特集 いま、自ら仕事をつくる人

会社じゃなくて“地域”に属す。 バンドマネージャーから 小さな集落の移動販売員へ

最も人口の少ない鳥取県の中でも、最も人口が少ない地域と言われる、鳥取県・佐治町。鳥取市街地から車で約1時間、細長い渓谷に位置するこの小さな集落に、植木等の『スーダラ節』が大音量で鳴り響くと、次々とおばあちゃんたちが広場に集まってくる。その音楽の発信源は、買い物に行けない高齢者のために、毎週決まった曜日に、食品や生活用品をのせて集落をまわる移動販売車。この移動販売を3年前から担当し、音楽の選曲もしているのが、元バンドマネージャーの竹村智行さんだ。子どもが生まれたことをきっかけに、約4年前に東京から鳥取県に移住。「どこに住んでも楽しい生活ができると思った」と話す竹村さんに、移住した後の働き方について話を聞いた。

写真:得田 優 文:森 若奈

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 季節によって変わる仕事

ーー現在のお仕事内容を教えてください。
第三セクター「さじ弐拾壱」という会社で働いています。僕たちの会社は、民間と行政の間なので、地域の仕事がメインです。生活用品や食品を車で販売しに行く移動販売から、農作業委託、子供の林間学校、自然体験、農村体験のセッティングをする事務局、郵便物の集荷などもしています。

あとは、季節によって仕事が変わるんですよね。冬だったら、除雪作業とか、夏は指定管轄施設のキャンプ場「山王谷キャンプ場 たんぽり荘」の仕事がピークで、週末には必ず何かイベントが入っているので、それの準備をしたりしています。僕は、週の前半は移動販売で、週の後半は会社の総務的なことや、会社で新しく取り組む事業の担当をしています。会社の雰囲気は、個人商店みたいな感じで、入ってから知ったんですが、同級生のお父さんやお母さん、弟さんがいたりします。笑

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移動販売車両から流れる音楽を聞いて、おばあちゃんたちが集まってくる。

“ここが自分の町だ”という生活がしたい

——都市部から山間地域へ。移住しようと思ったきっかけはありましたか?

音楽が好きで、バンドマンたちについていって日本のいろんな地域をまわっていたら、地域がすごく楽しそうだったんです。地域だったら、自分が仕事以外の部分で楽しめる気がして。あと、そこで生活している人が、暮らしを“積み上げている”感じがいいなと思った。子供が生まれたら、「ここが自分の町だ」という生活をしていきたいなって。

だから子供ができたことをきっかけに、地域でなんとか仕事を見つけて、子供と家族を安定させて、あわよくば楽しい仕事をやりたいなと思ってました。住んでみると、鳥取には楽しいことがすごくいっぱいあるなって思うんですけど、その時はなんもねーだろうなって思っていて、京都もいいなと思っていました。でも鳥取に戻ってきて4年目を迎えるんですけど、全然退屈しないです。

鳥取 移住 佐治町 竹村

車を停車させると、積んである商品をあっという間に車外に並べ、数分で小さな“商店”が誕生する。

どんな所でも、働けたら楽しい

——以前は会社勤めだったそうですが、働き方に変化があったタイミングはありましたか?

新卒から4年間務めていた会社を辞めてあとに、インディーズのミュージシャンのマネージャーや、アルバイトや日雇い労働をしていたんですけど、その時はパッとと解放された感じでした。

ずっと同じ会社に勤めていると、前の会社以上の条件が前提だったりして、転職がしにくいと思っていたんですけど、辞めてみたら、そういうしがらみがなくなった。どんな所でも働けたら楽しいなって思うようになっていったんです。そんなバイト生活も楽しい間に終われたのもよかったのかもしれませんけど。笑

鳥取 移住 佐治町

——移住先はどうやって決めたんですか?

鳥取県にこだわっていたわけではないんです。どこに住んでも楽しい生活ができるなと思っていたので。鳥取は子供を育てるのにいいなと漠然と思っていて、あんまり調べたりせずに決めました。

もし自分が独身だったら、もっと色々な場所を探したかもしれないけど、家族がおるから、自分だけその土地を気に入っても、奥さんが住みづらかったら生活していけないなという思いが強かったです。だから一緒に行ってみてそこが良かったら住んでみようとなって。それで、自然が近くて子育てに良さそうな、僕の実家にも近い鳥取県佐治町になりました。

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ゴミ袋などの生活用品から、納豆やお肉などの食材を、慣れた手つきでかごに入れていくおばあちゃんたち。一番の人気商品はアロエヨーグルトだそう。

——仕事はすぐに見つかりましたか?

