特集 宇都宮ダブルプレイス案内
農産物とお客さんをつなぐ、 カクテルバーから“一歩先”にある挑戦
宇都宮は“カクテルの街”と呼ばれている。日本バーテンダー協会技能大会で優勝者を多数輩出し、高級バーやカジュアルバーが数多く並ぶ。実は、ここ宇都宮には日光参拝の宿場町としての歴史があり、美味しい食事と酒で人をもてなす文化が根付いていた。今も街を訪れる人たちとこのカクテル文化が、人知れず、絶妙に折り合っている。
そんな宇都宮のバーの中で、原百合子さんのお店「Bar fleur-de-lis(フルールドゥリス)」は異彩を放つ。栃木の果実や日本酒を使ったカクテルや果実酒をメインにしたバー。発信するのは、栃木の果実と栃木の地酒を使ったカクテル。さらに、自家製リキュールの果実酒瓶がカウンターにずらりと並んでいる。店内は、バーというよりは、昼間のカフェを訪れたように、明るく、開かれた場所という印象だ。お店をはじめて5年目。今、原さんは新たな挑戦に向けて動き始めている。「このバーをオープンしなければ生まれなかった夢」と原さんは言う。店でつながった人たちの出会いから、どのようにこの挑戦がはじまっていったのだろう。
9月下旬、原さんに連絡を入れると「梨のシーズンなので、一緒に梨農家さんに会いに出かけませんか?」とのお誘い。バーテンダーの取材で農家さんへ……? ワクワクしながら、雨が降る日曜日の午後、一緒に出かけることになった。
写真:工藤朋子 文:羽鳥靖子
生産者が近い宇都宮だからこそ
感じられること
「この前生産者さんに教えてもらい、初めてメロン果樹園に行きました。恥ずかしながら、栃木でメロンを作っていることを初めて知りましたよ」
原さんはお店でふるまう無添加の自家製リキュール作りのために、より身近な地域の農産物を探して県内を巡る。
同じ生産者の商品でも、時期ごとに品種や旬のおいしさのピークも変わる。四季折々のライブ鑑賞を楽しむように、原さんは新しい発見を求めて、季節ごとの変化を楽しみに産地へ何度も出向く。そのうちに、信頼できる生産者が、また別の生産者を紹介してくれるかたちで、次々と広がっていった。
採りたての果物をその日のうちにお店でお客さんにふるまいながら、果樹園のことも紹介する。生産者さんにとっては、カクテルとして味わってもらうだけでなく、手塩にかけて育てた果物そのものを紹介してもらえる喜びは大きいはず。中には、農家の友だちを連れて店に訪れ、実際にカクテルを味わってくれる人もいると言う。
「“俺がつくった果物のカクテルが一番おいしいんじゃない?” なんて言いながらうれしそうに飲んでくださったり。農産物をサービスに変えて、お客さんに付加価値を提供する。そうやって橋渡しできるのが、この仕事の醍醐味だと思います」
原さんはカクテルをツールに栃木県の生産者さんを紹介する、案内人。
「栃木県には、本当にたくさんの果樹園がありますが、まだまだお付き合いは少ないです。里山地域へ行くと、聞いたことのない果物の名前がでたりするんです。それを知ることにも興味があって。宇都宮は栃木県の真ん中に位置するので、さまざまな果樹園とつながる拠点になりますね」
今回訪れた山口果樹園は宇都宮市の東端、清原地区にある。
「この辺りは広い平地を生かして、本田技研をはじめとする工場がたくさんあります。地元でもすっかり工業団地のイメージが定着していますが、宇都宮の中でも代表的な農業地区なんですよ」
豊富な野菜はもちろん、米も生産、地域のレストランが監修し、地域の生産物で作ったピクルスなど加工食品の販売もしている。
取材で伺った9月下旬、果樹園には旬の梨、『新星』がたっぷりと水分を蓄えて、輝いていた。清原地区は、日照時間が長く、寒暖の差が大きいので農地に適しているのだそう。山口果樹園は化学肥料を控え、微生物や完熟堆肥によって3世代に渡り作り上げた肥沃の土地で梨作りに取り組む。
果樹園に着くとすぐに奥さまの美輝さんが試食用の梨を剥いてくださり、品種の特徴を教えてくれた。「もう『幸水』は終わり、今は実が固めの『新星』が旬。上品な『あきずき』が出始めていて、10月中旬には栃木県が品種改良した『にっこり』が出て来るのよ」
原さんは『新星』を購入。「今日はおいしい梨のカクテルを作りますね!」と、とてもうれしそうに農園をあとにした。
人とつながることで
描かれていく夢
その夜、「Bar fleur-de-lis(フルールドゥリス)」へ訪れた。
ビルの3Fにある店のエントランスには、博物館の標本のように美しく光りに照らされたリキュールの瓶が並んでいた。
バーテンダーの服に着替えた原さんが改めて迎えてくれた。
早速作ってくれたのは、山口果樹園さんの新星の梨と、栃木の日本酒を合わせた和カクテル。キラキラに輝く乳白色のカクテルはほんのり甘く、梨とお酒の旨味と香りがうつくしく中和されて軽やかにスーッと喉に入って行く。一杯のんだら、もう一杯のみたくなる。とってもおいしい!
