特集 まちなかの文化の入り口
誰かの創作が誰かの扉をひらく、 「林ショップ」のある通り。 <富山市>
富山市の中心部にある総曲輪(そうがわ)商店街。アーケードのなかをまっすぐに歩いて角を曲がり、飲み屋街を抜けてさらに歩いていくと、やや視界が開ける。その右手に古本屋さんや真っ白な壁のコーヒースタンド、画廊など、個性的な店が8軒並ぶ一角がある。初めてここを訪れた人なら、きっとその一角を見て、何かおもしろいものがありそう——と、興味を惹かれると思う。
今回訪れたのは、その並びにある「林ショップ」。年季の入ったガラス戸を開けてなかに入ると、昔からそこにあるようなものたちが並んでおり、店の奥に店主を見つけた。その人、林悠介さんは自身も作家であり、店では民芸のうつわや現代の作家による織物、ガラス、林さんが手がけた鋳物の作品などを扱っている。ふと目にとまった商品について林さんに尋ねると、それがどこからやってきてどんな風につくられ、なぜそこに置いてあるのか、とても嬉しそうに話してくれた。彼の話を聞いていると、ものづくりの奥深さや創作の秘密に近づけるような気がして、わくわくしてくる。
そんな林さんがつくる世界に魅了されて林ショップに通う人は少なくない。この界隈の人たちの話によれば、通りの空気がなんとなく変わってきたのは、同店がオープンした2010年頃からだという。今回はそんな林さんの人となりが知りたくて、近隣の方々にも話を伺った。
文:宮越裕生 写真:阿部 健
長い長い文化が息づく、とある通り
林ショップの向かいにある老舗そば屋「野花そば処 つるや本店」の店主は代々民芸や美術が好きだそうで、よく使い込まれたうつわでおいしいそばを出してくれる。店内には人間国宝の濱田庄司や島岡達三のうつわと一緒に、無名の作家の石彫りなども置かれている。民芸の父・柳宗悦や河井寛次郎、濱田庄司らと親交があった板画家(版画家)・棟方志功が暮らした富山には、生活のなかに民芸が溶け込んでいるのだろうか。
民芸を扱う林ショップも、以前は「きくち民芸店」という老舗の民芸店だったという。林ショップはその店を引き継ぐような形で2010年にオープンした。その2年後、もう一方の端に古本屋「ブックエンド」が開店。文芸書のほか、音楽や映画、料理、美術などの本も揃え、この通りに文化の香りを運んできた。続いて、2015年に絵本の古本屋「デフォー」、2016年にギャラリー「スケッチ」、2018年にコーヒースタンド「SIXTH OR THIRD」がオープンした。
林ショップはときどき開店が遅れるし、突然休むこともある。仕入れや制作のために店を休みにするとき、お昼ごはんに外へ出るとき、店頭には林さんの携帯番号が書かれた紙が張り出される。そんな真面目で丁寧な人柄と、ゆるく開いている雰囲気が自然と周りの人たちを惹きつけてきたのかもしれない。
林ショップ周辺の人びと
林ショップの隣にあるスケッチは、2016年夏にオープンした、林さんと仲間たちが共同で運営しているスペースだ。普段は絵の教室とフランス語教室を開催し、ときどき展覧会やライブ、上映会なども開催している。
この日はスケッチで、林さんとスケッチに関わるグラフィックデザイナーの高森崇史さん、デッサン教室「アトリエ セーベー」を主宰する樋口裕重子(ゆちこ)さん、編集者の荒井江里さんからお話を聞かせていただいた。
林「高森君も裕重子さんも江里ちゃんも、もともとは林ショップのお客さんだったんですよ。仲良くなっていくうちに色んなことを教えてもらったり、そこから新しい企画が生まれたり。お客さんに教わることがとても多いです。
それで以前から、周辺の人たちと何かやりたいと思った時に、パッと実現できるような場所があったらいいなと思っていたんです。そんな時に林ショップの隣が空いて、高森君はちょうど独立することを考えていた頃で、裕重子さんとご主人の上田さんは場所があれば、それぞれの教室が開けるということだったので、4人でシェアしましょうという話になりました」
翌年の夏には、林さんがホラー映画『リング』の魅力にとりつかれてしまったことがきっかけで、同映画の上映会を開催した。その時は、音響エンジニアが音響セットまで組むという懲りようだった。
