特集 まちなかの文化の入り口
東京と日光に軸を置き、 「書院造」を通じて 日本と世界をつなぐ宿
のどかな里山の風景が広がる栃木県日光市の下小代(しもごしろ)。日本のどこにでもありそうな田舎の無人駅に近年、日本人観光客をはじめ、バックパックを背負った外国人ツーリスト達が降り立つ姿が見られるようになった。彼らの目的は、この町にある小さな宿に泊まること。「日本の伝統的な家に泊まる」をコンセプトとする「日光イン」だ。
オープンしたのは2008年。全6棟の平屋はすべて日本の建築様式「書院造」を重んじたもの。畳やふすま、縁側など、日本人には馴染み深い伝統様式を残しながらも、水回りや室内設備に現代的なリフォームを施し、快適性を追求。古さと新しさを融合したモダンなスタイルで、国内外の利用客に“日本らしさ”を提案する。
オーナーは、建築家の木村顕さん。「日光イン」を経営するかたわら、2013年に東京・神宮前で世界の朝食を提供する飲食店「WORLD BREAKFAST ALLDAY」をオープンした。現在は1週間のうち半分は東京、半分は日光で暮らす二拠点生活。“成り行き”で始まった生活だったというが、今は「それぞれの暮らしにそこでしか得られないものを感じている」という。
現在37歳。都会暮らしに決別するように移住する人も多いなか、東京と日光それぞれに軸足を置き、そのどちらにも重きを置くライフスタイルとはどのようなものなのだろうか? 木村さんの過去から現在を追った。
写真:寺島由里佳 文:根岸達朗
「書院造」と「宿」の可能性
“北海道で生まれて、大学のときに東京に来ました。大学では建築の勉強をしていて、特に日本らしい文化を感じられるものに興味を持っていました。でも、日本の建築は古いものを壊すという考え方。僕はヨーロッパの建物のように、古いものと新しいものを融合させて、快適に暮らすという考え方がいいと思っていて、そのなかで日本の建築様式「書院造」に興味を持ったんです。”
“「書院造」って特別なものじゃなくて、かつての日本にはどこにでもあった「型」のようなもの。これに現代的な解釈を加えて設計すれば、日本らしさみたいなものを分かりやすく伝えられるんじゃないかなって。だからもっと「書院造」を学んで、残していく可能性を探りたいと思って、就職はせず、大学院に進むことにしたんです。
“宿”の可能性を考え始めたのもその頃でした。宿なら最低1泊だから、少なくとも半日以上「書院造」を体験してもらえる。たくさんの人に興味を持ってもらうきっかけにもなるし、何より自分が設計した宿で、自分の好きなことを追求できるのがいいなって思ったんです。
大学院で勉強をしていてしばらく経ったとき、栃木県・日光市で、「日光イン」の原点になる老朽化した日本家屋に出会いました。築70年以上で、中はボロボロだったのですが、これがきれいに「書院造」の様式を押さえていました。”
“そこで、学生で時間もあったので、研究の一環としてこの建物を改築させてもらうことにしました。そのときは学生で東京に住んでいたから、週末になると日光に通って、地元の大工さんと一緒に作業をして、という生活。これを3年近く続けていました。”
あるものを生かす
駅舎の保存活動
“でもその間、ひょんなことから老朽化した駅舎の保存運動に関わることになって。下小代(しもごしろ)駅は普段ほとんど人がいない無人駅なのですが、ある日通りがかったら、駅員さんが10人くらい集まっているんです。話を聞いてみると、どうやらこの駅舎を壊すということのようで。
特に思い入れがあったわけではなかったのですが、古い建物だしちょっともったいないなと思って、地元の人にその話をしたら、みんなそのことを知らない。でも、いろいろ聞いているうちに、残したい人がいるということは分かってきて。”
“それで、東武鉄道に「地元の人は残したいと思っている人もいるようです」と意見メールを出してみたら、「工事をストップするので、話し合ってみてください」と思いもよらない回答が。保存活動に興味があったわけではないのですが、工事は止まっちゃったし、後には引けない感じになってしまって(笑)。
それから改修工事のかたわら、夜な夜な地元の人と話しながら保存するためにできることを考えたり。でも、結局それも行政との折り合いが付かず、時間切れ。建物はくれるというので、駅前の広場に移築して保存することにしたんです。
それが今、「日光イン」のフロントのある建物の隣に立っている駅舎。古くて貴重な建造物をどう生かしていくか、今その活用方法を考えているところです。”
東京で仕掛けていく
受け身にならない冒険へ
