特集 まちなかの文化の入り口
“山”と“地域”の仕事を両立させ、 地域と子どもの新しいコミュニティのかたちを描く
平日は山の調査や木材を活かすプロジェクト、週末はNPO法人「 遠足計画」で地域のコミュニティ活動に携わり、2枚の名刺を持って活動する藤田純子さん。
滋賀県で生まれ育ち、森林環境を学ぶため鳥取県の大学へ進学。女性でもできる山の仕事を求めて北海道で就職し、そして林業がさかんな鳥取県に再び移住した。田んぼがあってすぐ近くに山があるーーそんな風景の中で育った藤田さんにとって、“山”に惹かれていったのは自然なことだった。
“山の仕事”と“地域の仕事”のふたつの仕事をしなやかにこなす藤田さんに、これから取り組もうとしていることについて話を聞いた。
写真:得田 優
“第三希望”だった北海道へ
女性でもできる山の仕事
以前から山が好きで、大学では農林業や森林環境の勉強をしていました。将来も森林関係の仕事がしたかったので、「女性でもできる山の仕事って何だろう」って探していた時に、林野庁の国有林を管理する仕事を見つけたんです。
ただ全国組織なので、勤務地はどこになるのかはわからなかったんですよね。それで、勤務地の第三希望欄に書いた、高校の修学旅行で一度だけ行ったことがあってイメージがよかった「北海道」に、いきなり赴任になりまして(笑)。
北海道では、木の販売や土地の管理、山の木の調査などをしていました。5年間勤めたんですが、最後の1年は山の現場が8割、事務仕事が2割で、大雨や雪で行けない日以外は毎日山に行っていましたね。
人間関係を広げるために、
学生時代を過ごした鳥取県へ
ずっと北海道で生活するつもりはなかったので、20代のうちにと思って、転職することを決めました。
鳥取の大学在学時にNPOの地域活動に携わっていたんですが、北海道では働きながらそういった活動をなかなか探せなくて。土地柄が田舎の方だったというのもあるんですけど、職場以外の人との人間関係が広がらなかったのも、ちょっと物足りなかったのかもしれないですね。
また行政で山の仕事をしようとしたんですけど、都道府県の試験日って全部同じ日なんです。東京都だけ違うんですけど。だから、ひとつの県の試験しか受けられないので、出身地の滋賀県か、大学時代を過ごした鳥取県かで考えていて。山の作業っていうと鳥取県の方がさかんかなと思って、2011年の春に鳥取県に移住してきました。
子どもたちがよりよく暮らせるための
コミュニティ活動
週末や平日の夜の時間を使って、NPO法人「遠足計画」の地域活動に携わっています。
大学時代に、子どもたちと自然体験をする活動をしている先輩に「人が足らんから手伝って」って言われたのが、地域活動に関わるきっかけでした。その時は、子どもへの接し方も分からないし大丈夫かなと思ってたんですけど、参加してみたら、子どもたちとすぐ仲良くなれたし、あまり経験のなかったキャンプやハイキングがすごく楽しくて。
そんな風に子どもや自然と関わるうちに、「遠足計画」の前身である「とっとり冒険きち」の代表と出会ったんです。それから、ボランティア活動やNPO活動をしていらっしゃる方に話を聞いて冊子にまとめる事業を手伝ったり、子どもたちとキャンプへ行く活動をしていました。
いまは「とっとり冒険きち」という活動名で、“地域との交流”をテーマに、子どもと自由に遊ぶ活動をしています。
地域で暮らす安心感を生み出す「遠足文庫」
「遠足計画」の事務所を、イベントができて、子どもたちが集える、拠点となるような場所にしたいなと思って、2011年から鳥取市・河原町の今の場所を借りはじめました。もともとは保育園だった場所で、裏は田んぼ、目の前は川と山。時間の流れがゆっくりしていて、とても気持ちのいい場所です。
この場所を借りたことをきっかけに、2012年に「遠足文庫」という本と思い出をつなぐ古本屋をはじめました。本を売ることではなく、“つなぐ”ことを目指していて、「遠足文庫」に置いてある本にはすべて、その本の贈り手の思い出や感想が書かれています。人同士が会わなくても、本のスリップを読んで、人となりがわかったり、趣味が似ている人を見つけたりして、そういう地域の中での出会いが、ここで暮らす安心感につながっているのかなと思います。
私たちは子どもたちの遊び場づくりやコミュニティ活動を中心にしていますが、地域には他にも大事な活動がたくさんあるんですよね。例えば、移住定住促進や障害をもっている方の支援とか。私たちが実践できている活動はほんの一部分。だから、地域でそういう活動をされている方のホームページやチラシをつくるお手伝いする「広報支援」という活動をはじめたんです。他の活動をしている人たちを応援することで、子どもたちがよりよく暮らしていける地域づくりの役に立つことができたらと思っています。
2枚の名刺を持つ生活
ネットがあればどこででも
平日は山の仕事、週末や自宅で「遠足計画」の作業をするという生活です。行政の仕事が忙しくなるのは、年度始めや年度終わり。あとは、雪になると山の作業ができなくなるので、冬の前の時期。なので、そのバランスを見ながら「遠足計画」の仕事は週末に事務所にきて作業をしたり、平日はけっこう家でやっていますね。ネットさえつながれば、ほとんどの作業はどこでもできるので。
でも、どちらの仕事もやりたくてやっていることなので、大変だと思ったことはないですね。
「地域活動の企画をいつ考えているのか」って聞かれることもあるんですが、人とのつながりが活動に結びついています。人と出会うとアイディアが生まれて、企画が生まれて、やりたいことが生まれる。鳥取って人口も少ないので、知り合いの知り合いは知り合いで(笑)。「あーあの人だ。まだ会っていないけど知っている」っていうのがよくあります。
多世代が集える場を目指して
地域の課題と向き合う
やはり山が好きなので、林業の知識はまだまだ浅いんですが、技術がもっと身についてきたら、技術系のサポートをする仕事に就きたいなと思っています。山で作業をするための機械の使い方、道路のつけ方、木の切り方など、そういう技術を伝えていく立場になりたいですね。
「遠足計画」の活動に関しては、今までは、自分のやりたいことや人との出会いから生まれたアイディアを実現してきたんですけど、せっかくこういう郊外で活動させてもらっているので、これからは地域の課題に目を向けられたらいいなと思っています。
子供が少ない地域のご年配の方が、「子どもの声が聞こえるのが一番地域活性化だ」、「自分たちも元気が出る」っておっしゃっていて、地域を盛り上げるとまではおこがましくて言えないんですけれど、「遠足文庫」がお年寄りも子どもも多世代が集える場所になって、暮らしやすくなったらいいなと。
消費者としてできること
お金との付き合い方
これからは、持続可能な生活というのもちょっと考えているんですが、今の生活をしながら山の方に住んで、農業や林業をするのは実際には難しいので、せめて消費者として、顔が見える人からものを買ったりだとか、その人を思いながら生活をしたりとか、そういうお金の使い方をしていきたいと考えています。
あとは、お金を地域で回していきたいですね。お金とか人の思いとか資源とか、全部顔が見えて、気持ちが伝わるかたちでやりとりができるようになったら、地方ってもっと素敵になっていくんじゃないかなと思っています。
- 藤田純子さん ふじた・じゅんこ/1983年、滋賀県・長浜市生まれ。森林環境を学ぶため鳥取大学農学部に進学。卒業後は、林野庁北海道森林管理局で5年勤務。退職後、鳥取県へ移住し、八頭事務所農林業振興課で勤務する傍ら、NPO法人「遠足計画」の副代表を務める。一児の母。
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