高森「あれは怖すぎて衝撃を受けましたね。音の効果がここまで映像を助長しているんだと知りました。終わりの方で僕が貞子の格好をして登場するというサプライズ演出をしたんですけれど、僕自身が一番怖くなっちゃって。その後、高熱で3日ぐらい寝込んだんですよ。それからしばらくはアリが這っているのをみるだけでも驚くほど神経過敏になっていました」
樋口「子供たちは、意外と怖がってなくて、凄く楽しかったみたいです。林さんの企画に巻き込まれる方はいつも大変なんですけれど、林さんにいわれると、皆『しょうがない、やるか』ってなるんですよね。それで実際にやってみると、おもしろかったということが多いんです」
高森「僕が凄いなと思うのは、林さんは頑固なところもあるけれど、周りの人たちとちゃんとうまくやっているところなんです。ルーズなところもあるんですけれど、それでも怒られないのは人徳だと思います。林さんは、とにかく嘘がつけない人なんですよ。自分がいいと思わないことには、絶対にいいっていわない(笑)。いい時はすぐに『いいね、おもしろいね』っていうんですけど」
誰かの創作が誰かの扉をひらく。
編集者の荒井江里さんは、スケッチで月に一度開催しているイベント「スケッチモーニング」で、自宅で焼いたパンを売っている。そのきっかけをつくってくれたのは、樋口さんだった。
樋口「最初は、江里ちゃんがつくったパンを時々いただいていたのですが、それが本当においしくて、ひとり占めするのはもったいないと思ったのが始まりでした。この場所が、半分パブリックな場所になりつつあったので、お店のようなことをやったら、もうひとつ大きい扉ができるかなという妄想があって、江里ちゃんに提案してみました。それから毎月休まず1年ほど続けてくれています。けっこう大変だと思うんですが」
荒井「林さんがイベント用に、毎月すてきなポスターをつくってくれるので、そのポスターを見ると『来月もがんばろう』って思います」
林「僕はすぐ店を休みますけれど、ポスターづくりは江里ちゃんが休まない限り僕も休めないというか(笑)。こういう企画は、スケッチモーニング以外にもいくつかあるんですが、ここでは、それぞれがおもしろそうだなと思うことをやれたらいいなと思っています。
くだらないことであっても、誰かがおもしろいと思うことを実現していく。そういうことに付き合ってくださる大人たちがおられるというのはありがたいです」
今年オープンしたコーヒースタンド「SIXTH OR THIRD」の店主でありイラストレーターでもある井上佳乃子さんも、林さんに導かれるようにこの通りへやってきた人だ。
井上「ここの通りは、以前から林ショップやつるやさんが好きで、自然と足が向いてしまう場所だったんです。スケッチがオープンしてからは、林さんが私の旦那(アーティストのアーロン・ジョセフ・セワードさん)の展覧会を企画してくれたり、高森さんが私にポスターのイラストを依頼してくださったりしたので、色々と行き来もあって。
それでコーヒーのお店をやりたいと思って場所を探していた時に、林さんがここが空いたよと教えてくれて、大家さんにも掛け合ってくださったんです」
林さんは以前からこの通りにお茶を飲める場所があったらいいなと思っていたそうだ。今では、大きな窓から燦々と日が射し込む店内にあらゆる年齢層の人が集い、コーヒーや焼き菓子を楽しんでいる。
ただただ、ものに惹かれて
林ショップを訪れると、林さんがあの穏やかな顔で出てきて中へ入れてくれた。店内を見回すと、壁に棚に、深く優しい色合いのうつわや織物、可愛らしい人形などが並んでいる。林さんは民芸のものに限定せず、彼自身がいいと思ったもの、好きなものだけを置いている。以前の店主・菊地龍勝さんの頃から付き合いがあったつくり手のものに林さんが見つけてきたものたちが加わり、多様でありながらも一本芯の通った、どことなくユーモラスさが漂う空間が生まれた。
林さんはすっと奥へ引っ込むと、コーヒーを淹れて持ってきてくれた。コーヒーの隣には、淡い黄色の柑橘類の砂糖漬け。林ショップを通じて仲良くなった広島・因島の柑橘農家「Banjoh-ya」が送ってくれたものだという。
さて、林さんのことはやっぱり林さんに聞かねばならない。まずはじめに聞いたのは、林さんがなぜこの店を始めたのかということ。
