ある視点

図らずも、身土不二

vol.8 図らずも、身土不二

福島県で行われている漁業が、他県とはちょっと違うことを皆さんはご存知ですか?

 

そうです。今、福島県の漁業は「試験操業」という漁業を余儀なくされています。試験操業とは、一口に言えば「安全性が確認された魚種のみ獲って流通させていいよ」という漁業のこと。試験操業の対象に選ばれた64種類(2015.6.2現在)だけ、厳しい検査を経て流通されています。選ばれていない魚種(例えばヒラメとかアイナメとかそういう浅場の海底に棲んでいるような魚)は、放射線量が高い個体が稀に見つかるので、流通させてはダメよ、ということになっていますが、試験操業の対象になっているものは、普通に流通してるんです。

 

知ってました?

 

こちらはマゾイ。とてもおいしい魚だが、試験操業の対象になっておらず食べられない。

こちらはマゾイ。とてもおいしい魚だが、試験操業の対象になっておらず食べられない。

 

僕もあんまり詳しくは知らなかったのですが、食べられない魚があるのは地元の人間としてとても悔しいですし、感覚としては自分の財産が傷つけられたようなものなので、ここ1、2年特に注視するようになりました。だって、事故前は普通に食べられたんですよ、超絶うまいスズキとかアイナメとかドンコとか。「常磐もの」と言えば築地でもそこそこ名の通ったブランドです。そういう魚が食べられなくなったのは、僕が本来持っていた豊かな食生活を傷つけられたのと同じ。仕方ないとはいえムカつきますよね。だって食べたいもの。

 

このコラムの主旨は、現代版「晴耕雨読」です。僕の考える「晴耕雨読」とは、「昼間の本業(晴耕)以外にクリエイティブな活動の時間(雨読)を持とう」というライフスタイルのことを指します。前回は、雨読的に始めた日本酒のイベントが、色々な人たちとの出会いを生み、晴耕(昼間の本業)の分野に干渉していく様を紹介しました。今回はそれと共通する話なのですが、本業とは関係のない雨読の時間を使って「地域の食」と交わろうという話です。

 

2013年の秋から、福島第一原子力発電所沖の海は実際どうなってんのか自分たちで調べてみようぜ、というプロジェクトを始めました。名前は「うみラボ」といって、何の法的根拠もないまったくの任意団体なのですが、毎回船をチャーターして、原発沖1.5kmのポイントで海底の土を採取したり、魚を釣ったり測ったりしています。活動を始めた当時はまだ市内のかまぼこメーカーに勤めていたので、この活動は「雨読」としての活動という位置づけです。

 

原発沖での海洋調査の模様。奥に福島第一原発が見える。

原発沖での海洋調査の模様。奥に福島第一原発が見える。

原発沖ですが、不謹慎なほど楽しいうみラボの調査。

原発沖ですが、不謹慎なほど楽しいうみラボの調査。

 

本業でもなんでもない、いわば素人の勝手な集まりなのですが、回を重ねるごとに支持を頂き、現在は、いわき市小名浜にある水族館「アクアマリンふくしま」の協力を得て、かなり専門的な調査を行うことができるようになりました。いろいろ新聞やテレビにも取り上げて頂き、図らずも社会性を帯びてしまいまして、現在も毎回調査の時はテレビや新聞の記者の方に同行頂き、さまざまな情報発信をしています。

 

もともとは放射性物質のことを知るために毎回調査に行っていたのですが、痛感するのは、いかに自分が地元の食文化を知らなかったのかということ。実際に海に出て魚を釣ってみると、「いわき市の沿岸部ではこんな魚が釣れていたのか!」とか、「この魚はこういうところに棲んでいるのか!」とか、いろんな発見があるんですね。

 

福島沖では漁業資源が回復しておりメバルも爆釣!

福島沖では漁業資源が回復しておりメバルも爆釣!

原発沖で釣った魚はすぐに放射性物質を計測。

原発沖で釣った魚はすぐに放射性物質を計測。

 

さてクイズです。

 

問題①ヒラメとカレイって似てますけど、ヒラメはどっち向きで、カレイはどっち向きでしょうか!? 

問題②ヒラメとカレイで食べるエサが違うのは知っていましたか? それぞれ何をエサにしているでしょうか!?
問題③カレイの仲間を5種類言えますか?

