特集 宇都宮ダブルプレイス案内

選択したのは、歩いて過ごす日常。 自分のペースで暮らし働き、楽しむ宇都宮。

栃木県・宇都宮市。県庁所在地であり、北関東3県のうち、唯一人口50万人を超える一大地方都市でもある。しかしながら、東武宇都宮駅を中心とする市街地は歩いて回れるほどよい大きさで、昔ながらの個人が経営する飲食店や人気アパレル店などが点在しており、はしご酒やショッピングが楽しめる。

掛川真史さんは生まれも育ちも宇都宮市。一度東京に出て働いていたが、4年ほど前にUターン。彼は車を持っていない。「大人1人につき一台」ともいわれる“車社会”の宇都宮市で、歩いて暮らすことに不便は感じないのだろうか。「車がなくても全然楽しめますよ」という掛川さんと一緒に、宇都宮を歩いて回った。

写真:志鎌康平 文:薮下佳代

歩いて回るからこそ、見える風景。

掛川さんの職場と家は歩いて10分ほどの距離。自宅マンションの目の前には国内の若手デザイナーのセレクトショップがあり、いつも食べに行く中華料理店「珉亭」は会社からすぐそこ。掛川さんの普段の行動範囲は、半径1km以内にほぼ収まるという。

「車を持っていないので、ほとんど歩きで移動していて。いま住んでいるところが宇都宮の中心部なので、歩いて行ける範囲に何でもあるんです。もちろん仕事柄、宇都宮市内のいろいろな場所に行ったりもしますけど、僕の日常はこの範囲でまかなえちゃいますね(笑)」
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週に何度か通うというお気に入りの中華店「珉亭」。おすすめはラーチャン(ラーメン&チャーハン)。「世界で三番目に旨い」のは、下北沢にある「珉亭」からのれん分けだからとか。

週に何度か通うというお気に入りの中華店「珉亭」。おすすめはラーチャン(ラーメン&チャーハン)。「世界で三番目に旨い」のは、下北沢にある「珉亭」からのれん分けだからとか。

中高校生の頃、よく遊んでいたというオリオン通りには「めちゃくちゃおいしい」というカレー屋さんがあり、どこかホッとする昔ながらのコーヒーショップへも時々ふらりと訪れるという。かつて古着屋がいくつもあったユニオン通りには、人気セレクトショップ「ARK」が立ち並び、買い物には事欠かない。

車社会だといわれる宇都宮市は、駐車場の数が圧倒的に多いそうだ。市街地を歩けば、その数に驚くほど。空き店舗になった物件を取り壊し、それがどんどん駐車場になっていくからだ。だが、しばしそこに車を停めて、歩いて回ってみると、普段見えなかった風景が目に入ってくるだろう。路地裏にあるワインバーの手書きのメニューをのぞいたり、小さなカフェの中にはこんがりと焼き上がった焼き菓子を見つけては一息ついたり、年季の入った洋食店からはいい匂いが漂ってくる。そうやって掛川さんが歩いて回って初めて知ったという宇都宮という街は、生まれ育った町の記憶にあった宇都宮とは違っていた。

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オリオン通りにある「カレーハウスフジ」では、カツカレーかAセット食べるという掛川さん。古いお店と新しいお店が共存している。

オリオン通りにある「カレーハウスフジ」では、カツカレーかAセット食べるという掛川さん。古いお店と新しいお店が共存している。

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県庁近くにある「ブラジルコーヒー商会」は昔ながらの喫茶店。掛川さんが初めてお店に訪れた時、店員さんが亡き母に雰囲気が似ていて驚いたという。心温まる接客で居心地が良い。

県庁近くにある「ブラジルコーヒー商会」は昔ながらの喫茶店。掛川さんが初めてお店に訪れた時、店員さんが亡き母に雰囲気が似ていて驚いたという。心温まる接客で居心地が良い。

県庁近くにある「ブラジルコーヒー商会」は昔ながらの喫茶店。掛川さんが初めてお店に訪れた時、店員さんが亡き母に雰囲気が似ていて驚いたという。心温まる接客で居心地が良い。

「宇都宮に戻って4年が経ちました。昔知っていた宇都宮とはぜんぜん違っていましたね。実家も小中高も半径1km内にあったから、ほとんど宇都宮の街なかと実家周辺しか知らなくて。高校を卒業してすぐに上京したので、こっちに戻って来て初めて、宇都宮にもいろんなお店や場所があることを知ったんです」

生まれも育ちも宇都宮という掛川さん。高校を卒業して音楽関連の仕事につきたくて東京の音響やレコーディングが学べる専門学校へ進学。その後、青山にある「CAY」へライブに訪れ、この空間で働きたいと、アルバイトを始めることに。レストランでありながら、ライブスペースとしても知られるこのお店で、アーティストの窓口やブッキングなどイベント業務に携わった。7年ほど働いた後、ウェブの制作会社へ就職。そこではイベント制作などを手がけた。仕事も順調だった矢先、母親が体調を崩し、宇都宮へと戻って来ることに。母親の看病をしながら、ウェブ制作の仕事を請け負うようになり、それがいまの仕事につながっている。

