるいは「自信がないんですよ」って言いながら目がキラッとしていたり。本人が言っていることと“ディスプレイ”=目に表れているものが違うことがあって。そのことに気づけるのは、目の前にいる人(インタビュアー)なんですよ。そこに気づけたら、その人(インタビュイー)が頭で考えている以上のものが、表れてくることがある。そのことが、聞き手がいることの大きな価値かなと思います。
星野:なるほど、“ディスプレイ”を読み解くんですね。西村さんとは話す会をたびたびやってきたのですが、私たちはその場にいる方々と分かち合えたらという思いと同時に、こんなにも人が集まってくれたのだから何かサービスしなきゃと意気込んで、何かしらの“お土産”をつけたくなる。
それを西村さんに正直にお伝えした時、「その人の存在に触れられただけでいいんだから、そんなにいっぱいしゃべろうとか思わなくてもいいんだよ」って言ってくれて。まさに今日のようになお話しをする場に立つ時は、いつもこの言葉をいつも思い出すようにしているんです。
イベントのおわりに
〈エフスタイル〉の2人に会うたび、毎度、背筋が伸びる思いがする。2人のものづくりに対する姿勢やつくり手へのまなざしを見るにつけ、翻って自分は……と自問自答する。この「エフスタイルを編集する」展もまさにそうだった。
「編集とは」「編集者とは」という答えのない問いは、編集に携わる各々が大切にしているものだが、改めて言葉にする機会はなかなかない。奥のほうから引っ張り出されたこの問いを、先輩編集者たちや〈エフスタイル〉の2人からぶつけられ、もう一度自分なりに考えることになった。それは職業人としての編集者だけでなく、何かを生み出す職業に携わる人々にとっても有益なことではないかと思う。
どんな仕事にも“編集的”な目線は必要であり、互いを尊重しながら何かを生み出す姿勢や関係性にも“編集”という要素が不可欠だから。〈エフスタイル〉の2人は、自分の中にある違和感を常に大切にしながら、よりよきものを取捨選択していく。その日々の実践こそが、“編集”なのではないかと思うのだ。
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特集
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