特集 宇都宮ダブルプレイス案内

今お寺にできることはもっとある。ふたたび、まちに開かれた場を目指して。

いつから私たちは特別なときにしかお寺へ行かなくなったのだろう。

ほんのひと昔前まで、お寺は誰もが気軽に出入りできる場所だった。子どもの遊び場であり学び舎。何かあればふらりと祈りに訪れる、暮らしの一部だったはずだ。

栃木県宇都宮市にある光琳寺には、いま再び人々が集う光景が見られる。それは、かつてとは少し違うかたちで。

「お寺をもっと開かれた場所としてまちの人たちに利用してほしい」。副住職の井上広法さんは、そのためにお寺や仏教を“リノベーションしよう”とさまざまな試みを始めている。

光琳寺にほど近い城下町風情の残るもみじ通りには、ここ数年で新しく個性的な店が増えている。都心へのアクセスもいい宇都宮だからこそ、情報感度の高いプレイヤーが集まり、まちの魅力を発揮する。その一員として、この場所に400 年続いてきたお寺のできることは大きいに違いない。

写真:志鎌康平 文:甲斐かおり

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お寺をまちの人たちの集う、
開かれた場に

朝6時15 分。宇都宮光琳寺の本堂に、一人また一人と集まり始める。若い女性、幼い娘の手を引く父親、家族4人連れ。訪れる人びとを「おはようございます」とよく通る声で迎え入れるのは、副住職の井上広法さん。光琳寺では、毎月1日に「ラジオ体操&朝参りの会」を開催している。

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「多いときには50人近く、3歳から80代までのご近所さんが集まります。今日は20人くらいかな。駐車場の整備が追いつかなくて、しばらく告知を控えていたのですが、近所に借りられるスペースが見つかったので、また4月から大々的にやっていく予定です」

お寺をまちの人たちが気軽に集まれる場にしたい。井上さんの提案で2年前に始まった「ラヂヲ体操」は、すっかり光琳寺の月行事として定着している。

一体どんな人たちが、どんな目的で、こんなに朝早くから集まってくるのだろう。

「毎月一度ここへ来ると気持がすっきりするんです」すぐ近所から来たという年輩の男性や「車で20 分くらいの隣町から。いつも友達とここで会って帰りに近くのパン屋に寄るのが楽しみで」という女性も。出勤前に立ち寄る大人も多い。早朝から体を動かして新しい月のスタートをきることが、日常のハリになるのだとわかった。

「ラジオ体操って一見ポップですが、仏教に通じるところがあるんです。身体を動かすことで集中力が高まるし、体操のあとはみなで朝のお勤めをして、みんなで声を出して読経をします」

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時計の針が6時30分に近づくと、井上さんは鐘を衝くために慌ただしく境内へ出ていった。外でごーんと鐘の音が響く。と同時に、堂内には軽快な音楽が流れ始める。「あったーらしい、朝がきたー」お馴染みの曲に誘われるように、みな身体を動かし始めた。

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ラジオ体操は屋外の境内で行う日もあるが、雨の日や寒い日は本堂の仏前で。ラジオから流れる音楽に合わせて精一杯胸を開くと、清々しい気分に。

ラジオ体操は屋外の境内で行う日もあるが、雨の日や寒い日は本堂の仏前で。ラジオから流れる音楽に合わせて精一杯胸を開くと、清々しい気分に。

まちのプラットフォームとして広がる、
お寺の可能性

“お寺にできることは、もっとある”。

寺の仕事を継ぐと決めた時から、そのことだけを考えてきた。昔のお寺は「寺子屋」とも言われたように学びの場であり、子どもたちが駆け回る遊び場。結婚式や七五三など人生の節目に関わることもあれば、悩みごとを気軽に相談できる心の拠り所でもあったのだ。それが今では、葬式や法事など特別なときにだけ訪れる場所になっている。井上さんはそのことを「僕らの怠慢だとも思うんです」と話した。

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25 歳で佛教大学を卒業して、住職である父親とともに寺で働き始めた。お寺をかつてのように開かれた場所にするために。光琳寺の本堂は毎日開放されていて誰もが自由に出入りできる。ラジオ体操のスピンオフ企画として、休日にお寺主催のバーベキューも行われた。

