ある視点
vol.3 中三の時のバレンタイン
バレンタイン、どうでした?
いま、締め切りギリギリ、バレンタインデーにこの原稿を書いております!
僕はこの時期毎年思い出すことがあるんです。中三の時の出来事。
そのことについて書きますね。
2月13日、事件が起きました。
選挙で言えば投票日前日、翌日にバレンタインを控えた男子たちにとって、その日は最後のアピールチャンス。塩浜中学校3年2組の教室では静かな戦いが始まるはずだったんです、「そんな、チョコとか別にいらねーし!」という顔をしつつ、みんななるべくたくさん欲しい、それがバレンタイン。
しかしその日の朝、あろうことか「受験勉強がしたいから」という理由で一人の男子が欠席したのです!イニシャルはY.H。「こ、こんな大事な日にあいつはなんて余裕なんだ…!」と男子たちは激怒しました(実際は受験のことで余裕がないから休んだはずなのに)。出欠を取り終えた後、いつものように朝自習の課題を無視し、教室の後ろの方に集まって仲間で会議。「こんな日に休むなんてあいつは調子に乗っている」「あいつを痛い目を合わせなきゃダメだ」という採決が下されました。
放課後、団地と南行徳駅の間にあるDマートでドックフードを購入。サービスカウンターでバレンタイン包装をしてもらう。「わんちゃん用ですね♥」と店員のおばちゃん。「違います」とも言えず。「あ、はい」と答える男子たち。明日、これをY.Hの机に忍ばせて、反応を見ようというイタズラだ。
これだけでは甘いということで、クラスで一番字が綺麗な石田さんに嘘のラブレターを書いてもらって、一緒に入れておくことになった。石田さんには「本当は手作りのをあげたかったんだけど、受験で忙しかったので作れませんでした。気持ちだけでもうけとってください」と書いてもらった。もちろん匿名で。完璧だ。
翌日。
騒がしい朝の教室で、このイタズラのアイデアを出した主犯格の男子が、Y.Hが教室に入るより先にバレンタイン包装された手紙つきドックフードを机の引き出しにセット。あとは奴がプレゼントをみつけてドックフードに気づくまで、いつも通りに振舞うだけ。
あ、一応いっておくと僕たちは非常に仲が良く、常にふざけて毎日を過ごしていたので、全然いじめっぽい感じじゃなく、これをやっていました。いじめはいじめられてる方にしかわからないって言いますけど、この場合は違います!断言。
僕たちは小さい頃から団地っていうすごく小さいコミュニティの中で過ごしているので、幼稚園から中学まで一緒に過ごすのは全然ざらで、もはや笑えることといったら適当に傷つけ合うくらいしかないっていう、雑なコミュニケーションが中三にもなると成り立ってました。「お前んち8号練だもんな。(8号練は間取りが狭い)」とか「おまえのとうちゃんがフィリピンパブから出てくるのみたぞ」とか、まあそういうふうなかんじで、キツめのやりとりが普通。ぐははは。
さてY.H。2時間目の途中でチョコ(じゃない)に気づく。
僕はY.Hの斜め後ろの席だったので彼の反応が手にとってよく見えた。彼は一度チョコ(じゃない)の存在に気がついたが、周りをすこし見渡してから、ばれないようにそっと、再び机の奥にそれをしまいこんだ。「ごくり…」という喉の音が聞こえた気がした。
次の休み時間。Y.Hは口を開く。
「机の引き出しにチョコ入ってたわ…」
「手紙が入ってて、手作りしたかったけど忙しくて無理だったって書いてあったわ…」
僕たちはこころのなかで頷いていた。
「うん…、それ、知ってる。」
が、思いのほかY.Hが本気で喜んでいる、というか、本気の告白に、もしかして困惑している…?(本気でもなんでもないのだが。)
あれ?思っていた感じと違う。
もっと、「やべー!!チョコきたー!!!」とはしゃぐタイプだと思っていたけれど、こいつ、恋愛になるとこんな感じなのか…。
包みも開けようとしない。家に持って帰るという。教室で開けたらみんなが騒いで、渡してくれた人がかわいそうだという。
僕たちは思った。
「お、おまえ優しすぎだろ…。」
