特集 まちなかの文化の入り口

「生活という仕事をしよう」 自ら耕し育てた植物で施術する ヘアサロン「ぽかぽか」 【滋賀県長浜市】

“100パーセントオーガニック”は成立しないと思われがちな美容業界の中で、それを体現し、ファンを増やし続けているヘアサロンがある。ヘアメイクの仕事の中心だった東京を離れ、マルタ共和国へ大移動、のちにたどり着いたのは地元である滋賀県・長浜市。ここで藤岡建二さん・香里さん夫婦と3人の子どもたち、家族の日常の中にある自然に即したサロンワークが生まれるまで。

写真:高橋マナミ 文:石田エリ

子どもが生まれたことがきっかけで、
生活と仕事の価値観がズレ始めた。

滋賀県長浜市、琵琶湖の北側に位置する鍛冶屋町。JR長浜駅から30分ほど、傍らに田園風景が続く草野川に沿って車を走らせていると、川向こうに瓦屋根の連なる古い町並みが見えてきた。その地名の通り室町時代以降、鍛冶が盛んであった地域。戦国時代には槍を、そののちには農具作りを行い、全盛期には100軒以上の鍛冶屋があったのだという。今も虫籠窓(むしこまど)や土蔵など、その名残をとどめる趣のある民家がちらほらとある中で、藤岡さん一家が営むヘアサロン「pocapoca」は、少し(いい意味で)違和感のある佇まいだったので、すぐにそれだとわかった。

川のほとりの一軒家。門を入ってすぐ右側がサロン、奥の左側が住居で、庭はそう広くはないけれど、小さな植物園のようにあらゆる種類のハーブが育っている。挨拶すると早々に、「今、新しい畑を開墾中なんです」と、建二さんがここから車で5分ほどの場所へと案内してくれた。

美容室のすぐ近くにある畑。ここでは、すべての工程を月のリズムに合わせて作る、「pocapoca」のオリジナルブランド「TSUKI」の原料となる、エキナセア、カレンデュラ、ラベンダーなど約80種類の植物を育てている。週1日は畑の日として、「pocapca」のスタッフとともに土を耕す。

休憩時間、スタッフのために梨を切る藤岡香里さん。

建二さんが「pocapoca」をオープンさせたのは、2011年のこと。そして、一昨年からは自分たちが実践してきたノウハウを伝えていくための「TSUKI ACADEMY」を開校。サロンで使用するシャンプーやリンスの材料となる植物も自分たちの手で作りたいと、自宅の庭から栽培を始め、この畑へと拡張して本格的に取り組み始めたところだ。

今でこそ、土と太陽が似合う二人だが、もともとはともに美容師で、同じ東京にあるサロンで働いていたのだそう。その後、建二さんはサロンワークを離れ、ヘアメイクとして雑誌や広告での仕事をメインに活動をするようになったが、いわゆるパーマやカラーリングの一般的な薬剤を使った仕事に対して、特に疑問を持ったこともなかったという。

先進的なファッション業界を経て、環境や身体に負荷をかける薬剤を一切使わないサロンをオープンさせた、藤岡建二さん。

「サロンで働いていたときは、休憩室にあったビールの空き缶にパーマ液が入っていたのに気づかずに誤飲してしまったことがあって。それでも大したことないと思っているくらい無頓着だったんです。彼女(香里さん)もスパンコールのキラキラした服を着ていたし、全然オーガニックじゃなかった(笑)。

でも、結婚して子どもが生まれてから、いろんなことに気づき始めたんです。最初の子どもを自然分娩で産んだんですけど、そのときにケアしてくれた助産師さんが、インドの伝統医学・アーユルヴェーダのセラピストで、自然の植物を使ったお手当などの知恵をたくさん教えてくれました。彼女はそこからアーユルヴェーダや自然療法を勉強するようになって。
僕はその時点ではあまりピンと来ていなかったんですが、少なからず影響は受けていて、子どもの予防接種や食べものの添加物のこと、今まで疑いもしなかったことが実は体にとって良くないことだと知って、身の回りのいろんなことが気になるようになりました。それで、一つずつ確かめていくうちに、自分の仕事はどうなんだ?ってところに行き着いたんです」

どうしていいかわからないけど、
とにかくどこかに移住しよう。

一つひとつ紐解くうちに、都会での暮らしに違和感を感じるようになり、郊外へと引っ越し、休みがある度に子どもたちを連れて家族でキャンプや山へと出かけるようになった。自然に触れることが純粋に楽しいという感覚を味わうほど、今の生き方・暮らし方との間に乖離が生まれていく。

