INTERVIEW
  • どこにいても学び続けること 文化的拠点の“ない”場所で 「知」をどう生み出すか考える。

山村に移り住み、灯りをともす人たち

奈良県・東吉野村

奈良市内から車で約1時間以上、大阪市内から約2時間。奈良の山村にあらわれた、シェアオフィス「OFFICE CAMP」に集う人や、この村に移り住んだ人たちは、不便だ大変そうだとマイナスな想像に止まらず、自身が楽しめる今日を迎えるために動いた。山々に見守られながら、その暮らし・仕事について聞いた。

どこにいても学び続けること
文化的拠点の“ない”場所で
「知」をどう生み出すか考える。

奈良県
青木真兵さん
古代地中海史研究者・関西大学博物館学芸員
居住地: 埼玉県→大阪府→兵庫県→奈良県
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兵庫県西宮市にあるマンションの一室に、青木真兵さんの自宅がある。壁を取り囲むように本棚がずらりと並び、本がぎっしり入った段ボールも部屋のあちこちに積み上げられていた。この秋から奈良県東吉野村に家を借りたため、車で何度も通いながら、大量にある蔵書を運んでいる最中なのだという。

大学院までの10年間、古代地中海史を研究しつつ、思想家である内田樹さんの大学院ゼミに通い続けたという青木さんは、「学ぶこと」の大切さを人一倍知っている。地域は都市に比べて、書店や図書館、美術館など、教育や文化の拠点となる場所が圧倒的に少ないという現実を受け止めつつ、「地域に子どもが少ないのに教育を考えたり、本がない場所で研究をしたり……。まずは“ない”ことを出発点に考えてみたいんです」と、今、マイナスから動き出す。

地域活性を目的に、地方に巨大な図書館を建てようとする動きがある一方で、自らの蔵書を一般に公開する「マイクロ・ライブラリー(個人図書館)」のような、小さくても確かな文化的拠点を自分の手でつくりたいという青木さん。

長い間、その土地に残ってきた暮らしの知恵は、文字には残っていなくても、言葉や姿をもって人から人へ伝えられてきたもの。絶やしてしまうのは簡単だけれど、これからも受け継がれてきた「知」をどうやって残していくのか。地域に根ざした「知」のあり方がきっとある。それを青木さんは静かに考え続けている。

写真: 松木宏祐 文:薮下佳代

ニュースの本質を探ることから
古代地中海史を学びはじめる

10年間もの学生生活のなかで、ずっと古代地中海史を研究していました。なぜ、地中海なのかとよく聞かれるんですけれど、きっかけは、9.11のアメリカ同時多発テロでした。その当時、僕は高校3年生で、受験勉強をしていたら、あのニュースが入ってきた。ムスリム(イスラム教徒)が悪の存在と報道されていたけれど、本当にそうなのか?と、トルコに行って確かめてみたいと思ったんです。一神教の宗教はすべて地中海沿岸部から生まれているけれど、一神教が生まれる以前は、多神教の世界があったということを知りました。それは一体どんな世界だったのかを知りたくて、古代地中海史を学び始めたんです。

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兵庫県・西宮市にある青木さんの自宅にて。現在も、古代地中海史を専門にする若き研究者でもある。

兵庫県・西宮市にある青木さんの自宅にて。現在も、古代地中海史を専門にする若き研究者でもある。

今のチュニジアの首都チュニスの位置に「カルタゴ」という消滅してしまった古代都市国家があって、フェニキア人が建国したといわれています。カルタゴはローマと3回戦争して、3回目に徹底的に破壊されてしまうのですが、フェニキア人について史料が残っていないために謎も多くて。どうして滅ぼされてしまったのか、その知られざる歴史を研究したいなと思ったんですよね。

青木さんの愛読書のひとつ、リビア中央部の発掘報告書。(D. Mattingly ed., The Archaeology of Fazzan, London, 2007.)

青木さんの愛読書のひとつ、リビア中央部の発掘報告書。(D. Mattingly ed., The Archaeology of Fazzan, London, 2007.)

