特集 まちなかの文化の入り口
鳥取の民芸にふれる場をつくり、 土地と暮らす人に近づいていく
地域色が色濃く残る“民芸”。それは飾って愛でるものではなく、日常で使うからこそ暮らしに美しさを与えてくれるもの。そんな民芸に幼いころから触れ、だんだんと魅せられた田中信宏さん。職人になりたいと鳥取を出てから約10年。今では生まれ育った土地にお店をかまえ、民芸の魅力にもっと多く出会うために、それをより多くの人に伝えるために日々動き続けている人。「今日も曇っていますね」というと、「ああ、いつもの鳥取らしい空ですね」と、笑った。
写真:Patrick Tsai 文:菅原良美
鳥取の民芸にふれるきっかけを作りたい
瓦屋根に漆喰壁、キラキラと揺れる川で鯉が泳ぐ。目線の先にある山との距離が近くてはっとする。鳥取県の真ん中に位置する倉吉市は、かつて城下町だった時代の名残ある、伝統的建造物群保存地区。観光地ではあるけれど、道をはさむ小さな川の向こうには民家が並ぶ、暮らしの風景がある街。夕暮れ時に歩いていると、軒先で水を撒いている人と目があった。
この街並みの入り口に「COCOROSTORE(ココロストア)」というお店がある。そのたたずまいはさり気なく、街に溶け込んでいるように見えるけれど、人を招き入れる存在感のあるお店。丁寧に棚に並べられた陶器や、カラフルなアクセサリーが白い壁を彩る店内で、商品説明のポップをいくつか見ながら、鳥取を中心に山陰地方の民芸・工芸品があつまる場所だと気がついた。
「最初は家具職人になりかったんです」と、恥ずかしそうに笑うこの店のオーナー田中信宏さん。鳥取の大学を卒業したあと、民芸の地、長野県松本市にある家具会社に入社。そこで修行をする中で、田中さんの夢の方向は少しずつ変わっていく。
「最初は畑仕事をしたり、検品から梱包、配達までなんでもやりました。古いものであれば室町時代の家具や英国のもの、開拓時代のアメリカの家具などを日々数百点拭き掃除をしたり……。9年かけてやっとかんなけずりができる厳しい職人の世界の中で、ああ自分は職人になる覚悟がなかったなと思い知ったんです」
そんな自分自身の心境の変化を感じる中、新たなる目標がはっきりと見えてきた。そのきっかけとなったのが、ある展示会だったとか。
「毎月のように全国で展示会があったんですが、ある日接客している時、木工スタンドが欲しいというお客さんがいて。そのスタンドの形が、鳥取民芸木工の職人・福田豊さんが作ったものと同じだった。松本でも同じ形のものがあって、価格も一緒。幼いころからなじみのある鳥取民芸木工のものが目の前にあるのに、その時僕は松本の民芸の店員として、松本のものをすすめました。仕事だし仕方のないことだけど、そういう経験を重ねていくうちに、鳥取の民芸に触れられる機会がすごく少ないことに気がついたんです。そもそも知る場所もない。だから、そういうきっかけを作りたいと思いはじめました」
「鳥取にはいずれ帰ってきたいと思っていた」という田中さん。だから、そのきっかけ作りをしたいと思った時、生まれ故郷の倉吉市ではじめることは、自然な流れだった。どこにいても目的はひとつ、ひとりでも多くの人に鳥取の民芸にふれてもらう機会をつくること。でも、その場づくり=お店を持つことではないとも話す。場所を定めることには、どうも興味がない様子。
「もともと、体を動かしていることが好きなので、常に自分自身が動いていたいんです。だからお店をはじめることも“動き”のひとつ。気に入る物件もあったし、まずはここから始めてみる、という感じでしたね」
そんな気持ちが根底にある田中さんにとって、お店は“動く自分”が出入りする玄関のようなものなのかもしれないなと感じた。
心ひかれる人、作品との出会いを
日常の中でつないでいくこと