「いまの仕事はディレクター兼営業ですね。僕の場合は行政にまつわる仕事と、テレビとか出版、ラジオ局などメディア系の仕事が中心。宇都宮市の観光PR動画『RIGHT NOW!宇都宮』や、宇都宮のシティプロモーションサイト『宇都宮プライド』ダブルプレイス(※)』などのディレクションを手がけています。これらの仕事を通して、宇都宮の人々や地域を再発見するきっかけになりました。大人になって初めて知ったことも多くて(笑)。その取材を通してわかったことは、場所よりもやっぱり人がおもしろいということ。そのエリアに集まる人だったり、いま僕たち世代の30代で宇都宮に戻って何かを始めようとしている人たちがいることが宇都宮の魅力なんじゃないかなと。まさに新しい宇都宮を作っている最中なんだと思います」

※ダブルプレイスとは、2つの地元を楽しむ生き方。いま住んでいる土地に加えて、もうひとつ気軽に帰れる場所を持つ画期的なライフスタイル。
掛川さんがディレクションを手がけたウェブサイト『宇都宮プライド』

掛川さんがディレクションを手がけたウェブサイト『宇都宮プライド』

宇都宮でお店を開くということ。

掛川さんがいま一番話しをしてみたかったという高橋健太さんのもとへと向かった。高橋さんは、東京で自身のブランドを立ち上げ、デザイナーとしてのアトリエ兼セレクトショップとなる「SONAR」を4年前に宇都宮でオープン。宇都宮から国内の若手ブランドを発信するユニークなセレクトショップだ。

高橋さんも宇都宮市出身。白鴎大学を経て、東京の専門学校に進学し、服飾デザインを学んだ。卒業と同時に自身のブランド「NICK NEEDLES」を立ち上げ、3年半くらい東京で営業し、本拠地を宇都宮に移した。

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「いろいろあって戻ってくることになったんですけど、将来を考えた時に宇都宮でやるのも悪くないかなと思ったんです。東京で高い家賃を払って生活するよりも、そのお金でこっちでお店ができるかもしれない。僕がセレクトしているような若手ブランドを取り扱っているお店が宇都宮にはなかったというのもあって、やってみようと。都市のスピード感に合わせるのではなく、自分のペースでのびのびでできていますね」(高橋さん)

服を作るためにもスペースが必要なため、奥がアトリエになっており、作業しながらお客さんを待つ営業スタイル。「SONAR」のあるエリアは大通りには面してはいないものの、パルコからも歩いてすぐながらも広さがあって家賃も安い。服の販売自体はオンラインショップでもやっていこうと考えていた高橋さんにとって、立地はまったく問題なかった。

「なかったら作るしかないんですよね。良くも悪くも東京が近いから行こうと思えばすぐに買いに行けちゃう。でも、高橋さんのように地元のほうがいいんじゃないかと考えて、戻って来ている人が確実に増えてきている気がします。まだ飲食店が多いですけど、だんだんと賑わってきましたね。市街地にはマンションも近々できるそうですし、今後はLRT(次世代型路面電車システム)も整備される予定なんですよ。ますます市街地で暮らしやすくなるんじゃないかな」(掛川さん)

「SONAR」の高橋健太さんと。高橋さんが手がける「NICK NEEDLES」のほか、東京の若手のブランドをセレクト。雑居ビルの6階にあり、隠れ家のようなお店。

「SONAR」の高橋健太さんと。高橋さんが手がける「NICK NEEDLES」のほか、東京の若手のブランドをセレクト。雑居ビルの6階にあり、隠れ家のようなお店。

車を持つという選択は「いまのところないですね」という掛川さん。一人暮らしする分には全然必要ないという。1日一緒に宇都宮を回ってみても、必要十分なほどバスも通っていた。JRの駅までも遠くなく、生活もしやすいと感じる。車がなくとも暮らせるならば、そういう選択もあっていいのではないだろうか。

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最寄り駅は東武宇都宮駅。都内に出るときはJRで。駅までは車で10分くらいなので、歩くか会社の人に送ってもらったり、バスに乗ったり。十分歩いて回れる。

最寄り駅は東武宇都宮駅。都内に出るときはJRで。駅までは車で10分くらいなので、歩くか会社の人に送ってもらったり、バスに乗ったり。十分歩いて回れる。

「いまはカーシェアリングもあるし、たまに乗るぐらいだったらそれで十分。月に1,000円ほどで始められるし、維持する大変さを考えたらよっぽどいいなって。車はあったほうが便利ですけど、持たなくても生活できる。これからはLRTもできるし、車がなくても住みやすい地方があってもいい。適度な距離感にいろいろあるから、街中から離れて行くのはもったいないなって感じるんです。個人が経営する酒場やバーも充実していますし、もしかしたら宇都宮は、30歳過ぎてからのほうが楽しめるのかもしれないですね」(掛川さん)