「“遊びながら防災訓練をしてみよう”と、朝バーベキューをしました。いざとなったら、お寺はみなさんの避難所になりますよって伝えたかったんです。ここにはインフラとしての水もあるし火もある。何かあったら頼ってくださいねと。でも普段から接していないと、いざという時に頼りにくいですよね」

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ラヂヲ体操と朝参りに参加をすると、スタンプがもらえる楽しみも。

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近所のドーナツ屋さんが主催の食とワインを楽しむ会「満月バー」には、会場としてお寺の境内や本堂を提供。この時は1,100人ものお客さんが訪れ、境内が埋め尽くされるほどのにぎわいだった。

「昔の縁日が復活したようでした。市内の個性的な飲食店が出店して、みんなでおいしいものを飲んだり食べたり。本堂内でライブもやったんです。若い人ばかりでなく父親の同級生たちも集まって。お客さんのほとんどはご近所さんなので、みんな一度家に帰って椅子を持ってくるんですよ(笑)。境内に椅子を設置してみんなで喋って飲んで。普通のイベントなら怒られると思うんだけど。昔のお祭りのような雰囲気が懐かしかったのかもしれないですね」

ワイワイと賑やかでも落ち着きがあり、安心してくつろぐことのできる聖域。お寺という場所には不思議な包容力があるのかもしれない。

お寺がもう一度人びとの拠り所になれたら。井上さんがそう思うようになった大きなきっかけは、2011 年3月11 日の東日本大震災だった。

「避難場所としてのハード面もそうですが、精神的な面でもお寺のできることは大きいのではないかと感じたんです。いまの時代、みんなが漠然とした不安を抱えて生きていて、震災が起きてますますそうなった。これからを生きていく上で心の支えになるような考え方やビジョンが必要になる。仏教ならそのヒントを提供できるんじゃないかなって」

ただし従来のやり方のままではなく、現代に合った新しい伝え方が必要だと井上さんは考えるようになる。

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大切そうに木魚を抱えて仏前に座る3歳の男の子も。大人も並んで座り、木魚を叩きながらの読経。井上さんに続いて読み上げるにつれて集中力が高まる。

大切そうに木魚を抱えて仏前に座る3歳の男の子も。大人も並んで座り、木魚を叩きながらの読経。井上さんに続いて読み上げるにつれて集中力が高まる。

時代に合わせて
仏教をリノベーションする

子どもの頃から「坊さんにだけはなりたくない」と思ってきた。その理由の一つが、世間一般にある「坊主丸儲け」といったネガティブなイメージ。小学校で友人に野次られた思い出が「お坊さんになったらカッコいい大人にはなれない」と井上さんを僧侶になることから遠ざけた。それでもこの道を選んだのは、大学生の頃、先代の祖父が亡くなった時に、遺品の中から見つかった折り紙がきっかけだった。

「僕が幼稚園生の頃に祖父にプレゼントしたもので、折り紙の裏に、将来は立派なお坊さんになりますって書いてあったんです。それがとても大切にしまってあるのを見た時に、やっぱり一度は坊さんになろうと決めました」

勉強し始めると、仏教のおもしろさにのめりこんだという。佛教大学を卒業後も、僧侶としてより社会にきちんと向き合えるようにと、臨床心理学を学ぶためにさらに4年間東京の大学へ通った。

今を生きる人たちに、仏教をより身近なものとして感じてほしい。震災は、井上さんの背中を押した。まず始めたのは「hasunoha」というインターネットサイト。全国のお坊さんが悩みに応えてくれるというサービスで、誰でも気軽に投稿できる。サイトを覗くと、障がいを持つ子の親、娘を亡くした悲しみなど簡単に周囲には相談できないような悩みが切々と綴られている。相手がお坊さんで、しかも匿名だからこそ吐き出せる悩みがあるのだとわかる。このサイトが話題になり、時折テレビからも出演オファーが入るようになる。ある深夜番組は、井上さんの出演がきっかけで「ぶっちゃけ寺」という番組に昇格しゴールデンにも進出した。今までにないリアルなお坊さんの像が新鮮に映ったのだろう。井上さんは番組の企画に携わりながら自らも出演し、「お坊さんブーム」の立役者にもなっていった。