2012年「COCOROSTORE(ココロストア)」のオープン時、どうしてもお店に置きたいものがあった。それは、鳥取県の手仕事を紹介するホームページで知ったという鳥取県智頭町の大塚刃物鍛冶。手打ち鍛造の包丁の魅力にぐっと惹かれ、直接工房に訪れたという。
「まだ長野にいる時だったんですけど、どうしても実物がみたくて連絡をしました。工房にうかがって、その場ですぐに購入(笑)。その2年後くらいにお店をはじめることが決まって、職人の大塚義文さんにまた会いに行ったんです。一度お会いしているとは言っても、僕はどこの馬の骨かも分からないような時だったので、取り扱わせてもらうのはむずかしいだろうなと。でも、『この土地と、この土地で暮らす人に密着した場所を目指しています』と話しをしたら『がんばれ』って通常小売店に卸す数とは違う設定で卸してくださって。それがすっごくうれしかった」
今も「COCOROSTORE」のレジ横のガラスケースには、大塚刃物鍛冶の作品がずらりと並んでいる。田中さんのアイデアで、包丁の柄を桜の木に変えてオーダーできたり、最近では、鳥取在住のジュエリー作家池山晃広さんとコラボレーションして、鹿の角を柄にした包丁もオリジナルで販売している。
地域の人とのつながりが仕事となる
お店の定休日は、だいたい水曜日。“じっとしていられない”田中さんは、お休みがあると職人さんを訪ねたり、気になっていた工房に行ってみたり……と、暮らしの真ん中に民芸がどっしり腰をおろしている。
「職人さんが職人さんにつなげてくれることが多いですね。会話の中で『そういえばこの前こんな人に会ったよ』と聞くと、それを憶えていて。別な用で近くに行った時に連絡して会いに行ってますね。地域で何か動こうとすると人とのつながりがとても大事だけど、不思議とつながっていくものなんだなあと感じています。そういうつながりの中で作品にも出会って、お店にも置かせてもらうようになることが多いですね」
出会いはすべてタイミングまかせ。胸のうちに熱い情熱を秘めていながらこの肩の力の抜け具合。あくまでも流れに身を任せているような……この日の晴れでも曇りでもない濃い青とグレーがまざった空のような“鳥取らしい天気”がよく似合うなあと思った。
変化にあわせた暮らしかた
倉吉生まれの倉吉育ち。瓦屋根が美しい築90年ほどになる実家の表札には、田中さん含め4世代の家族の名前が書かれていた。今はこの実家にお姉さんと二人で暮らしている。生活の大半の時間をお店で過ごす日々で、家にはほとんど寝に帰るようなものだと笑う。
「お店をはじめても、特に大きく暮らしは変わってないですね。ごはんの回数は減りましたけど……朝も昼もほとんど食べない(笑)」
いや、それはちょっと仕事に夢中になりすぎでしょう!!!ごはんは食べましょうよ!と全力で止めてみた。
「え?おかしいですかね?。そうかな~。今、お店をはじめる前の自分にあったら、だいぶ変わっていると思うけれど、僕の仕事はよく動くので、そのたびにいろいろな変化があるから、その環境にあわせて自分も変わっているんだと思います。自分ではあまり気がつかないですけどね」
地域や人とのコミュニケーションが
自分の思考とスペースを広げてくれる
最近では、もっと地域をまきこんで鳥取の民芸をたのしめるイベントの企画にも携わっている。たくさんの作家さんを束ねたり、コラボレーションをしたり、土地に根ざしながら、これから新しく生み出すことも決して忘れていない。お店をもつことも、イベントを企画することも、すべて最初は地域とのコミュニケーションが大事だと話す。
