特集 まちなかの文化の入り口

<鎌倉⇔スペイン、ポルトガル> 旅で得た感覚を、地元で表現する、“よく休む店”の循環。

ある人にとっては近くにあって嬉しい食堂で、ある人にとってはとことん呑みたい時に付き合ってくれる酒場。ひとりでもふらっと入れて、通ううちに気づくと顔見知りが増えている。鎌倉市大町。この界隈に暮らす人たちにとってのコミュニティの場としても愛されている店「オイチイチ」を営むのは、瀬木暁さんといくよさん夫婦。

もともと根っからの旅好きという二人は、子どもを連れて旅に出かけ、いく先々で料理を媒介にさまざまな人・土地・文化から得た感覚を鎌倉に持ち帰るという旅を続けてきた。昨年の秋、家族4人で向かったのは、スペイン・バスク〜ポルトガル。過去最長、1カ月の旅だった。

文:石田エリ 写真:佐野竜也

作っている人の顔が分かる店。

鶴岡八幡宮の参道、たくさんの観光客で賑わいをみせる小町通りとは反対方向の海側に位置する、大町。古くからあるパン屋、蕎麦屋、精肉店、酒屋が立ち並び、下町情緒ある風景が続く。

昼はお惣菜、夜はお酒とつまみの店「オイチイチ」は、そんな場所に5年前オープンした。けれど5年前というのが意外なくらい、その店構えにはこの町をずっと見てきたかのような佇まいがある。内装も、椅子や食器、飾られている絵など、「拾ってきたもの、もらいもの、友だちが作ったもの」がほとんど。それは、暁さんが考える“理想の店”にも通じている。
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「やっぱり料理でもなんでも、作っている人が分かるものっておいしいですよね。これは誰それが作った米、これは誰それが釣ってきた魚、これは誰それが作った酒だって。全部そんなものだけで店がやれたらすごく幸せなことだなと思っていたし、今も理想としてます」。

そう話す暁さんは、ここ鎌倉の出身。20代前半は、アジア、オセアニアなど各国をめぐり、農園で働いたり、路上で音楽を演奏したりしながら、世界各地を放浪してきた。そして、三重県に生まれ、東京で料理の仕事をしていた妻のいくよさんは、週末に鎌倉へ通う生活を経て移住。二人が思い描いていた理想の店を現実的に考えはじめたとき、運よくこの物件との出会いがあったのだという。

「知り合いの不動産屋さんが紹介してくれた物件が、ボロボロの日本家屋だったんですけど家賃がすごく安くて、これなら店がはじめられるかもしれないと思った」と、周りの友人たちに手伝ってもらいながら、ほとんどを手作りで内装を仕上げて「オイチイチ」をオープンさせた。

逗子の小さなビール醸造所「ヨロッコビール」の手作りサーバー。

逗子の小さなビール醸造所「ヨロッコビール」の手作りサーバー。

つながりがつながりを呼ぶ。

「オイチイチ」は、定休日以外に“よく休む店”としても知られている。普通に考えたらお客さんを逃すダメな例のようだが、「来るたびに閉まっててやっと入れた!」と、憧れの店化しているようなところもある。それに地元のお客さんが中心なので、たとえ閉まっていてもそれを理由に足が遠のくことはなさそうだ。

「この5年で、どんどんオープンする日が減ってきてます(笑)。でもサボってるわけじゃないんです。店以外に料理教室もしているし、ケータリングを頼んでもらう機会も増えています。僕自身は、映像の制作、地元の湘南ビーチFMで音楽番組の企画・構成、内装の仕事、『シネマキャラバン』という移動式映画館のプロジェクトの活動もしているんです」(暁)

「それで、この間みたいに1カ月旅するとなると、ますますオープンできない(笑)」(いくよ)

今回、家族4人で最長の1カ月を超える旅をした先は、スペイン・バスクとポルトガル。この旅のきっかけを作った出来事の一つに、8年前から暁さんが活動に参加している移動式映画館のプロジェクト「シネマキャラバン」がある。

2017年10月13日〜15日、スペイン・バスクで開催されたシネマキャラバン。約500名の来場があり、ミュージシャンの演奏とともに、暁さんが編集した映像も上映された。

2017年10月13日〜15日、スペイン・バスクで開催されたシネマキャラバン。約500名の来場があり、ミュージシャンの演奏とともに、暁さんが編集した映像も上映された。