 

とかね。
食通ぶってても、さすがにそこまでしっかりと答えられる人はそう多くないはずです。かまぼこメーカー時代は、さも自分が福島の水産加工業の代表だ! みたいな感じでいろいろ記事を書いたり発信してきたりしたのですが、自分の地元の海のこと、実際にはよくわからなかったんですね。皆さんはどうでしょう。地元でどんな野菜が、どの程度収穫されているかわかりますか? 皆さんが飲食店で食べた刺身は、どういう流通経路を辿って皆さんの口に運ばれたかはご存知ですか? 食べることって命と直結することなのに、驚くほど知らないことばかりなんですね。

 

でも、本業として地元の食を職業にするのもハードルが高い。ならば、本業以外の「雨読」の時間に、地域の食とゆるやかに交わって、いろんなことを学ぼうじゃないかと、そういうわけなんです。福島の漁業の場合は、汚染水や放射性物質の問題と切り離すことはできない。だから、まずは自分たちでDIY的にやってみようぜ、という考えにたどり着いたわけです。

 

そこでこんな定義を。

 

前回までは、「晴耕(昼間の本業)」に対して「雨読(夜間や休日のクリエイティブな活動)」と説明してきましたが、
今回からは、「晴耕(会社と交わる時間)」に対して、「雨読(社会と交わる時間)」ということも加えておきましょう。

 

これはぼくの経験から言えることなのですが、福島の海の汚染状況について調べるうち、いつの間にか魚の生態について詳しくなってきました。どんな漁が行われいるのか、あるいはどういう流通経路で販売されているのか、どのエリアでどんな魚が獲れ、その魚はどうやって食べるとおいしく食べられるのか。そんなことを学ぶうちに、いわきの「魚食」について詳しくなってきたんですね。

 

すると、魚屋に行くのが楽しくなり、その魚料理を食べるにはどんな酒を飲めばいいのか考えるのが楽しくなり、ついつい酒屋さんに足が向かい、せっかく酒を飲むなら友人たちを呼ぼうとか、パーティしようぜとか、そういう感じで日常がどんどん楽しくなってくるんですね。それが、僕の場合はたまたま「魚」でした。震災前から地元のサンマやカツオは食べてましたし、酒に合うのってやっぱ魚なんで(笑)。

 

地域の食について多いに味わい、そして語り合うのも身土不二。

地域の食について多いに味わい、そして語り合うのも身土不二。

 

別に肉でも野菜でもコメでも果物でもいい。地域の食と雨読的に関わるようになると、間違いなく生活が楽しくなって充実してきます。食べることが楽しくなる。そして目利きができるようになって、モノを選ぶ目が養われるんですね。すると健康になるし、買い物について賢くなる。友人も増えるし、ちょくちょくパーティもある。楽しいことしか起きないんです。

 

仲間が集えば自然と魚介類と酒がテーブルに。

仲間が集えば自然と魚介類と酒がテーブルに。

 

私たち福島県民は、原発事故によって自分の食生活について改めて考えざるを得ない状況に追い込まれました。それでも、何とか自分なりに安心したいと思って食の安全についていろいろ勝手に動いていたら、図らずも、人生が楽しくなってしまった。この「図らずも」ってのが大事で、この「図らずも」を生んでくれるのが雨読なんだと思うんですね。

 

身土不二という言葉があります。体と環境、体と地域は切り離すことができないんですね。食と関わることを、本業にしなくてもいい。就農しろとも、食品会社に転職しろとも言いません。昼間の仕事を終えたら、ちょっとでもいいんです。地域の食と向き合う時間を作ってみませんか?? それが、地域を、そして自分の体をよりよいものにする第一歩になると思います。

 

そのためには、できるかぎり生産に近いところに身を置いてみること。畑仕事の手伝いでもいい。山菜採りに行くのでも、もちろん釣りに行くのだって構いません。食べること、暮らすことって、こんなにも奥の深いものだったのかって、きっと何かしら気づきがあるはずです。

 

 

 

つづく

 

 

 

♦クイズの答え♦
①右カレイ、左ヒラメ。腹を下にしたときに右を向いているのがカレイ。
②ヒラメはイワシやアジを食べる。そのためヒラメの口は大きく裂け、獰猛な顔になる。それに対してカレイは、イワムシやゴカイを食べているため、歯も小さくおちょぼ口。穏やかな顔をしているのだ。
③マガレイ、マコガレイ、ナメタガレイ、アカガレイ、ヤナギムシガレイ、オヒョウ、ムシガレイ、イシガレイなど……

晴耕雨読のはなし
小松理虔

小松理虔/1979年福島県・いわき市小名浜生まれ。大学卒業後、福島テレビに入社し3年間報道記者をつとめ、2007年に上海へ移住。日本語教師、日本語情報誌の編集・ライターなどとして活動後、2009年に小名浜へと戻る。2010年4月にウェブマガジン『TETOTEONAHAMA』を創刊
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(更新日:2015.06.03)

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