「もういくつの頃だったのかも覚えていないのですが、家に祖母がきくち民芸店で買い求めた蓋もののうつわがあって、それが何とも可愛らしく、そばに置いて触ったり眺めていたりしたんです。祖母は民芸だけではなく、美術にも関心が高い人でした。僕はそんな祖母に可愛がってもらっていて、絵を描くための紙や鉛筆を買ってもらうこともあり、子供の頃から絵を描くのが好きでした。そういった影響もあって金沢美術工芸大学のデザイン科へ進み、デザインを通して民芸に関心を持つようになっていきました。
卒業後は東京の写真現像所で働きながら写真を撮ったり鋳物の原型をつくったりしていましたが、そんな時に叔父から突然電話があって『きくち民芸店の菊地さんが、悠介に店を継がないかといっている』といわれたんですよ。店をするなんて夢にも思っていませんでしたが、祖母の縁を強く感じましたし、民芸は自分の中で大きな存在となっていたので、富山に戻り、継ぐことにしたんです」
開店するにあたって、しばらくは菊地さんについて各地の仕入先を回った。最初に訪れたのは、鳥取県にある岩井窯。若い時に、民芸運動に深く関わったイギリスの陶芸家 バーナード・リーチ氏に出会い大きな影響を受けた陶芸家・山本教行さんが開いた窯だ。
「初めて菊地さんについて仕入れ先にいくときに、どこへ行きたいかと聞かれたので、あの蓋ものを見せて、『もしこれをつくった方がまだおられるのなら、ぜひお会いしてみたい』といったんです。そうしたら、それをつくられたのが山本さんだったんですね。それで岩井窯に連れていってもらったら、作品はもちろん、場所も山本さんのお人柄も、とても素晴らしくて。
その時山本さんに、『君が良いと思うものを集めなさい』といわれて、非常に励まされました。そういったこともあって、僕自身にとって民芸は大切なものなのですが、そこにはあえてとらわれることなく、自分がいいと思うものを置いています」
この店を訪れるお客さんは、林さんと話すことを楽しみにくる人が多い。ゆっくり紡がれる言葉の向こうに何があるのだろう?と惹きつけられてしまうのだ。話しているうちに思わぬ方向に話が転び、人を紹介してくれたり、そこから新しいアイデアが生まれたりすることもある。
そんな林さんは店を営みながら、制作活動も続けている。
「ここの2階にも作業場があるのですが、鋳物の原型をデザインする時なんかは店を閉めて、自宅にこもってつくっています。それから、最近依頼をいただいて絵を描く機会があったのですが、それが凄く楽しい、いい時間で。個人的にはもっと制作の時間を増やしていきたいなと思っています。お店ももちろん大切なんですけれど、制作は続けていきたいと思っているので、その辺は今色々と考えてしまいますね」
林さんが背中を押したおかげで好きなことをやっている人たちがたくさんいるというのに、ご本人は制作の時間を十分にもてていないらしい。でも、だからといって切羽詰まっているわけでもなく、今の状況も楽しんでいる。そういう林さんを見ていると、見ているほうまで楽しい気持ちになってくる。やりたいことをシンプルに実現できる場所があって、刺激し合える仲間がいるということは素晴らしい。「林ショップやスケッチみたいな場所があるっていいですね」というと、林さんはこう答えてくれた。
「確かに富山には、意外とそういう場所がなかったかもしれないですね。自分でも、今こうやって店をやっているのが未だに不思議なんですけれど、いい意味で先がわからないというか、今がとてもいい感じだと思います。
店を始めたおかげでたくさんの良い出会いをいただいてますし、スケッチができたことで、皆が僕には考えつかなかったようなことを考えてくれたり、ノリで思いついたことをできたりして、それがありがたいですし……、楽しいってことですね。結局のところ、楽しいこと、好きなことをやっていくということしかないのかもしれないです」
林ショップ
住所:富山県富山市総曲輪2丁目7−12
電話番号:076-424-5330
営業時間:11時 ~19時
定休日 :火曜・水曜(不定休あり)
- 林 悠介 富山県生まれ。金沢美術工芸大学環境デザインコース卒業。大学卒業後は東京の写真現像所で働きながら、写真や鋳物の原型デザインなどを手がける。2010年、富山市総曲輪に「林ショップ」をオープン。民芸のうつわから現代の作家による作品、本、CD、食材まで、幅広く扱う。2016年には同店の隣に共同運営者としてギャラリー「スケッチ」をオープン。ライブや上映会などを企画・運営している。
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