「毎年『シネマキャラバン』が主催して、『逗子海岸映画祭』を開催してるんですけど、代表のカメラマンがバスクを旅した縁で、4年前から料理人やアーティストなどを招待する『バスクの日』を設けるようになったんです。逆に2013年には『サンセバスチャン国際映画祭』にシネマキャラバンを招致してもらって向こうでイベントも開きました。
そのつながりから、映画祭がない時期でも日本に遊びに来てくれたり、僕らがバスクに行ったりして、関係性が発展していったんですよね」(暁)

暁さんといくよさんが“お父さん”と慕うチュスと、娘のオイアナとマギーとは、家族ぐるみで仲がよく、彼らは何度も鎌倉に来ているという。そして、逗子映画祭が開かれる今年のゴールデンウィークには、彼らの唯一のオフの日に、いくよさんが「いつもバスクへ行った時にお世話してもらっているお礼に」と、オイチイチで和食を振る舞った。

右から、チュスと、娘のマギー(妹)とオイアナ(姉)。

右から、チュスと、娘のマギー(妹)とオイアナ(姉)


「関係性は長いけど、ちゃんと料理をふるまったのははじめてで、チュスがすごく感動してくれたんです。『秋の美食倶楽部(※1)のきのこの会で、ぜひいくよに料理してもらいたい!』って、その日のうちにバスクに呼んでもらえることになりました」(暁)

そしてさらに、オイチイチ一家がバスクに行くことを知ったポルトガルの友人たちが、「こっちでも日本料理を作って欲しい」と招待してくれることになり、一家4人の1カ月海外巡業が決まった。

※1 美食倶楽部:プロの厨房並みのキッチン設備を設けて倶楽部会員同士が料理の腕を競い合う。会員になれるのは男性のみという、バスクに古くからある文化。

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料理を媒介に、言葉がなくても分かり合えること。

スペイン・バスクの中心地、世界一の美食の街としても知られるサンセバスチャンが最初の“仕事場”。暁さんが、「きのこ料理をつくるなら、自分たちできのこをとりに行きたい」と話したら、チュスは喜んできのこの森を案内してくれた。きのこ狩りのプロと一緒に入ったのは、馬や牛が放牧され、見たことのない数十種類のきのこが育っている森。そこでとれたポルチーニなどの新鮮なきのこと、日本から持って行った干し椎茸や手づくりのなめたけと合わせて、いくよさんは80人分のきのこ料理のコースをつくった。

ディナー以外にも、持参したかんぴょう、黒米、白米、ゆかり混ぜごはんや、現地のきゅうりを使った巻き寿司ワークショップ、だし巻き卵のデモンストレーションも行い、日本食に興味津々のバスクの人たちに好評だったという。

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その後、レンタカーで2日間かけてポルトガルの南へ移動。スペインとポルトガルの国境近くの街・ベルモンテに立ち寄り、オーガニックファームを訪ねて野菜を調達し、友人のゲストハウスでは巻き寿司のワークショップを行った。

ポルトガル最南端の町、アルゴスのオーガニックファーム。

ポルトガル最南端の町、アルゴスのオーガニックファーム。

巻き寿司のワークショップ。ワークショップに集まった参加者は日本食に興味津々だったという。

巻き寿司のワークショップ。ワークショップに集まった参加者は日本食に興味津々だったという。

そして、ポルトガルの首都リスボンでは、フランス人のシェフといくよさんのコラボレーションで2日連続コース料理を作るイベントを開催。
暁さんは日本酒の利き酒を担当。いつも店で提供しているつながりある蔵のものを8銘柄手持ちで運んだ。

「日本酒を知らない彼らにとっては、作られる課程のイメージが沸かないぶん、わかりづらいだろうなと思うんです。だから今回も、スペインに輸入されていないような大量生産できない日本酒を飲んでもらって、どんな場所で作られているかを伝えることで、人の手が生み出した味を知ってもらえたらと思いました。みんな先入観からハードリカーだと思っていたみたいでしたけど、飲むとすごく気に入ってくれましたね」

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いくよさんが作った料理は、現地の白身魚の朴葉焼き、アジの南蛮漬け、だし巻き卵、あさりの味噌汁。アジとアサリはポルトガルの名産でもあるそうで、朴葉は以前にシネマキャラバンで訪れた白川郷の人たちから送ってもらったものを使った。ただ日本らしいものを作るだけではない。オイチイチで彼らが紡いできたストーリーも一緒に知らない国の人たちに食べてもらうのだ。