東吉野に来たのは今年の3月のことでした。吉野町で地域おこし協力隊として住んでいた後輩のところへ、ネットラジオをやっている仲間と一緒に行った時、東吉野にOFFICE CAMP」という新しい場所ができたと聞いて、急遽行ってみることにしたんです。その時、初めて坂本大祐さんや菅野大門さんと会いました。初対面だったんですけど、読んできた本だとか、お互いに個人的な話をするうちにシンパシーを感じたんですよね。僕が地方に文化的な拠点をつくりたいという話をしたら、坂本さんは「ええやん」と言って、一緒にアイデアを考えてくれたり、人を紹介してくれたり……。

それから、2週間に一度、西宮から東吉野に通うようになって。まだ移住するかも決めていない時に、空き家になっていたこの家を見せてもらったんです。この空間だけまるで別世界のように感じて。橋を渡った所にこの家しかなくて、杉の木立を通り抜けると家に着くなんて、おもしろいなと。大家さんもすごくいい方で、家賃もびっくりするほど安くて。この家に出会って「これは借りねばなるまい」と思ってしまった(笑)。ここでどうやって暮らして行こうかというのは、実は後付けなんです。

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青木さんが東吉野で借りた家は、山と川に囲まれた静かな場所にひっそりと建つ平屋。思索にふけるには格好の場所。

青木さんが東吉野で借りた家は、山と川に囲まれた静かな場所にひっそりと建つ平屋。思索にふけるには格好の場所。

西宮から東吉野に移り住んだあとも、もちろん研究は続けます。自分の研究ができる拠点を地方につくってみたくて。今、地方の大学から人文系の学部をなくそうという動きがあって、お金を生み出さないものは切り捨てられようとしている現状がある。もし「意味がない」ものでも存在できるとするならば、それはいわゆるコストを下げた場所じゃないと存在し続けられない。だから、たとえこの先、研究する環境として大学がなくなってしまったとしても、自分が学び続けられる場所を地方に持っておきたかったんです。

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僕は、作家ではないし、場所を選ぶ仕事をしてきました。教育にしろ文化的なことにしろ、人がいる場所、つまり都市部でしかできない仕事なんです。でも、村には文化的拠点もないし、そもそも人が少ない。でも、多くのものが“ない”、不自由だといわれる場所だからこそ、できることもあるんじゃないかと思う。僕が趣味で続けている合気道もそうなんですが、相手がいて型があることで、反対に自由になれることってあるんですね。以前、体を壊したことがあるのですが、それからはあれもこれも何でもできると思っていたことができなくなりました。けれど、自分の“不可能性”を知ったことで、今度は違うレイヤーで物事が見えてくる。そうすると、別の視点で考えることができるんです。できないことを知ることは、新しい可能性を手に入れることでもある。そう考えられるようになったら、ラクになったし、自由になれました。
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地域に暮らす自分たちに必要な学びの場とは?
個人図書館から、大学構想へ

地域で僕に何ができるだろうと考えた時、当初思い描いていたのは、マイクロ・ライブラリーでした。奥さんが図書館司書をやっていたこともあって、大量にある蔵書や、とてもお世話になっている内田樹先生からいただいた人文系の本を集めて、個人図書館を始めるのはどうだろうと。そんな時に、来年4月から障害者の方の就労支援をするNPOが東吉野に支所を開くことになり、そこで働くことが決まったんです。就労支援をするならば、もっといろんな人と関わり合いながら、何かできる場所をつくれないかと考え、東吉野村に大学をつくる「東吉野大学」構想へとだんだんと移ってきました。都市部では、シブヤ大学や自由大学など、自主的に学べる大学っていくつもあるじゃないですか。そんなふうに、村全体をキャンパスにした学びの場をつくってみたいなって。

古代ローマ、フェニキア人……古代地中海史の文献がいろいろ。そのなかには『東吉野村郷土誌』も。

古代ローマ、フェニキア人……古代地中海史の文献がいろいろ。そのなかには『東吉野村郷土誌』も。

玄関から入ってすぐの板の間に蔵書を並べて閲覧室にし、いろんな人が訪れるパブリックスペースとして活用することも将来的には考えている。

玄関から入ってすぐの板の間に蔵書を並べて閲覧室にし、いろんな人が訪れるパブリックスペースとして活用することも将来的には考えている。

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都市部と違って、地方はそのエリアごとに自然環境も違うし、固有の環境のなかで暮らすために人の気質も違います。そこで生きていくためにはどうしたらいいのか?を考えるためには、まず、その地域を知ることが大事なんです。僕自身、研究者でもあるから、東吉野村の歴史や文化を分析して、ほかの地域との違いを比較文化で捉えてみたい。イタリアのサルデーニャ島の山岳部と東吉野はどう違うのか、フランスのアルプス国境近くの山岳地帯の人たちはどういう生活しているのか。土地を知ることで見え方が違ってくるし、比較することで、いい悪いじゃなくて、その土地の特徴が見えてきます。