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寺やお坊さんのイメージを刷新するチャレンジをしながら、一方で仏教を伝える手法にも工夫を始めた。説法の代わりに、訪れた人が主体的に参加できるワークショップ型の瞑想など、日常から離れてさまざまな研修をするリトリートを取り入れるように。ちょうど世の中ではマインドフルネスなどの言葉が出始めた頃。心と頭を空っぽにして無に向き合う瞑想は、仏教の本質にも通じる。毎週一度東京の恵比寿でワークショップを始めると、参加者が途切れることはなかった。今もこの延長で企業研修に講演、ワークショップなど、全国を飛び回る日々だ。

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新しい事業や活動を始めるとき、
宇都宮はブルーオーシャン

それでも「自分の本拠地はあくまで光琳寺」と話す井上さん。外から持ち帰った情報を宇都宮でこそ生かしたい。住職として先代の跡を継ぐことになるとき、光琳寺がこのまちでどういう存在になりえるか。志を実現できるかどうかは、そこで問われる。

「宇都宮は、ある意味でブルーオーシャンだと思うんです。どんな分野でもまだ誰も手をつけていないことが多いので、新しいことを始める時とてもやりやすい」

外に出れば宇都宮が地元だが、市内では、お寺のある「もみじ通り」近辺が井上さんの“地元”にあたる。ここ数年で古い物件をリノベーションした小規模の店が増え、注目され始めているエリアでもある。

立て続けに鳴る電話に応じる井上さんは、僧侶兼プロデューサーといった印象。

立て続けに鳴る電話に応じる井上さんは、僧侶兼プロデューサーといった印象!

5年前に移転してきた不動産屋ビルススタジオの塩田大成さんとは、もみじ通りの忘年会で知り合った。その後、年に一度この通りで開催される「あ、もみじずき」という商店街のお祭りに井上さんも加わることになった。塩田さんは、ここ数年で近隣の17 軒の開業に携わったエリアの火付け役ともいえる。だが「まちをつくっている意識はないんです」と笑う。

「ここにあるお店はそれぞれが粛々と営業しながらゆるくつながっていて、年に一度だけイベントをやっているような状況です。ただ僕たちはみなよそ者なので、仲間うちに地元に密着したお寺の井上さんがいることは、地元の人たちへの大きな安心感につながっている。有事のときには絶対的な信頼になると思っています」(塩田さん)

「ぼんやりしていたら忘年会やる機会を逃しまして」という塩田さんに「また集まりましょうよ」と声をかける井上さん。近隣の物件についてなど、情報交換は尽きない。

「ぼんやりしていたら忘年会やる機会を逃しまして」という塩田さんに「また集まりましょうよ」と声をかける井上さん。近隣の物件についてなど、情報交換は尽きない。

カフェやお惣菜屋、ドーナツ店など数ある魅力的な店が並ぶなかでも、井上さんがよく訪れるのは、通りから一歩奥へ入った2階にある子ども服のセレクトショップ「saihi」。オーナーの山口明子さんは、ご主人の地元である宇都宮に居を構えてから数年間、東京の職場へ通勤する2拠点生活を送ってきた。子どもに手がかからなくなった5年前に独立して、今の店をオープン。「大人も着たくなる子ども服」をコンセプトにした品揃えは、可愛いばかりでないセンスの光るセレクトで、市外から訪れるお客さんも多い。

井上さんとの話題は歯医者や子どもの受験の話までざっくばらんに話せる、文字通りの“ご近所さん”。

「新しい商品をインスタグラムでアップすると、井上さんがすぐにチェックしてくれて、買いに来てくれるんです。井上さんも子育て世代なので、うちのお得意さんですね。宇都宮は東京に比べて暮らしにまつわる情報が伝わるのが早いんです。誰かに何かを相談すると、その人の知り合いの知り合いくらいですぐにものごとが解決するような感じで」(山口さん)

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同じく、もみじ通り沿いにある人気のドーナツ店「dough-doughnuts」オーナーの石田友利江さんも、東京からUターンで宇都宮へ戻ったひとり。店を始める際に、東京よりも宇都宮の方がチャンスがあると感じたという。

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休日には行列ができるほど人気のアンティークとドーナツの店「dough-doghnuts」。注文を受けてからカスタードを入れるという、おいしさへのこだわり。それも納得の味だ。

休日には行列ができるほど人気のアンティークとドーナツの店「dough-doghnuts」。注文を受けてからカスタードを入れるという、おいしさへのこだわり。それも納得の味だ。