偶然見つかりました。「買い物代行」の緊急雇用の募集で、はっきり覚えていないんですが、確かその日が応募の締め切りで、証明写真を取りに行って履歴書を書いた気がします。2011年2月に前職の本屋さんの仕事を辞めて、3月末から鳥取のハローワークで仕事を探し始めて、4月には鳥取に来ました。まわりからのプレッシャーを感じる前に、ほどよく見つかりました。

こっちに来てみて思うんですけど、2、3年若い人が地域で存在感を出していたら、働かないかっていう話が出てくることがあるんじゃないかなという気がしています。地方に仕事がいないから地方に若者がいなくて、会社もいい人がいないから採用しない、そういう悪循環があるんかなあと思います。

“会社”じゃなくて、“地域”に属している感覚。納得しながら働いている

——東京から鳥取へ。働き方は以前と変わりましたか?

楽しくやっています。ふと見上げると、窓の外の景色がきれいなのがいいですね。やっぱり環境がいい。以前東京で働いていたときよりも、今のほうが仕事量は多いんですけど、働きやすいです。家にも帰りやすいし。休みの日も働くんですけど、強制されている感じがないから楽しいです。

あとは、前は“会社に属している”って感じだけど、今は“地域に属している”って感じがしています。自分の住む場所をよくするための、やらなきゃいけないことをやってお金をいただいているので、やりがいもありますし、地域とつながっているという感覚もあります。自分の中で納得して働けている。今はもう働き出して3年なので、言いたいことも言いやすいですしね。だからダメなんだよ~って。笑

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家族ができたことでの変化

——家族と過ごす時間に変化はありましたか

新卒で勤めてた会社や東京で働いていた時は独身だったので、仕事や好きなことだけしていたらよかったんですが、鳥取に戻ってきてからは、住む環境の変化もそうですが、家族ができたことでの変化が大きいです。小さな子どもや鳥取に住んだことのない妻との生活になるので、仕事と家庭での生活のバランスをどうとっていくか、というのを一番考えないといけなくなりました。なので、色々と融通がきく今の会社がすごくありがたいです。

夕方の子どもがお風呂に入る時間とか、ご飯の大変な時間帯はなるべく家にいた方がいいので、できる限り早く帰ることを意識してます。他のみんなが残って仕事をしていても、帰りにくいっていう同調圧力みたいなものがないのが良いですね。仕事はいくらでもあるので、夜は早目に帰って、比較的動きやすい朝の時間帯に会社に来て仕事をするとか、自分で時間を調整してます。そういうことが、昔の職場ではできなかったので、鳥取にきて、というか、今の会社で働いて一番よかったなと思うところです。

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——10年ぶりに地域で暮らしはじめて、とまどいなどはありませんでしたか?

大丈夫でした。子供が生まれて引っ越しをしたんで、出産でばたばたしたのか、引っ越しでばたばたしていたのか、どっちがどっちだったか分からなかったです。笑 免許もあったし。

大衆居酒屋で飲むのが好きだったんで、お酒が飲みたいなと思っても、仕事帰りに繁華街まで車で片道30分かかるのが面倒くさいなと思って、飲みに行かなかくなったことぐらい。でも、飲みに行ってもお金はたまらんし、子供ができてそういうのをやめないといけないタイミングだったし、まあいっかって。

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若い人が移り住む影響力

——これから地域で取り組もうとしていることはありますか?

少し役場の人っぽいんですけど、佐治町の地域のことをやっていく会社に所属しているので、空き家をどうにかしたい、移住・定住をどうにかしたいと思っています。

あと、最近若い人が住むだけでも地域がよくなるのを特別感じています。鳥取でライブをしてくれたミュージシャンの友達が、佐治町の地域おこし協力隊として、最近東京から引っ越してきたんです。彼が来たことで、東京から会いに来る人がたくさんおるし、地元だけのつながりじゃなくて、新しいつながりができたりもする。だから、今後は人が新しく住んで面白くなることをしたいと思っていいます。今はそれで町がもっと楽しくなればいいなと思っています。

移動販売
2011年、高齢者を支えるために、第3セクター「さじ弐拾壱(21)」が市に事業提案し、モデル事業としてスタートしたサービス。最初は、ケーブルテレビの加入率が89%と高いことに着眼し、ケーブルテレビと提携し、注文を受けて個人宅に商品を届けていたが、 現在は、毎週決まった曜日に、食品や生活用品を車に積んで販売をする移動販売方式になり、さじ弐拾壱が単独で運営している。平成27年度からは買い物と見守りをあわせた「買い物福祉サービス」を新たに取り組む予定。

会社じゃなくて“地域”に属す。 バンドマネージャーから 小さな集落の移動販売員へ
竹村智行さん たけむら・ともゆき/1982年、鳥取県佐治町生まれ。高校卒業後、京都の大学に進学。名古屋の内装会社に4年勤務した後、東京へ。書店で働いたり、バンドマネージャーをしながら日本各地をまわり、2011年10年ぶりにUターン。夫婦共に音楽好きで、自宅で土間ライブの企画もしている。三児の父。
(更新日:2015.03.27)
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都市から地域へ。自らの選択で住む場所を移動し、自分の手を動かして「暮らし」と「仕事」を生み出した人々。地域に根を下ろして見えてきたものとは。
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