宇都宮への愛が強いからこそ。

現在、ともに仕事をする機会が多いという新朝プレスの萩原和人さんにも会いにでかけた。掛川さんは宇都宮の自治体のウェブサイトの制作などを手がけており、萩原さんはそのパートナーの一人。一緒に手がけるプロジェクトのひとつである「ダブルプレイス」には、宇都宮の「愉快ランキング」が発表されている。そこには、宇都宮が「住みよさ全国1位」とある。

安心度(医療を受けやすい、子どもを産みやすいなど)や利便度(よく売れている、集客力の高い小売店が多い)、快適度(下水処理が行き届いている、転入者が転出者より多い)など5つの観点から、人口50万以上の都市の中で住みよさが5年連続1位に!(東洋経済新報社「都市データパック2017年版」より)

また、若い人たちに市街地に住んでもらうために「中心市街地における若年夫婦・子育て世帯家賃補助制度」があり、月々の家賃補助が出るという。結婚してからはその制度を使って資金を貯め、いずれは郊外に一軒家を建てるために使う人も多く、子育て世代の萩原さんも利用していたそうだ。

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「僕は静岡市から大学で宇都宮に進学して、そのまま就職して以来ずっと宇都宮に住んでいます。都内で就職しようと思ったこともありましたけど、結果、宇都宮が生活しやすかった。すべてのバランスがいいんです。都心との距離、自然と都会との近さ、宇都宮ってどこからも真ん中にあって、どこへ行くにしても行きやすい。車があれば、那須とか日光とか観光スポットや自然豊かなところにもすぐに行けちゃうんですよ。だからオンとオフのメリハリがつけやすいんです。子育て環境もそう。子どもにかかる医療費のサポートもあり、とても助かっています」(萩原さん) 

また、掛川さんがディレクションを手がけるウェブサイト「宇都宮プライド」には「愉快市民」なる制度がある。「宇都宮が好きで、宇都宮を愉快にしていきたい」人ならば誰でもなれる宇都宮ファンクラブのようなもの。登録するとピンバッジがもらえ、現在7,666人(2018年1月末現在)が認定されている。宇都宮市が手がけるプロモーションの一貫で、誰でも自由に参加でき、宇都宮への愛をアピールすることができるのだそうだ。

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41年目を迎えるタウン誌「monmiya」をつくっている新朝プレスで、自治体や企業のセールスプロモーションなどに携わる萩原和人さん。「地方都市を元気にするプロフェッショナルを目指したい」と全国の地方都市と連携し、プロジェクトを進めている。

「宇都宮愛が強いのは県民性だと思っていて。宇都宮は人のつながりがめっちゃ強い。宇都宮を一度離れたことで客観的に見てみると、それがすごくいいなと思うんですよ。宇都宮への思いがある人が多いから、この人だったら僕ができることをやってあげたいなとか、そういう関係性があることが仕事をする動機のひとつになっていますね」(掛川さん)

「実は僕、人見知りなんですよ」という掛川さん。でもだからこそなのだろう。「人のことめちゃくちゃ好きなんです」とも話してくれた。好きだから、人と人をつなげたり、橋渡しする、いまの仕事を掛川さんは心底楽しんでいる。

「宇都宮に住んでいる人も、外の人も、遊びに来る人も、いろんな人の力を借りて、宇都宮で何かしらかたちにしていけたらいいですよね。これから宇都宮で何か生まれることになったらいいなと思っています」(掛川さん)

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編集協力:宇都宮ブランド推進協議会

選択したのは、歩いて過ごす日常。 自分のペースで暮らし働き、楽しむ宇都宮。
掛川真史さん かけがわ・まさし/1983年、宇都宮市生まれ。専門学校へ進学のため上京後、青山「CAY」でイベント業務を7年間担当。その後ウェブ制作会社へ就職し、イベント制作に携わる。2014年、宇都宮市へUターン。ウェブ制作会社でディレクターとして勤務。行政関連のウェブサイトなどを担当し、いままで知らなかった宇都宮の場所や人に出会う日々。宇都宮市街中心部に暮らしながら、車のない生活を満喫中。
(更新日:2018.02.08)
特集 ー 宇都宮ダブルプレイス案内

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都市と地方、二拠点の魅力が交差する栃木県・宇都宮市。ここで新たな“自分の場所”を生み出している人々が語る、“宇都宮らしさ”ってどういうこと? 
選択したのは、歩いて過ごす日常。 自分のペースで暮らし働き、楽しむ宇都宮。

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