“30歳のときに建物が完成したので、学生をやめて、本格的に宿の仕事をするために、栃木県・日光市に移住をしました。建築家としてキャリアがあったわけではないので、初めての仕事が自分の宿でした。
始めて半年くらいはほとんどお客さんが来なかったのですが、少しずつ部屋が埋まるようになってきて。でも、軌道に乗り始めたかなというときに、あの震災が起こりました。その影響でお客さんが全然来なくなってしまって。東電から賠償金が出たから何とか食いつないでいたけれど、このままだったら廃業しかないという状態でした。”
“そんなときに、東京の小岩で建築家として、あるテナント物件の設計を手がけたんです。飲食用の小さな物件だったのですが、自由に設計をさせていただき完成したら、何だか自分が気に入ってしまって(笑)。
誰かに貸すくらいなら、自分で借りたいと思って、そこで立ち飲みバーを開いたんです。活気のある街だったし、それがすごく面白かった。「書院造」の宿を体験してもらうというのは、自然環境に恵まれた日光でしかできないこと。でも、そこに留まっていては受け身になってしまう。東京なら仕掛けていける。面白ければ人が来てくれる、ということを感じたんです。
やっぱり東京につながりがないと引きこもりみたいになるし、完全な田舎暮らしになってしまう。「日光イン」がこれから巨大な宿泊リゾートになっていくことはないだろうし、将来的に田舎でのんびり暮らすペンションの親父みたいになるのは抵抗がありました。
日光の暮らしは気に入っていたけれど、東京は東京で、まだまだ冒険していきたいと思ったんです。”
理想の「書院造」を求め、
新棟を設計
“東京で飲食業をやったり、建築の仕事を請け負ったりするなかで、東京との接点も次第に増えていきました。気付けば、「日光イン」の方にも少しずつ客足が戻ってくるようになって。
そこで、安定して経営を続けていくにはもっと客室を増やさないといけないと思い、新たに3棟を設計して、建てることにしたんです。今度は最初の建物と違って、一から設計することができたので、自分が研究してきた「書院造」の世界観を100%形にすることを考えて。だから、すごく面白かったですね。”
“「書院造」は外と中を一体的に楽しむことができるようになっていて、そのポイントとなっているのは縁側です。家の中から外の景色を楽しむ、風を感じる、月を眺める。これはやっぱり空間にゆとりのある田舎でなければできないことです。
新棟が完成したのは2012年。宿を立ち上げて5年目のことでした。”
日本と世界をつなぐ、朝食の「型」
“宿の仕事を通じて、外国のお客さんとコミュニケーションする機会も増えていったのですが、そのなかで面白いなと思ったのが、世界の朝食でした。お互いの文化を説明するときに、朝食ってすごく分かりやすいんですよね。
日本人だったらご飯が主食で、そこには必ずみそ汁がセットになっていて、とか。「書院造」が日本建築の「型」であるように、朝食も日本の文化におけるひとつの「型」だなって。元々外国にも興味があったし、朝食を通じて、世界の文化に出会うきっかけが生まれたらいいなと。”
“それで、新棟ができた翌年に、東京で世界の朝食を提供する「WORLD BREAKFAST ALLDAY」を開いたんです。その後、小岩だけじゃなくて、
短期間にいろいろと大きな動きをしたので大変だったのですが、今はそれが一段落した感じ。店に手応えも感じているし、やっと一歩引いて考えられる余裕もでてきたように思います。”
当たり前にある「型」を
生かし、伝えていく
“僕はもともと、日光に拠点があるなかで、何とか東京にもつながりたいというところでスタートして、結果的に二拠点生活になりました。「型」を通じて、日本の文化を伝えていけたらという思いで考えてきたことが、たまたま日光と東京で形にすることができたという感じです。
自分の興味・関心を形にしていくなかで思うのは、やっぱり「型」っていいなということ。障子や座敷など、誰がデザインしたというわけではない、当たり前にある「型」の良さをこれからも伝えていきたいですね。”
- 木村 顕さん きむら・あきら/1977年、北海道・札幌市生まれ。東京藝術大学で建築を学ぶ。2008年に栃木県日光市に「書院造」の1棟貸しの宿泊施設「日光イン」、2013年に東京・神宮前で世界の朝食を提供する飲食店「WORLD BREAKFAST ALLDAY」を開く。東京と日光で事業を展開する二拠点居住者。
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