「自分自身が、人と地域とどう関わっていきたいのか、いくのか。それが一番大事ですね。大変なことも多いけれど、そこから生まれていくものは、めちゃくちゃやりがいがあります。なにか大きなことがしたいとか、人を動かしたいとか、そういう気持ちはまったくなくて。自分の感覚で“このふたりが話したらおもしろそうだな”って思う人をつなげる場所をつくる。まずは最少単位から始まる感じです。そうすることで、自分はもちろん、その人たちが動くスペースが広がっていくかもしれないなあと思うし。そういう連鎖が生まれたらすごく楽しいですよね……といっても本当は人と話すのが苦手なんです。家から一歩も出たくないほどで(笑)さすがに慣れてきましたけど、動くことでしか得られないものに喜びも感じているので、そこはがんばって割り切っています」
東京・大阪・台北など、この数か月の間でも移動する場所はさまざま。多くの場所に行くことは、改めて鳥取らしさ・良さを再確認していくものになるのだろうなと思い、聞いてみた。
「う~ん、どこの土地もいいと思うけど、鳥取もいいなあって感じですね(笑)」
でました、これぞ田中節。
「もちろん、生まれ育った場所に対しての想いはあるけれど、固執しているわけでもないんです。お店をずっと持ち続けることが目的じゃないし、次の拠点を考える時が来るかもしれない」
地方には、掘れば掘るほど魅力的なものがある
こちらが思うよりもはるかに軽やかに“地域”を見ていて、そこから動くことに自覚的。その視点で“これから”をどう描いているのだろう。
「器や鍛冶など今は日常雑貨を中心に扱っているけれど、すべて食や住まいなど生活に密着するもの。僕はもともと家具職人になりたいという想いからはじまっているので、家具を中心に考えた時、雑器がないと家具が活きないし、展示会の時でも、カーテンや絨毯など室内空間がないと活きない。暮らしにまつわるものってすべてトータルでつながっているんですよね。それを、日常の中で使われていく「用の美」として考えた時に民家など一軒まるごと作ってみたいなと思います。これまで出会ってきた作家さんと一緒に。あとは地方が好きだから、ほかの土地のものと鳥取のものを融合させていけたらおもしろそうだなあと思う。都市よりも、その土地ならではの匂いがするところが好きなんです。掘れば掘るほど魅力的なものが出てきますから」
PROJECT これまで関わったイベント&プロジェクトの一部をご紹介
特集
-
- 鳥取の民芸にふれる場をつくり、 土地と暮らす人に近づいていく
- 田中信宏さん ( 「COCOROSTORE」オーナー)
-
- 東京と日光に軸を置き、 「書院造」を通じて 日本と世界をつなぐ宿
- 木村 顕さん ( 建築家/飲食店・宿泊施設オーナー )
-
- “山”と“地域”の仕事を両立させ、 地域と子どもの新しいコミュニティのかたちを描く
- 藤田純子さん (鳥取県職員&NPO「遠足計画」副代表)
-
- <鎌倉⇔スペイン、ポルトガル> 旅で得た感覚を、地元で表現する、“よく休む店”の循環。
- 瀬木 暁さん&いくよさん夫婦 (オイチイチ)
-
- 遠くへ出かけたら、もっとここが見えてきた。食を媒介に空気をつくる 「風景と食設計室ホー」
- 永森志希乃 (風景と食設計室 ホー/文化施設「LETTER」大家)
-
- 身体感覚に響く、ワインと音楽を。転がり落ちるようにはまった、ヴァン・ナチュールの世界。
- 池崎茂樹 (wine bar alpes 店主)
-
- 誰かの創作が誰かの扉をひらく、 「林ショップ」のある通り。 <富山市>
- 林 悠介 (「林ショップ」店主/アーティスト)
-
- 「生活という仕事をしよう」 自ら耕し育てた植物で施術する ヘアサロン「ぽかぽか」 【滋賀県長浜市】
- 藤岡建二さん (ヘアサロン「pocapoca」・「TSUKI ACADEMY」主宰)
-
- “知らない世界”の入り口をつくる。 学割のある、沖縄の小さな芸術書専門古書店。
- 宮城未来さん (言事堂)