急に悪いことをしている気になってきた。だってY.Hは昨日受験勉強に切羽詰まって学校を休んだだけなのだ。
だけど、これを持って帰って開けたとしたらもっとまずい。なんとしても今日中に教室で開けさせて、笑いにするしかない。そう、もう僕たちは引きか返せない!休み時間のたびに「もういい加減あけろや」と言いまくった。もう不自然なくらい、みんなして「どうしても見たいから開けてくれ」と頼み込んだ。しかし開けない。
勝負は昼休みまでもつれこんだ。
みんなのごり押しに負けて、Y.Hはついに包みを開ける決心をしてくれた。
が、一人にさせてくれという。みんなの前では開けたくないと言い張る。最初は一人で見たいらしい。よくわからないが、ま、了解して、Y.H は一人教室のベランダへ。窓開けておくから、どんなのが入っているか実況中継してくれるとのこと。Y.Hは僕らに背を向けてチョコ(じゃない)が入った袋を見ている。
いつのまにか教室の中の僕たちは、なぜか、緊張していた。あいつ、どんなリアクションするんだろ。キレるかなあ。キレたらやっかいだなあ。傷つくかなあ。それもやっかいだなあ。面倒臭いなあ。Y.Hの背中を見ながらそう考えていた。
声が聞こえてきた。
「綺麗に包装されてる!」
袋から出したらしい。
「やっぱり、手作りできなくてごめんなさいって書いてある!」
もう一度読んだらしい。
ビリビリビリビリ…。髪を破く音が聞こえる。そこは雑なんだな。
つぎの瞬間、ちょっと間をおいて、Y.Hの叫び声がベランダから教室にこだました。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
どうやらドックフードとご対面したらしい。
僕たちは内心こわかった。
だ、大丈夫かなあ。すげえ叫んでるぞあいつ……
息継ぎをしつつ、3分くらい「えええ」しか言ってないY.H。
たぶん、ドッキリなのかなんなのか、整理がついていないのだろう。
「え?えええええ!えええええええええ?ええええええええええ!え?えええええ!」
バリエーションが増えた。だんだんと理解してきているようだ。
ふと叫びが止む。束の間の静寂。
次の瞬間。泣きそうな声をY.Hは振り絞った。
「これ手作りできるわけねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」
爆笑した。意外すぎた。
つっこむところ、そこなのか?「ドックフードかよ!!!」じゃないの?
爆笑しながら僕たちはベランダに駆け出した。Y.Hはスラムダンクで桜木が流川にワンオンワンを挑みぼろ負けしたときみたいに、小さく、寂しく、座っていた。
「ドックフードだったわ…。」Y.Hはいう。
「うん、だから、それは知ってる。」僕たちは思う。
「ドッキリでした~!昨日休んだからね!」と不条理な理由を叩きつける。
Y.H がそのあとどんなことを言ったかは忘れた。
バレンタインデーになると、団地や教室の景色と共にこの出来事を毎年思い出す僕なのでした。
つづく
【INFORMATION】
ニュー・ミニ・アルバム『TAKE CARE』を3月4日にリリース。前作『AFTER HOURS』に続き、サヌキナオヤによるアートワークをフィーチャーした豪華イラストブック付き。また、3月27日より全国6ヶ所(広島/福岡/名古屋/大阪/札幌/東京)でワンマンツアーも開催。最新情報はこちらから。http://siamesecats.jp
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夏目知幸
夏目知幸/1985年生まれ、千葉県・市川市出身。ロックバンド、シャムキャッツのボーカルとギターを担当。好きな芸人はとんねるずなどなど。好きな食べ物はあんかけ焼きそばとピザ。茶目っ気たっぷり団地メン。
http://siamesecats.jp/
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