「“無着色のカクテルを作る”というアイデアから、リキュール作りを始めました。この店をオープンして果実のリキュールをつくり続けるうちに、栃木の豊かな自然に気がついて、この地域のことをもっと知りたいと思うようになって。『この土地の魅力を発信していきたい』という想いを抱きながら、バーで働いていました」
“カクテル文化の街・宇都宮”で、お店を営む日々の中で、バーと生産者さんが一緒に盛り上げていく事業はないだろうかと考えるようになっていった。
「生産者さんやお客さんを通じて、もう一度今の足元を見つめ直したら、果樹園とカクテル文化という二つの資源をもつこの土地は、リキュール作りに最適な土地であることに改めて気がついて『リキュール製造業』を始めたいと思ったんです。さっそくそれをお客さんに話したら、実現性の不安や資金を心配する意見がありましたね。そんな中でも、私の夢に自身の夢を託して一緒にやりたいという生産者さんの声もいただきました」
その夢を実現させるため、地域銀行主催のビジネスプランコンテストに応募したところ、最終審査に残った。
「来月、母校の宇都宮大学で最終の公開プレゼンに臨みます。その練習を常連さんに見ていただいて、いろいろな視点でアドバイスをいただき、協力をしてもらっています。県職員、大学教授、学生、商社マンの常連たちが集まるバーだったので、情報交換がしやすかった。私が始めるリキュール製造業は、このお店をきっかけに出会った人たちとのつながりから、導かれて生まれたもの。製造業は初めてですが、農産物に付加価値をつけてお客さんに届ける橋渡し役は、今の仕事と同じです。未来へと続く地域産業を用意したい。だから、お客さんをはじめ、生産者のかたなどの意見を聞きながら、必ず実現させていきたいと思うんです」
取材後、そのビジネスコンテストで、原さんは見事最優秀賞に輝いた。
「リキュール製造業は長期覚悟で大切に育てていきたい。そして、この地域を大切に思って一緒に歩んでくれる人がもっと増えると、本当にありがたいですし、うれしいです」
- 原百合子さん はら・ゆりこ/1982年、栃木県生まれ。宇都宮大学教育学部卒。会社員を務めた後、2005年「夢酒OGAWAパイプのけむり」でバーテンダーとして働き始める。2006年にNAB関東ジュニアバーテンダー大会で銅賞受賞。2012年に独立して「BAR フルールドゥリス」をオープン。バーから栃木果樹園やその他魅力的な作り手の情報を常に発信している。
特集
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- 街のコミュニケーションが生まれる入り口に
- 中尾真仁さん (醸造家、「BLUE MAGIC」店長)
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- 農産物とお客さんをつなぐ、 カクテルバーから“一歩先”にある挑戦
- 原百合子さん (バーテンダー、「BAR fleur-de-lis」店主、「栃木果実研究所」代表)
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- 新しい縁を深めて生まれる “もうひとつの故郷”
- 平田唯さん (会社員、カマガワリビング週末在住)
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- 選択したのは、歩いて過ごす日常。 自分のペースで暮らし働き、楽しむ宇都宮。
- 掛川真史さん (WEBディレクター)
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- 今お寺にできることはもっとある。ふたたび、まちに開かれた場を目指して。
- 井上広法さん (光琳寺・副住職)
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- 都市と地方の魅力が交差する、 この場所でしかつくれない“かっこいい”ものを。
- 松本裕功さん (商業施設コンサルタント)