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そうした「学び」を、地域のなかだけで完結するのではなく、アカデミズムとつなげていくことも僕にならできるし、いろんな研究者を招いて東吉野の人たちに研究成果を発表してもらう場ができたらいいなとも思っていて。東吉野大学には、誰か1人、えらい先生がいるのではなく、生徒と先生の垣根なく、互いが師となって教え合えるような、持っている知恵のシェアをしたい。そして、それを講座という形でその場で終わらせるのではなく、アーカイブして出版もしていきたい。そんなふうに“知の循環”が生まれたら、すごくおもしろいんじゃないかと思っています。

人文知の拠点としてのマイクロ・ライブラリー「ルチャ・リブロ」と、東吉野大学構想のメモ書きには、奥さんの書いたイラストも。

人文知の拠点としてのマイクロ・ライブラリー「ルチャ・リブロ」と、東吉野大学構想のメモ書きには、奥さんの書いたイラストも。

この村で、少しでも長く気持ちよく
人々が暮らすためのコミュニティを考える

室町時代には分国法といって、国ごとに法律が違ったそうです。この辺は、いわゆる田舎の山村ですけど、田んぼがないでしょう? 段々畑のある懐かしい里山の風景はどこにもなくて、山と川しかない。広く平坦な土地がないから作物を栽培するのが難しいんです。そうすると、ほかの地域からお米をもらうしかないから、ほかの地域と友好にやっていく必要がある。あるいは、お米と交換できるくらい価値のあるものを作る必要がある。そうした固有の環境に合わせて、人間関係やコミュニティのあり方が変わるのは当然だし、変える必要があると僕は思っています。そのためにも、そもそも「地域って何なのか?」ということを、きちんと分析することからスタートしないといけないと思っているんです。

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人が大量に都会に流出してしまったせいで、地域のコミュニティがどんどんなくなってしまいました。今、新たに地方に移住する動きがあるけれど、都会と違って個人で誰にも頼らず生きていくことは難しいと思う。そうした時に、人づき合いはどうしていくのか。僕ら都会で過ごして来た人間にはわからない地域でのコミュニティのあり方を、一から考えなくちゃいけない。僕が考えている大学構想も、何のためにやるのかといえば、この村で少しでも長く、人が気持ち良く暮らせるようにするためなんです。だから、それがほかの場所でも応用できるようなシステムを考えているわけではなくて、あくまで東吉野でできることをまずはきちんと考えたい。

仕事や経験をもって、どこでも暮らしていけるような能力がある人が移住して、地域の核になるのはいいと思います。けれど、その力で地域を消費して、飽きたらほかの地域に行くっていうのは、違うんじゃないかとも思っています。だから僕がやろうとしているこの大学構想と、障害者の就労支援という仕事はマッチするなと思っていて。社会的包摂、ソーシャルインクルージョンっていいますけど、強い人だけじゃなく、いろんな立場の人がみんなでともに暮らして行くにはどうしたらいいのかっていうのを、絆とか優しさとかじゃなくて、もっと現実的に、実際的に考えていかないといけない。その時に、必要なコミュニティはどういうものなのか、生活していくのに何が必要なのか。もともと東吉野に住んでいる人と移住した人たちとの間で、さまざまな知恵をシェアして、お互いに持っているものを分け合いたい。そうすることで、新しい関係性を生んでいきたいと思っています。

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どこにいても学び続けること 文化的拠点の“ない”場所で 「知」をどう生み出すか考える。
青木真兵さん

あおき・しんぺい/1983年、埼玉県生まれ。駒澤大学卒業後、関西大学大学院へ進学。古代北アフリカでフェニキア人が築いた都市国家「カルタゴ」の研究を専門に、古代地中海史を専攻し、現在も研究を続ける。関西大学、神戸大学などで非常勤講師として勤務する傍ら、2015年9月より関西大学博物館の学芸員としても働きながら、実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信、竹内義和さんとのプロレス・トークイベントも行う。今後は、奈良県東吉野村でマイクロ・ライブラリー(個人図書館)をはじめとする文化的拠点づくりを進め、2016年4月より「NPO法人地域活動支援センターぷろぼの」東吉野村支所にて障害者の就労支援を担当する予定。


(更新日:2015.11.02)
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