「ポルトガルもバスクも、日本食にはみんな興味があって、ヘルシーでおいしいってイメージはあるんだけど、ちゃんとつくられた和食を食べる機会がないんですよね。だから余計に喜んでもらえた」(暁)

「私は英語もほとんど話せなくて、フランス人シェフのルカと一緒に料理をしてほしいと言われても、はじめはどうすればいいか想像もつかなかったんですけど、2日間やっているうちになんとなく通じ合えるようになってきて。2日目のデザートでは、私が小豆を煮て抹茶パンケーキを作ったら、ルカがその上に自分のメレンゲを載せてくれたんです。料理を媒介に、言葉じゃなく分かり合えたことが嬉しくて、得るものが大きかったです」(いくよ)

真ん中が、フランス人シェフのルカ。夏だけ海のそばにオープンする屋外レストラン「TROPISMO」のオーナーシェフのひとり。

真ん中が、フランス人シェフのルカ。夏だけ海のそばにオープンする屋外レストラン「TROPISMO」のオーナーシェフのひとり。

暁さんにとっては、バスクもポルトガルも、何度も旅してきた場所。今回旅をしたことでまた違った発見はあったのだろうか。

「結局場所はどこでもいいというか、どこもすごくよかったからこそ、人のつながりがあればどこでもやっていけるなと思えました。あと、もう一つよかったことは、旅の終わりに子どもたちが『日本ってすごいんだね』って再認識できたこと。帰ってきてからは世界地図に興味を持ちはじめて、スペイン語や英語に対してもポジティブになりましたね」

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人との出会い、文化との出会いを
拠点に持ち帰る。

「いつでも旅がしたいし、どんなところでも旅してみたい」。その思いが夫婦の大きな共通点。けれど、放浪がしたいわけではない。「旅をして吸収した感覚を、戻ってきて表現できる場が必要なんです。欲張りなのかも知れないけど、インプットとアウトプットが循環できること。それが私たちが旅を求める理由なんですよね」(いくよ)

「そうだね、自給自足へのリスペクトはあるけど、大草原の小さな家に自分たち家族だけ、というのは考えられない。やっぱり人と関わっていたいし、コミュニティがあってこそだと思います」(暁)

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身軽にどんなところでも暮らしていける逞しさは、今の時代、誰もが必要性を感じていることなのかもしれない。これからを生きる術として、子どもたちに伝えていきたいことがあるという。

「どこへ行ってもちゃんと挨拶ができること。僕も彼女も、子どもの頃から親にきっちり仕込まれてきました。挨拶はすべての始まりだと思っています」(暁)

外へ出て、多様な価値観の人たちと出会い、その感覚を地元へと持ち帰る。世代もジャンルも越えた幅広い層の人たちが集うオイチイチの居心地のよさは、さまざまな土地で重ねてきた“挨拶”の感覚から生まれている。

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オイチイチ
住所:神奈川県鎌倉市 大町1-3-21
電話:0467-55-9582
営業時間:12:00〜
定休日:月・日
HP:http://oicheech.blogspot.jp/
※不定休のため、来店前に電話で確認を。

<鎌倉⇔スペイン、ポルトガル> 旅で得た感覚を、地元で表現する、“よく休む店”の循環。
<鎌倉⇔スペイン、ポルトガル> 旅で得た感覚を、地元で表現する、“よく休む店”の循環。
瀬木 暁さん&いくよさん夫婦 2012年、古い魚屋の店舗を改装して鎌倉・大町に「オイチイチ」をオープン。いくよさんは、インテリアショップ・IDEEなどのキッチンを経て、現在は、オイチイチのランチを担当しながら、料理教室やケータリングを行う。バータイムを担当する暁さんは、ラジオ番組の企画制作、逗子の旅する移動映画館「シネマキャラバン」への参加、自身による映像制作など、さまざまな分野で活動中。
(更新日:2018.01.24)
特集 ー まちなかの文化の入り口

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まちなかの文化の入り口
どのまちにもささやかに存在する「文化の入り口」。様々な人が集う場を生み出した人を訪ね、内と外をゆるやかにつなぐ店づくりや活動について話を聞いた。
<鎌倉⇔スペイン、ポルトガル> 旅で得た感覚を、地元で表現する、“よく休む店”の循環。

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