特集 まちなかの文化の入り口
気持ちのよさをきっかけに、本と人が近づく図書館。/「兵庫県豊岡市立図書館」リニューアルオープン!
目的や用事を持たず、ときおり行きたくなる場所が2つある。ひとつは空港、そしてもうひとつが図書館だ。それらに共通するのは、“旅”の感覚をいざなってくれること。空港は誰しもが、旅を想起する場所だが、実際に旅するときはせわしなく、旅情自体を味わう暇はなかったりする。では、図書館はどうだろうか。棚から棚へ視線を流していく。すると、いくつかの本が旅に誘ってくる感覚がある。図書館は本を通じた内省の旅の港のような場所であると思う。
空港はさておき、そんな旅へといざなってくれる図書館は、日本中あらゆる場所に存在している。公益社団法人日本図書館協会の調べでは、全国の公共図書館の数は3,292館あり、その蔵書の合計冊数は、4億冊を超える。(2017年)そんな、わたしのまちにも、あなたのまちにもある図書館の主な社会的役割とは、これまで「本を通じて知りたいことを知る」ことであった。しかし、知りたいことはスマートフォンが数秒で教えてくれる今、図書館は大きく変わりつつある。日本国内に限らず、世界中で公共図書館のあり方が議論され、あらたな社会的役割を担う図書館が生まれてきている。
そんな潮流のなか、「小さな世界都市」をスローガンに掲げる、兵庫県豊岡市にある市立図書館がリニューアルオープンをした。企画・ディレクションをしたのは、ブックディレクターで豊岡市の政策アドバイザーも務める幅允孝(はばよしたか)さん。立派な外観の図書館に必要だったのは「気持ちのよさ、居心地のよさ」だったそう。リニューアルの様子をレポートしつつ、これからの図書館のあり方を考えたい。
写真・文:山根 晋
どうしたら図書館に来たくなるか
これは全国的な傾向であるが、兵庫県豊岡市でも図書館の利用者は年々減少している。豊岡市立図書館の司書、冨士田一也さんによると、豊岡市の場合、人口8万人に対して、カードの登録者が2万人ほどで、約25%という数値になっている。
これは全国平均とほぼ同じ数値だ。実際のところ、日常的に利用する人はもっと少ないだろう。単純に比較できるものではないが、一般的に国民の幸福度が高いとされている北欧諸国では60%近い人々が図書館を利用している統計がある。
今回、プロデュースを担当した幅さんも豊岡市で暮らす人たちに話を聞くなかで、図書館に行ってない人が多いという印象を持ったという。そこで、まずはどうしたら図書館に来たくなるか。というリニューアルの基準が定まった。
「今までは、本をアーカイブスするのが図書館の重要な役割でしたが、今は大切に本を保存して、ただ誰かが来るのを待っているだけでは、図書館の役割が果たせなくなりつつあります。
なかなか本を手に取ってもらえない時代において、これからの図書館は、公共財である図書資料の扱いに細心の注意を
と、幅さん。それに加え、本を手に取りたくなる環境が大事だと言う。今回のリニューアルでは、おしゃべりや飲食が可能で、Wi-Fiが利用できるスペース「いこいの間」と芝生やウッドデッキでゆったりとした時間が過ごせるスペース「いこいの庭」を新設した。
「今回の図書館のリニューアルでは、『気が付いたら読んでいた』という状況をつくるために、場所の居心地、気持ちよさを大事にしました。人って、気持ちいいなって感じられたら、心にもちょっと余裕ができて、いつもは手に取らないような本も手にするんじゃないかと。図書館の外の環境と内の境界が曖昧で、気持ちよく過ごしていたら、実はそれが図書館で本を読んでいた……
みたいな環境がつくれたらと思ったんです」
そんな考えのもと、新設された「いこいの庭」では、テーマごとに選書された3冊と敷物が入ったピクニックバスケットを外のデッキや芝生スペースに持ち出して、本を楽しむことができる。思わず気になってしまうテーマにつられ、知らなかった本や興味がない本を手にとってもらうための工夫がされている。そこに、住民に対して“ひらかれた”本のあり方、
本の集合体としての図書館が
果たす役割とは
では、実際に現場で働く人たちはどのような声を持っているのだろうか。勤続19年になる司書・冨士田さんに話を聞いた。
「わたしは本を購入する選定係もしているので、市民の知る権利を担保するためにも、幅広い分野で本を仕入れるようにしています。
でも、本当はもっと難しい専門書も仕入れたいとも思っているんです。なぜなら、趣味としての読書を楽しむのも図書館の過ごし方ですが、何か知識を必要としている、何かを調べたい、何かを解決したいという人が立ち寄れるのも図書館の大きな役割だと思うからです」
確かに、すでに本との距離が近い人からすれば、図書館利用のすそのが広がるよりも、頂点の引き上げに期待をしたいかもしれない。しかし、冨士田さんはそれだけでなく、本との距離が遠い人にもアプローチすることを考えている。
「図書館から遠い校区の子どもたちに向けて、児童書500冊ぐらいを持っていく、『お出かけ図書館』を実施していこうと思っています。そうやって、人がいるところに図書館が出かけていくのもこれからは必要なんじゃないかなと考えていて。
今後は地域のイベントなどで、本を持っていって貸し出すこともやってみたいですね。それは、図書館が果たす役割の延長でもあると思うんです」
冨士田さんが言う、図書館が果たす役割というのは、実は世界中の図書館の現場でさまざまな議論がされている。
取材時に、幅さんから紹介してもらった1冊の本がある。『拝啓 市長さま、こんな図書館をつくりましょう』(みすず書房)という本で、著者のアントネッラ・アンニョリさんは、イタリアで長らく図書館運営にたずさわり、近年あたらしい時代のニーズに適した機能を持つ図書館計画のアドバイザーとして活躍している。その本には、このようなことが書いてある。
たとえ、日々「ヴァーチャルな世界」で誰かと連絡を取り合っているとしても、私たちの生活の質を決めるのはそのまちにある関係性とサービスである。もしまちに公共図書館がなかったら、そのまちの社会的背景は損なわれるだろう。なぜなら、公共図書館は、知識の場、平等の場、社会性の場、発達の場であるからだ。そうした社会的背景の質が低下すると、空間が分断される傾向にある。
まさに、まちに公共図書館がなくてはならない理由を的確に示している。本を通じて醸成されるものは、Googleで検索して知ることとは別のものだと考えていいと思う。その醸成されたものが、まちを形づくるものの背景になくてはならないのだ。
また、幅さんは本の特徴をインターネットの情報と比べて、このように話す。
「本は責任の所在がはっきりしていることがいいんですよね。校了日のぎりぎりまで推敲を重ねます。そうすることで、いい意味での怨念を込められるんです。
だから、これから本は網羅的な情報を提供するものではなく、深く刺さる情報に触れるための役割を担っていくのだと思います」
「小さな世界都市」をスローガンに掲げ、ローカルとグローバルを突き詰めた独自の道をめざし、文化政策にも力を入れる豊岡市において、今後この図書館が果たすべき役割には可能性が広がっているように思う。そして、気持ちのいい空間で、開いた1冊の本との旅がこのまちで暮らす人たちの豊かさの源泉になることを願いたい。
豊岡市立図書館
場所:兵庫県豊岡市京町5-28
電話番号:0796-23-6151
營業時間:10時~18時 ※金・土は19時まで
休館日:毎週火曜日・祝日・図書整理日(毎月月末)・年末年始・特別図書整理期間
HP:https://lib.city.toyooka.lg.jp
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