この地でお店をはじめる人たちの多くは、井上さんと同じくほかの都市に身をおき、めまぐるしく変わる時代の中で切磋琢磨してきた人たちでもある。だからこそ一軒一軒に底力があり、個人の力でお店を育てていくことができる。その点と点が線になったとき、まちの魅力となり周りの人を引き寄せるのだ。

今も頻繁に都心へ出て感度のアップデートができるのも、アクセスがいい宇都宮の強みかもしれない。

お寺をまちのプラットフォームとして気軽に出入りしてもらえる場所にすること。そのために日々邁進する井上さんを見ていると、場所を生かすのは人だと改めて思う。魅力的な人が集まるこの場所だからできることがある。

仏教のこれからとまちのもつポテンシャル。その両方をつなぐ役割を、井上さんは今まさに築き始めている。

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編集協力:宇都宮ブランド推進協議会

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「うつのみやらしく、」vol.02

日程:2月24日(土)
場所:Bird 代官山(東京都渋谷区代官山町9-10 SodaCCo 2F)
東急東横線代官山駅徒歩7分 JR山手線渋谷駅徒歩12分
時間:14:00(13:30開場)~16:30
ゲスト:
①掛川真史さん(WEBディレクター)×平田唯さん(食楽コーディネーター)
クロストーク「街を知るとは、人を知るとは
②井上広法さん(光琳寺・副住職)
ワークショップ 「宇都宮の魅力に気づく頭と心のレッスン」
ビール:中尾真仁さん(醸造家/「BLUE MAGIC」店長)
オリジナルクラフトビール 2種
・「とちおとめエール」栃木のとちおとめを贅沢に使用したいちご香るスッキリな飲み口のフルーツエール。
・「Citrillo(シトリロ)」ホップをふんだんに使用したシトラスな華やかな香りに、シャープな飲み口が癖になるアメリカンペールエール。
フード&ドリンク:Birdオリジナルうつのみやサンドウィッチ 2種+オリジナルドリンク
・宇都宮の「松井のコロッケ」&「Bird謹製タルタル」のサンドイッチ
・「とちおとめ」と自家製マーマレードのフルーツサンド
・いちごのチャイ
参加費:無料
申込方法:イベント申込専用アドレス(hinagata_event@prk.co.jp)宛に、お名前(フリガナ)、携帯番号、メールアドレス、人数をご明記の上、メールを送信してください。
主催:宇都宮ブランド推進協議会(宇都宮市 広報広聴課内)
運営:雛形編集部

宇都宮ブランド推進協議会では、「宇都宮プライド」「ダブルプレイス」「宇のコト」などのウェブサイトを通して、宇都宮の暮らしや魅力についての愉快な情報を集めて発信しています。

※複数名で参加申込みされる場合は、ご同伴者さまのお名前もご記入ください。
※本イベントは、「雛形」が取材しレポート記事として掲載される場合があります。あらかじめご了承ください。
※会場受付にて、返信メールもしくは、プリントアウトしたものをご提示いただきます。
※受付が完了後、順次ご返信させていただきますが、17時以降に申込みいただいた場合は、場合は翌日以降の返信になる場合がございます。
※いただいた個人情報は、イベント受付のみで使用させていただきます。個人情報の取り扱いについては、プライバシー・ポリシーに明示しております。
※ドメイン設定、メール設定をされている場合は、hinagata_event@prk.co.jpの受信できるよう設定をお願いします。また迷惑メールフィルターを利用されている場合もフィルター設定をお願いいたします。
※申込受付は、ピーアールコンビナート株式会社に委託しています。

 

今お寺にできることはもっとある。ふたたび、まちに開かれた場を目指して。
井上広法さん いのうえ・こうぼう/1979年、宇都宮市生まれ。浄土宗光琳寺、副住職。佛教大学で浄土学を専攻したのち、東京学芸大学で臨床心理学を専攻。仏教と心理学から現代人が幸せに生きるヒントを伝える僧侶として活動している。2014年からマインドフルネスをベースとしたワークショップを開始。全国の寺院や学校、企業等で講義を行う。TV番組「ぶっちゃけ寺」(テレビ朝日系)の企画に携り自らも出演。著書に「心理学を学んだお坊さんの幸せに満たされる練習」(永岡書店)他。
(更新日:2018.02.16)
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都市と地方、二拠点の魅力が交差する栃木県・宇都宮市。ここで新たな“自分の場所”を生み出している人々が語る、“宇都宮らしさ”ってどういうこと? 
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