「ヘアメイクの仕事はファッションが中心だったので、シーズンごとにブランドの服をいかに売るかというイメージビジュアルを作るんですよね。仕事も暮らしの一部なんだけど、この仕事と自分が興味を持ち始めていたこととが繋がらなくなってきたんです。だからと言って、どうすればいいのかもわからず、とにかく場所を変えようと。イタリアの下にあるマルタ共和国に家族で移住しました」

それまでの仕事のキャリアもあっさりと手放し、家族がいることを理由に保守的になることもない。そして移住先は、日本の田舎ならまだしも、ガイドブックもほとんどないような海のはるか向こうの国だ。この5歳と1歳の子どもたちを連れた家族の一大航海は、その先の目標がはっきり定まらないままに出発することになった。

「マルタ共和国は、温暖で治安もいい。住むにはすごくいいところだったんですが、ビザがうまくいかなくて帰国せざるを得なくなりました。せっかくだから、いろんな国を旅しながら戻ろうということになって。タイを訪れたときは、テントを張りながら村を転々としていたんですけど、村の人たちの生活の光景を見たときに、“これだ”と思ったんです。
子どもたちが大人に混じって仕事をしている姿。仕事自体も生活の延長上にあって繋がっているように映りました。マルタ共和国にいた頃から、日本に戻っても仕事はしない、と思っていたんです。生活という仕事をしようと。日本でも昔の人たちは、単にお金を稼ぐための仕事というのはほとんどなくて、生活に直結したことが仕事だったわけで……。なので、必要なものがあれば自分たちで作って、それが仕事になればいいと漠然と思っていたので、タイの村々の光景が大きなヒントをくれました」

そうして帰国したときには、「仕事も家もお金もない」ところからの再スタート。香里さんの地元・和歌山県にも滞在しながら場所探しをしたけれど見つからず、最終的に建二さんの地元・滋賀県に戻り、曽祖父がよろづ屋として商いしていた土地を使わせてもらうことになった。そうして、近くの大工さんに手ほどきを受けながら、ようやくくっきりと思い描くことができた理想の店舗兼住居を自らの手で建築していった。

すべての植物に薬効あり。
アーユルヴェーダを学ぶ

化学薬品を使わずに始めたサロンワーク。必然的にパーマやカラーリングはできないため、初めはカットのみだった。けれど、お客さんの中には、「やっぱりカラーリングしたい」という声があり、どうにかそれに応えたいと探してみると、ヘナという植物でカラーリングできることがわかった。

「これならできるかもしれないと思ってヘナを使い始めたんですけど、ヘナについて調べるとアーユルヴェーダという言葉が頻繁に出てくるんですよ。これからもこの植物を使い続けるつもりで、ずっと関わっていくものだからと思って、神奈川県にあるトラディショナル・アーユルヴェーダ・ジャパンというスクールに、毎週夜行バスで通うようになりました。そしたら、通っているうちに体がどんどん整っていくんですよ。知識として吸収するのと、体が感覚として受け取るのが同時に進んでいきました。

そんなときに、インドでパンチャカルマセラピスト(アーユルヴェーダの中でも重要とされる浄化療法)の資格が取れると聞いて、試験を受けに行きました。実際に向こうのドクターからパンチャカルマの治療を受けながら学んだことで、すべての植物に薬効があって自分たちの体を整えてくれることを知りました。植物から抽出したオイルを体に刷り込むと、植物が体に浸透していき、浄化の作用を促していくという一連のことを、体感として得ることができたんです。体が生まれ変わるような感覚でした」

ガスールやニームの粉末など、その人に合わせて調合するクレイシャンプー。

そこから、アーユルヴェーダの知識をもとに、ヘナだけでなくさまざまな植物を用いて、抽出液やエッセンシャルオイル、クレイシャンプーを作るように。アーユルヴェーダの代表的な植物だけでなく、日本の植物でもアレンジしながら工夫と実験を繰り返していった。現在、開墾途中の畑も併せて80種ほどの植物を育てており、滋賀の気候では栽培が難しいヘナは、縁あって奄美諸島にある与論島の農家さんが試験的に栽培を始めてくれていて、再来年の本格始動を目指しているそうだ。

私たちも、一人ひとりに合わせてハーブを調合するトリートメント「ツキハーブリンス」を施術してもらうことになった。まず、施術の前に名前の明かされていない3つの香りを嗅いで、一番ピンとくるものを選ぶ。
「アーユルヴェーダには、ヴァータ、ピッタ、カパという3つの性質によって体質が分けられているんですが、その人の体質を知るのはドクターであってもとても難しいとされています。ここでは体質診断はしませんが、嗅覚は昔の記憶とつながっているので、感覚的に選んだものは、過去と現在の状態、どちらにもフォーカスしてくれるという考えのもと、その人の施術に使う植物を決めています。この香りは、だいたい1カ月に1回、同じ系統の中で植物を組み替えるんですけど、やっぱりヴァータを選ぶ人は、香りが変わってもだいたいヴァータを選ぶんですよね」と、建二さん。

そうして、選ばれた香りに紐づく植物を、頭皮の状態や髪質に合わせて調合し、トリートメントを行っていく。庭で摘んできたばかりのハーブの香りが部屋中を満たして、頭だけでなく全身がほぐれていくような気持ちよさだ。

施術が終わると、学校から帰った子どもたちがサロンの本棚の脇で本を読んでいた。「もっと小さいときは、裸でこの中を走り回ってました。仕事しながら夫婦喧嘩することもあります(笑)」。

こうして施術を受けながら藤岡家の暮らしが透けて見えるというのは、日本ではタブー視されるきらいがあるけれど、あらゆることが不透明な今の世の中にこそ、とても信頼のできることのように思えてくる。子どもたちだって、働くお父さんお母さんの姿を直に見ながら成長していくことができるのだ。

自然に即したサロンワーク、
その先に思い描くこと

今年で2年目となる「TSUKI ACADEMY」は、環境や体に負担をかける薬剤を使わない方法が学べる、美容師のための学校。1年をかけて、植物の育て方や抽出法、カラーリング(髪の草木染め)、身体のこと、食のこと、心のこと、月との関係など、サロンワークだけでなく、自然とのつながりを通して新しい美容の方法を学んでいく。

「今年の生徒さんは16名。みんなこうした知識がない状態で来るんです。なので、初めは一つひとつの学びが点でしかないんですが、一緒に植物を育てたりしていくうちに点が線につながっていく。1年目は、ニーズがあるかどうかも考えていなくて、何の前情報もなかったんですけど、定員8名がすぐに埋まりました。美容室で使う薬剤に疑問を持っても、それらを使わない方法があることを知らず、美容師をやめるべきか悩んでいたと。お客さんは薬剤と言っても、月に1〜2回のことなのでそこまで大きな負担にはならないんですけど、美容師は毎日のことだから女性は特に体に影響が出てきてしまうんですよね」

左から、「pocapoca」で働く、植物が大好きなマイマイさんとさやかさん。「TSUKI ACADEMY」でも学んでいる。

建二さんがインドで経験したことと同じように、「TSUKI ACADEMY」の生徒たちも、働きながら日々体が整っていくのを体感していく。カリキュラムが終了したのちに、同じ考えのもと新しいサロンを開いた生徒もいるのだそう。マルタ共和国へと経つときには目標が曖昧だった航海は、進むうちにくっきりと輪郭を帯びるようになった。

「遠い先の話かもしれませんが、美容業界が変わると、世の中はどう変わっていくだろう? と思っているところもあるんです。自分の地元で作り始めた小さな輪をコツコツと地道に広げていった先に、どんな世界が見えるだろう。理想を思い描きながら、こういう道もあるってことを伝えていけたらと思っています」

ヘアサロン「pocapoca」
滋賀県長浜市鍛冶屋町727
JR長浜駅から車で約30分
080-3847-4363
HP:https://www.pocapoca-ayurveda.com/

「生活という仕事をしよう」 自ら耕し育てた植物で施術する ヘアサロン「ぽかぽか」 【滋賀県長浜市】
「生活という仕事をしよう」 自ら耕し育てた植物で施術する ヘアサロン「ぽかぽか」 【滋賀県長浜市】
藤岡建二さん ふじおか・けんじ/滋賀県長浜市生まれ。高校卒業後、東京の美容師専門学校へ進学し、都内サロンで勤務後、ヘアメイクアップアーティストyoboon氏に師事。フリーランスとして独立後、マルタ共和国へ移住。2011年、環境や身体に負荷をかける薬剤を一切使わずに、植物だけで施術するサロン「pocapoca」設立。インドへのアーユルヴェーダホスピタルでインド政府機関認定BSSパンチャカルマセラピスト取得。2018年、月のリズムに寄り添った自然栽培薬草農園を開拓し与論島でヘナの栽培をはじめた。
(更新日:2019.02.12)
特集 ー まちなかの文化の入り口

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まちなかの文化の入り口
どのまちにもささやかに存在する「文化の入り口」。様々な人が集う場を生み出した人を訪ね、内と外をゆるやかにつなぐ店づくりや活動について話を聞いた。
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